第50話 最悪の活用方法

「お話は終わったかな?」

「悪いね、空気を読んでもらって」


 腕を組んで傍観者に徹していた平地がニヤリと笑う。


「日本人なら形式美は大切にしねえとな」


 名乗っている最中、変身中、会話中に攻撃を加えない。

 それは子供の頃、誰もがアニメや特撮で学んだこと。守る義務はないけど。


「こちらとしても、真実を知った上で足掻いて絶望してもらったほうが面白い。両者の利害が一致しただけだ」


 少し見直しそうになったが撤回だ。平地に慈悲の心があるわけじゃない。

 追い詰められた獲物を狩りたい。その欲望を満たすために最高の状態に仕上がるのを待っていただけ。


「あんたはこの世界が現実だと知って、人を殺しているのか」


 素朴な疑問。俺は未だに人を殺すことに躊躇いがある。

 だが、平地は心から楽しそうに……ゲーム感覚で俺たちを殺そうとしている。


「そうだぜ、知ってるか。何故、人はムカついても我慢するのか。はい、そこのジャージ女」

「わ、私ですか⁉ え、えーと」


 話を振られるなんて考えもしていなかった負華が、頭を抱えて悩んでいる。


「良心、とか?」


 恐る恐るだが彼女なりの答えを口にした。


「違うな。じゃあ、そこのそっくりな兄妹」

「そりゃ法があるから、だろ」

「暴力を振るうと、罪になるから」


 二人は即答した。

 次に話を振られるのを予想して答えを用意していたのか。


「ジャージよりはマシだな。五十点ってとこか。何故、ムカついても暴力を振るわないか。それは仕返しが怖いから。自分が弱いから報復される恐怖に勝てない。だから、理不尽な暴力を振るわれても耐えるしかない」


 その考えは……一理ある。

 集団でいじめられている子やチンピラに絡まれている人を見て、良心が痛み助けてやりたいと思うが、勇気を出せずに目を逸らし、かかわらないように見て見ぬ振りを続ける。

 そんな経験をした人は数多くいるだろう。


「だがな、圧倒的な力を手に入れたらどうだ? 仕返しなんて何処吹く風だ。復讐? 報復? なんだそれ。気にもならねえ。フハハハハハハハハ!」


 右手で自分の顔を覆い、左手は腹を抱え、心底楽しそうに笑っていやがる。


「何をしても恨まれても問題なし。圧倒的な力を手に入れて無敵になるとな、抑えていた欲望が肥大して忠実になるんだよ。良心、理性、なんて弱者の言い訳だ。本当の強者になればお前らもわかる。安全な場所から他人を見下し、蹂躙する楽しさがな」


 身の毛がよだつような邪悪な笑みで、楽しそうに語っている。

 話が通じるなら「誠心誠意、心から向き合えば和解できる可能性も残されている」なんて甘い戯れ言を口にしないでよかったよ。

 無理だ。こいつとは一生わかり合えない。わかり合いたくもない。

 仲間が動揺してないか、横目で確認をする。

 聖夜と雪音は歯を食いしばり、平地を睨みつけていた。


「芸能界にもいるよ。権力があるからって威張り散らす大人は。なあ、雪音」

「クソみたいなスポンサーが言いそうなことだよね、聖夜」


 双子は恐怖よりも怒りが勝っているようだ。

 負華は俺の後ろに隠れて、服の裾をぎゅっと握っている。

 怯えてはいるが俺と視線が合うと、唇の端に人差し指を当てて無理矢理だが笑って見せた。

 負華なりに頑張って耐えてくれている。その心意気に応えないと。


「おいおいおい、それじゃあ、まるで俺が悪役みたいじゃねえか。勇者様はな、正義の名の下に何をしても許される。特権階級、上級市民ってヤツだ」


 平地が一歩踏み出す。

 《電撃床》《棘の罠》が起動するが無傷。

 負華の《バリスタ》が放った大矢は命中した瞬間、砕け散った。


「無駄無駄。無理無理。無能無能。だけど、その足掻きっぷりいいぜ。もっと足掻いて絶望してくれっ!」


 一歩一歩、ゆっくり、じわじわと歩み寄ってくる。

 俺たちは後退りながらTDSで抵抗するが、ダメージは一切通らない。


「圧倒的な守備力があれば、誰にも負けねえ。怯える必要もねえ。守りは最強なんだぜ」


 平地は勝ち誇り、欲望と興奮に満たされた緩んだ邪悪な顔で悦に入る。


「守りは最強か。それに関しては同意するよ。攻撃よりも守る方が強い」


 こんなヤツに同意するのは屈辱だが、守りに対する信念は揺るがない。


「おっ、話がわかるじゃねえか。だが、今更命乞いしても助ける気はねえぞ。あ、しまったな。命乞いをさせて、もしかして助かるかも? って期待させてからぶち殺すべきだったか!」


