第105話 一対多

 バイザーが俺たちの前に立っている。

 魔王国の住民でありながら、俺たちと共に戦うと宣言すると闘技場は痛いほどの静寂に包まれた。

 闘技場にいるほとんどの人が予想もしなかった急展開に戸惑い言葉を失う。

 当然、守護者たちもその中に含まれている。こんな展開は事前の打ち合わせにはなかったぞ。

 この沈黙を破ったのは当事者であるバイザーだった。実況席から奪ってきたのか手にしたマイクを口元に近づけると、大きく息を吸う。


『みんな、驚いたか! 普通に戦ってもリヤーブレイスの圧勝。一人増えたところで結果は変わんねえ。だから、盛り上げるために俺も参戦するぜ! ちなみに、リヤーブレイスの爺さんと仲が悪いから、どさくさに紛れて殴ってやりたい、とかじゃねえぞ?』


 おどけた調子で喋っていたバイザーは何を思ったのか、リヤーブレイスの前まで移動すると手にしていたマイクを差し出した。

 無表情で受け取ったリヤーブレイス。何を言うのか闘技場中の人が注目している。


『正直、驚きはしたが』


 その割に無表情だな、と思いはしたが黙っておく。


『こちらにとっても都合がいい。前々から貴様のニヤけ面が気に食わなかったのでな。ヘルム様、手違いでバイザーを殺めたとしても罪にはなりませぬな?』


 体ごと振り返り、観覧席のヘルムに確認を取っている。

 話を振られたヘルムは立ち上がると、マイクを手に言い放つ。


『そうだな、罪には問わぬが幹部同士での殺し合いは推奨せんぞ』

『万が一の話でございますよ』


 苦笑するヘルムに恭しく礼をするリヤーブレイス。俯いた顔が楽しげな笑顔に変貌しているのを目撃してしまった。

 心の底から喜んでいるのが伝わる、背筋が凍るような狂気を感じる笑み。

 すっと顔を上げたときには元の無表情に戻っていたが。


「くうーっ、殺る気満々じゃねえか」


 バイザーもあの笑顔を見逃さなかったか。


『仕方のない連中だ。バイザー、貴様から挑発したのだ。最悪の事態となっても後悔はせんのだな』


 ヘルムの呆れた口調の中には身を案じる声色が交ざっている。

 本心は止めたいが女王としての立場上、警告と確認するぐらいしかできないのか。

 バイザーはリヤーブレイスに手渡したマイクを奪い返すと、空いている左手の人差し指を立てて左右に振る。


『ちっちっちっ。心配ご無用だぜ、ヘルム様。リヤーブレイスの爺さん、これで俺様たちが勝ったら今後、俺様のことはバイザー様と呼べよ?』


 おいおい、この状況で更に挑発をするのか。

 相手の反応に興味はあるが、さっきから押し寄せてくる圧が強くて視線が向けられない。それでも恐る恐る様子を窺うと――無表情のままだった。

 ただし、こめかみに血管が浮き出ているが。


『はあぁぁぁ、おっとすまぬ』


 ヘルムの思わずこぼれたため息をマイクが拾う。


『では、茶番劇と前振りはそこまでにしておけ。そろそろ――どうしたのだ、アトラトル姫』


 話の途中で隣に座っていたアトラトル姫が何かを言ったようで、マイクがオフになり二人が何やら言葉を交わしている。

 一分にも満たない時間の後に再びヘルムの声が流れてきた。


『皆、喜ぶがいい。更に参加者が増えるぞ。この戦いを盛り上げるためにアトラトル姫から一人騎士を参加させたいとの要望があった。では、登場してもらおうか』


 ヘルムの言葉を合図に北側の扉が開くと、そこから全身鎧を身にまとった一人の騎士が現れた。

 ライオンを彷彿させるような黄金の髪に精悍な顔つき。俺と同年代だが少し年上に見える外見をしている。

 その顔に俺も負華も見覚えがあった。


『おっと、ここで新たに参戦するのは東の国ウルザムの第三騎士団長、セスタスだー!』


 ずっと黙っていた実況者だったが、自分の仕事を思い出したのか大声が闘技場にこだまする。

 急に資料を渡されたのだろう、紙をめくる音が混じっていた。


「わしも参加することになった、構わぬか?」


 そういや、変わった口調のキャラだったな。

 想像とは違った言葉遣いだったのだろう、明が驚いた表情でまじまじと相手を観察している。


