第53話 祝勝会

 砦の屋上からもくもくと煙が上っている。

 辺りは闇に包まれ静まりかえっているのだが、ここだけは例外だ。


負華ふか聖夜せいや君、雪音ゆきねちゃん、肉ばっかり食べない。ほら、野菜も食べなさい」


 飢えた三人が焼き上がった肉ばかりを狙うので、伸びてきた箸を片っ端からトングで弾く。


「肉をっ、肉をっ! もっとジューシーな肉をっ!」


 負華の脂ぎった唇が新たな肉を要求しながら、既に箸は肉を掴んでいた。

 ジャージ姿で肉を食う姿が、庭でバーベキューする家族団らんのワンシーンのようで、妙に似合っている。


「お姉ちゃんは食べ過ぎだって。ここは若者に譲るべきだろ!」

「そうですよ。そんなにお肉ばかり食べると、余計なところにお肉付いちゃいますよ?」


 双子の聖夜、雪音が肉争奪戦のライバルである負華に口撃を加えた。

 佩楯はいだてツインズは理想的な体型を見せつけるように、箸と木製の皿は離さずにポーズをとる。

 白シャツにカーデガンを羽織っている聖夜。シンプルなデザインのワンピースを着た雪音。格好はモデル仕込みで様になってはいるが、箸と皿は余計かな。

 負華が休日の家族なら、二人は避暑地でのワンシーン。

 舞台が同じでも対象が違うだけで、こんなにも印象が変わるものなのか。

 一瞬、箸の動きが止まった負華だったが、直ぐさま持ち直すと素早く肉を掴む。


「大丈夫、胸とお尻が膨らむだけだから」

「くっ」


 負華の一言に雪音と……話に参加してなかったもう一人の女性が胸を押さえている。


「皆様、こちらの野菜の焼け具合が最適でござるよ。かえで殿はタマネギが好物でござるか」

「ほんまはネギの方が好きなんやけどな。しっかし、あんたバーベキュー妙に手慣れてへん?」

「不肖、この喉輪のどわじゅん。必要なことはすべてアニメで学び申した!」


 タマネギを咥えながら呆れた顔で喉輪を見る楓。

 喉輪はそんな視線を意にも介さず、手際よく肉と野菜を焼き続けている。

 露出度の高い格好の楓とスーツ姿の喉輪。

 カップルに見えなくもない組み合わせだ。真面目な彼氏と口が達者で明るい彼女。

 見た目だけなら良い感じだけど、中身が、ね。


 今、俺たちは祝勝会と称して守り切った砦の屋上でバーベキュー中だ。

 室内で休む、という提案もあったのだが一階には……グロテスクな死体が転がっている。

 アレと一緒に飯を食える勇気がある者は誰もいなかった。


「今日は色々あったねー。ほんと、つっかれたー」


 思う存分肉を堪能して満足したのか、負華が屋上に座り込み両足を投げ出している。


「ほんと、色々あったなー。マジで」

「さすがに疲れちゃったね」


 双子は胸壁に腰掛け、肩を寄せて夜風に当たっている。

 穏やかな表情を浮かべてはいるが、その瞳がわずかに揺れていた。

 平静を装っていても動揺は隠しきれていない。

 それは俺も同じ事。ただ、彼らよりも一足先にこの世界の真実を知っていたから、心構えができていただけの話。

 だけど……相手が外道だったとはいえ、人を殺した、という罪悪感が背に大きくのしかかっている。


「ゲーム、とはいえ、人間を倒すのは精神が疲労するでござるよ」


 ゲームの部分を強調して言う、喉輪。

 この場に居る全員に「その設定を忘れるな」と釘を刺すように。


「そうだね。ゲームなのに死体はグロいし、消えないし」

「スプラッターなシーンは映画で充分だって学びました」


 双子が同じタイミングで肩をすくめて、大きく息を吐く。

 殺害シーンは見せないようにしたが、屋上に上る際に好奇心が抑えられなかったようで、ちらっと死体を見たらしい。

 負華は心底怯えていたので見ようともしなかったが。

 楓と喉輪は気が付いたら屋上にいたとのことで、一階の凄惨な現場には足を踏み入れていない。

 俺は……自分のやったことから目を逸らしてはいけないと、一度一階に戻り手を合わせた。

