第64話 四人防衛

 焦げ茶色で大きめサイズのフード付きコートを着た人物。

 身長は俺より少し低いぐらい。性別は不明どころか、目深に被ったフードが邪魔をして顔がわからない。

 俺たちは勝手に「フードコート」と呼称していた謎の人物。

 前作の課金武器である《雷龍砲》を持っているので頼もしい相手ではあるが、気まずい。

 敵対して争ったチームのリーダー。

 俺は姿を見られていないはずだが、喉輪は顔を見合わせて話し合いをした相手だ。

 ちらっと横目で喉輪を見ると、頬を指で掻いている。


「お久しぶりでござるな!」

「貴様か」


 忌々しげにこちらを見るフードコート。

 喉輪はともかく、相手からの印象は悪いようだ。

 ここは俺が間を取り持って、なんとかするしかないか。


「あー、どうやら同じ砦を守るメンバーのようだし、自己紹介でも」

「あ、あのー、なんか話しづらい空気だったので、黙っていたのですが」


 後ろから服の袖を引っ張られる。

 今にも消え入りそうなか細い声で、俺に声をかけてきた。


「ちょっと今忙しいから、あとで」

「え、ええええ! 私ですよ? ほら、再び巡り会った運命に感激する場面では⁉」


 懸命にアピールする負華の唇に人差し指を当てて、「しーっ」と注意しておく。


「ひ、酷い! あんまりですぅぅぅぅ」


 よろよろと後退り、その場にくずおれる負華。

 からかうのはこれぐらいにしておくか。

 最後の四人目が負華なのは視界の隅で確認していた。

 正直、負華の姿を確認したときは安堵のあまり、屋上に座り込みそうになったが顔には出さない。


「冗談、冗談。またよろしく頼むよ」

「歓迎するでござる!」


 俺が右手、喉輪が左手を差し出すと、負華は両手で掴み返し、満面の笑みを見せた。


「ふへへへ。もう、ダメですよ、そんなイタズラは」


 機嫌は一瞬で直ったようだ。

 俺たち三人がこんなやり取りをしている間、フードコートは何をしていたかというと、その場に突っ立ったまま黙って見守っている。

 空気を読んで口を挟まなかったのか? それとも単に呆れているだけなのか?

