第47話 遭遇

 話し合いの結果、小規模寄りの砦を防衛することに決定した。

 今回の砦は今までと比べるとかなり小さい。戸建ての住宅程度しかない。

 底の見えない深い峡谷の幅は三十メートルぐらい。渡る手段は架かっている石橋のみ。

 敵の進行方向は一つ。道幅も狭いので罠にはめるのも容易。

 魔王国がゲームの猛者を集めて守らせよう、と考えた理由がよくわかる。

 これがタワーディフェンスなら、最高の立地だ。


「他に守護者はいないようでござるな」


 砦の屋上に《ブロック》を積み重ねて足場を作り、その上から周囲を見回している喉輪。


「二階と一階にも、誰もいなかったよ」

「人の気配なしです」


 双子は二階建ての砦内部を自主的に見回ってきてくれたようだ。


「石橋はめっちゃ頑丈で、ちょっとやそっとの衝撃では崩れへんのとちゃうかな。知らんけど」


 楓は石橋のチェックを終えて屋上に戻ってきた。

 そういや、楓の仲間になるかどうかは保留、という話はどうなったのだろう。

 完全に馴染んでいるようにしか見えない。


「うむ、皆の衆、ご苦労であった」


 屋上で寝そべり、上から目線でねぎらいの言葉を口にする負華。

 全員から一斉に睨まれるが、何処吹く風とだらけている。


「もうちょっと、手伝おうとか……やっぱ、ええわ」

「そうだね。お姉ちゃんは大人しくしているのが一番だよ」

「そうそう。害がありませんし」

「殿はドンと構えてくだされば充分でござる」


 負華が何もしないのには訳がある。

 みんなに「邪魔だから動かないでいいよ」と言われて拗ねている現状。

 実際、自主的に動いて色々とやらかしているので仕方がない処遇ではある。


「動かないでサボるヤツが一番の役立たずやと思ってたんやけど、行動力のある無能が一番厄介なんやって知ったわ」


 楓がしみじみと呟いていた言葉に同意しそうになった。


「TDSを橋に仕掛けるとして、どう配置する? 《棘の罠》を敷き詰めようよ」

「橋の幅は三メートル程度。《落とし穴》を調整すれば、横並びで二つ置けます」


 双子はやる気満々だな。

 血気盛んなのは若者らしくていいが、TDSをどう仕掛けるかは重要な問題になってくる。


「石橋の床版はどれぐらいの分厚さかな。《落とし穴》で貫通するぐらい?」


 《落とし穴》は深さ二メートル。それ以上の厚さがあると貫通できない。


「さっき試したら谷底が見えたので、深さは足りてます」


 そうなると、かなり強力な罠になるな。

 この高さから落ちたら墜落死は確実。


「基本は前回と同じ戦法でいこうか。橋の中間より手前に《落とし穴》を設置。敵が通り過ぎた後に発動して逃げ道を防ぐ。俺の《矢印の罠》で敵を谷底へ落とす。それを乗り越えた敵は聖夜の《棘の罠》と《電撃床》が待っている。取り逃した敵や不慮の事態に備えて、屋上に《バリスタ》と《サイコロ連弩》を配置しておく。これでどう?」