 鉄壁の勇者と名乗っていた平地は真っ二つに裂かれ、うつろな瞳が恨めしそうに俺を睨んでいる気がして、体が震えたのを覚えている。


「モザイクとか入れて欲しいよな、まったく」


 あのおぞましい感覚を振り払い、無理に強がって見せた。

 本当は口にした肉をすべて吐き出したい気分だが、強引にすべて呑み込む。周りに悟られるな。平然と振る舞うんだ。

 これはゲーム。ゲームの世界。真実を知った今だからこそ、そうやって自分を騙して誤魔化すしかない。

 矛盾しているが心の平穏を保つために、現状を真正面から受け止められるぐらい心が強くなるまでは……。


 俺を含めた仲間五人はこの世界がVR空間のデスパレードTDオンライン(仮)ではなく、現実の異世界と知った。

 参加している守護者の内で、この真実にたどり着いたのは俺たちだけだろう。

 他の守護者たちはゲームだと信じ、娯楽としてプレイしている。そういった人たちへの対応もどうするべきか。

 それも相談したいところだが、大きな問題が一つ。

 今も魔王国の連中に見張られていることだ。

 各自に渡された宝玉には便利な機能が盛り沢山だが、盗聴、盗撮という余計な機能も付いている。

 こちらの会話や映像は魔王国の連中に筒抜け。


 特に俺は注目されている立場。

 バグに遭遇して行方知れずになり、戻ってきたら西の勇者と遭遇。更に撃退。

 注目の的と呼ぶに相応しい存在だと、バイザーが楽しげに語っていた。

 なので会話には細心の注意を払い、迂闊な発言は厳禁だ。


「今後どうしようか」


 まずは無難な発言で話を進めよう。

 俺が問いかけると仲間が顔を見合わせて、考え込む。


「臨時クエストは終わったから、他の守護者たちは本格的にバトルロイヤル開始してそうだよね」

「最後まで生き残るのが、ゲーム、の目的だから当たり前ですけど」


 双子が慎重に言葉を選んでいるのが伝わってくる。

 いつもと違って口調が固い気もするが、死体を見た状況でまだ完全に落ち着いてない、と解釈してもらえるだろう。


「守護者を倒してTDSを集めるのが正道でござるが、そこであえて邪道を行くというのもゲーマーとして心が躍りませぬか?」


 思わぬ提案をしてきた喉輪に視線が集中する。

 喉輪は手にしていた串焼きに残っていた肉を食べきると、串を指揮棒のように振り回しながら、咀嚼を終えた口を開く。


「今回のように勇者を狙う、というのはどうでごさろう?」


 なるほど。それは考えになかった。

 勇者を狙うと宣言しておけば、このゲームに巻き込まれたプレイヤー、つまり守護者と戦わない言い訳になる。


「肩上殿が勇者を倒した功績により、パーティーを組んでいた我々にも経験値が与えられ、一気にレベルアップしたでござる」

「確認したらレベルが10にまで上がってて、めっちゃ驚いたわ」

「レベル一つ上げるのにも苦労してたのにな、雪音」

「そうね、聖夜。二人でコツコツ魔物を倒していたのが馬鹿らしくなるぐらい」


 楓と双子が上がったレベルで得たTDPを何に振るか迷っている話を聞いて、ぼーっと話を聞いていた負華が慌てて宝玉を取り出す。


「あっ、ほんとに上がってる!」


 今の今までレベルアップしたことに気付いてなかったのか。


「よーし、威力上げちゃおうっかなー」

「やめなさい」「「やめて」」「やめーや」


 喉輪以外が同時にツッコミを入れる。

 負華に任せるとろくなことにならないので、能力の割り振りはあとで要相談だ。


「あーっ! そんなことより、要さん! 勇者の加護は⁉ 倒したんだから手に入ったんじゃないの⁉」

「そうですよ! あの三つの加護をゲットしたなら無敵じゃないですか!」


 双子がぐいぐい迫ってくる。

 喉輪と楓は何も言わないが、期待に満ちた眼差しが俺を捉えて放さない。


「あっ、そっか! えっ、要さんが頼りがいのある男に……。前から、そこはかとなく素敵だと思っていたんですよぉ」


 露骨に態度を変えてすり寄ってくる寄生虫まで現れた。

