第62話 騙しのテクニック

「もう、いいかな」


 何も音がしなくなって十分が経過。

 念のために身動き一つせずに潜んでいたが、もういいだろう。

 宝玉を握りしめて話しかける。


『雪音ちゃん。大丈夫だと思うから、出してくれるかな』

『わかりました』


 体がすっと持ち上がる感覚。

 何もない暗闇から、星明かりでうっすら見える世界へと飛び出す。

 周囲を確認すると、負華、聖夜、雪音、楓、喉輪が揃っていた。

 どうやら、全員無事だ。


「はぁぁぁ、ギリギリセーフだったな」


 地面に大の字で寝転び、息を吐く。

 狭い空間で極力音を出さないようにしていたので、体を伸ばして声を出せるだけで幸せを感じる。


「深く掘った《落とし穴》で地面に隠れたおかげで助かったよ。雪音グッジョブ」

「じゃあ、今日から私が姉ね」

「なんでだよ! 僕がお兄ちゃんだぞ!」


 緊張が解けた二人のじゃれ合いをぼーっと眺めている。

 深呼吸をすると冷たい夜風が肺にスッと入っていき、体も心も冷静になっていく。


「肩上殿。《落とし穴》だけではなく、他にも何かしたのではござらんか? 一撃目で《ブロック》が破壊された後に、更に大きな衝撃があったでござるよ」


 そこに気付いたのか喉輪は。


「正解。念のために《落とし穴》の上に身代わりの《デコイ》を設置した。それも、人数分」

「ちょっと待ってや。《デコイ》って、あんたそっくりの人形が出てくるアレやんな? 五人も要がおったら、逆に怪しまれるだけやん」


 楓の疑問はもっともだ。

 俺も初めは自分の《デコイ》だけ設置して、何とか誤魔化せないか考えていた。だけど。


「試しに《デコイ》の威力を一つだけ上げてみたんだよ。威力の欄が0だったから、何か変化してくれないかと淡い期待をして」


 《矢印の罠》はレベルを上げることで大幅に能力が向上した。ならば、《デコイ》も大化けする可能性が残されている……たぶん。

 ダメで元々、一つだけ威力を上げてみたら 威力 の文字が 姿 に変化した。

 前のステータスと今のステータスを比べると。



◆(デコイ)レベル1

威力 0 設置コスト 10 発動時間 0s 冷却時間 0s 範囲 視界に入る 設置場所 地面


◆(デコイ)レベル5

姿 1 設置コスト 6 発動時間 0s 冷却時間 0s 範囲 視界に入る 設置場所 地面



 こうなった。ちなみに、五人分を出すために設置コストを下げている。

 項目自体が変化するという展開に驚きはしたが、あの場面では試す余裕もなくぶっちゃけ本番で《デコイ》を発動する際にいつもとは違った感覚がしたのだ。

 瞬時に《デコイ》の姿が変えられるようになったことを理解した俺は、全員分の姿に変えて設置した、という流れ。

 という話をかいつまんで説明すると、全員が納得してくれたようだ。


「役に立たないと思っていた《デコイ》が実は優秀な能力だった、というオチでござるか!」

「優秀かどうかは微妙だけどね」


 他人とそっくりな人形を生み出せるようにはなったが、もちろん微動だにしない。

 これで思い通り動くなら使い道は増えるが、今のところ攻撃能力もないただの人形。


「要さん、要さん。試しに私そっくりな《デコイ》出してくださいよ! 見てみたい!」

「えー、めんどい」

「いーじゃないですか! みんなも見たいよね?」


 テンションの高い負華がみんなに話を振ると、全員が頷く。

 あれ? 興味あるんだ。

 そんな好奇心でキラキラした瞳を向けられたら、断る選択肢はない。

 頭で相手の姿を想像して、ポーズや表情を選び発動させる。

 手をかざした先に地面にへたり込む負華の《デコイ》が現れた。

 気の抜けた間抜け面で、ぼーっと虚空を見つめている表情もバッチリ再現できたな。


「ちょっとー! 私こんなバカみたいな顔してませんよ!」


 両腕を振り回して抗議する負華。


「何言うてんねん。そっくりやんか。特にこの何も考えてない顔なんて瓜二つや」

「どこからどう見ても、お姉ちゃんだ」

「このだらしないスタイルの再現率も見事です」

「等身大フィギュアが作り放題ではござらんか! 羨ましい、羨ましすぎるでござる!」


 反応は様々だが、負華を除いた全員がこのクオリティーに満足している。


「どこがっ! みんな目が腐っているんじゃないですかっ! それに体も、もっとシュッとしているはずです!」

「「「「そっくり」」」」

「むぎぃぃぃぃぃぃっ!」


 全員が声を揃えて負華の意見を却下した。

 納得いかないのか、地団駄を踏んで全身で怒りを表現している。


「ぜえ、ぜえ、はあ、はあ。……あっ、要さん。もしかしなくても、この《デコイ》を使っていやらしいこと、するつもりでしょ! 卑猥なポーズをさせたり、もっと凄いことまで……」