 ここまでくると、いっそ清々しいクズっぷりだ。

 平地には最強の防御力がある。それは否定しない。

 だが、それは自分だけを守る力だ。俺の求めているものではない。


「いい具合に絶望と恐怖が熟成されてきたぜ。じゃあ、ここで更なるスパイスとして、誰か一人いたぶって殺すか。一番怯えているジャージ」


 負華が俺の胴体を強く抱きしめ、顔を背中に押しつける。

 全身が激しく震えているのが伝わってきた。


「……は、やめて。そこの双子っぽいのどっちか差し出せよ。二人居るんだ、一人減っても大丈夫だろ?」


 聖夜と雪音は互いを庇うように、片手で相手の体を押さえている。


「ふざけるな! 雪音は渡さない!」

「聖夜は殺させない!」

「おうおう、強がっちゃって。いいねえ、兄妹愛ってヤツは。ほんと、たまんねえぜ」


 口元の涎を拭う仕草をして、双子に向けて一歩、更に一歩と近づいていく。

 壁際に追いやられた双子の前に、俺は進み出た。

 ――背中に負華をくっつけたまま、《矢印の罠》で横にスライドして。


「俺の前に立ちはだかるなんて格好いい……後ろので台無しじゃねえか」


 しがみ付いたまま離れない負華を見て、平地が落胆している。


「これぐらいの重荷があった方がいいんだよ」


 誰かに必要とされ頼られることで、守る意志が強固になる。

 良かったよ、お前が最低な人間で。

 腹は据わった。

 殺人という業を背負う、覚悟も決まった。

 あとは実行するのみ。


「おいおいおい、またその移動する罠で遠ざけるだけか。いい加減、飽きたから、そろそろ浮いてもいいんだが」


 平地は今まで《浮遊》の加護を使っていなかった。

 ありとあらゆるTDSを防ぎ、使う必要がないと考えていたのだろう。


「ん? なんだ、踏んだのに移動しないぞ。おいおい、不発かよ」

「いや、しっかりと罠に掛かったよ。俺たちの加護は能力を細かく調整することができる。ゲームみたいに」


 これは《加護》を得たときにゲームだと信じていた恩恵らしい。ゲームなら調整もできるし、能力を数値で確認もできて当然。


「何が言いたいんだ? 能力をいじれたとしても、それで俺をどうにかできるわけがねえだろ」


 俺が何を言いたいのか理解していない。

 そうだよな、仲間の三人もわかっていないようだし。


「俺の《矢印の罠》は踏んだ瞬間に発動する仕組みになっている。矢印の向いた方に三メートル強制移動させられる」


 レベルを上げて能力を強化した結果、当初は一メートルだったのに三メートルも移動可能になった。


「はっ、そんなのは何度も踏んだから知ってるっての」


 圧倒的に不利な状況の筈な俺が、余裕の態度で語るのが気に食わないのか、段々声が苛ついてきている。


「罠の大きさは最大で一辺二メートルだが、小さくするならいくらでも可能だ」


 新たに設置した《矢印の罠》を目の前で縮めてみる。


「更に踏んだ瞬間に発動する罠を時間差で発動させることもできる」


 縮めた《矢印の罠》に飛び乗るが直ぐには移動せずに、三秒後に体が横に少しずれた。

 距離も調整したのでほんの十センチほどだが。


「で、何が言いたいんだっ。時間稼ぎはいい加減に――」


 辛抱の限界に達した平地が俺に向かって踏み出そうとしたが、それを手で制す。


「まあ、待てって。説明はもう終わるから」


 そう、時間調整はもういいだろう。

 答え合わせの開始だ。


「罠の発動時間を三分後に設定した。お前の足下をよく見て見ろ。矢印はどっちを向いている?」


 俺に促され平地を含めた全員の視線が、足下に集中した。

 そこには二つの《矢印の罠》がある。

 平地の右足と左足は別の方向を向いた二つの罠を踏んでいた。

 右足は右向きの矢印。左足は左向きの矢印を。


「あっ、あっ、あっ、あっ、ああああああああああああああああっ!」


 それが何を意味するのか理解した平地の口から絶叫がほとばしる。


「まさか、まさか、まさか、お前、お前ええええええっ!」


 やはり、外からの攻撃を無効化できても、これは防げないか。

 発動時間がきたら、お前の体は左右に三メートル引っ張られる。

 既に踏んだ後だ、もう――逃れる術はない。

 この罠の使い方、実はかなり早い段階で思いついてはいた。

 だが、あまりにも残酷な方法なので踏ん切りが付かず、今後も使う気はなかったのだが。


「さあ、タイムリミットまであと数十秒。懺悔の言葉はあるか?」

「まて、まて、まて、まて、待ってくれ! 俺が悪かった、この通りだ!」


 その場に土下座して命乞いをする、平地。

 さっきまでの愉悦に満ちた態度は消え去り、情けなく懇願する姿。


「こういう場面で相応しい台詞を映画で観たな。確か……お前はそうやって命乞いをしてきた人を助けたのか?」


 その言葉を聞いて顔を上げた平地。涙と鼻水でぐしゃぐしゃに濡れた顔は、哀れの一言。

 自分が虐げてきた人たちの無念を少しでもその身で味わえ。


「じゃあな。勇者様」


 負華を背に抱えたまま、聖夜と雪音の前にかがむ。

 正面を凝視している二人の頭を抱えるようにして、視界を遮る。

 耳に栓をするように腕を回し、手を当てた。


「負華、耳を塞いで」

「は、はい」


 胴体を締め付けていた腕の感覚がなくなった。

 負華も背を向けているので、これで誰の視界にも入らない。


「や、やめてくれ! 頼む! 本当に悪かった! 心から反省し……いぎっ! ぎいいいいいがああああああ! 嫌だ、嫌だ! 死にたくない! 痛い、痛い、痛い、いぎいいいいいい」


 平地の断末魔がこの戦いの幕引きとなった。

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