第49話 各々の決断

「圧倒的な力を見せつけて蹂躙する。最高の気分だ!」


 TDSの攻撃をすべて防ぎ、一歩一歩亀のような歩みで鉄壁の勇者が近づいてくる。

 両腕を広げて無防備な姿を晒しながら、俺たちを追い詰めていく。

 大矢も電撃も棘もすべて弾かれた。《矢印の罠》で壁にぶつけてみたが、壁が凹んだだけ。

 相手の身体能力が優れているわけではないようなので、一気に距離を詰められることはない。だけど、それも時間の問題。

 平地には《浮遊》がある。いざとなれば浮けばいい。そうすれば《矢印の罠》は役立たずとなり手の打ちようがなくなってしまう。


 今は遊んでいるだけ。強者の余裕を見せつけて、狩りを楽しんでいる状況。

 問題はそれだけじゃない。この砦を覆うように結界を張った、もう一人いる勇者の存在。

 楓と喉輪が二人で勇者の対処をしているはずだ。

 助けてやりたいが、はやる気持ちを抑えて意識を集中する。

 まずは鉄壁の勇者、平地を倒す。

 焦りは禁物。冷静になれ、集中しろ。

 もう二度と……判断を違えるな。


「しかし、あんたら恐怖心が薄いな。普通はもっと絶望して取り乱すもんだが、つまんねえぞ。おいおい、ちゃんとリアクションしろよ。真剣味が足りねえよ」


 平地は俺たちの反応にご不満のようだ。

 普通、これだけ力の差を見せつけられたら、命乞いや泣き喚くぐらいするヤツが現れても不思議じゃない。

 実際にそういう人を何度も目にしてきたのだろう、平地は。


「ここで死んだら、お兄ちゃんに家を追い出される! ……仕方がない、最終手段を使います! そこの勇者さん。あっはーん」


 負華はジャージのジッパーを完全に下ろして前屈みになり、首元の緩いTシャツから胸の谷間をちらつかせている。

 頬が真っ赤だな。負華にも羞恥心はあるようだ。


「おいおい、もしかして色仕掛けのつもりか? はっ、俺は勇者様なんだぜ。女なんて選り取り見取り。そんな胸がデカいだけのパッとしない地味な女に興味はねえよ。おととい来やがれ」

「ガーン、そんな酷いっ! あんまりよおぉぉっ!」

「お姉ちゃんを泣かしたな! 事実でも言っていいことと悪いことがあるんだぞ!」

「女としての魅力が乏しいからって、あんまりです!」


 ショックを受ける負華に追い打ちをする双子。

 危機的状況だとは思えない暢気さだ。


「お前らどれだけヤバいかわかってんのか? 無敵の勇者様が目の前に居る状況に加えて、もう一人勇者がいるんだぞ。おまけに加護の《結界》で覆われて閉じ込められている。逃げ道はねえ」


 怒りというよりも呆れた口調だ。

 言われなくても理解しているよ、俺だけは。

 平地の求めていた展開とはほど遠いのだろう。声に少し苛立ちを感じる。

 話を合わせて、もう少し情報を引き出すか。


「その《結界》ってのが良くわからないな。それって凄いのか?」

「おいおい、そんなことも知らないのかよ。《結界》ってのはあらゆる物を遮断する防御壁。入ることも出ることも叶わない。物理、魔法、それ以外のありとあらゆる物を遮断できる。ある意味、俺の《ダメージ無効》より強力で範囲も広い代物だ」


 平地ともう一人の勇者も防御に優れた加護を所持している、ということか。

 今の発言、気になる点があった。「あらゆる物を遮断する防御壁」それが本当なら……。

 宝玉を取り出し、起動――できない。取り出せはしたが何も表示されない。


「負華、聖夜、雪音。宝玉が起動できるか調べて、急いで!」


 三人が一斉に宝玉を取り出して念じているが、何も映らないようだ。


「あれっ! 音信不通ですよ⁉」

「僕のも反応無しだよ」

「私も同じく」


 三人の報告を受けて、バイザーに問いかけてみるが返事はない。

 《結界》があらゆる物を遮断するというのは偽りではなかった。

 俺たちが宝玉を扱えないということは、魔王側も宝玉を通じてこちらの様子を覗き見する手段を失った。

 一時的にとはいえ、ここは完全に遮断された空間。

 なら、ここで見聞きした内容が魔王に伝わることはない。


「おいおいおいおい、俺が話している最中だっていうのに無視するとは、いい度胸じゃねえか。危機感が足りてねえ、危機感がよお。ああ、そうか、そうか。そうだったな」


 平地は一人で納得して手を打ち鳴らすと、激しく頷いている。


「善神様がお告げで仰っていたぜ。魔物に喚ばれし同郷の民がこの世界を遊戯だと信じさせられ操られている、ってな。お前ら、マジでこの世界がゲームか何かだと勘違いしているだろ?」


 平地……いや、下手したら勇者として召喚された日本人は全員、俺たちの境遇を善神から教えられているのか。


「何言ってんの? ああ、そういう設定か。ややこしくない?」

「ええと、私たちは魔物の国を守るために召喚されたけど、嘘を吐かれて人間の国を守っていると勘違いしている、と。で、ここはゲームの世界じゃなくて異世界……という設定で間違いないですか?」


