第59話 レベルアップ
「今、何をしやがった」
驚愕に見開かれた目が、すっと細くなる。
さっきまでの余裕の態度はなりを潜め、射貫くような眼差しが俺を捉えた。
「何をしたんだろうね」
簡単にネタばらしをする訳にはいかない。
紅牙は俺に対する警戒心が爆上がりしたようで、残像が見える速度で周囲を回っている。
高速で移動することで体がぶれ、何人もの紅牙に取り囲まれているかのようだ。
「まるで、分身の術だな」
「だろ。実際に分身しているように見せるのには結構苦労したんだぜ」
幾人もの紅牙が一斉に笑う。
未だに手は出さずに、周囲を高速で移動しているだけ。
俺から仕掛けたとしても当たる気がしない。
いや、一方向に回っているのであれば……。
《矢印の罠》を使って距離を詰め、紅牙の回っている方向と逆から回し蹴りを叩き込む。
昔から高速移動で分身するシーンを見て思っていたのだが、あんなに速く走っているなら急に止まったり進路を変えるのって難しくないか?
長年の疑問を解決するための一撃だったが、蹴りは空を切った。
分身体が消えたかと思うと、耳元で風が鳴る。
そして、またも側頭部を滑るように上へと逸らされる、紅牙の足。
「どういうことだ、また外れやがった」
二度も攻撃が外れたことで警戒心が増したのか、俺から距離を取ると足を止めて首を傾げている。
紅牙との距離は十メートル未満。今なら必殺の一撃で真っ二つに裂くことも可能。
だが、今回の戦いに関して殺しは厳禁。
約束を違えて倒したところで、まだ再生の勇者である美空が控えている。
「オレの蹴りは《俊足》の加護を得て、蹴りの速度も上がっている。普通なら避けるどころか、見ることすら叶わないはずだ」
そうだな。蹴りは全く見えなかった。
ちらっと仲間に視線を向けると、目も口も見開いて驚愕の表情を浮かべている。
何がどうなっているのか、この場にいる誰も理解できていない。
――俺を除いて。
「わかんねえなら、わかるまで蹴り続けてやるよっ!」
再び姿が消えると、目にも留まらぬ早さで無数の蹴りが襲いかかる。
頭、腕、胸、背中、足に蹴りが当たるが、俺には一瞬触れた感触が伝わるのみ。
その蹴りは体の表面を滑るように逸らされていく。
攻撃を加える一瞬は相手の動きも止まるので、狙い澄ましたように掌底を叩き込んでみる。
微かに皮膚をかすった感触があった。
「おっと、危ねえ。攻撃が単調になっていたぜ」
「今のは一撃を加えた判定には入らないのか?」
「かすっただけじゃ、認められねえな」
今度は距離を取りつつも足を止めずに、また俺の周囲を回っている。
こちらのネタバレ前に倒したいところだが。
相手の攻撃は無効化している。あとはこちらの攻撃を命中させるのみ。
ならば、更に意表を突くか。
「訳わかんねえが、こっちの攻撃が通じねえみたいだ。でもよ、要の攻撃も俺には当たらねえ。こりゃジリ貧か」
「それは、どうかな」
長期戦を覚悟したのか、手は出さずに周囲を回り続けている。
相手の移動する場所がわかっているなら、そこに《矢印の罠》を設置すればいい。矢印の方向をこちらに向けて。
紅牙の走る軌道が急に変わった。
罠を踏んでこちらに向かってくる。罠の移動速度も遅くはないのだが、紅牙の《俊足》と比べれば目で追える!
目の前に飛び込んできたところに、全力の正拳右突きを打ち込むがギリギリで避けられた。
また、一瞬にして後方へと姿が遠ざかっていく。
「あっぶねえ。ぐるぐる回るのはや……なっ⁉」
距離を取って油断しきっていた紅牙の顔が目の前にある。
無防備な胴体に向けて渾身の回し蹴りが飛ぶ。
足に伝わる重みと衝撃。完全に捉えたはずの一撃は……紅牙の掲げた足に防がれた。
腕よりも足で防ぐのか!
だが、今が絶好のチャンス。
この至近距離から友好的な打撃技は少ない。
お互い格闘技をかじっているので、そこは理解している。威力があるのは頭突き、肘、膝ぐらい。
俺は自分の左手の平に右拳を強く叩き付ける。
パンッ、と手が打ち鳴らす音が響いたと同時に、右拳が直角に移動して紅牙の顎に命中した。
「うごっ!」
頭が仰け反り、片膝をつく紅牙。
「これで実力は見せられたかな」
追撃はせずに構えは解く。
約束を反故にするようなら、このまま叩きのめすだけだ。
「ってぇ。くそっ、やりやがるな要。まいったまいった、お前の勝ちだよ」
ダメージがほとんどないのか、勢いよく立ち上がり満足そうな笑みを浮かべている。
拳が当たった瞬間に手応えがほとんどなかった。当たった瞬間に《俊足》で少し下がり威力を抑えたのだろう。
敗北宣言を聞いて、全身の力が抜ける。
「はあああぁぁ。疲れた」
一瞬たりとも気が抜けない、緊張の連続。
少しでもミスがあれば勝てない戦いだった。
「紅牙、大丈夫?」
「おうよ、心配すんなって」
駆けつけた美空が、紅牙を背後から包み込むように抱きしめている。
仲の良さを見せつけてくれる。
一方、俺の仲間たちは。
「どんな狡いことしたんですか!」
「なんで攻撃が当たんなかったんだよ! いかさま?」
「変な動きをしたパンチのトリックを教えてください!」
「勝てた理由がサッパリやわ。悪いことしたんとちゃうん」
「頭脳バトルは視聴者にわかるようにして欲しいでござる。解説を求むでござるよ!」
同じように駆け寄ってきたのは嬉しかったが、褒めるよりも疑問が先に来るんだ。
キミたち、素直に称賛してもいいんだよ?
