第85話 訪問

 魔王城まで順調に近づいているが、日が落ちて辺りが暗闇に包まれたところで今日の行程は終了。

 街道から少し離れた場所に全員で移動して野営地とした。


「ここをキャンプ地とします!」


 たき火を前に仁王立ちした負華が宣言をする。

 特に意味はない行動なので全員がスルー。寂しそうに訴えかける目でこっちを見ないで欲しい。


「今晩はゆっくり体を休めて、明日の早朝に出発しましょう」


 湯気の上る器を全員に配りながら今後の予定を口にする。

 この温かい料理は楓特製の鍋料理。俺たちの中で一番の料理上手が楓と判明したので、料理担当に就任した。

 ちなみに普通に料理ができるのは俺と喉輪と雪音。

 下手なのが負華。したことがないのが明、となっている。


「悔しいけど、美味しい……」


 渋い顔をしながら負華が味を褒めている。

 乾物や良く分からない野菜を使い、調味料は塩ぐらいしかないのにここまでの味に仕上げるとは。


「確かに美味しい。なんか、ほっとする味だ」

「毎日料理していると、あまりもんで適当に作るなんていつものことや」


 お玉を手にニヤリと笑う楓。

 その姿は母親のような貫禄がある。


「これからはオカンと呼ばないと」

「やめーや! 大学でもそのあだ名を付けられて……堪忍して欲しいわ。マジでオカン言うたらしばくで?」


 楓は凄むとお玉を振り上げる真似をして負華に脅しをかけている。

 オカンか。ぴったりなネーミングだと思うが黙っておこう。


「このように落ち着いて、温かなご飯を食べるのは久しぶりです。今までは追っ手に怯え、常に警戒して身を潜めていましたので」


 器を両手で包み、中身の汁を口にするとほっと息を吐くアトラトル姫。

 今までにない穏やかな表情で食事を楽しんでいる。


「安心して体を休めてください。誰も我々には近づけませんから」


 足下に転がっていた石を拾って軽く放る。石が地面に着地すると同時に急速に遠ざかり、地面に開いた大穴に呑み込まれた。

 俺たちの周辺にはTDSが張り巡らされているので、半径十メートルの範囲は安全地帯となっている。

 ちなみに休んでいる場所は喉輪の《ブロック》で真っ平らな足場を作ったので、体も汚れないし寝心地も悪くないはずだ。


「至れり尽くせりですね。皆様には本当に感謝しております。何かお礼をしたいのですが、私たちには差し出せるような物がなく」


 アトラトル姫は高級な素材の服を着てはいるが、装飾品は一つも身につけていない。

 配下の騎士たちも鎧と武器を装備して、あとはバックパックを背負ってはいるが中身はほぼ空。今回の食材もすべて俺たちが提供した。

 本当にギリギリの状態で出会ったようだ。


「お気になさらず。皆様を届けたら魔王国にも好印象を与えるでしょうから、私たちの立場がよくなるかもしれませんし」

「魔王国からお礼がもらえちゃったり、しちゃったり?」

「それはありそうやな」

「ゲームやアニメを参考にすると、こういった場合は何かしらの褒美をもらえるでござるよ」

「上に立つ者として、何も与えずに感謝の言葉一つで終わらせることはあるまいて」


 こちらにも利があることを俺たちが口にすると、申し訳ないと頭を下げるアトラトル姫。

 この人、姫様なのに腰がかなり低い。庶民派なのは好感度が高いポイントだけど、異世界の姫様は意外とこんなタイプが多いのだろうか。

 姫様と言えば、ヘルムもそうか。跡を継いで魔王を名乗っているようだけど、少し前までは姫様だった。……この二人、意外と話が合うかもしれないな。

 連れて行った俺たちが罰を受けるなんてことはあり得ないとは思うが、問題はアトラトル姫一行の処遇がどうなるか。

 他人の身を案じている状況ではないが、それでも彼女たちが上手くいって欲しいと願っている。


「今日はゆっくりしましょう」


 見張りを担当して姫一行が眠りについてから、ふと思ったことがある。

 朝日が昇ると同時に俺たちはログアウトするという設定だ。

 実際は魔王国の連中が強制的に眠らされた俺たちを回収して、魔王城の一室に運ばれベッドの上に寝かされる。

 移動方法は宝玉に仕込まれている転送装置が自動で発動して飛ばされ、一日経過してからゲームを再開する、という流れ。


 ……この場合どうなるんだ?

