第54話 芸能人の力
臨時クエストの告知文が途中だったな。
まずは全文に目を通そう。話し合いはそれからだ。
『臨時クエストお疲れ様でした。七つの砦の内、六つが防衛達成! しかし、一つの砦は敵の手に渡り、敵国の勇者が居座ってしまいました! そこで皆様にはその砦を奪還してもらいたいのです!』
ここまでは読んだ。まだまだ続きがあるな。
『問題はその砦に二人の勇者がいることです。橋を落として孤立させられた勇者二人を守護者の力で倒していただきたい! 追加の臨時クエスト中なので、引き続き守護者同士の争いは禁止です。勇者を撃退した方には、今回も報酬を用意しています』
その勇者が問題すぎる。
報酬に触れているが、勇者を倒せば大量の経験値をゲットできるのは立証済み。
魔王国としては、これを報酬という設定にしたいのだろう。
『勇者討伐は早い者勝ちです! 強力な力を有す敵ではありますが、相手はたった二人。皆様が協力すれば容易く倒せると信じています!』
俺たちが勇者を倒したことで、魔王国側は二匹目のドジョウを狙っている、と。
今回は何人参加するかは不明だけど、圧倒的な人数差で挑めるのは間違いないだろう。
「あれですよ。要さんの必殺技が炸裂すれば、イチコロですって!」
「そうだよ! あれが決まれば勝ち確でしょ」
「防ぎようがないですからね」
戦いの場にいた三人が持ち上げてくれているが、あの戦い方には致命的な欠陥がある。
「そういえば、どうやって倒したのか聞いてないでござるな」
「秘密にしたいんやったら無理には訊かんけど」
と言いながらも、興味津々で好奇心に満ちた目を俺に向ける楓。
魔王国の連中に聞かれているだろうが、いずれバレることだ。今の内に明かしておくか。
「倒した方法は《矢印の罠》を足下に二つ置いて、右足で右向きの矢印。左足で左向きの矢印を踏ませるだけ」
喉輪と楓がそのシーンを想像したようで、少し血の気の失せた顔で俺を見た。
怯えている、というよりはドン引きしている。
「ま、まあ、そりゃ防げんわ。単純やけど、めっちゃ強いやん。それがあれば、どんな敵でも倒せるんとちゃうん」
「そう単純な話じゃないんだよ、これが」
決まれば確かに強い。だけど、決められるかが問題になってくる。
「まず、両足同時に罠を踏ませないといけない。踏んで直ぐ発動して一秒の間に三メートル移動。これが《矢印の罠》の能力。右向きの矢印を右足が踏んで、一秒後に左足が左向きの矢印を踏んだとする。対象者はどうなると思う、負華」
「えっ、私ですか⁉ えっとー、そのー、右に三メートル移動してから、左に三メートル移動だから……元の場所に戻るだけ?」
「踏めたらそうなるだろうけど、即座に発動だからね。右足が踏んだ時点で左足は踏めない」
発動時間を遅らせたら実質上は可能だけど、その調整が難しい。
「発動するまでに、もう片方も踏まなければ意味がない。そのタイミングがかなりシビアなんだよ」
「戦闘中だと相手は常に動いているでござる。狙い澄まして、両足同時に踏ませる。難易度はかなり高そうでござるな」
喉輪が実際に屋上を軽く走り、罠を踏むような動きを見せている。
動いているときは両足が地面に付くタイミングがほぼなく、基本片足しか狙えない。
「攻撃の瞬間か隙を見せて立ち止まった時にしか狙えないんだよ。それも罠が起動できる十メートル以内に近づかないとダメ」
「常に相手の足下に注目していたら、他のことがおろそかになりそうだね」
「うん。相手の攻撃を躱すのも難しくなるのではないですか」
双子は互いの足下を見ながらTDSを出すような素振りを見せて、頭を捻っている。
二人のTDSも俺と同じく設置型なので、その困難さが伝わったようだ。
