第106話 破壊力
《バリスタ》四台に《雷龍砲》が二台。
今、俺たちの放てる最高火力がここに集っている。
敵は魔王国最強の魔族リヤーブレイス。
宣言通り、腕を組んだ状態で受けに回り、攻撃を加えてくるどころか避ける気配すらない。
攻撃の軌道上にいたバイザーは横にずれた状態でこちらを見物している。こんな状況でも楽しそうに笑みを浮かべている胆力には脱帽だよ。
「負華、準備OK?」
「はっ! バッチリであります!」
背筋を伸ばして敬礼する負華。
明るく返す言動に若干の不安があるけど、大丈夫だと信じたい。
「明は?」
「いつでも構わん」
フードを目深に被り直して、大きく息を吐く明。
負華と違い日頃の行いが信用できるので、明は大丈夫だ。
「セスタスは初めての《バリスタ》だろ、いけるか?」
「あの戦場で散々見て触れたのでな。問題はあるまい」
俺の《矢印の罠》も見よう見まねで使いこなしていた。心配すること自体が無粋だったか。
あと、関係ないけど古風な話し方が明と似ている。二人で話し合う機会があれば仲良くなれそうな気がした。
「お前らも頑張ってくれよ」
ポンポンと《バリスタ》と《雷龍砲》を元気づけるように軽く叩いておく。
天を突き刺すように右拳を掲げると、指先をぴんっと伸ばす。
「じゃあ、一発ドデカいのぶちかますか! 照準を合わせてくれ! 発射五秒前、四、三、二、一……ゼロ!」
勢いよく振り下ろすと同時に四本の大矢と二本の稲光が発射された。
まずは《雷龍砲》の稲光が命中。耳を塞ぎたくなるような衝突音と衝撃波が闘技場を充満する。余波で土煙が舞う中に大矢が飛び込んでいく。
土煙が視界の邪魔をしてリヤーブレイスの状態が目視できないが、攻撃は命中したはず。
問題はあの暗黒魔法の膜を破ることができたのか。これが全く通じなければ話が変わってくる。
土煙が収まり視界が確保されると、リヤーブレイスの姿が明らかになった。
煩わしそうに手を払い、もう片方の手は口元を押さえている。体の方は――無傷。
白いタキシードには糸のほつれもなく、純白の輝きを保っていた。
「ふむ、その程度かね」
表情を崩さずに平然と言い放つリヤーブレイスを見て、背筋がゾッとした。
圧倒的な実力差は覚悟していた。覚悟はしていたが、これほどの差があるのか。
「そこの稲妻を発した攻撃は中々であったが、この矢は大したことがない」
地面に転がっていた大矢を掴むと、いとも容易くへし折って見せる。
威力に関しては《雷龍砲》にかなり期待を寄せていた。ここにある加護の中で単純な最大火力は間違いなく《雷龍砲》の一撃。
それを完璧に防いでくれるとは……。
「ど、ど、ど、ど、ど、どうしましょう⁉」
「初めて正面から防がれてしまったな」
わかりやすく動揺している負華と悔しそうに顔を歪めている明。
セスタスはしかめ面でじっとリヤーブレイスを睨んでいる。
初撃は届かなかったが、それも想定内。やるべき事に変わりはない。
「明、負華は攻撃を続けて。セスタスは」
「この稲光を放った方を《模倣》すれば良いのだな」
「その通り」
俺が何を言いたいのかを事前に察したセスタスは《バリスタ》を消して代わりに《雷龍砲》を二台設置した。――少し焦げ跡のある右手を軽く振りながら。
セスタスの能力は相手の加護を一度食らう必要がある。なので、稲光が発射された瞬間にあえて手を伸ばし、右手にかすらせた。