「協力感謝する。でも、いいのかい。かなり辛い戦いになるが」

「承知の上だ。ワダカミ殿にはわしや部下、それに姫様を救ってもらった恩がある。ここで命を散らすことになろうとも、ウルザムの騎士として恩義に報いなければ」


 相手の差し出した手を強く握る。

 強敵に挑む仲間が一人増えた。彼の加護は特殊だが、使いようによっては切り札になる可能性を秘めている。

 相手の能力を真似る加護模倣。期待させてもらおう。

 アトラトル姫としては建前上「場を盛り上げるため」とヘルムに伝えたようだが、本心は俺たちの勝率を少しでも上げるために苦渋の決断をした。

 彼女を守り死んでいった騎士たちを嘆き、傷ついた騎士たちを心から労るような優しい少女だ。悩みに悩んで彼を送り出したに違いない。


「これはわしが懇願してなんとか聞き入れてもらった。アトラトル姫様には申し訳ないことをした」


 俺の心を読んだかのようなタイミングでセスタスが本心をこぼす。

 やはり、そうだったのか。その決意、ありがたく受け取らせてもらうよ。


『へい、リヤーブレイス。こんだけ増えてびびってんじゃねえのか?』


 マイクを突きつけながら懲りずに挑発を続けるバイザー。

 目を細め、鬱陶しそうに睨むリヤーブレイス。


『何人増えようが烏合の衆。むしろ、その程度で良いのか? 異世界人よ。気が変わったらいつでも乱入して構わぬぞ? すべて滅してくれよう』


 怒りの矛先が守護者を隔離している客席に向けられると、雪音と喉輪を除いた人々が顔面蒼白でガタガタと震え出すと、慌てて目を伏せた。

 二人は意地でも目を逸らすまいと、相手を睨み返している。

 その姿は自分たちも一緒に戦っているのだと、勇気を与えてくれた。

 こちらの人員は、俺、負華、明、セスタス、バイザーの五名か。想定よりも戦力は増強された。この好機を逃すわけにはいかない。


『で、ではでは、そろそろ開始してもよろしいでしょうか! 問題は……ないようですね! それでは試合開始です!』


 銅鑼の音が響くと同時に明と負華は計画通り、後方の壁際まで移動する。

 二人は遠距離からの援護攻撃担当なので、前衛の俺から離れる手筈になっていた。

 リヤーブレイスはちらっと二人に目を向けたが興味がないのか、直ぐに目を逸らす。

 見る者を凍てつかせるような鋭い視線は俺に向けられる、ことはなくずっとバイザーを捉えている。


『おいおい、そんなに見つめるなよ。もしかして、日頃の冷たい態度は好意の裏返しだったのか!』


 わざわざマイクを通して伝える必要性はあるのだろうか。

 この状況でも陽気な態度を崩さず、踊るようなステップを踏んでいる。


「これでお前の姿も見納めになるのでな。さて、死ね」


 リヤーブレイスが目の前に飛んできた虫を払うかのように右手を振ると、バイザーが真っ二つに裂けた――かのように見えたが、代わりに《鉄の剣士》が両断されていた。

 咄嗟に召喚したのか。


「ふぅ、やべえやべえ。おいおい、あっさりと勝負がついたら面白くなかったんじゃないのかYO」


 この状況でも自分を貫くバイザーに呆れるべきなのか感心するべきなのか。

 今の一撃は半グレ風の守護者を殺したときと同じか。一瞬の出来事だったが、今度はなんとか目視できた。

 リヤーブレイスの手から細い黒い糸のような何かが目にも留まらぬ速度で伸びてきて、《鉄の剣士》を切り裂く。

 おそらくだが、あれが――


「暗黒魔法か」

「場を盛り上げる必要があったのを忘れておったわ。そこの守護者が言うように今のは暗黒魔法の一つだ。というより応用と言うべきか」


 独り言のつもりだったがリヤーブレイスに届いていたようだ。


「暗黒魔法とは魔力を黒く染め手足のように操る手法。このように全身にまとえば鉄壁の鎧と化し」


 リヤーブレイスの体から拭きだした黒い霧が全身を覆い隠すが、徐々に密集していくと半透明の黒い膜となり、体の周りに貼り付いている。


「礫として放てば飛び道具と化す」


 左手を横に払うと、体に密着していた黒い霧の一部が剥がれると弾丸のように放たれ、足下に突き刺さった。