「相手が隙を見せるか、不意打ちで決めるのが理想だけど」
激しい戦いの最中だと、あまり期待しない方がいい。
それこそ敵味方が入り交じる混戦状態だったら、仲間に発動する恐れもある。
「つまり、かなーり使い勝手の悪い必殺の一撃、ってこと?」
「まあ、そうだね」
負華に同意しておく。
条件は厳しいがどんな相手でも倒す術がある、というのは強みだ。
「でも、それなら《矢印の罠》をすっごく小さくして置けば? 片足でどっちも踏めるぐらいの大きさだったら、踏んだ瞬間発動しないの?」
聖夜の提案は俺も考えて、実際に試した後だ。
「片足で同時に右と左向きの矢印を踏むと……残念なことに発動しないんだ。互いに打ち消されるみたいでね」
同じ部位で同時に触れても発動しなかった。
ゲームを想像して生じた能力だからなのか、TDSには明確なルールが存在して、その法則を覆すことはできない仕組みらしい。
「世の中、そんなにうまい話は転がってないってことですかー」
「残念ながらね」
峡谷の直ぐ側にある砦。
架かっていた石橋は完全に破壊されていて、谷の向こう岸との交通手段が奪われた状態。
俺たちが勇者を倒した砦と同程度で、戸建ての家がギリギリ入るぐらいの面積。
ただ、決定的な違いがある。
《マップ》だと見下ろしの映像だからわからなかったが、この砦は塔のような形状で縦にかなり長い。
四角い柱が地面に突き刺さっているような形。
窓の数からして、たぶん五階建て。
他に特徴といえば砦を囲む壁がない。
東側の川とは違い、橋がなければ通れない深い谷があるので防壁の必要がなかったのだろう。
砦の正面には谷。側面や後ろは草一つ生えていない荒れ地が広がっている。
まずは現場を確認しようと、目的の砦から少し離れた場所に隠れて様子をうかがっているのだが。
「緑が一つもなくて殺風景だし」
「風がビュービューうるさいし」
「「住み心地悪そう」」
双子が揃って立地にケチを付けている。
完全に日が落ちているのに周囲を確認できるぐらいの光量は確保されていた。
それは何故か。ここの砦は他と違い円形の塔になっていて、一番上に煌々と光を発する物体が置かれているからだ。
わかりやすく例えると灯台のような役割なのだろう。
そんな砦から百メートルぐらい離れた場所に、いくつか転がっている大岩の裏に隠れて観察中。
実は他の大岩の裏にも守護者の姿が何人か見えている。
俺たちと同じように勇者討伐の参加者で間違いない。
その内の何名かの顔に見覚えがある。元、喉輪のチームにいた連中か。
相手もこちらに気付いたようで、忌々しげに喉輪を睨んでいる。
「どこかギスギスしているように見えるでござるな。不和が良い感じに育ってきているでござるよ。くっくっくっく」
悪人じみた含み笑いをこぼす、喉輪。
その表情は心底楽しそうだ。
言われてみれば、元喉輪チームの面々はさっきから言い争いばかりで、雰囲気も悪いように見える。
確か前に「追放された後の展開が重要でござる。後に拙者が有能だったことを知り、仲間内で揉めて後悔する。これが追放物の醍醐味でござる!」と熱弁を振るっていた。
望んでいた展開になっている、ということか。
他にもフードコートのチームに所属していた人もいるが、肝心のフードコートが見当たらない。
あの《雷龍砲》があれば勇者討伐も楽になるのに残念だ。
「あいつらと組んだ方がええんかな? 面倒やけど」
「どうでござろうな。皆、褒美を得ようとしているので、仲間と言うよりはライバル認定した方がよいのではござらんか?」
忌々しげにこっちを見ている喉輪の元仲間は期待できない。
敵意を抱いていない人もいるようだが、仲間に睨まれて目を伏せている。
距離と風の音がうるさいせいで、相手が何を言っているのか聞こえないのがもどかしい。