 聖夜と雪音は相手の言い分を理解しようと、頭をフル回転させて答えを導き出そうとしている。


「ほえー?」


 それに引き換え、呆けた顔で天井を見つめる負華。

 早々に考えるのを放棄したな。


「設定じゃないが、まあ、そんなところだ。余程、うまく騙したみたいだな。ゲームだと信じ切ってやがる……おいおい、ちゃんと理解しているヤツもいるじゃねえか。なあ、あんた」


 平地の視線が俺を捉える。

 一切口を挟まず、真剣な表情で黙っていた俺に矛先を代えたか。


「どうしたんですか、珍しく真面目な顔しちゃって。それじゃまるで、本当の話だと認めたみたいじゃ……ない、ですか」

「要さんどうしたんだよ。あんな荒唐無稽な話を信じるってのか?」

「らしくないですよ。精神をいじる魔法にでも掛けられましたか?」


 怯えた瞳。心配する瞳。疑う瞳。

 視線を集めた俺は、ゆっくりと口を開く。


「平地の言うことは本当だよ。ここは本物の異世界。ゲームの世界なんかじゃない」


 言葉を濁すことなく、きっぱりと断言した。

 ずっと考えていた。真実を打ち明けるかどうかを。

 打ち明けるにしてもどのタイミングで言うべきか。

 常にヘルムたちに見張られている状況。仲間たちに真実を話したところを見つかれば、俺も仲間たちも処分対象になるのは間違いない。


 いずれ、バレることを想定しているだろうが、まだ早すぎると判断するだろう。それはバイザーも同じ意見だった。

 今回の一件。ゲームだと信じることで危機感のなさが露呈した。

 命を落とす前に仲間には伝えるべきだと心が決まった。だが、いつ言うのか。


 ――今だろ、今しかない。


 不幸中の幸い、《結界》で宝玉の繋がりが遮断された今なら真実を明かせる。

 この好機を逃せば二度とない!


「魔王国は異世界から召喚された日本人の勇者に攻められ滅びを待っている状態だ」


 俺が語り始めると、仲間は黙り、平地は足を止め興味深げにこっちを見た。

 俺に手を向けて「命乞いと説明中は手を出さない流儀でな。話を続けてくれ」言葉とジェスチャーで伝えている。

 どうやら、意外にも空気を読める男のようだ。


「そこで魔王国も対抗して日本人を召喚。この世界をゲームだと信じ込むように下準備をして演じた結果、俺たちは見事にこの世界をゲームの世界、デスパレードTDオンライン(仮)だと信じた」

「ば、馬鹿な。なんで、そんな面倒なことをするんだよ! 実際にログアウトして現実に戻ってるじゃないか!」

「そうですよ。わざわざゲームを演出するなんて無意味です!」


 双子が髪を振り乱して俺に詰め寄る。

 負華は俺たちの顔を見回しながら、あたふたしているだけ。

 双子は口では否定しながら何か思い当たる節があるのだろう。その表情に必死さと焦りが見えた。

 平地は満面の笑みで眺めている。

 俺たちが取り乱しているのが楽しくて仕方がない、といった感じだ。


「詳しい事情は後で話すよ。魔王国は俺たちが何をしているかを常に監視している。さっきまでのやり取りも見られていた」


 そう言うと、三人は忙しなく周囲を見回して警戒している。


「今は違う。《結界》により監視の目も遮断された。なので、俺も本当のことを打ち明けることにしたんだよ。この話を魔王国の連中に聞かれるわけにはいかないから」


 察しのいい双子はここまでの説明であらかた理解してくれたようだ。

 歯をかみしめ、口を強く閉じて俯く。


「信じられないよな。胡散臭いよな。でも、俺は確信している、ここが異世界だと。疑念は尽きないと思うが、今は俺を信じて欲しい」


 双子の肩に手を置くと、顔を上げた。

 強い意志を秘めた瞳が俺を正面から見つめている。


「納得は全然いかないけど、今は要さんを信じるよ」

「短い付き合いですが、くだらない嘘は吐かない人だというのは理解しているつもりです。芸能界の荒波に揉まれてきましたからね。人を見る目はあるつもりです」


 完全に納得してくれなくてもいい。

 今は俺を信じてくれるだけで充分だ。問題は残りの一人。

 察しの悪さと理解力の低さに定評がある、負華だ。


「負華は――」

「信じますよ」


 俺の言葉を遮り、あっさりと肯定を口にした。


「えっ」


 意表を突かれ、間の抜けた声が漏れる。


「驚かなくてもいいじゃないですか。私は頭も良くなくて、のろまで、怠け癖があって、働きたくなくて、人生楽に生きて、誰かに依存したい……自分で言って落ち込んできた」


 自分の欠点を指折り数えながら口にして、ダメージを受けている。


「で、でも、自分を知ってます。自分に自信がないからこそ、信用できる相手からの本気の言葉は疑わずに受け入れることに決めているんです。騙されたとしても、それは自業自得。自主性はないですけど、これが私の生きる術だから」


 それが正しいことだとは言えない。

 だけど、他人の生き方に対して「間違っている」と指摘できるほど誇れる人生を歩んできたわけじゃない。

 家族の死を受け入れられず、幻と共に生活していた俺に何が言えるのか。

 今はみんなの信頼に、判断に、決断に、すがらせてもらう。


「ここで死んだらゲームオーバーじゃない。本当の死だ」


 静かに語ると、神妙な面持ちで三人が頷く。


「だから、生き延びよう。何があっても絶対に」

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