「「異議無し」」

「わかったでござる」

「それでええよ」

「お任せします!」


 全員の同意を得たので準備に掛かる。

 これなら敵を真っ先に倒すのは俺の役目だ。

 仲間に真実を明かすにしろ隠し通すにしろ、最初に殺人の業を背負うのは俺でなければならない。






 砦に移動してから三時間が経過。

 太陽が頭上に移動している。

 昼前だが、早めの昼食を屋上で取ることにした。


「バーベキューしても近所の人から苦情来なくていいよね」


 負華は目を輝かせながら、次々と獲物を手にしている。

 じっくり火を通した串焼きの野菜と肉を頬張りながら話すので、辺りに食べかすが散らばって汚い。

 砦にあったバーベキューに使えそうなグリルを屋上に持ち出し、食材を焼いている。

 食材の方は砦においてあったベーコンやソーセージ、野菜などを使用。

 この食材は魔王国の人々が用意した物なのを、俺はバイザーから事前に知らされている。

 そうでなければ人の居ない砦に新鮮な食材が置かれている、なんてことはあり得ない。


 みんなは「ゲームだから」と、都合の良い展開に疑問を抱いていないようだ。

 腹も膨れたところで一眠りしたい気分だけど、そう言ってもいられない。

 屋上の胸壁から顔を出して石橋付近を眺める。

 峡谷の周辺は草木が一本もない荒れ地だ。遮蔽物がないので見通しは最高。

 敵が石橋に隠れて忍び寄るのは不可能。かなり遠くにいても目視できる。


「どうやら、お出ましのようでござるよ!」


 胸壁に足を掛けた喉輪が橋の向こう岸を指差す。

 指が示す方向には人影がある。それも、たった一つ。

 周りを確認したが、その人物以外は見当たらない。


「舐めとんのか? たった一人で砦を落とそうっちゅうんか」

「撃っちゃいます? 撃っちゃいます?」

「「やっちゃえ、やっちゃえ」」


 血気盛んな仲間を手で制してから、砦に置いてあった望遠鏡を取り出し、じっくりと相手を観察する。

 中肉中背の男。黒髪で黒い瞳。長い髪を紐で束ねている。

 無精髭の生えた顔は三十から四十代。一見、精悍そうに見える顔付きだが、口元に浮かべている余裕の笑みが悪党感を演出していた。

 大きな布の真ん中に穴が開いてそこから首を出す外套――茶色いポンチョのような服を着ている。下には黒いズボンとブーツ。


 その姿を見て、俺の背中から冷や汗が噴き出す。


「なんか、胡散臭ーい。でも、異世界なのに日本人っぽい顔をしているような」

「本当に生粋の日本人顔だ。どことなく社長に似ていないか、雪音」

「確かに、社長の親戚とか言われたら納得しそう。前に見た異世界の人はもっと日本人離れした顔だったのにね、聖夜」


 俺が見ていた望遠鏡を負華が奪い、続いて双子が回し見をしている。

 最悪なことにあれは日本人で間違いない。

 バイザーが事前に教えてくれていた要注意人物の一人。

 その男は堂々とした足取りで石橋へと歩み寄る。

 石橋の手前で立ち止まると顔を上げた。

 男の視線が砦の屋上にいる俺たちを捉えたようで、驚いた顔になったが大きく頷き、一人で納得している。

 男は外套の中から円錐状の筒を取り出すと、口に当てて大きく息を吸う。


「あー、聞こえるか。魔族に協力しているカス共」


 あれは拡声器のような道具か。

 声は結構渋めで、完全に俺たちを見下した物言いだ。


「魔族って何?」

「なんだ、あのオッサン。意味不明なことを言って」


 首を傾げる負華。イラッとしている聖夜。

 他の仲間は眉根を寄せて、じっと相手を見ている。


「大人しく降伏するなら殺しはしないと約束しよう。ただし、抵抗するなら皆殺しだ」


 絶対の自信にあふれた声を聞いて、総毛立つ思いがした。


「なんですか、あの偉そうな態度。でも……強そうに見えますね」

「中ボスっぽい雰囲気やけど」

「強者の気配がビンビンでござるよ」


 雪音、楓、喉輪は相手を警戒している。

 その直感は……正しい。

 無意識のうちに握りしめていた拳を開くと、汗でびっしょりと濡れていた。


「一応、名乗ってやろう。俺は鉄壁の勇者、平地ひらじと言えばわかるだろ」


