激闘

第52話 プロローグ

 丸く大きなテーブルの中心には大きな燭台が一つ。五本のローソクには火が灯り辺りを照らしている。

 だが光量が充分ではなく、テーブルを囲むように座る面々の輪郭がおぼろげに見える程度。

 その数は四人。


「鉄壁の勇者が倒されたね。はーっ、困ったなぁ」


 テーブルに両肘を突き、手を組み合わせた男が大きなため息を吐く。

 そんな男を見て右隣に座っていた大男がテーブルに足をのせ、背もたれに体を預けた。


「ヤツは俺たち七勇者の中で最弱。って、言いたいところだが、第三位がやられたのはマズくねえか?」


 低く野太い声なのだが、焦りが感じられる。

 見かけに反して小心者なのか、体を小刻みに揺らして落ち着きがない。


「まさか、鉄壁の勇者が倒されるとはね。あの防御を打ち抜く力を持った相手がいる、ということか」


 初めに口を開いた男が額に手を当てて天井を仰ぐ。


「なあ、結界の。あんたは鉄壁がやられたところを見たんだろ?」


 大男に話を振られたのはテーブルに上半身を投げ出し、眠りかけていた女だった。

 体を起こして大きく伸びをすると、大あくびをしている。


「見てないよー。鉄壁の平地君から「お前は逃げないように見張っておけ。あとでいたぶる獲物を何匹か確保しとけよ」って言われたから二人を確保して待っていただけだし」


 わざわざ平地の声真似をして内容を告げると、面倒臭そうに緑色の髪を掻き、トレンチコートの袖で目元を拭っている。


「鉄壁の悪癖が出たのか。どうしようもねえクズだが、加護だけは強かったからな。俺と相性がすこぶる悪い」

「第三位は伊達じゃないさ。一対一で戦ったら第一位の僕も倒せる自信はないよ。まあ、あの人は昔っから苦手だけどさ」


 二人も実力だけは認めているようだ。


「倒されてしまったのはどうしようもないけど、問題は第四位と第五位だね」

「あの二人、取り残されちまったからな……魔王国に」

「詳しい説明を頼んでもいいかな、第二位」


 会議の進行役を務めている男が、ずっと沈黙を守っていた人物に声を掛けた。

 その場に居る全員の視線が一点に集中する。だが、視線の先にあるのは闇。全身黒づくめの格好で闇に同化していて、輪郭すらわからない。


「七カ所の砦を同時に侵攻。その内、五つの砦は橋を落とされ、逃げ場を失ったところを強襲された」


 淡々と話す声は女のようだ。


「まあ、罠だったわけだ。橋に予め細工がしてあったんだろうね。木製の吊り橋は警戒していたから、僕たち勇者は手を出さなかったけど、まさか石橋まで爆破粉砕するとは予想外だったよ」

「そっちは砦を攻める前に橋を壊されたって話だよねー。ご愁傷様」


 本来は西の勇者全員で一気に砦を落とす計画だったが、渡る手段を奪われてはどうしようもない。


「結局、俺たちは出番無しだったからな。鉄壁と結界が組んで砦を攻めたのはいいが、鉄壁は倒され結界は撤退」


 大男がそこまで言うと、ちらりと結界の勇者を見た。


「ふっ。あたしは攻撃力が皆無だからねー。七勇者の最下位に無茶は言わないでくれ」


 悪びれもせずに肩をすくめて鼻で笑う。

 他の三人も彼女の活躍に期待をしていたわけではないので、誰もそれ以上の追及はしなかった。


「あいつらが攻めた砦も石橋が壊されて、戻れない状況なんだよな。こっちから簡易の橋を架けるのはどうだ?」

「うーん、あの峡谷は幅があって常に強風が吹き上げているから、作業が難しいらしいよ。敵も邪魔してくるだろうしね。まあ、なんとか頑張っても半年ぐらいかかるんじゃないかな」

「そりゃ、どうしようもねえな。じゃあ、見捨てるか。これで死んだら俺たちは四人になる。おっ、四天王を名乗れるじゃねえか。ちょうどいいな」

「四天王っていいよね。日本人なら憧れるフレーズだ」

「そう? あたしは興味なーい」

「…………」


 仲間を助けられる可能性が薄いと判断したにもかかわらず、この場に居る面々に危機感はない。


「問題は勇者が三人も倒されたから魔王軍が活気づくのと、東の国がちょっかいを出してこないか、だね」

「東の国は俺たちが弱ったと判断して、魔王国はそっちのけでこっちを襲うってか。一応、共戦同盟とか結んでるんだろ。魔王国を滅ぼすまでは互いに手出しはしない、だったか」

