第58話 たいまん

 光に照らされ姿を晒した状態で、勇者二人に近づいていく。

 歩きながら地面に転がっている守護者へ視線を向ける。

 倒された守護者たちは全員気を失っているだけのようで、そっと安堵のため息を吐いた。


「おい、それ以上近づくなよ」


 あと数歩でTDSが置ける距離だったが、素直に足を止める。

 勇者二人が同時に振り返り、俺を見てニヤリと神速の勇者が笑う。

 見た目は標準体重より二十キロオーバーといった感じの体型。だけど、脂肪よりも筋肉が目立つ。

 身長は百六十前後か。男性にしては低い。

 小柄な彼の背後に立つのは対照的な女性。

 皮膚の色以外が赤いので、神速の勇者の背後から炎が吹き上がっているようにも見える。


「背後からの不意打ちにしては堂々としすぎじゃねえか?」

「当初は隙を突いて攻撃を加える予定だったけど、計画を変更してね」


 さあ、動揺するな。言葉の選択を間違えるな。

 いざとなったら《矢印の罠》で逃走。神速の勇者から逃げられるかは疑問だが、勇者の行動からして殺される可能性は低い。

 それと、魔王国の連中が監視していることも忘れてはならない。ここでの言動はすべて筒抜けだ。


「誰一人として殺害していない。だから話し合う余地があるかな、と」

「へえ、よく見てるじゃねえか。俺も美空も殺しが性に合わなくてな。できるだけ、殺しは避けている」


 神速の勇者の背後で再生の勇者が大きく頷く。

 主導権は男の方が握っているのか。

 しかし、できるだけ、か。

 彼らが平和主義者だとしても、ここは異世界で戦乱の真っ只中。やむを得ない理由で手に掛けることもあるだろう。俺のように。


「そうだな。同郷であるあんたら……守護者に興味はあった。話を聞いてやってもいいぜ」


 おっ、かなりスムーズにことが運んでいる。

 格好と目つきの鋭さから好戦的なタイプかと身構えていたが、見た目で判断するのはよくない。


「まずはタイマンで実力を見せてくれや。この世界じゃ、力のないヤツに発言権はねえからよ」


 右拳を左手のひらに叩き付けて、神速の勇者が一歩踏み出す。

 前言撤回。見た目通りの提案をしてきた。


「俺に一撃でも加えられたら話を聞いてやるよ。もし、無理だったら……そうだな。仕切り直して、全員で戦うか」


 俺の背後にちらっと視線を向ける神速の勇者。

 振り返ると心配そうに見守る、仲間たちがいた。

 負華なんて祈るようなポーズをして、不安そうにこっちを見ている。

 俺は手を振って「問題ないよ」とアピールしておく。

 彼と戦えば話し合いの道が開かれる。負けたとしても仲間と一緒に戦うだけ。

 デメリットは少ない。……彼が本当のことを口にしているなら。


「どっちにしろ、まずは名乗っておくぜ。オレの名はじん 紅牙こうが。紅牙って呼んでくれ。ここでは神速の勇者って呼ばれる方が多いけどな」


 自分を親指で差し、自信ありげな表情を見せる。


「んでもって、こいつがさや 美空みそらだ。再生の勇者をやっている」


 深々とお辞儀をする美空。

 この人、さっきから一言も話してないな。


「戦うなら、オレと一対一のガチンコバトルだ。男の勝負はタイマンって相場が決まってるからな。もち、ルール無用、加護使い放題」


 紅牙は嘘の吐けない性格に思える。

 脳筋タイプで考えるのが苦手で体が先に動く、そんな感じに見えるが、相手に油断させるために演じているだけかもしれない。

 今までの発言のほとんどが嘘で、戦闘が開始したら勇者二人で襲いかかり、殺される可能性も残されている。

 相手の発言を盲目的に信じるのは無謀。

 だけど、今はこの展開にすがるべきだ。最悪……俺が殺されたとしても仲間に危険度が伝わる。


「その申し出、受けるよ。やろうか、タイマン」


 俺の発言が意外だったのか、紅牙は大きく目を見開き驚きを隠そうとしない。

 背後の美空は前髪で顔が隠れているので表情は不明だが、驚いた気配は伝わってくる。


「へえ、オレの圧倒的強さを目の当たりにしたってのに、戦うのかよ。へえー。気概があるじゃねえか、気に入ったぜ」


 顎に手を当てて、マジマジとこっちを見ている。

 動物園の珍獣を見るような目だが、好印象を与えたようだ。


「要さん! 無理ですって! いい年なんですから、タイマンなんて無理ですよ!」

「そうだよ! 気持ちは若くてもオッサンなんだよ! やめといた方がいいって!」

「聖夜の言う通りです! 年を考えてください! 明日筋肉痛で動けなくなりますよ!」

「少年漫画みたいな展開に憧れるのはわかるでござるが! いささか無理がありませぬか!」

「やめとき! ノリで言いたい気持ちはめっちゃわかるけど、早よ帰ってき!」


 それに引き換え、仲間たちは声を揃えて俺を止めようとしている。

 心配してくれるのは嬉しいが、誰も俺が勝つとは思ってもいない。気持ちはわかるけど、もう少し信頼というか、期待して欲しいところ。

 大きなため息を吐いて振り返り、大きく息を吸う。


「たぶん、大丈夫!」


 あえて自信満々に声を張り上げ、親指を立てた右手を仲間に突き出す。

 そんな俺を見て余計に不安が増したのか、口元に手を当てておどおどしている。

 ……決まったと思ったんだけどな。


「殺し合いをするわけじゃないんだ。だから、過剰に心配をする必要はないから」


 笑顔を浮かべて軽いノリで話す俺を見て、少しは安心したのか表情が柔らかくなった。


「わ、わかりました。どうせやるなら、ボッコボコにしちゃってください!」


 負華がシャドーボクシングの要領で拳を突き出す。


「勝負するなら負けは許さないよ」

「大怪我しないようにしてくださいね」


 双子も俺にエールを送ってくれる。


「仲間に見守られながら敵との熱いタイマンバトル。さいっこうでござるな! 血湧き肉躍るバトルを所望するでござる!」

「興奮しすぎやって。まあ、適当に頑張りや。万が一にでも勝ったら、惚れるかもな……知らんけど」


 興奮している喉輪を楓がたしなめている。

 全員の許可も下りた。じゃあ、やるか!