 この状況で真実を明かすのには勇気がいる。しかし、黙っているメリットもない。真実を打ち明けるか。


「勇者を倒しても加護は手に入りませんでした。あんなチート能力を得たらゲームバランスがおかしくなるし、そもそもタワーディフェンスじゃなくなるから」


 俺たちがTDSと呼んでいる能力も実は加護なのだが、魔王国が覗き見している状況で口に出すわけにはいかない。

 実際、勇者の加護を得ることはできなかった。バイザーにその理由を訊ねたところ「勇者は善神の加護、守護者は邪神の加護。善神と邪神は相容れない存在。だから、守護者が倒して得ることができる加護は邪神の加護のみ」らしい。

 残念だが仕方ない。……欲しかったな《ダメージ無効》《浮遊》《腐食》の加護。

 いつまでも引きずっている場合じゃないな。気持ちを切り替えよう。


「話を戻すけど、さっきの勇者を狙うという提案は正直、ありだと思う。守護者は全員警戒中で誰もが疑心暗鬼が生じている。だから、迂闊に近づくのは危険だ」

「そりゃ、殺し合いが目的のゲームやからな。今は組んでいる仲間だって信用ならんし」


 楓は鼻で笑うと、意味ありげな視線を負華にだけ向けている。


「それはこっちの台詞ですぅ」

「ああんっ!」

「んんーっ!」


 負華も負けずと楓を睨み、その距離は徐々に近づき額を擦り合わせて……いつも光景なので放っておこう。


「それに、運営の裏を付いてゲームの抜け道を探すのって、面白そうじゃないか?」


 この会話を盗み聞きされているなんて、微塵も思っていない感じを装う。

 むしろ、あえて聞かせているのだが。


「自分だけ効率のいい経験値稼ぎの方法を見つけたときって、心弾むね」

「うんうん。おいしい狩り場を二人で独占したときは楽しかった」


 双子は昔から二人で同じゲームをやってきたそうで、やり込みゲーマーらしく効率を重んじるところがある。

 俺は効率を突き詰めるのも好きだが、無駄も大好きという厄介なタイプだ。


「他の守護者たちにはTDS集めを頑張ってもらって、貯まったところを一気に回収させてもらおう。ぶっちゃけ、美味しいとこ取りを狙おうって話」

「ほほう、肩上殿も中々の悪ですなぁ」

「そちには負けるがなぁ。はっはっはっは」


 喉輪のノリに合わせて悪代官のように返す。

 こんな会話をしているだけで、殺人の罪悪感が少しだけ薄れた気がした。


「じゃあ、基本方針はそういうことで。守護者戦よりも勇者を……おっと、通知だ」


 宝玉から着信音がしたので取り出して起動する。

 前回の臨時クエストと同じように赤い文字が宙に表示された。


『臨時クエストお疲れ様でした。七つの砦の内、六つが防衛達成! しかし、一つの砦は敵の手に渡り、敵国の勇者が居座ってしまいました! そこで皆様にはその砦を奪還してもらいたいのです!』


 これは……こちらにとっては都合のいい展開。

 勇者を狙おうと話していたタイミングで運営からの告知。あまりにも出来過ぎているが、バイザーが手を回して誘導したのかもしれないな。


「他の砦にも勇者が来たんだ。アイツぐらい強いのかな」

「うーん、どうだろう。同じぐらい強かったら面倒なことになりそうです」


 双子は勇者の強さを目の当たりにしている。警戒して当然だ。


「しっかし、あれやな。砦を守るんやなくて、攻めろってか。逆タワーディフェンスやん」

「楓殿。ジャンルで言うならタワーオフェンスでござるよ」


 タワーオフェンスか。

 最近、ちょくちょく目にするようになったゲームのジャンルだが、ちょっと苦手意識がある。

 楓の言う通りタワーディフェンスと逆で、守っている相手を攻め落とすゲーム内容。

 俺は守るのが好きなのであって、攻めることは好きじゃない。

 だけど、好き嫌いで判断していい状況ではない。今は運営の話に乗ってタワーオフェンスに参加しよう。

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