 そう、あいつは――西の勇者。

 事前にバイザーから聞いていた特徴と一致している。

 鉄壁の勇者、平地。圧倒的な防御力でありとあらゆる攻撃を防ぐ。

 バイザー曰く「勇者は話し合いの通じる相手じゃない。強大な力を手に入れ、自我が肥大した化け物だ。同じ日本人だと思っていたら痛い目を見る」とのことだった。

 確かに見るからに傲慢な振る舞いに、気の抜けた態度。

 俺たちと戦って負ける、なんて心配は欠片もしていないようだ。


「ぷっ、鉄壁って。勇者って。いい年して恥ずかしいネーミングを堂々と名乗ってるー」


 負華が指を差して大笑いしている。

 俺はツッコミを入れる余裕すらなく、ただ勇者を凝視していた。

 馬鹿にした態度の負華を見て、勇者は肩をすくめ鼻で笑う。

 突き出した右手をくいくいっと「かかってこい」と言わんばかりに動かし、負華を挑発している。


「いい度胸です! 塵と化してあげましょう! 撃滅!」


 誘いに乗った負華の《バリスタ》が発射される。

 空気を切り裂き、勇者に飛来する大矢。

 避ける素振りすら見せずに、正面から大矢が激突。


「やりましたよ! 中ボス撃破!」

「やるじゃない、お姉ちゃん」


 負華と聖夜が掲げた両手を打ち鳴らして、喜びを共有している。

 そんな二人を脇目に、着弾地点から目が離せないでいた。

 確かに大矢は命中した。《バリスタ》の威力なら即死は免れない。

 だけど、そこには――平然と立ち、外套の埃を払うような仕草をする勇者がいた。


「ええええっ、なんで⁉ どうして⁉」


 あり得ないと叫ぶ負華。

 残りの仲間は唖然として言葉も出ないようだ。


「おいおい、聞こえなかったのか。俺は鉄壁の勇者。ありとあらゆる攻撃を無効化する加護持ちだ」


 鉄壁の勇者が持つ加護。正確には《ダメージ無効》らしい。

 バイザーの情報によると、すべての攻撃を無効化する見えない薄い膜が全身を覆っている。それは物理攻撃、魔法攻撃すら完全に防ぐ。

 実際にその光景を目の当たりにしたのだ。加護の力を疑う余地はない。


「そんなのいかさまや! チートやろ!」

「中ボスどころかラスボスではござらんか?」


 文句を言いたくなる気持ちは痛いほどわかる。

 俺だって同じ気持ちだよ。


「せっかく、忠告してやったのにな。まあ、降伏したところで殺していたけどさ」


 ニヤリと邪悪な笑みを浮かべ、勇者が橋を渡っていく。

 どうしようもない相手に対し、絶望に打ちひしがれ、ただ死を待つしかできない。

 ――訳がない。圧倒的な防御力なんて無意味。

 勇者の足が《矢印の罠》を踏み、体が強制的に横移動させられる。


「なっ、何ぃぃぃぃぃ⁉」


 石橋を飛び出した先にあるのは深い谷。

 ダメージが無効化されるとしても、この高さを落ちたら簡単には上ってこられない。

 もし、戻ってきたとしても、また《矢印の罠》で落とせばいいだけの話。

 敵を殺さなくても退けることはできる。


 真っ逆さまに谷底へと消えていく勇者。

 当初は最悪な敵の出現に焦ったが、冷静に対処すればこんなものだ。

 結果的には人間を殺さずに済み、敵を退けることに成功した。考え得る限り、最高の結末ではないだろうか。


「ざ、ざまあ、ないですね! 念のために鉄球落としておきます?」


 額の汗を拭う素振りを見せながら、負華が谷を覗き込んでいる。


「そうだな。二個ぐらい落としておこうか」

「えっ、軽い冗談だったのに、本当にやるんですか?」


 提案した方が引くな。

 落とすのには成功したが、あれで倒したとは思ってもいない。


「じゃ、じゃあ、本当にやっちゃいま……す……え?」

「なんや、いきなり京都弁みたいに……え?」


 言葉に詰まった負華を見ると、驚愕に目を見開いている。

 隣では同じ表情で大口を開けた楓もいる。

 俺も含めた残りの三人も釣られて、同じ方向に視線を向けた。

 そこには谷底からゆっくりと浮かび上がってくる、勇者平地の姿が。

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