第63話 四日目終了 五日目の始まり
目が覚めると、まずはVRゴーグルを外す。
見慣れた天井と部屋の家具。
「戻ってきたのか」
現実のような夢の世界に。
俺はこうして現実としか思えない世界にいるが、ここはサキュバスが作り出した夢。
確か担当のサキュバスはポーという名前だった。彼女が今も夢を操作しながら、これを覗いているのか。
……今まで、あれやこれも見られていた、と。あ、うん、しばらくは自重しよう。
軽く柔軟をして寝間着を脱いで、いつもの服装に着替えた。
長袖シャツにジーパン。代わり映えのない格好だが気持ちが引き締まる。
自室から出て、いつものように台所に立って朝食を作り始めると、姉と母が起きてきた。
「おはよーう」
「おはようございまふ」
いつも通りラフな格好の姉とモコモコしたパジャマを着た母。
二人とも寝ぼけ眼なのはいつものことだ。
「紅茶入れといたから」
「いつもすまないねぇ」
「ご迷惑をおかけしますのぉ、ごほごほ」
急に老けたな、二人とも。
両手で紅茶のカップを支えて、ずずずっ、と音を立てて飲んでいる。
微笑ましい光景に頬が緩む。これが偽りの作り出された虚像だとわかっているのに。
「さーて、今日もお仕事頑張りますか」
「えっ、今日は土曜日だけど仕事あるの?」
「休日出勤なの?」
二人の問いかけで今日が休日なことを思い出した。
現実であれば火曜日からゲームを始めて五日目。暦に従うなら土曜日か。
「あっ、そうか。ゲームにハマりすぎて、曜日感覚を失ってたよ」
「あんたねぇ。楽しむのはいいけど、やり過ぎはダメよ」
「うちの子が……ゲームと現実の区別も付かないようになってしまうなんてっ」
呆れる姉と泣き真似をする母。
いつも通りのやり取りだけど、この台詞もサキュバスのポーが考えているのだろうか。だとしたら、母の台詞が皮肉に聞こえる。
「どうしたの、珍しく考え込むような真面目な顔して」
「真面目な顔ぐらいしますが?」
姉に指摘されたので、表情を引き締めキリッとした顔を作る。
「「似合わない」」
「失礼な」
嘘だと幻だとわかっているのに、家族との会話が楽しい。
このまま何もかも忘れて本気で騙された方が、心安らかな日々を送れる。
それは間違いない。だけど、俺は――。
「さーてと、折角の休みだし、まずは掃除するか」
「いい大人の休日が掃除って」
「お嫁さん候補とデートとかしないのかしらね」
「じゃあ、二人が掃除してくれるのか?」
「「頑張って」」
声を揃えて甘い声を出し、声援を送ってきた。
俺の中で十年前から姿が変わらないとはいえ、いい年した身内の甘えた声はキツい。
「はいはい。掃除するから邪魔だけはしないように」
「「はーい」」
掃除、洗濯を終えたので、一週間の買い出しに近くのスーパーに出かける。
いつもより道が空いていて、珍しく入り口近くの駐車場に停められた。
こういったちょっとした幸運は担当のポーが操作している?
彼女は異世界人である俺に同情していたが、もう一人のルドロンという女性は異世界人を恨んでいるようだった。
声にさえ出さなければ問題がないので、色々と考えながら食材を買い物かごに入れていく。
スーパーの内装もまったく同じに見える。
働いている店員の名前は知らないが、姿形は同じ。
こういった夢は俺の記憶の中にある映像を呼び起こして利用しているのだろうか?
もし、彼女たちと話す機会があるなら、この夢をどうやって制作して操っているのか訊いてみたい。
レジを終えて買い物を袋に入れている最中に、ふと思いついたことがある。
この夢の世界で仲間たちと会ったらどうなるのか……。
普通に会うことが可能なのか、それとも他人の夢には干渉できないのか、興味がある。今度連絡先を訊いて、試してみるのもありだな。
結局、いつもの日常を過ごしてゲームの時間となった。
自分が一度も足を踏み入れたことのない場所に行ったらどうなるのか、という好奇心もあったが担当を困らせる必要はないと、踏みとどまる。
面倒な行動ばかりして嫌われたら、この夢の内容を悪夢に変えられそうだし。
楽しい夢の時間は終わりだ。ここからは過酷な生き残りを懸けたゲームが始まる。
一発ゲームオーバーでリトライが不可能という鬼畜難易度の……。
「おはよう、みんな」
軽く手を上げて挨拶をする。
「おっはようございまっす」
負華は両手を挙げて元気に返してきた。
「ふあぁぁ、おはよう」
「おはようございます。聖夜、涎が垂れてるってば」
まだ眠そうな聖夜の口元をハンカチで拭く雪音は母親みたいだ。
「おはようさん。んー、今日も一日頑張るとしますか」
「いっちにっさーんしっ! 皆様もどうでござるか。アニメで覚えた朝の体操は」
気怠そうな楓の隣で、俺の知るラジオ体操とは異なる動きをする喉輪。
途中で特撮ヒーローの変身ポーズのような動作が入るので見ていて飽きない。
朝日を浴びながら爆心地の中心で挨拶を交わす、俺たち。
全員が明るく元気に振る舞っている……ように見える。表面上は。
仲間はここが現実だと知り、さっきまでの日常を夢だと理解している。どんな気持ちで昨日は一日を過ごしたのか。
日本に戻る術はあるのか。それとも片道一方通行の召喚なのか。疑問は尽きないが、今は生き延びることを優先するしかない。
クレーターの中で考え込んでいても仕方がないので、恒例となった朝のミーティングを始める。
「はい、注目。本日の予定を立てるよ。みんなに意見を訊きたいところだけど、まずは宝玉の確認をしようか」