下手したら感電で動けなくなっていたか、死ぬ可能性もあったというのに。その覚悟と度胸に感服するしかない。
一度で通じなければ何度も撃ち込めばいい。元より、これで決着が付くなんて安っぽい期待はしていなかった。……あれで勝っていたらそれはそれで嬉しかったけど。
今度は少しずつ時間をずらして射撃が始まる。攻撃後のクールタイムが存在するので、攻撃が止まないようにタイミングを見計らっているようだ。
目を凝らしてリヤーブレイスを観察しているが、一切避けようとせずに正面から攻撃を受けている。
すべて命中しているにもかかわらず、平然と棒立ちのまま。
あの暗黒の膜を貫くのは至難の業か。
このまま傍観しているわけにもいかないので、少し離れた場所で見守っていたバイザーへ駆け寄った。
「んー、めっちゃヤバい感じぃ?」
「めちゃめちゃにな」
おどけているバイザーに対し、俺も軽いノリで返す。
ここで深刻ぶっても事態は好転しない。
「んじゃ、こっちから仕掛けてみるとすっか」
「だけど、あの攻撃の中に飛び込むのは危険じゃないか」
今も射撃が止まない危険地帯に生身で飛び込むのは、あまりにも無謀だ。明は信頼しているけど、負華の攻撃が外れて流れ矢が一発でも当たったら、死。
俺たちには絶対の防御手段なんてないから《バリスタ》の一撃なんて食らったら粉砕される。
「
地面に光る召喚陣から現れたのは三体の《鉄の剣士》。
なるほど。これなら爆心地に向かっても問題がない。
「プラス、これだ」
バイザーの呟きに応じて《鉄の剣士》の手に何かが握られた。それは細長い鎖で先端には巨大な斧状の刃が繋がっている。
「これって、もしかして《振り子の罠》か」
「ビンゴ!」
やっぱり。砦で捕まえた佐伯が持っていた加護だ。
俺たちが倒す予定だった相手をバイザーが横取りするように倒した。その時にこの加護を得ていたのか。
この罠は天井からぶら下げる必要があり、使い道が限られている外れ。という認識だったが、それを武器として運用するとは。
「レベルを上げたら大きさもいじれるようになったからな。こうやって手頃なサイズにして、こいつらに持たせてみたらジャストフィット」
《鉄の剣士》たちは《振り子の罠》を鎖鎌のように頭上で回転させながら、リヤーブレイスの両側面に回っている。
リヤーブレイスがちらりと横目で確認しているが防御に手一杯なのか、何も仕掛けてはこない。
挟み込むような場所に位置を取ると《鉄の剣士》は振り回していた《振り子の罠》を勢いよくぶつけた。
ガンッと固い者同士がぶつかる音が響くが、暗黒の膜を貫くことはできずに弾かれる。
ほぼ同時に《雷龍砲》が二発命中したが……無傷。
「ふっひょー。マジかよ、これも通らねえってか。まいったまいった」
視界の隅でバイザーは天を仰ぎ呆れ果てているが、俺はリヤーブレイスから目を逸らせずにいた。
今、ほんの少しだが表情が崩れたよな。一瞬だが忌々しげに口元を歪めた気がする。それに、暗黒の膜が少し揺らいで……薄くなったような。
注意深く観察していたが、願望が見せた目の錯覚という可能性も捨てがたい。それぐらいのわずかな変化。
無敵の防御に思えたが、流石に限界があるのではないか?
ゲーム風に例えるなら耐えられるダメージ量が決まっていて、それを越えると膜が破壊されて攻撃が通る。
……あり得ないとは言えない。防御一辺倒なのは自信の表れかと思っていたが、実は攻撃に暗黒魔法と使うと、体を覆っている膜が薄くなり防御が弱まるから、では?
