第48話 対勇者戦

 ゆっくりと谷底から浮かんできた平地は石橋の中央に着地する。

 その場で両腕を伸ばして「うーーん」と柔軟を始めだした。何事もなかったかのように。


「い、今、飛んでたよね? む、無敵で飛ぶの?」


 負華の震える声に沈黙で返す。

 《ダメージ無効》に加えて飛行能力持ちなんて聞いてないぞ!

 バイザーが故意に黙っていた? いや、あれだけ内部の情報を漏洩しておいて、今更そんなことをする意味がない。

 他国の勇者となると秘匿されている情報があって当然か。


「いやー、久しぶりにこの能力を使ったぜ。いつもは《ダメージ無効》の加護だけで充分なんだが、面白い加護を持っているじゃねえか」


 やはり、飛行能力も加護の一つか。

 俺たちも加護――TDSを二つ所有している。相手も二つ、もしくは複数持ちだとしてもおかしくはない。


「《ダメージ無効》に《浮遊》の加護。無敵だろ?」


 この力があれば調子に乗って傲慢になるのも理解できる。まさに鉄壁の勇者を名乗るに相応しい実力だ。


「さっきから、加護、加護ってなんだよ」

「聖夜、たぶん他の国でもTDSみたいな力が合って、それを加護って呼んでいるとかじゃないかな」

「異世界で得られる特別な能力と言えば、ギフト、加護、スキルというのが定番でござる」

「うちも聞いたことあるで」


 絶体絶命の危機なのだが、この世界をゲームだと信じている仲間には余裕がある。

 俺だけが怯えていられない。絶対に悟られるわけにはいかない。

 平地は浮いて移動すれば済む話だというのに、あえて石橋の上を歩いている。

 足下から飛び出す棘を弾き、降り注ぐ矢も意に介さず、稲光を発する電撃に包まれても歩みを止めない。

 俺たちに絶対の防御力を見せつけ、実力差をわからせようとしているのか。


 《落とし穴》にはまり、視界から消えるが直ぐに浮いて帰ってきた。

 攻撃は通じず、落としても戻ってくる。《電撃床》にわずかな望みを託していたが、それも完全に防がれてしまう。

 八方塞がりとはこのことだ。


「あんなの無理ですよ! 尻尾を巻いて逃げましょう! あれですよ負けイベントってヤツですって!」

「落ち着いてお姉ちゃん。そう見せかけて、実は勝利したらすっごいお宝がもらえるかもしれない」

「そうですよ。いきなりこんなチート能力持ちの敵キャラを出して、負けたらゲームオーバーって理不尽すぎますし」


 取り乱す負華を双子がなだめている。

 三人の意見はゲームなら何度も経験した、よくある展開だ。

 だけど、ここは現実。予期せぬ事態に遭遇して、何もできずに殺される。

 そんな理不尽な世界に俺たちはいるんだ。


「飛ばれたらどうしようもないから、一旦砦に入ろう。全方位からの攻撃なら通るかもしれない」


 望みは薄いだろうけど。

 本心を隠して砦に逃げ込むように促す。

 砦は今までと比べてかなり狭いが、廊下も部屋を仕切る壁もない一つの空間になっているので、自由に動けるスペースは確保されている。

 罠を片っ端から起動させながら悠然と歩く平地を横目に、階段を駆け足で下りていく。






 一階まで下りると背後の壁に《落とし穴》を設置するように雪音に頼む。

 これで、いざというときの逃げ道は確保できた。

 一階の広さは縦が十メートル、横がもう少し長い。見える範囲はTDSの射程距離に入っているので、好きな場所に配置可能。

 天井高は三メートル程度。


 既にTDSをそこら中に仕込んでいるが、あの圧倒的な防御力を目の当たりにした後だと……不安しかない。

 正面にある扉の向こう側から、TDSを防がれる音が連続して響いてくるのが恐怖を煽ってくれる。

 その音が徐々に大きく近くなっていく。


「防御力も問題でござるが、更に問題なのが平地殿の攻撃手段でござるよ。今のところ、なにもわかっておらぬので」

「そうやな。ただ固いだけやったら目障りで済む話やけど」


 喉輪と楓の心配は俺も危惧していたところだ。

 俺は一歩下がって、仲間から少し距離を取り宝玉を取り出す。

 俺を覗いた全員が扉に注目していて、誰もこっちを見ていない。

 宝玉を握りしめ心の中で念じる。


『バイザー聞こえるか』

『感度良好だぜ、チェケラ!』


 陽気な声が脳内に直接伝わってくる。

 これこそ、改良された俺の宝玉にだけ備わっている機能の一つ。ヘルムたちに感知されない、バイザーとの直接通信。


『今、単独行動の鉄壁の勇者と遭遇中だ』

『マジかよ! ダチは……ついてねえな』

『本当にな。暢気に話している時間がない、簡潔に答えてくれ』


 会話を楽しむ時間も余裕もない。


『OK。なんでも訊いてくれ』


 状況を即座に理解して、声のトーンが少し低くなった。

 《浮遊》の加護について知らなかったのかと咎めたい気持ちはあるが、それは後回し。


『ヤツの攻撃手段に心当たりはないか?』

『鉄壁の勇者の攻撃手段ね。……アイツが戦うときは他の誰かと組むことが多くてな。囮には最適な加護だろ。派手な爆心地で生き残る、ってのがいつものパターンなんだが。単独となると』


 考え込んでいるのか無言が続く。

 扉の向こうから聞こえてくる音が、かなり大きくなっている。時間はあまり残されていない。


『前に一つの村が滅ぼされて、生き残りの子供が鉄壁の勇者を見たと言っていたな。……確か、勇者に触れられたら、みんながぐちゅぐちゅになった、だったか。小さな子供が恐怖のあまり錯乱している可能性が高い、って報告書に記載されていたけどよ』