 顔が見えないので表情が読み取れず、感情が伝わってこない。


「すみません、とんだ茶番劇をご覧に入れて」

「構わぬ。仲間との再会を邪魔するほど無作法ではない」


 澄んだいい声をしている。中性的なので声だけで性別を判断するのは難しい。

 しかし、意外にも空気が読めるタイプの方だったか。


「改めて自己紹介でもしませんか。私の名は肩上 要と申します」

「要さんがかしこまってる! 珍しい」


 社会人だからね、TPOは使い分けるさ。


「じゃあ、次は私ですね! 草摺 負華! 独身です!」


 最後の独身アピールは必要なのだろうか。


「では、拙者の出番ですな。我が名は喉輪 惇と申――」

「貴様は知っている」


 名乗りを妨げられた喉輪は少し不満顔だ。

 二人は面識があるからな。


「貴方のお名前を聞かせてもらっても?」


 俺の問いかけに対して相手の反応は……無言。

 顎に手を当てて何やら考え込んでいる。


「まあ、いい。潤滑に話を進めるには互いに名を知っておくのも悪くない。具足(ぐそく) 明(あきら)だ」


 明……。男女どちらでも違和感のない名だ。名前でも判断ができないとは。

 まあ、このご時世、性別を気にしすぎるのもよくない。話を進めようか。

 その前に宝玉を握りしめて声には出さず聖夜、雪音、楓に話しかけるが返事がない。

 やはり、パーティー編成は解かれたか。気にはなるが最大の懸念だった負華はここにいる。

 三人が無事に乗り越えるのを祈るしかない。


「これ以上は人が増えないようなので、どうやらこの四人で砦を守る必要があるようです」

「砦が三つあって、生き残りが五十人ぐらいいるのに、三人っておかしくないですか?」

「拙者もそう思うでござる。バランスがおかしいでござる。運営に苦情をいれなければ」


 確かに二人の言う通り、ランダムで選ばれるのであれば人数は均等に配置するべきだ。

 最低でも十人は確保できると考えていた。

 聖夜、雪音、楓はどうしているのだろうか。せめて三人が一緒にいてくれるといいのだけど。


「おそらくだが、人数ではなく戦力を均等に分けたのではないか?」


 黙っていた具足が意見を口にする。

 戦力の均等か。

 そう言われて全員の顔を見回すとTDSを思い出す。


 俺は《矢印の罠》《デコイ》の二つ。

 負華は《バリスタ》《鉄球の罠》。

 喉輪は《ブロック》のみ。

 フードコート、じゃなくて具足は《雷龍砲》。


 俺と喉輪のTDSの強さを数値化するなら、ハッキリ言って最弱の部類だろう。

 代わりに負華は威力だけは高い。

 そして、具足の《雷龍砲》は最強の一角。

 戦闘力ならバランスが取れているのか?


「拙者の《ブロック》と具足殿の《雷龍砲》でプラマイゼロ、どころかプラスでござるな!」


 喉輪は自分の弱さを自覚しているが、卑屈にならずに相手の強さを認めている。

 その心の強さと潔い開き直りは見習いたい。


「まったく、二人は雑魚雑魚TDSですからねー。攻撃は私と具足さんに任せてください!」


 ドンッ、と勢いよく胸を叩いて、自慢げに上半身を反らす負華。

 具足の方は無反応。

 フードで見えないが冷めた視線を注いでいる気がする。


「あ、そうだ具足さん!」

「具足はやめてくれ。明でいい」

「じゃあ、明さん。これからは仲間なんだから、顔を隠さずに面と向かって話そうよ」


 おっ、さすが負華だ。

 俺が言いたくても言えなかったことを、いとも容易く口にするとは。

 空気を読まずに突っ込んでいくスタイルが今だけはありがたい。


「それもそうだな。失礼した。今は曇りか……ならば、問題ない」


 あれっ、意外にも簡単に従ってくれるのか。

 何かこだわりがあって顔を隠しているのかと思っていたが。

 フードを外して明らかになった顔を見て驚く。


 白に近い薄い金髪を後ろで束ねるポニーテール。

 意志の強さを感じさせる切れ長の目。瞳は赤く見える。

 鼻筋が通った高い鼻。

 ピンク色の唇。

 化粧もしていないのに真っ白な肌。


 男性でも女性でも通用する美人。かなり人目を引く容姿をしている。

 顔を見ても性別不明だとは。中性的な美形といえば、聖夜、雪音の双子モデル。

 二人と比べても顔の良さは甲乙付けがたい。この場にいたらライバル視しそうだ。

 髪色からして染めているのか、それとも海外の血が入っているのか、もしくは……。


「くっ、また完敗したっ」


 明の顔を見て敗北宣言をする負華。

 まあ、あれだ、負華の顔は愛嬌があっていいと思うよ。側にいて緊張しないし。


「負華殿、人は顔ではござらんよ」

「イケメンに言われても腹が立つだけ! 私が安心できる場所は……要さんの側だけよ」


 涙目で駆け寄ってくると、俺に寄り添う。


「俺も負華の顔を見ていると安心するよ」

「うふふ、私も要さんの顔を見ていると落ち着きます」


 俺も負華も微笑んではいるが、口の端とこめかみがピクピク動いている。

 「平凡な顔で」という言葉は一切口にしていないが、互いに伝わっているようだ。


「茶番劇はそこまでにしてもらっていいか。今後を踏まえて、建設的な会話をしたいのだが」


 呆れた表情をしているが、目元が緩んでいる?