フードコートチームも敵対した喉輪がこちらにいるので、話し合いに応じてくれる可能性は薄いだろう。
なら、見覚えのない守護者を探して声をかけるのもありか。
周囲にいる守護者を一人一人、喉輪に確認してもらう。
「ほとんどが、どちらかの陣営に属していた人のようでござるよ。おっ、あそこのグループは別のようでござるが」
喉輪が指差したのは、かなり離れた場所に位置する大岩の裏にいる四人組。
三人が学ランで一人がセーラー服を着ている。ということは同じ学校の友達同士でやっているパターンか。
「僕たちと同年代か」
「私たちの学校はブレザーだから新鮮に見えるね」
双子の通う学校はブレザーなのか。
この二人だと学ランとセーラー服もオシャレに着こなしそうだ。
四人組がこちらの視線を感じたのか、俺たちを指差している。
何か話しているが風の音に掻き消されて、俺たちの元に届かない。
表情を見る限り、興奮して喜んでいるようだが。まるで芸能人に会ったファンのような……あっ。
「もしかして、気付かれちゃったかな」
「ファンサは大事にしないとね」
双子が手を振ると、四人組が一瞬にして沸き立つ。
特にセーラー服の子が興奮しすぎて、学ランの男子の背中をバンバン叩いている。
二人が若者の間で絶大な人気がある、という情報は嘘じゃなかったのか。
「彼らは容易く引き込めそうでござるな」
「二人が交渉したら一発だろうね」
喉輪と俺は声を潜めて言葉を交わす。
あれほど熱烈なファンなら、協力は惜しまないはず。
……という打算があるのも嘘じゃないが、双子と同年代の若者が真実を知らずに、ゲーム感覚で若い命を散らすのは大人として見過ごせない。
守護者全員を助けるのは無理があるとしても、目の届く範囲だけでも助けの手を伸ばしてやりたい、というのが本音だ。
「じゃあ、行ってみるか。二人とも手伝ってくれるかな?」
「「了解」」
快く承諾してくれた二人を招き寄せて、足下に《矢印の罠》を設置。
三つ罠を経由して、向こうの大岩の裏へと移動。
突然現れた、俺たち三人……いや、正確に表現しよう。聖夜、雪音の佩楯ツインズを目の当たりにした四人組が硬直した。
瞳孔が開いて顔面が真っ赤に染まり「あ、あ、あ、あ」「お、お、お、お」と意味をなさない言葉が断片的に口から漏れている。
憧れの芸能人が目の前にいると、人はこうなるのか。
このままじゃ埒が明かないので、間に割って入り話しかける。
「こんにちは。ちょっといいかな」
「あっ、はい!」
いち早く正気に戻ったのは、眼鏡をかけた女子高生。
長い黒髪を一本の三つ編みに束ねていて、目立つところがない地味な雰囲気だが、決して悪くない顔立ちをしている。
わかりやすく例えるなら、委員長や図書委員が似合いそうなタイプ。
「あの、佩楯ツインズですよね! ファンなんです!」
胸の前で手を組み合わせて、祈るようなポーズで双子を交互に見つめている。
「初めまして、聖夜です」
「雪音です」
二人は慣れた対応で優しく微笑みを返している。
三つ編みの娘が感動のあまり卒倒しそうになるのを、他の男子生徒が三人がかりで後ろから支えた。
チームワークはバッチリのようだ。
「し、失礼しました。あ、あの、もしかして貴方は」
二人に向けられていた熱い視線が急にこっちへ向く。
この尊敬の眼差しは……俺を芸能人の誰かと間違えているのだろうか。双子と一緒にいたら勘違いされても無理はないが。
困ったな。そんな煌びやかな世界とは無縁なのに。
「佩楯ツインズのマネージャーさんですか?」
「「ぶっ」」
噴き出すな、佩楯ツインズ。失礼だぞ。
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