第61話 東の勇者

「なんで、ここにいやがる! 東の勇者!」


 紅牙が忌々しげに睨み、叫ぶ。

 背後に立っていた美空が紅牙の隣に並ぶと、一歩前に踏み出す。何かあれば直ぐにかばえるような位置取りだ。

 二人とも臨戦態勢で身構えている。


 あれが、東の勇者なのか。

 白銀の鎧にマント。多くの人が想像する勇者像に当てはまる出で立ち。

 どういう仕組みで宙に浮いているのかは不明だが、冷たい目で俺たちを見下している。


「久しぶりではないか、神速の勇者。それに再生の勇者よ。消し炭にしたはずなのだが、あれでも死なないとは大した物だ」


 尊大な態度と語り口。上から目線で強者が弱者に接する対応。

 本来なら苛立ちを覚える場面なのだろうが、それよりも圧倒的な威圧感に声が出ない。

 猛獣を目の前にしているかのような恐怖と絶望感。

 本能が「危険だ!」「逃げろ!」と叫び続けている。

 仲間たちは恐怖に染まった表情で小刻みに震え、負華に至っては背後から俺に抱きついて「無理、無理、無理、無理」絶望の言葉を止めどなく漏らしていた。


「もう一度訊く。なんで、てめえがここにいやがる!」

「ふむ。答える必要はないのだが、あえて答えてやるとしよう。西の国エルギルと魔王国ガルイが面白いことになっていると知ってな。直接見物に来たのだが……見世物としても価値はなかったようだ」


 腕を組み、大げさに落胆のため息を吐く東の勇者。

 どうにか隙を見て離脱できないか、相手の一挙手一投足を見逃さないように集中している。だが、動いた瞬間に殺される死の映像が頭をよぎる。

 何をどうやっても死に繋がるイメージしか湧かない。


「紅牙、あいつ……東の勇者はどんな力を持っている?」


 緊張で乾いた唇を舌で湿らし、何とか言葉を紡ぎ出す。


「正真正銘のチート野郎だ。なあ、東の勇者よ!」

「我が輩の能力が知りたいとな。ふむ、ならば教えてやろう。他者を圧倒する膨大な魔力量に加え、全属性魔法を操れる《万能魔法》の加護。お主らのような出来損ないとは違い、勇者と呼ぶに相応しい能力であろう?」


