第57話 勇者二人

 灯台砦の屋上に全員が到達した。

 高さはあるが面積は小さいので、屋上の広さは戸建て程度か。

 縁から下を覗き込もうとしたが、守護者が潜んでいる一帯に向けて灯台砦の光が射出されているので、眩しすぎて目を開けられない。

 反対側は俺たちが移動してきた壊れた石橋があった場所。


「下のライトがある部屋に移動したいけど、目が眩むから反対側に降りようか。雪音ちゃん」

「はい、わかりました」


 雪音はかがむと《落とし穴》を発動。俺が注意するまでもなく、まずは小さいサイズを設置してくれた。

 小さな穴から下の階の様子をうかがっている。


「誰もいないようです」


 無人なのを確認してから今度は大きいサイズの穴を壁際に開いた。

 屋上から床まで三メートル弱ぐらいか。飛び降りても大丈夫な高さだとは思うけど、念のために《矢印の罠》を使っておく。

 床に降り立ち、まずは周囲の確認。

 仕切りのない空間には巨大なライトのような物体が一つだけある。

 床から伸びた太い鉄の棒の先に、バケツを横向けたような物が刺さっている。その片側から強烈な光を発して先を照らしていた。

 部屋の片隅には下の階へと繋がる階段がある。

 現在、外では神速の勇者が暴れているので、灯台砦の中にいるのは再生の勇者のみか。


「雪音ちゃん、悪いけどまたいくつか穴を開けてくれるかな。下の様子を確認したいから」

「はい」


 床に穴をいくつか開けてもらい、全員で覗き込む。

 下の階は居室になっているようだ。ここと同じく仕切りのない間取りで、ベッドが四つ置かれている。

 あとは机と椅子。花の入っていない花瓶と食器がいくつか。その程度だ。

 ベッドの二つはシーツが乱れているので、勇者二人はそこを利用しているのだろう。


「誰もいないようだけど、みんなは?」

「誰もいないなー」

「こちらも聖夜と同じく無人です」

「えっと、人っ子一人いません」

「うちんとこもおらんでー」

「人の気配が感じられぬでござる」


 誰もいないなら移動するべきか……。迷いどころだ。

 再生の勇者の居場所を把握できたら助かるが。


『立挙さん。そちらの様子はどうですか?』


 宝玉を握りしめ、丁寧な口調を心がけて通話をする。


『は、はい。マネージャーさん。ええと、私たちは安全な場所に退避しましたが、守護者の半分ぐらいが倒されて、今は残っている全員が協力してまとまっています』


 もう、半分も倒されたのか。

 全部で三十人ぐらいは潜んでいたはず。残りは十人を超えるぐらい。


『ちなみに倒された守護者たちは……殺されたのでしょうか?』


 高校生たちに生死の確認をさせるのは酷な話だが、これは重要なポイントになる。


『えとですね。BのTDSを使ってみます。しばらくお待ちください』


 Bって高校生男子の一人だよな。本当にBって呼んでいるのか。

 しかし、遠くを確認するTDSがあるとは。前作デスパレードTDの罠はすべて把握しているけど覚えがない。


『はい、確認が取れました。全員、気絶させられているだけで死んでいません』

『そう、ですか……』


 これは意外な展開だ。勇者は無慈悲で人殺しをなんとも思わない連中だと誤解していた。

 鉄壁の勇者、平地が異常だっただけで殺人を良しとしない者もいるのか。


『どうやって倒されたか、わかったりしませんか?』


 あまり期待をせずに質問をする。


『ええと、この人は胸を蹴られたみたいです。足形が付いていますので』


 蹴り技で倒したのか。

 武器を使わずに身体能力だけで敵を失神させたと。


『顔とか頭とかに打撃の跡はありませんか?』

『は、はい、あります、あります!』


 格闘技で失神する場合の多くが頭への打撃。

 顎をかすめたり頭にいいのを食らうと意識を失う。護身術を習っている際に何度か体験している。

 神速の勇者は格闘技の経験があるのかもしれない。もしくは、この世界に来てから覚えたか。


『ありがとう、参考になりました。他に現状、変わった様子は?』

『えと、あっ、砦の扉から人が出てきました。なんか、おっきくて真っ赤です!』


 表現が抽象的すぎるが、現れたのはもう一人の勇者で間違いない。

 二人とも出たということは、灯台砦の内部は無人になった。


『もう少し細かくわかりませんか、その人のこと』

『すみません、距離があって逆光だから見えづらくて。ええと、真っ赤なワンピースを着ていて、髪の毛も真っ赤で、真っ赤なパンツと真っ赤なブーツと真っ赤な手袋しています』


 全身赤でコーティネートしているのか。それにワンピースということは女性?

 服装のセンスは人それぞれだから、それだけで決めつけるのは危ういか。


『えと、神速の勇者とおぼしき人と合流しました。二人並んで守護者たちに近づいています』

『わかりました。皆さんは決して近づかないように』


 念を押してから通話を切る。

 今の会話はパーティー全員に聞こえていたので確認を取るまでもない。

 俺たちは一気に階段を駆け下り、一階に着いた。

 開けっぱなしの扉からそっと顔出して、戦場に視線を向ける。

 光に照らされた勇者らしき人物が二人。

 事前に得ていた情報通りの見た目をしている。


 一人は短い髪型のポッチャリとした体型……小太りの男性か?