 朝になって俺たちが急に消えたら、姫様たちは困惑するだろうな。

 ログアウト前に伝えておくのがベストっぽいけど、たぶんこの心配は杞憂に終わる。

 俺なんかよりも、魔王軍が焦っているはずだから。今頃、どう対応するか問題になって大騒ぎになっている姿を想像して、思わず笑みがこぼれた。






 魔王城の一室では慌ただしく職員が行き交っている。

 本来、夜の時間帯は守護者たちも体を休めていることが多く、敵国からの襲撃がない限りは動きのない穏やかな時間が流れるはずだった。

 しかし、今回は幹部クラスがモニター室に集まり、臨時の会議が行われている。

 女性用スーツを着た高身長の女性が、落ち着きなく床を踏みならしモニターをじっと見つめていた。


「これは問題だぞ。このままではここが現実の異世界だと気付かれかねない」


 肩上一行を映すモニターを睨みつけながら、ヘルムは頭を悩ませていた。

 何かと注目していた守護者、肩上がまたもトラブルに巻き込まれている。あの男は厄介事を招き寄せるフェロモンでも放っているのだろうか。

 ヘルムが愚痴を零したくなるぐらい、何度も面倒事に関わっている。


「やはり、急ぎ人員を派遣してアトラトル姫を引き渡してもらうしかないのでは?」


 白いタキシードを嫌味なく着こなし、恭しく頭を下げる壮年の男が意見を口にする。


「リヤーブレイスもそう思うか」

「なんか、面倒なことになってるじゃねえか」


 ヘルムの後ろに控えていたリヤーブレイスを押しのけるようにして、装飾品をじゃらじゃらと身につけたラフな格好の男が現れた。


「俺様も同意するぜ。ログアウトの時間前に姫様たちを引き取って、肩上たちには急がなくていいから城を訪れてくれ、とか言っておけばいいんじゃね?」


 バイザーは守護者が死亡して担当者がいなくなった椅子にどかっと腰を下ろし、両足を机の上に投げ出す。

 大あくびをしてから気楽な口調で発言をすると、指輪のはまった人差し指をクルクルと回している。

そんなバイザーを睨みつけるリヤーブレイス。


「そうだな。姫に関してはそれが妥当か。リヤーブレイス、いけるか?」

「はっ。既に人員は確保して準備させております。命令があれば今すぐにでも」

「では頼んだ。言うまでもないが丁重に扱うように。ワダカミたちはどうするか……。いっそのこと、一緒に城まで連れてくるか?」


 ヘルムはアトラトル姫に対しては考えがあるのだが、問題は肩上たちをどうするか。

 姫一行とは別の馬車に乗せれば、人の目に触れずにログアウトも問題なく行える。


「よっし、そうだな。元々、守護者たちを集める計画だったのだ。少し前倒しになるが実行に移すとしよう」

「そうですな。そちらも急がせるように指示しておきますので」


 ヘルムとリヤーブレイスの会話を聞きながら、興味がない振りをして大あくびをするバイザー。


「ふあああっ。おいおい、その計画とやら俺様は知らないんだけど?」

「貴様に話す必要はない」

「そう言うな。すまなかったなバイザー。極秘裏に進めていた計画なのだ。生き残っている十八名の守護者たちを城下町にある闘技場に集めて、一対一で戦わせようという趣旨でな」