『それが加護の力としたら、触れられたらアウトってことか』

『核心はねえけどよ、まあ、そう考えた方がいいんじゃね?』


 バイザーはあえて軽いノリで話しているのだろう。

 少しでも俺の緊張が解けるように。


『ありがとう。無事生還できたら、また連絡するよ』

『楽しみに待っているぜ。……生き延びろよ』


 バイザーとの通信を終え、宝玉を戻す。

 正面を見据え、作戦を頭で練っていく。

 コンコン、と扉を叩く音が響いてきた。

 どうやら、石橋を越えて扉の前にたどり着いたようだ。

 またも、扉を叩く音がする。


「もしかしてー、あの自称勇者って固いだけだから、あの扉壊せないんじゃ?」


 俺もそれを少しは期待していた。バイザーと会話するまでは。

 負華の淡い期待は、いとも容易く崩壊する。

 木製の両開き扉の表面が干からびていき、全体に亀裂が走ると崩れ落ちた。

 ……子供の話が嘘ではなかったのか。

 崩れた扉を踏みつけて現れたのは平地。

 にやりと薄気味悪い笑みを浮かべて、俺たちをじっくりと観察している。


「俺の所有する三つの加護をすべて見られるなんて、幸せ者だぜあんたたちは。最強だろ、俺って。《ダメージ無効》《浮遊》《腐食》これだけ揃って負けるわけがねえ」


 すべて、ときたか。話を信じるなら、平地の加護は三つ。

 それもご丁寧に能力名も明かしてくれた。

 最後の《腐食》は言葉通り、触れた物を腐らせ崩す能力。

 確かに最強を名乗りたくなる加護のラインナップ。

 魔王国が勇者に苦戦していたのも納得だよ。


「これって逃げた方がよくね?」

「聖夜の意見に賛成」


 双子は逃走を提案。俺を除いた全員が頷いて同意している。

 相手が単独行動をしている今が絶好のチャンスともとれる状況。

 だけど、仲間を守るのが最優先事項。

 守るという誓いは決して破ってはいけない。そう、決めたのだから。


「よっし、逃げよう。負華も言ってただろ、これは負けイベントだって」


 そう言って慣れないウインクをすると、全員が入るように《矢印の罠》を置く。

 発動すると同時に雪音が《落とし穴》を発動して壁に大穴が開いた。

 壁を抜けて外に飛び出した瞬間――見えない壁に弾かれて、俺は砦内に転がり込む。


「な、何があった⁉」


 慌てて背後を確認すると、大穴の向こうに薄い紫色の光が格子状に張り巡らされていた。


「残念だったな。俺は一人で来たなんて言ってないぜ? 外にはもう一人の勇者がお待ちかねだ」

「なんだ、と」


 平地に加えて、もう一人勇者がいるというのか!


「これ、絶対に負けイベントですって!」

「僕もそう思うよ。対戦レベルがおかしすぎるって」

「テストプレイだから難易度調整を間違えたのかも」


 負華が絶叫を上げ、双子が冷や汗を垂らしながら愚痴をこぼす。

 喉輪と楓は黙った……二人が居ない⁉

 慌てて周囲を確認するが、二人の姿は何処にも見当たらない。


「あー、仲間の二人は結界の外だぜ。アイツ、暇を持て余しているらしくて、獲物を二人奪いやがった」


 つまり、あの光る格子の向こう側に二人はいるのか。

 楓はともかく、喉輪には攻撃手段がない。

 あちらにいる勇者の実力は不明だが、こちらよりも状況が悪いのは確かだ。


「おいおい、背中を向けたままでいいのか? 殺しちゃうよ?」


 振り返ると、その場から一歩も動かず俺たちを眺めている平地。

 相変わらず、不快な笑みをたたえたまま。

 そうだ、二人も心配だが、まずはこの場面を切り抜けなければならない。


「しっかし、マジだったのか。その格好にさっきからの言動。あんたら日本人だろ」


 その言葉を聞いて体が硬直する。

 俺たちが着ている服は異世界に似つかわしくないデザインをしている。日本で過ごしていた服なのだから当然だ。

 相手は異世界風の服装なので忘れていたが、日本人なら俺たちの服を見れば一目瞭然。


「あんたらってことは、そっちも日本人なのか」

「んー、守護者ってことではないですよね?」


 双子が即座に反応して、疑問を口にしている。

 負華はやはり状況を理解していないようで、眉間にしわを寄せて……助けを求める眼差しを俺に注がないでくれ。


「守護者、ねぇ。おいおい、マジで状況を理解していないのか? うっそだろ、こりゃ笑えるな! ぶはははははは!」


 腹を抱えて心底楽しそうに笑う平地。

 この言動。こいつ、もしかして俺たちの事情を把握しているのか?

 双子や負華に知られるのは問題だが、話し合いの余地があるなら新たな道が開かれる。

 魔王側から人間側に付くことも視野に入れることができる。だけど、問題は俺以外。


 宝玉には――自爆機能も付与されている。


 守護者が裏切ったときの保険。あって当然の対策。デスゲームだと基本中の基本。

 俺の宝玉はバイザーを信じるなら、自爆機能は外されている。なので、俺は裏切っても殺されることはない。

 だけど、負華たちは違う。相手側に付いたのがバレたら、迷うことなく自爆させられるだろう。

 そして、この映像は魔王国側に筒抜け。

 勇者に遭遇したこの場面を見逃すとは思えない。今、魔王城で俺たちは注目されている。


 だとしたら……ここで、平地に暴露されるのも拙い!

 俺たちがこの世界の真実に気付くのは避けたい筈だ!

 どうする、どうすればいい⁉

 状況を打破する光明はどこに!

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