第56話 タワーオフェンス

 壊れた石橋を渡り、砦の壁に背を貼り付けるように立つ。


「相手は二人で深夜。橋の壊れたこっち側に気を配る余裕はないと思うけど、このまま時間を待つのはちょっと怖いな」

「灯台砦、めっちゃ明るいから上から丸見えっぽいかも」


 負華は強い光を発する砦の最上部を、目を細めて見上げている。


「灯台もと暗し、って言うぐらいだから大丈夫じゃない?」

「確かにここまで近づくとそんなに明るくないよね」


 双子の言う通り、灯台砦から少し離れた場所の方がよく見える。

 とはいえ、砦の周りは遮蔽物がなにもない。ここで、堂々と待っているのは不安で仕方ない。


「ここは拙者にお任せあれ! いやー、出番が多くてうれしゅうござる」


 喉輪は壁沿いに並んでいる俺たちの中心に移動すると、両腕を広げて目を閉じた。


「建築開始」


 黒い《ブロック》が前後左右に二つ並んで現れ、高さと幅が二メートルの黒い板状になる。

 それが俺たちを挟むように左右に置かれ、更に上部には《ブロック》を繋ぎ合わせた天井で覆う。


「どうでござるか。これならば、敵の視界から逃れられますぞ」


 確かにこれなら上から見ても俺たちの姿は確認できない。これで一安心だ。

 喉輪のTDSを聞いたときは使い道が想像できなかったが、今回の一件で大きく株を上げている。


「なあ、さっきは茶色かったのに、なんで今回は黒いんや? この塊って色変えできるん?」


 楓が《ブロック》を小突きながら首を傾げている。

 言われてみれば今回の色と前回の色が全然違う。


「それはオプションの項目でいじったのでござるよ。小さくしたり、デザインを変えたりと、色々やれるでござる」


 オプションか。あったな、そんな仕様。

 俺も何か変更してみるのもありかもしれない。今は待ち時間で手持ち無沙汰だし。






 しばらくすると、宝玉に連絡が入った。高校生四人組からだ。

 通話を取る前に時間を確認する。

 深夜三時過ぎ。闇討ちするには頃合いの時間か。


『マネージャーさん、動きがありました! 何組かが岩から出て砦に向かっています!』


 興奮状態の声が脳に響く。

 放って置いたら彼女たちも突っ込みそうな雰囲気だ。念のために釘は刺しておこう。……聖夜と雪音が。

 二人に目配せをすると同時に軽く頷いた。


『立挙さんたちは、その場で待機して何かあったら直ぐに連絡を頼めるかな』

『貴女たちにしか頼めません。よろしくお願いします』


 いつもよりも優しい声を出して、懇願する二人。

 声と違い無表情なのが、芸能人としての強かさを感じさせてくれる。


『佩楯ツインズからお願いされるなんてっ! 静、感激!』


 そこから声がしなくなったが、たぶん大丈夫だろう。

 勇者二人が熟睡していて気付かない、という展開が理想的なのだが、どちらかが見張りに立っているはず。

 だとしたら、侵攻中の面々を警戒していて、こちらに注意を払う余裕も人員もない。

 もう少し待って戦闘状態になったら、俺たちも攻めに転じよう。


「あ、あの。要さん」


 考え込んでいた俺の意識を戻したのは、服を引っ張る負華だった。

 俺の顔を見上げる表情に元気がない。目を伏せたまま服の袖を再度引っ張る。


「どうした、トイレか? あの谷に流したら?」

「もう、そんなんじゃないですよ」


 俺がからかうと少しだけ笑ってくれたが、直ぐに緊張した面持ちに戻る。


「要さんは勇者をころ……倒すんですか? 相手も日本人なのですよね」

「そういう設定みたいだね」


 負華が口を滑らさないように、設定の部分を強調しておく。


「話し合いはダメなんでしょうか」

「それが理想だけど、聞く耳を持ってくれるかどうか。それに彼らは既に何人もの人を殺害している」


 外見は違っても人と同じように暮らし、対話が可能な魔物や魔族を容赦なく殺害している。

 その事実がある限り、望みは薄いだろう。

 全員が平地のような異常者だとは思いたくもないが、同じような考えをしている勇者はいない、と断言はできない。


「それに負けて死んだらゲームオーバーだ。やられる気はないよ」


 死ぬ気は毛頭ない。

 これがゲームの世界ならトライアンドエラーで何度も挑む、という選択肢も存在する。

 だけど、ここは現実。負けは死を意味する。


「容赦をしてこっちが倒される、なんてことはごめんだ」

「そう、ですよね。ごめんなさい」

「謝る必要はないよ。このゲームはあまりにも出来過ぎていて、現実のように感情移入してしまうのが最大の欠点かもしれないな」


 負華の肩に手を置いて大きく息を吐く。

 言いたいことは痛いほど伝わっているよ。俺だって人殺しを避けられるなら避けたい。

 話し合って円満解決できたら最高だろうな。

 だけど……淡い望みに託すな。切り替えろ。冷徹になれ。

 俺の手は既に血で汚れているのだから。


「さーて、戦闘前に敵の情報確認といこうか」


 あえて明るい声を出して、全員の注目を集める。


「敵は二人の勇者。鉄壁の勇者、結界の勇者のように二つ名があるので、そこから能力を考察するしかない」


