第60話 訪問者

 小柄で強気な神速の勇者。

 常に背後に寄り添い、包み込むように抱きしめる再生の勇者。

 二人が目の前にいるだけで威圧感がある。

 両方とも年齢は二十半ばぐらいに見えるが、実年齢は不明。


「約束通り、話し合いでもすっか。美空もそれでいいよな?」

「うん……約束は守らないとね」


 好戦的な態度はなりを潜め、二人揃って穏やかな表情で微笑んでいる。

 本当に仲の良い二人のようだ。おそらく、恋人同士か夫婦だろう。


「わー、ラブラブだ。ダメですよ、独身でボッチの要さんにそんなの見せたら傷つくじゃないですか」

「そうだよ。三十路なのに独り身なんだぞ」

「酷い、酷すぎます」


 負華、聖夜、雪音……庇う振りして追い打ちするのやめろ。

 胸を押さえて「くっ」とうめき声を漏らしておく。冗談だとわかっているので、これっぽっちも、まったく、微塵も、傷ついてないが、一応ノリとして付き合っておく。

 楓は顔を赤らめてそっぽを向きながらも、その視線は勇者二人を捉えて放さない。


「リアルでこのように尊いシーンが見られるとは……。それも身長差カップル……最高でござる……」


 喉輪は両膝を突いて祈るようなポーズで昇天している。

 満足げな笑みを浮かべているので、放っておこう。

 仲間のおかげで緊張もほぐれた。気持ちを入れ替えて話し合いに臨む。

 注意しなければならないのが、この場を魔王国の連中が覗いている事実。くどいようだが、これだけは決して忘れてはならない。

 俺たちが真実に到達していることを悟らせないように、言葉の取捨選択をする。


「まずは話し合いに応じてくれてありがとう。俺たちはご存じとは思うが、この国に召喚された日本人だ。たぶん、そっちと同郷の」

「おう、神のお告げで聞いてるぜ。オレたちも日本人で間違いねえよ。こいつと一緒に十年前、この世界に召喚された」

「当時は……高校生……」


 十年も前に召喚されたのか。

 ということは、現在の年齢は二十代半ばぐらいで間違いない。


「へえー、そういう設定でござるか」


 喉輪が感心したように呟く。

 二人の勇者には聞こえない音量なので、聞き取れたのは仲間の俺たちと……見張っている連中ぐらいだろう。

 あえて、自分たちはゲームだと信じているアピールをしてくれている。

 紅牙があぐらを掻いて座ると、美空は背後から抱きしめたまましゃがむ。


「びっくりしたぜ。異世界転生、この場合は転移か? まあ、どっちでもいいんだけどよ。いきなり、クラス全員が異世界に飛ばされて勇者呼ばわりだぜ」


 さらっと口にしたが、今の話には聞き逃せないポイントがあった。

 そこに気付いたのは俺だけではなく、負華を除いた全員が言葉を失い唖然としている。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。話の腰を折って悪いが、クラス全員と言ったか?」

「そうだぜ。こういうのってクラス転移ってジャンルらしいな。授業中に教室の床が光ってよ。なんか魔方陣っぽいのが現れたかと思えば、光に包まれて異世界にドーンって流れだ」


