第55話 TDSは使いよう

「どうも。マネージャーの肩上わだかみです。今は名刺を切らしていまして、申し訳ない」


 それっぽいことを口にして頭を下げる。

 名刺なんてこの世界には持ち込んでないから、切らしているも何もないのだが。

 マネージャーと勘違いされたのなら、それを利用して話を進めることにした。

 双子が一瞬だけ驚いた顔になったが、直ぐさま俺の考えを理解したようで平静を装っている。


「やっぱり、マネージャーさんなのですね。初めまして、私は立挙たてあげ しずかです」


 深々とお辞儀する女子高生の静。


「後ろの三人はABCとでも呼んでください」

「男子生徒Aです」

「Bです」

「Cです」


 モブ扱いされて怒るかと思ったが、坊主頭の男子生徒ABCは平然としている。

 彼らは目立たない顔付きではあるが、制服の上からでもわかる筋肉の付き具合。自分も体を鍛えているからわかるが、かなり身体能力が高そうだ。


「私たちはゲーム研究部でして、後ろの三人は運動部と掛け持ちで入っています。ね?」


 静が振り返ると「うっす!」という元気のいい返事が返ってきた。

 このチームのリーダーは間違いなく彼女。男三人を引き連れている女子高生か……。関係性が気になる。


「我々はあの砦に潜む勇者を討伐する予定ですが、皆様も?」

「はい、マネージャーさんの仰るとおり、褒美狙いです。ねえ、みんな」

「「「はいっ!」」」


 手を後ろで組み、背筋を伸ばして勢いよく返事する男子生徒ABC。

 仲の良い四人組というよりかは、従順に従っている配下のようにしか見えない。

 ……彼女に何か弱みでも握られているのだろうか?