 そこで話を区切り全員の顔を見回す。

 神妙な面持ちで頷いている。……負華だけは地面を見つめたまま無反応。


「一人は神速の勇者で」

「もう一人は再生の勇者でしたよね」


 双子が天井の《ブロック》を見つめながら、その呼び名を口にする。


「片方はわかりやすくて助かるわ。神速ってことはめっちゃ足が速いってことやろ」

「それしか考えられないでござる。パワー系、スピード系は敵キャラとして必須でござるよ」

「まあ、そうだろうね。足が速いというのは単純が故に強敵だ」


 目にも留まらぬ速度で動き回る敵。

 《矢印の罠》との相性は悪い。特に平地に使った手段を戦闘中に狙ってやるのは無理だろう。


「それにさ、加護が一つとは限らないよな、雪音」

「うん。平地なんて三つありましたからね」


 そこも大きな問題だ。

 一つしか能力がないならやりようはある。だけど、他に隠されている加護が存在すれば、事前の対策はすべてが水の泡だ。


「そして、もう一人。再生の勇者。これをどう受け取るか」


 相手を再生する能力なのか、自分が再生する能力なのか。

 もしくは両方を兼ね備えているのか。

 それは生物だけではなく無機物にも使用可能なのか。


「ファンタジーで定番の設定であるなら、ヒーラーでござるが」

「相手の傷を癒やしまーす、ってキャラか。ネトゲで好んでヒーラーをやるけったいなヤツがたまにおるけど、理解できへんわ。ガンガン攻めた方がおもろいやん」


 楓、それは俺をバカにしているのかな。と思わずツッコミそうになった。

 はい、好んでヒーラーをやる人がここにいますよ。

 多人数で協力プレイをするゲームをやるときは、癒やし手のヒーラーか、仲間を守るタンク、このどちらかを選択することが多い。

 タワーディフェンス好きが、守りの重要性を理解していないとは嘆かわしい。


「ヒーラー系なら楽なんだけど、一番厄介なのが自己再生能力が異様に高いパターンだよね」

「倒しても倒しても復活する。面倒極まりない存在です」


 双子はそんな敵とゲーム内で遭遇した経験があるのか、うんざりした表情でため息を吐いている。

 腕や足を切られても直ぐに生えてきて、致命傷を負わせても復活してキリがない。

 これも単体の能力なら対応できるが、他の加護と組み合わさると面倒なことになる。

 もし、自己再生能力が高い方なら、俺の必殺の技は通用しない。裂けても元に戻るだけ。

 ……《矢印の罠》を利用した最強の技だと自負していたが、どちらにも通用しないかもしれない。


『緊急連絡です!』


 前触れもなく立挙の声が頭に響く。

 かなり焦っているのが声から伝わってくる。


『どうかしましたか?』

『マネージャーさん! 砦に向かっていた人たちが次々と倒されています!』


 思わず仲間と顔を見合わせる。

 これだけでは何もわからないので、質問を口にしようとしたが立挙が続けて言葉を続けた。


『残像が見えるぐらい速く動く人がいて、その人に倒されているみたいです。それと、TDSが起動するより速く駆け抜けているから、こちらの攻撃が全然当たってません!』


 神速の勇者か!

 罠の起動よりも速く動けるだと。どれだけの速度で走っているのか……。

 これだけじゃ、情報不足だ。もっと詳細な情報が欲しい。


『たぶん、神速の勇者ですね。その人は武器か何か持ってませんか?』


 ここはあえてマネージャーになりきった口調の方が、頭も冷静に働く。


『えっとですね。見た感じ素手です。あと、攻撃する瞬間だけ姿が見えるのですけど、ポッチャリした体型の人です』


 足の速いタイプは痩せ型のパターンが多いので、それは意外だ。

 武器はなく、身体能力だけで撃退しているのか。


『皆さんは砦に近づかないようにしてください。あと、もう一人の勇者の姿はありませんか?』

『見える範囲ですが……いないみたいです!』

『わかりました、ありがとうございます。皆さんは危ないと思ったら撤退してください』


 そこまで言ってから、双子に続きを譲る。


『命は大事にしてね。まだ、立挙さんたちと一緒にゲームで遊びたいから』

『戻ったら、色々とお話ししましょう』

『そ、そんな! 推しと一緒に過ごすだなんて……はうっ』


 通信が途絶えたが、まあ、大丈夫だろう。

 なんとなくだが、感極まって卒倒した彼女を三人の学ラン男子が、安全地帯まで運んでいる姿を想像した。


「それじゃあ、俺たちも動くよ」


 《ブロック》を消してもらい、囲いをなくすと俺は灯台砦の壁に《矢印の罠》を設置した。


「一気に屋上まで移動してから、攻略開始だ」


 一階から入るのではなく屋上からの進撃。

 これなら相手の意表を突いて、不意打ちを狙える可能性が上がる。

 ずっと黙っていた負華は置いて行こうと決断して、声を掛けようとしたら不意に視線を上げた。

 目と目が合う。

 まだ迷いも見えるし、完全に吹っ切れた様子でもない。しかし、強い意志を感じた。

 俺はそんな彼女に手を差し伸べる。


「行こうか」

「……はいっ!」

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