 まさかのクラス全員が巻き込まれたパターンなのか。

 創作物の世界ではたまにある設定で、アニメでも観たことがある。

 驚くべき話ではあるが、俺たちもゲームと信じていたら本当の異世界だった。形は違えど異世界転移という点では同じだ。


「あの、あのー。ということは、あの鉄壁の勇者。平地って人も同級生なんですか? 三十代から四十代に見えましたけど。老け顔だったんですね」


 負華の疑問は俺も思った。

 二人と同級生にしては、かなり年上に見えたのだが。


「ああ、アイツは担任だよ。元々は陰気で声も小さくて何言ってるかわかんねえ、腰の低い教師だったんだが、力を手に入れた途端にアレだ」

「先生……前から……弱い者には強気な態度で……紅牙みたいな生徒には……怯えてたから」


 生徒によって露骨に態度を変える教師だったのか。

 二人の口振りからして、転送後も教師時代も嫌われていたようだ。


「つまり、西の国は大量の勇者を召喚した、と。じゃあ、今も三十人以上の勇者が存在するのか」


 勇者が一人でないことは重々承知していたが。多くても十人未満だと予想していた。

 この人数は想定外だ。強力な加護を所有している者が、まだこんなに残っているのか。


「いいや、西の国エルギルの残りの勇者はオレたちを含めて六人だ」

「十年の間に……みんな……死んで……生き残ったのは……六人だけ」


 はっ、と鼻で笑う紅牙をぎゅっと抱きしめる美空。

 そうか。魔物が跋扈し、日本と比べ物にならないぐらい治安も悪く、戦乱の真っ只中。

 戦争のために呼ばれた勇者の末路は明るいものばかりではない、ということか。

 強力な加護を得たところで無敵ではない。俺がやったように倒しようはいくらでもある。


「まあ、そんな現状にオレも美空も嫌気がさしていてな。そもそも、魔王国を攻めているのも、ただ領地が欲しいだけだ。難癖付けて滅ぼしたいだけだからよ」

「そのことに……気付くのが……遅すぎた……」

「まあな。散々利用されて、正義だと信じて魔物や人を殺し続けて、何やってきたんだろうな」


 紅牙が自分の足を忌々しげに睨んでいる。

 その足で無数の命を奪ってきたのだろう。

 言葉の端々から苦悩と後悔が伝わってくる。


「まあ、そういうことで、西の国に未練もなければ義理もねえ。とはいえ上の立場ってのは何かと都合がいいから、こっちも地位を利用させてもらっていたんだが」

「力があれば……助けられる……人が……増えるから……」

「美空、そういうのは自分で言ったら台無しだろうが」

「ごめんね……」


 謝りながらも二人は笑っている。

 この十年。二人で多くの戦場を駆け抜け、あらゆる困難を乗り越えてきたのだろう。

 決して壊すことのできない絆の強さを感じずにはいられなかった。

 ここまでの話を信じるなら……いや、信じよう。信じたい。

 紅牙と美空は信用のおける相手だ。こちらも腹を割って話す必要がある。


「じゃあ、次は俺たちの話をさせてもらうよ」


 嘘は吐きたくないが、口にしてはいけない事実もある。

 取捨選択を間違えるなよ、俺。


「ゲームの世界として呼ばれたことを、彼らに伝えたらどうなるんだろう? NPCの彼らはどういう反応をするのか興味がある……」


 今の独り言は魔王国の連中に向けた発言。

 これでゲーム設定の話をしても大丈夫、な筈。


「俺たちはデスパレードTDオンライン(仮)のテストプレイヤーとして、この世界に召喚されたんだ。勇者ではなく守護者と呼ばれているよ」

「ほーう。あんたらは、そういう設定か」


 紅牙は腕を組んで、興味津々といった態度だ。

 美空は前髪で顔が隠れているので表情は不明だが、視線は感じる。


「俺たちは紅牙たちが加護と呼んでいる力、TDSを一人一つ与えられた。その力で敵国から守って欲しいって言われてね」

「そっちでは加護をそう呼んでいるのか。TDSか、覚えておくぜ」

「あと設定としては同じ守護者で戦って勝つと、相手のTDSを奪えるシステムがある。それを利用して最後の一人になるまで守護者同士で殺し合って、生き残った人が優勝でゲームクリア」


 最近は怒濤の日々で、肝心な部分を忘れかけていた。

 最も重要な要素である、敵を殺して加護を奪い自分のものにする、という行為。


「これはまた、えげつない設定かましてくるじゃねえか。オレたちより扱いが酷いんじゃねえか?」

「うん……酷い……よね……」


 二人が同情の眼差しを向けている。

 十年間、ここで生き延びた二人ですら引く内容だったか。


「大体のことはわかったぜ。で、あんたら、そんな過酷な状況でどうしたいんだ?」


 核心を突いた質問。

 どう、したいのか。俺は何をどうするべきなのか。

 まだ、答えはまとまっていないが、今は思いの丈を打ち明けよう。


「俺は生き延びたい。だけど、守護者たちや同郷の日本人は殺したくない。ゲームだとはわかっていても躊躇してしまうんだよ。この世界がリアルすぎて」


 苦笑しながら本音を暴露する。

 そんな俺を見て紅牙がしかめ面で何か言おうとしたが、その口を美空がそっと手で塞ぐと、耳元で何かを囁いた。

 目を見開き、大きく頷いた紅牙はパンッと自分の膝を勢いよく叩く。


「話は理解した。そういうことか」


 おそらく美空がこちらの事情を察して、注意を促してくれたのだろう。

 発言は紅牙がメインだが、実は話の主導権を握っているのは美空だ。


「オレたちは西の国に戻るにしても帰り道がねえ。このまま魔王国に同盟する手も考えたが、同胞を殺しまくったオレたちを簡単には受け入れられないだろ」

「すごく……嫌われている……当然だけど……」


 勇者に対する憎悪は俺の担当であるルドロンの独白を盗み聞きしたので理解している。

 投降したところで良くて牢獄行き。悪くて拷問の末に処刑。


「だから、しばらくは森の中や廃村にでも潜んで、情勢を見守ることにするぜ」

「アウトドアは……得意だから……」


 二人の実力なら魔物の相手も楽にこなせる。

 こちらの世界で十年も先輩。生き抜く術を心配すること自体が失礼に値する。


「そうだな、助けが欲しいときはこれを使ってくれ。急いで駆けつけるぜ」


 カーゴパンツのポケットから細長い小指大の宝石を取り出して、俺に手渡す。

 薄いピンク色で透き通っている。


「これは?」

「いざというときは、それを壊してくれ。そうしたら、オレに伝わるからよ。一回こっきりだから、タイミングを間違えるなよ」


 使い切りのお助けアイテムか。これは助かる。二人の力を借りられるのは、かなり大きい。


「ありがとう。大事に使わせて――」

「んー、良くない展開かな」


 俺の話を遮るように、言葉を重ねてくる男の声。


「誰だっ!」


 紅牙の叫ぶ声に反応して全員がその場に立ち上がり、声の源を探る。

 対象は直ぐに見つかった。

 この場を照らすライトの明かりをバックに俺たちを見下ろしている。

 地面から浮いた状態で、こちらを眺めている男の顔に見覚えはない。

 黒髪に黒い瞳。センター分けの髪型に澄まし顔。顔の作りからして日本人だと思う。

 格好は白銀の前身鎧に真っ赤なマント。

 ゲーム世界で想像する理想的な――勇者像。


「なんで、ここにいやがる! 東の勇者!」

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