「マジか! そんな楽しそうなことを俺様に黙っているなんて、お人が悪いぜ」


 ヘルムの言葉に動揺するバイザーだったが、本心は一切出さず大げさに驚いて見せた。

 何を企んでいるかと思えば、クソみたいな企画を考えやがって。心の中で悪態を吐くバイザーだったが、頭は冷静に働いている。


「そうなると、バイザーも参加者ということになるのでな。バイザーには公平を期すためにギリギリまで黙っておこう、とリヤーブレイスが言い出したのだ」

「貴様も一応は守護者という立場。不正があってはいかぬだろ?」


 リヤーブレイスはしれっと言っているが、目元が少し緩んでいるのをバイザーは気付いていた。


「とんだサプライズだぜ。ってことは、闘技場でタイマンバトルするってことは、守護者が半分の九名になっちまうな」


 気にかけている肩上とその仲間は合計で五名。全員が生き残るのは……厳しい、とバイザーは素早く計算をする。


「何を言っているのだ。トーナメント戦に決まっておる。その場で最後の一人を決定する」

「おい、マジで言ってるのか?」


 リヤーブレイスの見下す視線に対抗して、睨み返すバイザー。


「前々から、守護者たちは生かして利用した方がいいって提案してきたよな」

「そのような戯れ言、聞く耳を持つ必要があるというのか」


 互いに殺気を漲らせ、一触即発の状態。

 危険を察知した職員たちが声にならない悲鳴を上げて、震源地から離れていく。


「二人とも控えよ。詳しいルールはこれから詰めていく予定だ。むろん、バイザーも参加してもらうぞ」


 ヘルムが二人の間に割って入り、妥協案を口にする。

 渋々と言った感じだが二人は視線を逸らして距離を取った。


「互いの不満点は後の会議でぶつけてくれ。取りあえず、守護者がやる気を出すように勝者には褒美として、既に死亡した守護者たちの加護を渡す予定だ」

「他国の襲撃と魔物によって倒された守護者の数が想定以上となりましたからな」

「在庫一斉処分ってか」


 守護者同士の争いとは関係なく命を落とした者の加護は、所持している宝玉に補完される仕組みになっている。その機能を発案、開発したのがバイザーなので即座に意味を理解した。


「どうせなら、加護もランダムに与えるよりも選べるようにした方が面白くね?」

「自分で有益な加護を取捨選択した方が、今後の育成も捗るか」


 乗り気なヘルムを見て、バイザーは素早く頭を回転させる。


「あと、加護以外の褒美も用意して、どっちか選ばせようぜ。なんなら、守護者から望みを聞いてなんでも叶えてやる、とか?」

「調子に乗るな。立場をわきまえて控えよ」


 ずけずけと物を言うバイザーに釘を刺すリヤーブレイス。

 この二人は相変わらず仲が悪いな、と苦笑するヘルム。


「よいのだ。忌憚のない意見を求めておるのだからな。なんでも、という訳にはいかぬが可能なものであれば叶える、というのでどうだ?」

「二言はないっすね? じゃあ、俺様が勝っても願いを叶えてもらうっすよ~」

「貴様、それが狙いだったか!」

「約束しましたからねー。ボーナスもらおうかなー、それとも長期休暇とかー」


 激高するリヤーブレイスに詰め寄られるが、何処吹く風と鼻歌を口ずさんでいる。


「してやられたな。バイザーにはいつも苦労をかけている。勝利の暁には可能な限り願いを叶えると誓おう」

「ありゃーっす」


 腰を九十度に曲げて頭を下げるバイザーだったが、日頃の行いが災いしてふざけているようにしか見えない。

 軽い口約束に思える会話だが、ヘルムは高位の悪魔。

 悪魔は契約を厳格に守る。これが一族の掟であり縛り。悪魔である以上、この掟からは逃れられない。それを知った上で誓う、という言葉を引き出したバイザー。

 契約書を交わせば、それは絶対になるのだが口約束でもそれなりの拘束力はある。

 バイザーは頭を下げたまま、口元に笑みを浮かべていた。

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