「では、協力しませんか。聖夜と雪音の勝率を少しでも上げたいので」

「もちろん! 喜んで協力いたします!」


 双子にチラチラと何度も視線を移しながら、快く承諾してくれた。

 背後の男子生徒たちは直立不動のままだ。どうやら、彼らは口を挟む気がないようだ。


「ありがとうございます。では、我々は相手の不意を突く予定ですので、よろしければパーティーメンバーにご招待しても?」

「お二人と同じパーティーに誘われるなんて! よ、よ、喜んで!」


 リーダーである静だけメンバーに登録しておく。

 男子生徒ABCも誘おうと思ったのだが「ABCは入れなくていいです。お二人が汚れてしまいますので」と静が断った。

 ほんと、どういう関係性なんだろう、この四人。






 仲間の元に戻り、話し合いの結果を伝えた。


「協力を取り付けたのはいいでござるが。拙者たちはどのように動く予定でござるか?」

「それについては一つ考えがある。ここは見通しが良すぎて攻めるには向いてない」


 砦を中心として半径百メートルぐらいの間には遮蔽物が何もない。

 おまけに周囲を照らす灯りのせいで、昼夜問わず監視の目が行き届く。

 動いたら相手から丸わかりだ。静たちもそれは把握していて「相手が眠りに落ちてそうな深夜に動く予定でした」と事前の作戦を教えてくれた。

 それを踏まえた上で、全員を集めて小声で説明をする。

 話を聞き終えた仲間の視線が一人の男に集中した。

 注目の的となった男は雄々しく立ち上がると、髪を掻き上げニヤリと笑う。


「拙者が活躍する場面でござるな!」






 俺たちは現場から離れて、《矢印の罠》の高速移動で元の砦にまで戻ると、橋を渡り峡谷を越えた。

 峡谷が国境線代わりになっていて、今は敵国であるエルギルに侵入したということになる。

 そのまま峡谷沿いを北に移動。

 目的地に近づいてきたので、峡谷から少し離れて移動を再開。


 出発から、一時間程度で到着した。

 予定より早く着いたので、決起の時間までしばらく待機となる。

 ここは前に潜んでいた地形と酷似していて、そこら中に大岩が転がっている荒れ地。

 今も大岩の後ろに潜んでいる。

 灯台の光が辛うじて届いているので、油断はできない。


「あとは深夜を待つだけだね」

「宝玉で確認したら、現在は二十一時過ぎみたいです」


 双子は灯り代わりの宝玉を取り出し、大岩に背を預けて座り込んでいる。

 負華は地面に布を敷いて、その上で寝転び今にも眠りそうだ。

 ちなみにその布は俺のバックパックから取り出した物。勇者を倒した拠点を出る前に、めぼしい物は詰め込んできた。


「今日は疲れたー。ニートには辛すぎるので、もう寝たいですぅ」


 気持ちはわかる。

 勇者との戦いは精神も肉体も疲労が激しかった。

 オッサンの俺も結構辛いが、やせ我慢でなんとか保っている。


「時間まで休憩しよう。食料は保存食で。調理すると火と煙で相手にバレるから」


 それだけ伝えると、俺も地面に寝転がる。

 ふーっ、あーっ、溜めに溜めた疲労が一気に襲いかかってきた。体がずっしりと重く、動く気力がすべて持っていかれた。

 よっし、負華を見習って、だらだらしよう。

 他の面々も疲労困憊のようで、保存食をかじるか仮眠を取るかの二択。


「うちが見張っとくから、寝たい人は寝てええよ」


 楓のお言葉に甘えて目蓋を閉じると、あっという間に夢の世界へと誘われた。






「要さん、要さん、起きてますかー」


 負華の声が聞こえるが、面倒なので黙っている。


「起きないとキスしちゃいますよー。あー、でも、普通のキスだと既成事実にはならないらしいから、ここは思い切ってディープキスに挑戦するのもありかも?」

「なしだよ」


 寝たふりをし続けると何をされるかわからないので、ゆっくりと目を開ける。

 上半身を起こして辺りを見回すと、闇と静寂に包まれている。

 誰かが置いた宝玉の灯りで辛うじて見えてはいるが、砦にいる勇者にバレないように注意を払っているので光量は最小限。

 近づくほど砦から発する光が強くなるから、宝玉がなくても歩くのには困らないだろう。


「そこはあえて、寝たふりをして、キャッキャウフフな展開になるところでしょうが!」

「なんで、俺が怒られるんだよ……」


 普通ならカップルがイチャついているシーンに見えるかもしれないが、負華は虎視眈々と寄生相手を狙っている狩人。

 そして、俺はそのターゲット。全力で回避しなければ。


「なあ、あんたら付き合ってるんか?」


 膝を抱えるように座っている楓が、こっちをチラチラ見ながら疑問を口にする。

 少し離れた場所で背を向けて寝転んでいた喉輪が、体を半回転させてこっちを向く。

 大岩に背を預けて並んで座っていた双子が、四つん這いで近づいてきた。

 なんで、みんな興味津々なんだ。


「あっれー、バレちゃいました? てへっ、実はー二人はラブラブなんですぅ」


 俺の隣に寄り添うと右手の親指を伸ばし、他の指は曲げた型にして突き出す負華。

 これって二つ合わせたらハート型になるってヤツか。SNSの写真で見たことがある。

 俺は左手の親指を立てて、負華の右手に添えておいた。


「失礼な。アラフォーのオッサンにも選ぶ権利はある」

「それは私のセリフでは⁉」


 大げさに仰け反って驚く負華。

 正直に言えば打算有りだとしても、こんなオッサンを慕ってくれること自体は嬉しい。だけど、十以上年の離れた相手だというのがネックだ。あと、性格。


「よかったわ。肩上はんが冷静な判断できる人で」

「僕も安心したよ」

「私もほっとしました。男の人は胸が大きければそれだけでいい、って人もいますから」

「女性を傷つけたくないので、ノーコメントでござる」


 仲間が俺の発言を称賛してくれている。


「そ、そんなに、評価低いの……私。男好きする体だねぇ、って親戚のおじさんに言われたことあるのにぃ」


 みんなの反応が意外だったのか、膝を抱えた体勢で地面を転がっている。

 個性的な拗ね方だ。

 周囲をゴロゴロ転がって邪魔だったので、肩を掴んで動きを止める。

 慰めてくれるとでも思ったのか、表情が一変した笑顔の負華が俺を見つめていた。


「一部には需要あると思うよ」


 負華は眉根を寄せて俺を睨みつけると、手を払う。

 そして、ローリングの速度がさっきより上がった。

 ……気の済むまでやらしておこう。


「今は深夜二時か。思ったより疲れていたみたいだ」


 宝玉で時間を確認すると、想像よりも遅い時間だった。

 地面が固かったから体の節々は痛いが、熟睡したようで疲れはかなり取れている。


「さっき、パーティー通話で立挙さんから連絡があって、他の人たちが動き始めるらしいよ」

「鼻息が荒くて、少し興奮気味でした」


 それはキミたち双子が対応したからじゃないかな。

 向こうに残してきた高校生四人組には、現状に変化があったら即座に伝えて欲しいと頼んでいた。

 それと、周りが動いても「キミたちは控えておいて欲しい」とも。

 勇者の強さが未知数の今、迂闊に動くのは危険だ。彼らの命を散らしたくはない。


「じゃあ、俺たちも動こうか」


 宝玉の灯りを消して、ゆっくりと歩み出る。

 ある程度の明るさは確保されているが、近くに底が見えないぐらい深い谷がある、というのは恐怖でしかない。

 だが、間違っても落ちることがないように、目的の場所まで確実に移動する方法として、予め《矢印の罠》を設置済みだ。

 全員が強制移動で峡谷の縁にある、破壊された橋に到着。

 石橋の谷に触れている部分は結構残っているが、中心部が完全に崩壊している。

 三分の二ぐらいが失われていて、その長さは二十メートルほど。

 これが三メートル以内の幅なら、《矢印の罠》を使って空中移動も可能だったが、この距離は無理だ。


「じゃあ、任せたよ」

「拙者の力、とくと見るでござる」


 前に進み出た喉輪は、そのまま石橋を渡り、崩壊した箇所の近くで立ち止まる。

 そして、右手を前に突き出し「発現するでござる」とTDSを発動した。

 崩壊した部分を補うように《ブロック》が石橋の上に並べられ、互いに繋がり穴を補強していく。

 一辺、一メートルの大きさだが、この《ブロック》は隣り合わせた《ブロック》とくっつく仕様で、壊さない限り繋ぎ目が外れることはない。


「ふうー、完成でござるよ。ささっ、皆様、渡ってくだされ」


 強度を確かめるように《ブロック》の上で跳ねる喉輪。

 どうやら、大丈夫そうだ。


「じゃあ、渡る……よ。どうした、負華?」


 ブロックに足を掛けたところで、服の裾を捕まれた。


「そ、その、夜中にあんなところを渡るのって、怖くないですか?」


 確かに深夜に安全が確保されていない場所を命綱もなしに渡る。

 不安になるのも仕方がない。

 俺は負華の手を握ると、ゆっくりと《ブロック》の上を進んでいく。


「こういう優しさと男らしさを、もっと出してくれたらいいのに……」

「何か言ったか?」


 谷から吹き上げる風で何を言っているか聞こえない。


「私がスカートだったら良かったのに、って思ってませんかっ」


 俺の耳に口を近づけて囁く負華。

 照れながら怒る顔に少しだけ見惚れそうになったので、自分の頬を軽く殴っておいた。

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