第51話 戦いが終わって

 決して後ろには振り向かず、全員が壁に向かった状態で話し始める。

 背後には凄惨な末路を迎えた死体が転がっているから。


「周囲を覆う結界、とか言っていた加護をどうにかする必要がある」


 今も格子状の光は消えることなく、砦の外を覆っている。

 こちらはなんとかなったが、楓と喉輪が今どうなっているのか。

 一難去ってまた一難。本当は何もかも投げ出して休みたい。だけど、もう一踏ん張りだ。

 疲れ切った体に鞭を打って、背筋を伸ばすと大きく息を吸う。

 鉄のさびたような匂いが肺に入り込み、気分が悪くなった。


「取りあえず、屋上に移動してみよう」


 三人はまだ衝撃が抜けないのか、顔色が優れない。

 この血の臭いが充満した空間から、一刻も早く逃げ出したいのだろう。全員が同時に激しく何度も頷いている。






 屋上に到達するまでの間に、もう少し詳しい事情を説明しておいた。

 双子は理解力が高く察しがいいので、直ぐに自分たちが置かれている状況を把握。

 問題の負華には「加護という言葉は口にしない。ここがゲームの世界じゃないってことにも触れてはダメ。OK?」と、もう一度念を押す。


「わっかりました。今まで通りに過ごせばいいんですね!」

「そ、そうだけど」


 ハキハキとした受け答えと笑顔を見ていると心配になってくる。

 ぽろっとボロが出そうだけど、そこは俺と双子でなんとかフォローするしかない。

 屋上に到着すると、紫色で格子状の何かが覆っているのがハッキリと目視できた。

 それもご丁寧に、二重に張ってあるじゃないか。

 砦に開けた穴からは一枚目の《結界》しか見えなかったが、もう一枚、更に大きく半球状の結界がある。


「楓と喉輪は何処だ⁉」


 俺たちは屋上の四方に散って、眼下を覗き見た。

 石橋と峡谷。他は荒野。

 こちら側には……誰もいない、か。

 目を凝らして集中するが、人っ子一人どころか生き物の姿すら見当たらない。


「こっちはダメだ。みんなは」


 全員から話を聞こうとして振り返ると、さっきまで誰も居なかった砦の中心部に――人が。

 それも三人。


「大阪弁! 喉輪さん! あと……誰?」


 歓喜の声を上げる負華だったが、最後の一人を見てキョトンとしている。

考えるよりも早く体が反応した。

 TDSをいつでも起動できるように身構える。

 楓と喉輪は間違いない。しかし、隣に立つ白のトレンチコートを着た人物に心当たりはない。


 緑の髪色で肩に毛が届かないぐらいのショートカット。化粧をしていないが女性に見える。身長は俺より少し低いぐらい。女性としては高身長だ。

 トレンチコートの上からでもわかるぐらい胸部が膨らんでいる。どうでもいいことだが、たぶん、脱いだら凄い。

 顔の作りはいいのに、けだるそうな表情が台無しにしている。今も大あくびをしてやる気が感じられず、警戒心が緩みそうになる。


「楓さん、喉輪さん、隣の人が誰なのか、教えてもらってもいいかな?」


 謎の人物の人質にされているのではないかと勘ぐったが、二人の表情に緊張感はなかったので少しだけ落ち着きを取り戻している。


「あー、警戒せんでええよ。この人はうちらに協力したいんやって」

「ご紹介が遅れました。この方は西の勇者殿でござる」


 二人の説明を聞いて、ほっと安堵……する訳がない。警戒が増すに決まっている。

 双子の目つきも鋭くなり、俺の側に駆け寄ってきた。

 それを見て負華が慌てて走ってくると、俺の背後に素早く隠れる。

 俺たちの様子を意にも介さず、西の勇者は一歩前に踏み出すと「よう」と軽く右手を挙げた。

 か、軽いな。


「心配する気持ちはめっちゃわかるけど、うちらはこの人に事情を聞かされて」

「皆様も知ったでござるか。この世界がゲームではなく異世界だと」


 二人も教えられたのか、真実を。

 つまり、このやる気の見えない西の勇者がすべてを話した、と。

 何を考えている? 

 鉄壁の勇者は精神に揺さぶりを掛けて、恐怖心を煽るために真実を暴露した。なら、この勇者の目的はなんだ。


「あー、肩上だったか。あんたなら、これで理解できるだろ。あたしはバイザーの仲間で西の国に潜んでいる魔王国のスパイだ」


 すべてに合点がいった。


「バイザーと同じように、俺たちの境遇に同情して納得がいってない、と」

「まあね。ぶっちゃけ、自分の国のことは自分たちでなんとかすべきだ。異世界人の一部が悪事を働いたとしても、その世界の住人すべてが悪じゃない。とばっちりもいいところだと思わないか」