「バイザー攻撃を続けてくれ! もっと連続で叩き込んでくれ!」
仲間に攻撃の継続を伝えると、目を凝らしてリヤーブレイスの一挙手一投足を見逃さないようにする。
攻撃が苛烈になるとリヤーブレイスの表情が徐々に崩れていく。
わずかな変化だが無表情ではなくなっている。少し焦っているのか、時折、睨むように俺たちを見ている。
それによく見ると膜にも違いが生じている。《雷龍砲》が当たった場所の膜は厚くなり、《バリスタ》や《振り子の罠》が命中した箇所は膜が薄い。
相手の攻撃力に合わせて膜の厚さを調整。つまり防御力を変化させている、と。
「いい加減、諦めてはどうだ。同じ事の繰り返しで面白味にかける」
リヤーブレイスは余裕の態度でそんなことを口にしているが、声からわずかな動揺を感じ取った。
このまま押し切れるか⁉
バイザーは更に
四方八方からの攻撃。休む間もなく降り注ぐ攻撃の雷雨。
リヤーブレイスの顔が露骨に歪んできている。苦渋の色を浮かべ歯を食いしばる姿。当初の余裕の態度は霧散した。
「ええい、鬱陶しい!」
初めて声を荒げると、体に密着するように覆っていた膜が膨らみ球状になる。
《雷龍砲》の稲光が球状の膜に激突するが、湾曲した表面を滑るように後方へと逸らされた。
無数に拡散した稲光が闘技場の壁にぶつかり粉砕していく。客席にも激突したようで観客の悲鳴が聞こえてくるが、気にしている余裕はない。
「忌々しい!」
膜を球状にすることで攻撃の威力を一点に集中させずに分散したのか。連続して放たれている《雷龍砲》の攻撃が球体によりことごとく逸らされ、稲光が周囲に飛び散っている。
分散されているとはいえ、その破壊力は健在。流れ弾ならぬ流れ稲妻に当たった椅子や観客が次々と爆散していく。
悲鳴と怒号を上げて逃げ惑う国民で観客席が地獄絵図と化している。
観客には悪いが、恨むならリヤーブレイスを恨んでくれ。
これが魔王ヘルムなら観客にも考慮して、このような防ぎ方は選ばなかっただろう。だが、リヤーブレイスは魔王にのみ忠誠を誓っている。
彼にとって住民はどうでもいい存在でしかない。魔王に命令されているから、気遣う振りをしていただけ。このような状況になっても観客の存在を気にも留めていない現状が、俺の考察の正しさを証明していた。
「まずは、その者から滅するとしよう」
今まで一歩も動かなかったリヤーブレイスが猛攻撃の中を真っ直ぐに進んでいく。
奴が目指す先にいるのは……明とセスタス。
一番の脅威となっている《雷龍砲》の使い手を倒しにきたか。
距離を詰められているが明たちは逃げるわけにもいかない。攻撃の手を緩めれば、相手が防御から攻めに転じてしまう。
その瞬間に明とセスタスが暗黒魔法で瞬殺される未来が見える。
ターゲットから外れている負華は懸命に攻撃を加えているが《バリスタ》の脅威度は低い。ほぼ無視に誓い状態で気にも留められていない。
「そこの女、目障りだ。このような攻撃など児戯に等し……なっ」
見下していたリヤーブレイスの表情が一変した。
彼の目の前に大矢の先端が突き出されているのを目の当たりにしたからだ。
あと五センチ進んでいれば、大矢は届いていた。
さっきまで完全に弾かれていた《バリスタ》の攻撃だったが、今は次々と暗黒の膜に突き刺さっている。
「どういうことだ。急に威力が上がっただとっ」
理解が追いつかないのか、リヤーブレイスの戸惑う顔。
「何かが妙だ。矢が直前に急加速したかのような……そういう、ことか」
トリックに気づいたリヤーブレイスの突き刺すような視線が俺に向けられる。
「バレたか。どうだ、《矢印の罠》で威力を増した一撃は」
攻撃を始める前に《矢印の罠》を《バリスタ》に仕込んでおいて、今が好機とばかりに発動した結果がこれだ。
『おいおい、どういうトリックなんだよ。教えてくれよ』
俺とリヤーブレイスだけがわかり合っている現状に納得がいかないのか、バイザーが話に割り込んできた。
マイクを向けているので闘技場中に聞こえてしまうが、リヤーブレイスに見抜かれてしまっているので構わないか。
『ああ、単純な方法だよ。《バリスタ》の矢に《矢印の罠》を貼り付けた。それを膜にぶつかる直前に起動。すると、一気に速度が上がり威力も増す』
これは事前に実験済みで《バリスタ》の矢に《矢印の罠》をくっつけると、放たれたあとに再び矢を充填させたときも、新たな矢に《矢印の罠》が継続される。
矢という物体を放つ《バリスタ》だから使えるコンボ。《雷龍砲》のような光線には使用不可な技だ。
「つまり、私と要さんの初めての共同作業ですねえええええ!」
うん、俺たちに聞こえるように大声で言わなくていいから、負華。
さて、形勢は逆転だ。次々と矢が刺さって片側がウニのような見た目になっている暗黒の膜。崩壊するまで残りわずかだろう。
「一気に押し切るぞ!」
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