「上辺はね。弱ったところを突くのは兵法の基本だよ。って、ほんと君達二人は参加する意欲がないよね」


 男二人で会話をしている最中だというのに、一言も発しなくなった二人の勇者の一人は寝息を立て、もう一人は姿を消していた。


「残ったのは無気力とバカだけか……」


 男は呟くと、口元に笑みを浮かべる。


「一位、何か言ったか?」

「いや、別に。これからも頼りにしているよ」






「勇者との遭遇は想定外だったが、思わぬ戦果だった」


 ベッドに腰を掛けて、満足げに頷くヘルム。

 お世辞にも整理整頓が行き届いているとは言えない自室で、下着姿のまま今日のことを思い返していた。


「鉄壁の勇者を撃破。七勇者の一人を葬った功績は大きい。結界の勇者は我が手の者。故に、残りは五人。更に加えて、四位と五位の勇者を孤立させることに成功した。砦に居座られてはいるが、橋を破壊して補給線は絶たれ、撤退する術を失った」


 西の国と繋がる道は峡谷に架かる七本の橋だけ。

 守りに適した橋なのであえて残していたが、もう交流の必要もないと判断して、二つの橋だけを残して破棄。

 これからは二本の橋とその砦を守るだけでいいので、人員の確保も守備も楽になる。


「あの二人の勇者をどうにかできれば、西の国エルギルの脅威がかなり薄れるのだが」


 勇者とはいえ、たった二人。であれば戦力を惜しみなく注げば力押しで勝てる。

 しかし、損害は計り知れない。ヘルムが踏み切れない理由がそこだ。


「やはり、守護者をぶつけるしかない」


 実際、勇者と守護者が戦い、守護者が勝利を収めた。

 対抗手段として有益な駒だということが立証されたのだ。


「となると、どうやって誘導するか」


 枕元に置いていた、自分専用の宝玉を掴み念じる。

 生き残っている守護者のプロフィールと顔写真が宙に放映された。


「生存者は六十二名。過半数がまだ……。既に加護を七つも集めている守護者がいるのか」


 全員のデータを確認中に一人の人物に目が留まる。

 他の守護者は一つから二つの加護しか所有していないというのに、七か。

 勇者を倒し、何かとアクシデントに巻き込まれる肩上ばかりに注目していたが、他の守護者たちの動向にも気を配らねば。とヘルムは気を引き締める。


「まずはあの孤立した勇者二人を倒すべきだな。守護者が進んで協力したくなるような餌を用意して。いや、タワーディフェンス好きなら進んで参加したくなるような状況を作り出すか……」


 ベッドの上に投げ捨ててあったノートを掴み、いくつかの案を書き込んでいく。

 ページをめくった際に何かが床に落ちたので、ヘルムはそれを拾う。


「父上……」


 父親である魔王と二人一緒の写真。

 古代文明の遺産の一つである写真機で撮った貴重な一枚。

 ずっと使い道がわからず魔王城の倉庫で眠っていたのだが、バイザーが解明してくれたおかげで、こうして父親の姿を残すことができた。

 誰よりも強く、優しい人だった。民からも慕われ、ヘルム自身も憧れていた存在。

 この写真を見る度に復讐の炎が再燃する。

 時と共に風化しそうになるどす黒い感情が、ふつふつと煮えたぎっていく。


「立ち止まるわけにはいかない」


 多くの屍を積み上げた過酷な道。

 その屍は民だけではなく異世界人も交ざっている。

 巻き込まれただけの守護者たち。

 今も犠牲となった屍の恨みがましい目がヘルムを捉えて放さない。口からは呪詛を吐き続け、ヘルムを地獄へと引きずり込もうとする。

 そんな幻覚、幻聴が常に彼女を苦しませていた。

 それでも、それでも、ヘルムは歩みを止めようとは思わない。

 屍を踏みしめ、亡者の手を振り払い、前へ前へ。


「この国は滅ぼさせない。どんな手を使っても、外道と罵られても」

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