「エロ同人誌みたいにでござるか!」


 自分の肩を抱いて怯える負華と、鼻息荒く興奮している喉輪。

 残りの三人はドン引きした目で俺を見ている。


「勝手に妄想して引くのはやめて。やらないよ、そんなことは」


 言われるまで、そんな使い道を想像すらしてなかった。

 でも、今なら誰にでも化けられて、どんなポーズも思いのままか……。


「要さんが、エロい顔してるー」

「卑猥な妄想で頭がいっぱいなんやで」

「要さんも所詮、男ですか」


 女三人が固まってひそひそ声で俺を批難している。

 一方、男子二人は両脇から俺の肩を抱くと、女子から少し離れた場所まで引っ張っていく。


「えっと、あのー、芸能人とかグラビアモデルも可能だったり?」

「に、二次元はどうでござるか?」


 両耳に囁くな。くすぐったいだろ。

 男子の反応はわかりやすくて助かる。


「たぶん、どっちもいけるよ」

「これからは要さんのことを師匠と呼ぶよ」

「拙者は神とお呼びするでござる」


 露骨に態度を変えるな。


「やめてくれ。お願いだから今まで通りで頼む」


 男性陣との絆が深まったのは嬉しい。だけど、女性陣の視線から感じる圧が強くなっているので、振り返るのが怖い。






 馬鹿話が終わり、そろそろ現実と向き合わなければならない。

 全員が立ち上がると周囲を見回す。

 足下には大きなクレーター。その中心部に立っている。

 元々何もなかった荒野だったが、爆発の余波で灯台砦は吹き飛び、土台と少しだけ壁が残る程度。

 深夜なので星明かりと宝玉が照らす範囲しか見えない。


「気絶していた他の人たちは……」


 負華の言葉を聞いて全員が沈んだ顔になる。

 爆心地から離れていた灯台砦があの有様だ。人がアレに耐えられるとは思えない。


「あっ、立挙さんたちは⁉」


 冷たいようだが、聖夜に言われて思い出した!

 そうだ、あの高校生四人組は無事なのだろうか。

 パーティーメンバーに入れたから会話はできるはず。


『立挙さん、立挙さん! 声が聞こえているなら返事して!』


 聖夜の必死な呼びかけに反応がない。

 それでも、何度も繰り返していると『き、聞こえています』と声がした。


『よかったー。そっちはどんな状況?』

『あっ、はい。指示通りに離れて隠れていたので、なんとか助かりました。あと、えと、皆様はどちらに?』

『さっきと同じ場所にいるよ』

『それじゃあ、ちょっと待ってください。急いで向かいますので』


 通話が途切れたので、彼女たちの到着を待つことにした。

 その間に辺りを散策したが、生存者が見つかるどころか形跡すらない。


「お、お待たせ、し、まし、た。はあ、はあ、はあ、はあ」


 全速力で駆けてきたのだろう。四人組が肩で息をしている。

 呼吸が整うのを待ってから、話の続きを求めた。


「私たちは離れた場所から見守っていたのでよくわからないのですが、シュンシュン動く勇者と戦っていたかと思ったら、浮かんでいる人が現れて、凄まじい爆発が起こったんです」


 距離があったから会話は聞こえないし、戦闘状況もよくわからなかったのか。


「何があったんですか⁉」


 興奮して聖夜に迫る立挙だったが、聖夜の顔を至近距離で目の当たりにすると、顔面を真っ赤にして後退る。

 何があったかを説明すると、四人組が予め練習でもしてたのかと疑ってしまいそうな、見事に揃った同じタイミングで頷いている。


「そんなことが……。あの、もしかして、他の守護者たちが爆発前に消えたのも、皆様が何かしたのですか?」

「えっ、どういうこと? 他の守護者って気絶していた人たちだよね?」


 首を傾げて質問する立挙に質問で返す。


「は、はい、そうですマネージャーさん。あの、浮いた人……東の勇者が現れて、皆さんが黒い《ブロック》で包まれたぐらいのタイミングで他の守護者たちが青く光って、次々と消えていきました」


 全員、巻き込まれて消滅したと思っていたが、それは……転送の光か?

 マップ上にワープしたときと同じような現象。

 緊急処置として魔王国の連中が何かした可能性が高い。


「要さん、要さん。宝玉に何か届いてますよ!」


 考え込んでいた俺の背中を何度も叩く負華。

 ぐいっと突きつけられた宝玉から放つ光には文字が表示されていた。


『臨時クエスト勇者討伐は残念ながら失敗に終わりました。時間内に二人の勇者を倒せなかったことで、強制負けイベントが発生したので、戦闘不能の守護者は退避させ強制ログアウト扱いとなりました。本日はもうログインできません』


 なるほど、そういう設定できたか。

 東の勇者の登場は向こうにとっても想定外。

 戦闘中の俺たちを逃がせば怪しまれると判断して、戦いっている間に他の守護者を逃がした、と。

 《デコイ》を使って助かったかと思えば、デコイにされていた。

 少し苛立ちを覚えたが、他の守護者が助かったことは朗報だ。


「討伐報酬はないみたいだけど、助かっただけで御の字か」


 時間を確認すると、もう明け方に近い。

 長かった四日目もなんとか終了か。

 しばらくすればログアウトの時間。全員が強制的に眠らされて、あの病院のような場所で寝かされる。

 そして、現実のような偽りの夢を見させられてしまう。

 また、姉と母に会える喜びはある。だけど、実在している友人や同僚は虚構だ。

 それでも今は受け入れて、体と心を休めよう。

 心地よい偽りの世界で――。

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