 前衛で戦うような鎧姿だというのに、魔法特化なのか。


「桁外れの魔力量に全属性魔法の使い手……使い古されたチート異世界転生者ではござらんか!」


 喉輪……俺も思ったけど、相手に聞こえるように叫ぶ必要はないだろ。


「異世界物の定番設定と、こんな場面で遭遇するなんて」

「その設定、何度漫画とラノベで目にしたか覚えてないぐらいですよ」


 双子も驚きながら煽るようなことを口にしている。

 度胸があると言うよりは本心が漏れ出ただけのようだが。


「えとえと、めっちゃ強いってこと? ここはチートやんけ! って雑魚キャラっぽく叫ぶ絶好の場面ですよ?」

「まあ、そうやな」


 負華に対して楓はツッコミを入れる余裕すらないのか。

 ラノベや漫画を読んでいるときは「また、この設定かよ」と鼻で笑っていたが、こうして目の当たりにすると……顔も体もこわばって、息をすることすらままならない。

 これが圧倒的な力の差を肌で感じる、というやつか。


「あんな勇者が東の国に何人もいるわけじゃない、よな?」


 希望を込めた問いを紅牙にぶつける。

 冷や汗を浮かべた顔を俺に向けると、ニヤリと笑う。

 その笑みはどっちの意味なんだ。


「安心しな。アイツより強い勇者は東の国に存在しねえよ。正確に答えるなら、東の勇者はヤツだけだ」

「それも……王様を殺して……国を乗っ取った……ゲス野郎……」


 紅牙よりも美空の方が東の勇者を嫌っているようで、初めて他人を罵倒する言葉を聞いた。

 アイツは勇者でありながら王でもあるのか。つまり、ヤツを殺せば東からの脅威を取り除くことが可能になる、と。


「ゲス野郎は失礼ではないかね。こちらの都合も聞かずに勝手に喚び出した愚か者を制裁して、最も力のある者が国を治めただけの話」


 このもったいぶった偉そうな話し方も、王様っぽさを演出しているつもりなのだろう。

 背伸びしている感じが強くて似合ってないが、わざわざ指摘して怒らす必要はない。

 こういう場面でも空気を読まず失言を口にする人物に思い当たり、慌てて視線を向けると仲間全員が負華を見ていた。


「えっ、なんですか、みんなでじっと見て。こ、怖いんですけど」

「聖夜、負華、見張っておいて」

「「了解」」


 同じことを危惧していたようで、それだけの指示ですべてを察してくれた。

 ここでの立ち回り一つで生死が決まる。

 今のところ東の勇者は西の勇者である紅牙と美空にばかり注目していて、こちらはおざなりだ。

 そっと宝玉を取り出し、何かできないか思案する。


「さて、下賤の民と言葉を交わすのはこれぐらいでよいだろう。本命は……ここを見ている魔王国ガルイの王よ!」


 こちらに向けられていた視線がすっと上を向いた。

 虚空を見つめ話しかける東の勇者。

 俺たちが見張られていることを知っていたのか。


「我が輩は貴様らに宣戦布告をする」


 堂々と発言しているが、既に戦争は始まっているはずだ。

 今更、どうして……。


「同盟を一方的に破棄したのは元国王であり、この戦争もヤツが始めたことを引き継いだに過ぎぬ。これからは我が輩の意思で貴様らを滅ぼす。よって、手加減はせん」


 今までは手を抜いていたけど「本気で滅ぼす」という宣言か。


「ついでと言ってはなんだが、西の国との同盟も破棄させてもらった。よって、ここで貴様らを消滅させても問題はない」


 魔王国だけではなく、西の国も敵に回すのか。

 まず魔王国を滅ぼしてから西に攻めるべきだというのに、それほどまでに絶対の自信があるということか。


「まずは明日の夜に大々的な攻撃を仕掛ける。我が輩が前線に出てしまうと面白味に欠けてしまう。そこで最近覚えた魔法を試そうかと思ったのだ。期待するがいい。とっておきのサプライズを提供しようではないか」


 何が楽しいのか、邪悪な笑みを浮かべている口元を手で押さえている。

 ろくでもないことをやろうとしているのは間違いない。それだけはわかった。


「話はここまでだ。では、開戦の合図代わりにド派手なのろしでも上げるとしよう」


 東の勇者は右手を天に向けて掲げる。

 すると、周辺から光の粒子が集まってきた。

 それは小さな赤い球体を生み出し、徐々に巨大化していく。


「眺めている場合じゃねえ。オレたちは逃げる! お前らもどうにか生き延びろ!」


 紅牙は美空の背後に回ると、身長差があるのに強引に抱き上げた。


「女子の憧れ、お姫様抱っこ!」


 こんな場面で興奮する余裕がある負華に感心するよ。


「あばよ! 死ぬなよぉぉぉぉぉぉ」


 美空を抱いているというのに、二人の姿と声があっという間に遠ざかる。

 その速度に感心している余裕はない。《矢印の罠》で逃げるか?

 いや、レベルアップで強化したとはいえ、あそこまでの速度は出ない。それに……。

 東の勇者は小さくなっている紅牙たちを一瞥しただけで、その視線はこちらに向いている。

 お前たちは逃がさない、と目が語っているようだった。


「喉輪! 《ブロック》で壁を作って! 早く!」

「承知!」


 俺たちと東の勇者を遮るように、黒く巨大な壁が一瞬にして建造される。

 それも、壁だけではなく四方と上部を完全に覆うように、床のない四角い箱に囲まれた。


「負華、楓! 壁が壊されたら直ぐに撃てるように《サイコロ弩弓》と《バリスタ》を設置」

「わ、わかりました!」

「了解や!」


 二人も指示に従いTDSを発動して、前方に並べていく。


「聖夜は周囲に罠を!」

「下りてこないとは思うけど、念のためにやっとくよ!」


 これで迎撃の態勢は一見、整ったように見える。

 他にやるべきことは……。


「雪音、こっちに」

「はい、なんでしょうか」


 小走りで駆け寄ってきた雪音に耳打ちをする。

 そして、俺も宝玉を取り出して備えた。


「そろそろ、準備はできたか。児戯に等しい無駄な抵抗ではあるが」


 完全に《ブロック》で覆われているというのに、東の勇者の声が耳元でハッキリと聞こえる。

 慌てて辺りを見回すがその姿は何処にもない。

 おそらく魔法で声だけを届けたのだろう。


「では、滅ぶがいい」


 その声が聞こえた瞬間、全身が総毛立つ。

 宝玉を強く握りしめ、念じるしかない!

 爆発音と大地を揺るがす振動。

 《ブロック》に亀裂が広がり、光が漏れているところまでは目撃した。

 その後は完全な暗闇。

 光が一切差さない闇の中に俺はいる。






「脆いな」


 どれほどの強度なのかと期待したが、呆気なく黒い壁は崩壊した。

 おそらく加護だろうが、我が輩の魔力の前ではあのような壁は、薄紙に等しい。

 まず、壁を破壊して圧倒的な力量の差を見せつけ、絶望の表情を浮かべる連中の顔を確認した後に、もう一撃を放つ。

 せめてもの手向けにと火と土と風の混合魔法をお見舞いしたが、少しやり過ぎたか。

 眼下に広がるのは巨大なクレーター。

 灯台のような砦もついでに吹き飛んだようだ。

 神速の勇者に気絶させられ、周辺に転がっていた者……確か守護者と喚ばれる者たちは、すべて消し飛んで跡形もない。


「日本から新たに召喚された者もこの程度か」


 この爆焔も吹き上がった粉塵も開戦の狼煙として充分だろう。

 圧倒的な力を手に入れた俺……我が輩に少しは抵抗してくれることを願ったが淡い期待に終わった。


「さて、厄介なヤツが来る前に撤退するとしよう」


 本来ならこのまま魔王城へ乗り込みたいところだが、城を守る障壁には善神の加護を弱め、邪神の加護を強化する力がある。

 まずは物量で消耗させ、障壁を生み出す装置を破壊し、ヤツをなんとかしなければならない。

 それに少々張り切りすぎて、必要以上に魔力を消耗してしまった。

 焦るな、じっくり楽しむべきだ。

 守護者たちもこの世界をゲームと信じているのだ。ならば、こちらも相手に合わせて遊んでやろう。

 タワーディフェンスがしたいのであれば、ご要望に応えようではないか。


「生き残った守護者諸君。明日の夜を楽しみにするがいい!」


 空に向かって言い放つと、そのまま飛行魔法で母国へと帰った。

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