 穿たれた穴をそっと覗き込むと底が見えない。どれだけ深くまで潜り込んだのか。


「更に形状を変えると剣と化す」


 右手を前に突き出すと、黒い霧が今度は刃となった。


「圧倒的な力の差があると自負している連中は、自分の能力をペラペラと自慢げに話してくれるから楽だよな。そう思わないか、強敵(ダチ)よ」

「話を振らないで欲しいな」


 思わず同意しそうになったがぐっと堪えた。迂闊な返答をしたらターゲットが俺に変更されてしまう。

 今のところバイザーが上手い具合に挑発して囮になってくれている。この状況を最大限に生かしたい。


『なあなあ、その暗黒魔法の防御って結構自信ありありぃ?』


 バイザーが再びマイクをオンにして、小馬鹿にした話し方で質問を口にする。


「当たり前だ、どんな攻撃も防ぐ鉄壁の鎧。貴様らの貧弱な攻撃などでは、かすり傷一つ負わぬ」


 圧倒的な自信だな。実際、その自信に見合う能力なのだろう。


『絶対に防ぐ自信があると。さすがリヤーブレイス様だ。だったら、俺様たちの攻撃であんたに少しでも傷を負わせることに成功したら、俺様たちの勝ちで構わねえよな?』


 おいおい、ここで更に条件を押しつける気か。

 これを相手が呑めば、勝てる可能性がぐんと上昇するが。


「構わぬぞ。あり得ぬことだからな」


 即答かよ。


「うっし、言質を取ったぜ。おっと言葉だけじゃ信用できねえから、誓約書にサインでもしてもらうか。ちょいと待ってくれよ」


 バイザーは戦闘中にもかかわらず、懐から紙を取り出すと何やら書き込んでいる。

 相手から目を逸らし無防備な状態だというのに、リヤーブレイスは攻撃を加える気がないようで傍観中。

 バイザーは相手の行動パターンを理解した上で隙を晒しているのだろう。


「まあ、こんなもんか。こっちは何人で戦ってもいい。こっちの攻撃で少しでも傷を負わしたら、こっちの勝ちってことで。口約束ほど信用ならないってのは、日本での生活で嫌というほど学ばされたぜ。ちゃんと文章として残しておくことに意味があるってな。ほんじゃ、ここにサインくれや」


 あー、確かに。仕事での口約束ほど怖いものはない。

 契約書とまでいかなくても、何かしらの証拠は残しておかないと後になって揉めるのはよくある話。


「くだらない、が……乗りかかった船だ。お遊びに最後まで付き合ってやろう。怪しい文言はないようだからな」


 リヤーブレイスは突き出された契約書にざっと目を通すと、渡されたペンでサインを記入した。


「んじゃ、契約成立っと。さーて、約束通り今から最高火力で攻撃するから反撃なしで防いでくれよ。おっと、今更、やっぱ怖いからやめてーとかは……なしだぜ?」

「勝手にしろ。どうせなら派手に盛り上げてみせろ。その方が観客もヘルム様も喜ぶ」


 いとも簡単にこちらの挑発に乗った。

 怒りで頭が回らない、という訳じゃない。至って冷静な態度。

 破られる心配なんて微塵もしていない、子猫がじゃれついてきている程度の感覚か。じゃあ……お言葉に甘えさせてもらおう!

 バイザーをこの場に残して、俺とセスタスも後方へと下がる。途中でセスタスに耳打ちをして今後の作戦を伝えておく。


「お帰りなさい」


 到着した俺たちを負華が笑顔で迎えてくれた。

 既に《バリスタ》二台雷龍砲二台の合計四台を設置して待っていた負華と明の隣にセスタスが並ぶと、《バリスタ》を《模倣》して更に二つ追加する。

 本当は《雷龍砲》のコピーが欲しかったが、《模倣》は自分が体験――一度その身に受けたものしか真似できない。《バリスタ》は戦場で放たれ地面に突き刺さっていた大矢に触れたことがあるので、条件は満たされている。

 だが《雷龍砲》の稲妻は食らえば即死だし、発射後は跡形もなく消える。なので、《雷龍砲》は今のところ再現が不可能。

 これで《バリスタ》四台に《雷龍砲》二台の火力を確保。

 これをぶち込んで通じるか否か。


「さあ、ぶっ放そうか!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る