 肩をすくめて頭を左右に振っている。


「まあ、そういうことらしいで。この《結界》とかいうので覆ったのも、魔王国と西の国にバレへんようにする為、って話や」


 楓が脅されている様子はない。自然体でいつもと同じに見える。

 隣にいる喉輪も同様に変わらない態度だ。


「今も遮断中だから安心していいよ。よっこらしょっと」


 西の勇者は屋上であぐらを掻いて座り込み、あくびをかみ殺して目元を拭っている。

 緊張感が微塵も感じられない。


「あー、あたしは結界の勇者なんて呼ばれているけど、ケッカイちゃんでも、なんでも好きに呼んでいいよー」


 手をひらひらと振って、気の抜けただらしない顔をしている。


「じゃあ、じゃあ、ケッカイちゃんは味方ってことでいいの?」


 物怖じせずに、その愛称で呼ぶのか。

 負華は稀に思い切った言動をする、というか妙な度胸がある。


「本当に呼ぶんだ……まあ、いいけど。そうだね、味方って認識でいいんじゃないかな」


 あぐらすら怠いのか、屋上に寝転び始めた。

 完全にくつろいでいる。


「注意事項としては我々の存在を……あたしやバイザーのことな。魔王国に悟られないようにする。今日知った真実はすべて他言無用。言うまでもないけど」


 二人はこの世界の人間側に付いて、魔王国に敵対しているわけではない。

 俺たちの境遇を知って手を貸してくれているだけ。

 最終目標はヘルムと同じく、魔王国の防衛。


「キミたちが力を付けて、殺すよりも手駒として使った方がいい。そう打算が働くように、こちらも誘導はしてみるよ」


 そこもバイザーと同意見なのか。


「守護者全員を助けることは不可能だとしても、救いの手は差し伸べたい。それが少数の命だとしてもゼロよりはいい。ほんの少しでも罪悪感が薄れるから」


 なんてことを苦々しい表情でバイザーが語っていた。

 俺たちは幸運にも、その数少ない相手に選ばれたのだ。


「見込みのある人はキミのチームに招き入れてくれて構わない。あと大事なのが……時間を稼いで欲しい。ヘルム様を説得するにも、あたしらに共感してくれる仲間を増やすにも、時間は必要だからね」


 鉄壁の勇者だった平地のような人間が、どれだけこの異世界に被害を与えてきたのか。

 怨みや、復讐の想いを甘く見てはいけない。

 負の感情は簡単に晴れたりはしない。それは、よく知っている。


「さーて、そろそろ怪しまれそうだから、あたしは撤退するよ。西の国には鉄壁が殺されたから逃げた、って言い訳が通じるし、魔王国には戦いを最後まで見守っていた、って伝えればいいしねー」

「なんか、スパイっぽい!」


 負華が目を輝かせて感動している。

 前も思ったことなのだが、気持ちの切り替えの早さは見習いたい。


「んじゃ、まったねー」


 立ち上がると屋上から飛び降りて、地面に着地する。

 結構な高さがあるのに問題なく歩いている。何か《加護》を使ったのか。それとも単純に身体能力が高いのか。

 勇者が《結界》に触れると紫の格子は砕け散り、光の粒子となって降り注ぐ。

 俺たちは顔を見合わせると屋上にへたり込み、放心状態だ。

 強敵の撃破に加えて、仲間への説明。

 更にもう一人の勇者との遭遇。

 更に更に実は魔王国のスパイ。

 情報量が多すぎる。肉体的にも精神的にも疲労が限界だ。


「なんかもう、疲れたーーー」


 大の字になって寝転ぶ負華。

 他の仲間も同じように体を投げ出している。

 俺も寝転ぶか。

 空には雲一つない晴天。そうか、晴れていたのか。

 《結界》に日光もある程度は遮られていたようで、急に明るくなった気がする。


「はあー、何とか撃退できたし、生き残れたぞー」


 こちらを監視しているであろうヘルムに向かって、上空へ拳を突き出す。

 胸に秘めていた真実を明かしたことで、心の負担はかなり減ったが、問題はまだまだ山積み。

 だけど、今のところは絶体絶命の危機を乗り越えられたことを素直に喜ぼう。

 誰一人欠けることなく、こうやって太陽を拝めたのだから。






 無数の映像が壁際にずらりと並んでいる。

 魔王城に設けられた監視室の中でヘルムは大きく息を吐く。

 今はスーツ姿ではなく、他の職員と同じデザインで色違いの制服を着ている。髪色と同じく炎のように灼熱色の。


「報告通り、肩上一行は鉄壁の勇者を撃退したようだ」


 他国に潜り込ませている結界の勇者からの報告書に、もう一度目を通すヘルム。


「あやつが《結界》で手を貸したようだが、それにしてもこの状態で勇者を退けるとは」


 《結界》内部での戦いだったので、こちらの目も耳も完全に遮断されてしまった。

 詳しい戦闘データが得られなかったのは痛手だが、勇者を一人葬ったことに比べれば些細なこと。

 ほぼ、計画通り順調にことが運んでいる、と考えていいだろう。


「何かとアクシデントに見舞われているようですな、その肩上という男は」


 後方に控えていたリヤーブレイスが目を細め、興味深げな視線を肩上に注いでいる。

 肩上 要。一見、何処にでもいる平凡な男に見えるが、今後も注目すべき男なのかもしれない、とヘルムは認識を改めた。


「物語で例えるなら主人公のような存在なのかもしれんな」

「頭に、悲劇の、と付きそうですが」

「違いない」


 最後まで生き延びたとしても、その力はすべてヘルムに吸収される。

 その結末を知っているだけに、ヘルムは冷淡な目で肩上を見つめていた。複雑な想いを胸に抱きながらも、表には一切出さずに。

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