 向き直ると軽く腰を落とし、右半身を後ろに引いて、指先を軽く曲げた両手を胸の位置まで上げる。


「ほう、構えが堂に入っているじゃねえか。あんた、何かやってるな」

「護身術を少々」

「いいねー。俺も格闘技習ってたんだぜ」


 紅牙は右足を高く掲げるが、体が全くぶれていない。

 大した体幹の強さだ。


「さっきも言ったが、何でもありだ。オレも加護を使う、あんたも遠慮なく使ってくれ。ちなみにオレの加護は《俊足》のみ。異様に足が速いのは、言うまでもないだろ」


 紅牙の姿が消えたかと思うと、次の瞬間には俺の目の前に立っていた。

 驚きを押し殺して身構えるが、またも姿が消え、元の位置に戻っている。

 十メートル以上の距離を一瞬にして詰めてきた。覚悟はしていたが想像以上だ。


「開始の合図がまだだったからな」


 圧倒的な実力差を見せつけて満足したのか、口元の笑みが深くなっている。


「あまりの早さに驚いたよ。じゃあ、俺も名乗りと能力を明かしておこうか。肩上 要。能力は《矢印の罠》だ」


 罠を地面に置いて、その上に飛び乗る。

 すっと体が三メートル後方へと移動した。


「あんた、面白いな。わざわざ能力を明かすなんてよ」

「そっちが手の内を明かしたんだ、こっちだけ黙っているのはフェアじゃないだろ」

「気に入った、気に入ったぜ、要! この世界の連中は殺伐としていて、こういうノリを理解してくれなくてよ。折角、こんな能力を手に入れたのなら熱いバトルしたいだろ! 自分より強いヤツに会いに行って、腕を磨く気概はねえのかって話だ」


 やはり、彼は昔ながらの熱血タイプか。

 個人的には嫌いじゃないどころか好感が持てる。

 そして、対戦相手としても……嫌いじゃない。


「オレの加護は見ての通り身体強化型だ。東の連中は発動型が多いんだが、魔王国は設置型をよく見るな。召喚場所で加護の種類が変わるのかね」


 紅牙がさらっと口にしたが、結構重要な情報では。

 忘れないようにしておこう。


「っと、今はそんなことどうでもいいか。開始の合図は……美空頼めるか」


 ぼーっと突っ立っていた美空が小さく頷くと、一枚のコインを取り出した。


「コインが地面に落ちたら勝負開始だ」

「了解」


 タイマンでの戦いによくある開始の合図。

 これは紅牙のこだわり、戦いに対する美学なのだろう。

 指で弾かれたコインが回転しながら、ゆっくりと落ちてくる。

 ここから先は一瞬たりとも目が離せない。……そもそも、目で捉えられるかどうかという話だが。

 意識を集中して、神経を研ぎ澄ます。

 風の鳴る音が消え、俺の目は紅牙だけを視界に収める。


 コインが今、地面に落ちた!


 紅牙の姿がぶれたかと思うと、視界から消える。

 考えるより先に右腕を上げて、頭をガード。

 衝撃が腕に伝わると同時に、足下に《矢印の罠》を置いて後方に移動。

 更に移動先に設置。それを繰り返すことで《俊足》に対抗する。


「へえ、中々の速度だな」


 強制移動中だというのに、この速度に追いつき併走する紅牙。

 勇者を倒したことでレベルアップをして、罠の移動距離を三メートルから更に伸ばして、今は五メートルに変更している。

 だというのに振り切れないのか。

 一秒に五メートルというと、百メートルで二十秒。時速十八キロ。

 世界最速の男が時速四十五キロに近いらしい。

 そう聞くと遅く感じるかもしれないが、走って速度が乗った状態でなく、初速から最高速で動ける。

 急カーブであろうが速度が落ちることもない。この強みがあるのだが《俊足》の加護には及びもしないか。

 それにこっちは、いちいち罠を設置する必要があり、敵が踏んでも同じ効果を得られる。


「その加護面白いな。鈍いのが欠点だけどよ」


 唯一の取り柄を鈍いと言われたら、どうしようもない。


「相性が悪かったな要。ちと早いが決めるぜ」


 《矢印の罠》で移動中の俺の真横に並ぶと、紅牙は上段蹴りを繰り出した。

 その一撃は狙い違わず、俺の側頭部へと吸い込まれ――ずに、上へと逸れた。


「はあっ⁉」


 片足を上げた状態で足が止まった紅牙を置き去りにして、俺は距離を取る。

 やはり、頭を狙ってきたか。


「おい、今、何をやった! 確実に蹴りがクリーンヒットしたはずだ!」

「さて、どうだろう」


 初めて焦りを見せる紅牙を前に、俺は余裕の笑みを返す。

 動揺している今が好機。反撃開始といこう。

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