実はさっきから脳内で宝玉の着信音が響いている。
その内容に予想が付いていたので、先に確認をすることにした。
いつものように起動させると宙に文字が浮かぶ。
『皆様、お疲れ様です。先日の緊急クエストに参加された一部の守護者の活躍により、隠しクエストが発動しました!』
一部の守護者って、俺たちのことだよな。
あの戦いと騒動をうまくまとめてきた。
「本日の夜に東の国からの襲撃が予告されました。敵は不明ですが大量の敵が押し寄せてくることが予想されます。皆様には東の砦を守っていただきたい。その数は三カ所。以前の臨時クエストで守り抜いた砦です」
東の勇者が「明日の夜に大々的な攻撃を仕掛ける」と宣言していた。あれを隠しクエスト扱いするのか。
東の砦は双子と出会った砦と、喉輪チームとフードコートチームと争った砦。
この二つは実際に入ったので構造も理解している。残りの一つは高台にあった砦か。
防衛に徹するなら双子と会った、初めの砦が最良か。
『今回は強制参加となります。砦が落とされてもゲームオーバーになるので死守してください。どの砦を守るかはランダムに選ばれるのでご注意を。では、事前の準備もあると思いますので、五分後に転移開始です。頑張ってください』
「ランダムってちょっと待て!」
話の内容は予め想像していたものに近かったが、最後のは意表を突かれた。
「ど、ど、どうしましょう! 五分後に飛ばされちゃうみたいです! それもランダムって! 要さんと一緒じゃないんですか⁉」
負華が涙目で慌てふためいている。
「雪音と離れ離れになるかもしれないのかよ!」
「冗談じゃない! 聖夜とはずっと一緒にいる!」
双子は別れてなるものかと強く抱き合っている。
「まあ、うちはどーでもいいわ。アレとは別がええけど」
楓は負華を一瞥すると鼻で笑う。
元からソロプレイヤーだったので動揺が少ないようだ。
「これは困ったでござる。敵対していたフードコートチームと同じになると気まずいでござるよ」
喉輪も慌てる様子はなく、落ち着いて見える。
と観察している時間も惜しい!
「時間がないから質問は無しで! 転移したらまず宝玉で連絡が取れるか確認を。あと、言うまでもないけど命を最優先に! それと、現場に仲間がいるか探して、いなくても落ち着いて対処するように。必ずまた会おう!」
俺が右手を差し出すと、全員の手が重なる。
「生き延びるぞ絶対に!」
「うん!」「おう!」「はい!」「そやね!」「ござる!」
その言葉を最後に俺たちは――その場から消えた。
視線を遮る物がない見通しのいい場所にいる。
足下は固い石造り。周囲を胸壁がぐるっと取り囲んでいる。
その先にあるのは一面の砂。
胸壁まで駆け寄って見下ろすと、砂の大地にぽつんと建つ砦の屋上に俺はいた。
遠くに見える青い線は川だと思う。
「ここは砂漠、か」
周囲と比べて高く盛られた土台の上に砦が建っているので、見晴らしは最高。
今まで行ったことのある、どの砦から見た景色とも違う。
「最悪だ。ここは高台の砦か」
三つある砦の中で、一番避けたい砦を引いてしまった。
タワーディフェンスにおいて多方向から攻められるのはかなり辛い。敵の攻める場所が一方向からであれば対処も容易い。そこに戦力を集中すれば済む話だから。
だけど、この砦のように全方向から物量で攻められると、防衛力が分散され手薄になり突破される。
ゲームだと中盤から後半にかけて多方向から侵略してきて、難易度が跳ね上がるのはよくあるパターン。
「今はそれよりも……」
改めて屋上を見回すと、青い光の粒子がいくつも収束して人の形になっていく。
その数は、たった三つ。
おいおい、俺を含めて四人でこの場所を守れって言うのか?
そうなってくると、重要なのは肩を並べて共に戦う仲間の存在。
今から現れる守護者が誰なのか。その人選で運命が決まる。
理想は聖夜、雪音……負華の気心が知れた仲間だ。
負華に関しては破壊力のある加護の存在は大きいが、それよりも目の届くところにいないと心配で落ち着かない。
人見知りに加えて、余計な言動をしないか、他人に迷惑をかけないか。想像しただけで胃がキリキリと痛む。
不安要素を払拭するためにも、できるだけ負華は手元に置いておきたい。
「頼む!」
手を合わせて、臨む相手が来るように全力で祈るしかない。
青い光が弾けて、その姿が明らかになった一人目は……高身長に黙っていればイケメン風の顔にスーツ姿。
「喉輪かぁ」
「露骨にガッカリするのはやめて欲しいでござる!」
肩を落としてため息を吐く俺に対して、肩を怒らせ憤慨する喉輪。
だって、TDSが《ブロック》しかないし。
「ガチャ外れた」
「失敬な!」
こうなったら残りの二人に望みを託すしかない。
攻撃力の強いTDS持ちよ、来い! あと、負華!
二人で次に現れる人物に注目していると、もう一つの光が弾けて二人目が姿を現した。
くすんだ焦げ茶色のフード付きコートを羽織っている人物。
フードを目深に被っているので顔がわからず性別は不明だが、この人を俺は知っている。
そして、俺よりも隣に立つ喉輪の方がよく見知った相手だ。
「まさか、フードコートと組むことになるとは」
あの砦で喉輪と争った敵チームのリーダーが、今回は仲間になるのか。
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