 ここからだと後ろ姿しか確認できないので、性別の判断が難しい。

 服装は体に貼り付く黒のTシャツっぽい上着にポケットがいくつもある迷彩色のカーゴパンツ。それに頑丈そうなブーツ。

 映画で観る、アメリカ軍人のような格好だ。

 もう一人は隣に並ぶ勇者よりかなり背が高い。神速の勇者が小柄だとしても、二メートル近くないか。

 立挙が伝えたとおり、全身が真っ赤。赤い髪は足首辺りまで伸びている。

 凸凹コンビか。


「今回の勇者はキャラ濃い目やな」

「くっ、この見事に特徴的な見た目。完敗でござる!」


 喉輪は何を争って悔しがっているんだ。

 勇者二人は背を向けている状態で、こちらには気付いていない。

 不意打ちをするなら絶好のポジションとチャンス。

 相手の立っている場所がここから十メートル以上は離れているが、《矢印の罠》で音を立てずに近づけば、必殺の一撃を足下に配置することは可能だ。

 しかし、神速の勇者の立ち回りが、俺を迷わせる。


「あの人は守護者を殺してないんですよね?」


 負華の呟きに反応して体がピクリと揺れる。

 そう、相手は殺人を犯していない。気絶だけさせて捕虜にして自国に連れ去るだけなのかもしれないが、平地を見た後だと人道的に思えてしまう。


「でもさ、倒すなら今しかないよ」

「そうです。気付かれる前に動くべきでは」


 双子は強行派か。

 答えが出ないまま、楓と喉輪を見る。


「うちは……話を訊いてみたいかも。なんや、そんな目でこっちを見んなや。気色悪いな」


 潤んだ瞳の負華に見つめられて、そっぽを向く楓。

 これで穏健派が二人になった。


「難しいところでござるな。勝ちに行くのであれば不意打ちを推奨するでござるが、もし、話し合いが通じる人物であるなら、強力な仲間を得られるチャンスかもしれませぬぞ」


 喉輪は中間か。


「俺も喉輪と同じく迷っている。ここで葬るのが妥当だとは思う、思うけど……」


 踏ん切りが付かない。

 人を殺すことに躊躇いはあるが、割り切ってはいるつもりだ。

 相手が敵対する悪投であれば、俺は踏み切れる。覚悟は決まっている。

 だけど、無差別殺人犯になる気はない。


「甘いかな……」


 自分自身に問いかける言葉が漏れる。


「甘くないです! むしろ、ちょい辛ぐらいですよ!」


 よくわからない例えで励ましてくる負華。


「殺さずにすむなら、それでいいじゃないですか。決裂したら、私たちも本気でお相手すればいいだけです! ゲームの選択肢は面白そうな方を選ぶべきですよ!」

「強力な仲間を得るチャンス。ここで失敗してもフラグが立って、次に会ったときに仲間になるパターンもあるよね」

「うんうん。三回ぐらい繰り返さないとダメな難易度の高い敵ほど、仲間にすると強力だったりしますから」


 双子も負華に便乗して穏便派に鞍替えをしたようだ。

 そう……だったな。ここはゲームの世界という設定。

 プレイヤーとしてなら、どちらを選ぶかは明白だ。


「よっし、話し合ってみよう。失敗したら……直ぐさま逃げようか」


 俺が笑いかけると、全員が笑みを返してくれた。






 話し合いが解決したので扉から外に出ると、戦いは終盤に差し掛かっていた。

 無数のTDSを配置して迎撃する守護者たち。

 辛うじて残像が見える速度で移動する神速の勇者。設置型のTDSに触れているのだが、発動よりも速くその場から離れているので、すべて空振りしている。


 もう一人の再生の勇者は真っ直ぐ進むだけ。

 地面から飛び出した巨大な丸鋸が、再生の勇者を真っ二つに切り裂く。

 血肉が地面に飛び散り、血まみれの丸鋸が通り過ぎる。

 分断された体が地面に倒れることはない。切断面から粘り気のある血が伸びると、体を繋ぎ合わせ元に戻った。

 そして、平然と歩みを進める。


 次々と他のTDSが発動するが、すべて正面から受け止め再生。

 あまりにも凄惨な状況に守護者の何人かの腰が抜けたようで、地面に尻餅を突いて戦意喪失している。

 その間に神速の勇者が守護者たちに突っ込み、全員を蹴り技で倒した。

 強い。鉄壁の勇者とは違った強さがある。


「こ、これは、ホラー系のゲームなのかと間違えそうになるほどの迫力でござったな」


 喉輪が額の冷や汗を拭い、唾を飲み込む。

 あまりの光景に圧倒され、俺も言葉を失っていた。大きく深呼吸をしてから、二人の勇者へと近づいていく。


「見ていて痛々しいから、その戦い方はやめろって言ってるだろ。また血だらけになりやがって」


 神速の勇者がポケットからタオル地のハンカチを取り出し、再生の勇者の顔を拭こうとしている。

 再生の勇者は身長差があるので、腰をかがめると顔を前に突き出して大人しく拭かれていた。


「いいの。痛くないし、服も再生されるから」

「見てる方が辛いんだっての」


 会話を聞いている限り悪い連中には思えないが、血まみれなんだよな。

 戦場でなければ和む光景かもしれないが、相手は勇者。油断は禁物。

 さあ、話し合いの開始だ。

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