「ちょっと、落ち着いて。一旦、冷静になろうか。はい、大きく息を吸ってー、吐いてー」
全員が素直に深呼吸をする。
少し落ち着きを取り戻したのを確認してから、真相を説明する。
「まずは今のステータスを見て欲しい」
宝玉を取り出して、現在のステータスを仲間に見せる。
レベル 20
TDP 30
TDS 《矢印の罠》《デコイ》
振り分けポイント 残り5
◆(矢印の罠Ver.2)レベル15
威力 10m 設置コスト 1 発動時間 0s 冷却時間 0s 範囲 2m 設置場所 地面・壁・体
◆(デコイ)レベル1
威力 0 設置コスト 10 発動時間 0s 冷却時間 0s 範囲 視界に入る 設置場所 地面
ちなみに少し前のステータスはこんな感じだ。
レベル 10
TDP 20
TDS 《矢印の罠》《デコイ》
振り分けポイント 残り4
◆(矢印の罠)レベル6
威力 3m 設置コスト 1 発動時間 0s 冷却時間 1s 範囲 2m 設置場所 地面・壁
◆(デコイ)レベル1
威力 0 設置コスト 10 発動時間 0s 冷却時間 0s 範囲 視界に入る 設置場所 地面
「あー、レベルが20になってる! 私なんて10なのに! ずっこい!」
まず、そこなんだ。
頬を膨らませて迫る負華の額を指先で軽く押す。
「前に勇者を倒しただろ。あれで経験値をパーティーで分けたはずなんだけど、メインで倒した俺には経験値が多めにもらえたみたいでね」
その結果、俺だけレベル20に到達した。
「お姉ちゃん、そんなことよりも……この《矢印の罠Ver.2》って何」
「《矢印の罠》はわかりますけど、Ver.2ってなんですか?」
いい疑問だ聖夜、雪音。その質問を待っていた。
「このゲームが始まったときに、司会のヘルムが言ってただろ。育てて強化することが可能。思いも寄らない進化をするかも、って」
俺の言葉を聞いて全員が思い出したようで「あっ」と声が漏れている。
ちなみに負華だけは頭を捻ったまま、難しい顔で唸っている。どうやら思い出せないようだ。
「《矢印の罠》をレベル10まで上げたら、Ver.2に進化したんだよ」
これは俺も予想外の展開だった。
レベルアップでTDPに余裕ができたから、一気に距離を伸ばそうと能力を上げたら、まさかの進化。
「進化はええんやけど、際立ってなんか変わってるか? 能力的には大差ないんちゃうん」
「進化と言うからには、もっと目を見張るような強化を期待したいところでござる」
楓と喉輪の言いたいことはわかる。
ステータスだけだと、進化後の実力が伝わりにくい。
「ここをよく見てくれ」
浮かんでいるステータス画面のある箇所を指差す。
「えっと、えっと、設置場所、地面、壁……体?」
読み上げた負華の首が限界近くまで横に曲がる。
いまいち理解できていないようだな。
「論より証拠」
袖をまくって腕を出し、軽く念じる。
すると腕に赤い矢印が現れた。
「こんな感じで《矢印の罠》を体に貼り付けられるようになった」
誰も言葉を発することなく沈黙が場を支配している。
一番先に口を開いたのは聖夜だった。
「そうか……それで、攻撃を逸らしたんだ」
話し終わると同時に、俺の腕に貼り付いている矢印に触れた。
聖夜の手が肌を滑るように、矢印の方向へ強制移動させられる。
「なるほど! 納得しました!」
雪音が手を打ち鳴らし、聖夜を真似て腕に触れる。
意思に反して移動するのを楽しんでいるようだ。
「理解はしたでござるが。矢印に触れたら十メートル移動させられる仕様ではござらんか?」
喉輪の言う通り、《矢印の罠》の距離は十メートルにまで強化されている。
「それが、体に貼り付けた矢印の距離は強制的に十分の一になるみたいでね。だから、最大でも一メートルしか逸らすことができない」
相手にバレないように、あえて移動距離を一メートルより短くしていたけど。
どういう理屈なのかは不明だが、本来の能力とは違う使い道なので威力が落ちているのかもしれない。すべて憶測に過ぎないが。
「あと細かい変更点としては、オプションでいじらなくても一瞬にして仕様変更が可能になった。移動距離や罠の大きさ、更に色の変更も自由自在」
腕に貼り付いている矢印を大きくしたり、小さくしたり、更に肌の色と同じにして見えないようにしてみる。
実際、紅牙との戦闘中は体に貼り付けた矢印を見えないように、肌の色と同化しておいた。
「なるほどなー。それをオレにもバラしていいのかよ?」
いつの間にか近くまで来ていた紅牙が、俺の腕を睨むように見つめている。
「信頼の証だと受け取ってくれ」
二人とは腹を割って話す必要がある。
その為にも互いに隠し事は避けたい。こっちが誠意を見せれば応えてくれる、そういう男だと判断した。
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