 もしかして……。


「これは失礼しました。まずは私のTDSを披露しましょうか。こうやって地面に設置して」


 矢印が向かい合うように置いて、右側の《矢印の罠》を踏む。

 体が強制的に左へ移動したかと思えば、もう一つの罠を踏んで戻ってくる。それの繰り返し。


「自動反復横跳びが可能です」


 明の目の前で左右に揺れながら平然と説明をする。

 じっとこちらを見ていた明は急に視線を逸らして、顔を背けると「ぶっ、ふふふっ」という押し殺した笑い声がした。

 やっぱり、この人って笑い上戸だ。笑いのツボが浅い。


「どうしたのですか、明さん」


 《矢印の罠》を更に増やして配置を変更。明の周囲を高速で移動する。


「や、やめ、やめてくれ。あはははははは」


 さっきまでのキリッとした表情は崩れ去り、腹を抱えて笑っている。

 もしかして、フードを目深に被っていたのも笑っている顔を見られないようにするためか。


「笑い顔も美人なんてずっるい」


 どこに嫉妬しているんだ、負華は。






 あのまま、一分ぐらい笑い続けていたが、今は落ち着きを取り戻したようだ。

 大きく深呼吸を繰り返すと、冷静な顔を作って俺たちに向き直る。

 今更、取り繕っても遅いと思う。


「では、話し合いを続け、よう」


 俺が軽く体を左右に揺らすだけで、口元を抑えている。

 当初の印象と打って変わって、可愛らしく見えてきた。


「お互いのTDSを明かすところから始めましょうか。私のはさっきお見せした」

「くっ」


 思い出してしまったのか、明が唇をかみしめ笑いを堪えている。

 フードを目深に被っていた理由が今なら良くわかるよ。


「《矢印の罠》と、もう一つ《デコイ》が使えます。これも見せた方が早いですね」


 隣に全く同じポーズで俺の姿をした《デコイ》を召喚する。


「ほんとそっくりですよね」

「一分の一スケールの等身大フィギュアでござる」


 感心した二人が《デコイ》に近づくとペタペタと触っている。

 なんか、変な気分になるからやめて欲しい。


「なるほど、攻撃性はないが面白いTDSだ」


 おや、思ったより高評価をいただけた。

 まだ《矢印の罠》も《デコイ》も能力を隠したままだが、それでも悪い印象は与えなかったようだ。


「では、次。拙者でござるな。はいっ!」


 喉輪が手をかざすと《ブロック》が組み合わさっていき、あっという間に四角い家のような物が完成した。


「豆腐建築」

「負華殿。見た目にこだわる時間がなかっただけで、もっと細かく仕上げることも可能でござるよ」

「喉輪のTDSは既に知っている。他にはないのか?」

「これだけでござる!」


 堂々と言い放つ喉輪に対し、大きなため息を返す明。

 その表情にはこんな相手と戦っていたのかという、残念さが伝わってくる。

 この人、笑いのツボが浅くて感情が顔に出やすいのか。

 直ぐに顔を引き締めているが、ちょっとしたことで表情が崩れる。


「はいはーい。じゃあ、次は私!」


 屋上に《バリスタ》が現れると、空に向けて大矢が発射された。


「ゲームの初日に見たあれか」

「そうそう。あとはこれだよ」


 巨大な鉄球が砦のど真ん中に、ドンッと置かれた。


「この鉄球……見覚えがある」

「あっ」


 負華が口に手を当てて、恐る恐る明の顔色をうかがう。

 《鉄球の罠》と《火炎放射》の合わせ技を明の陣営に突っ込ませたのを思い出したようだ。


「なるほど、あれは貴様の仕業だったか。敵に回すと厄介だが、仲間にすれば頼もしい」

「で、ですよねー。わかってるぅ」


 ほっと胸をなで下ろした負華は調子に乗って、明の肩をバンバン叩いている。

 意外にもその手を振り払うこともせずに、明はされるがままだ。


「では、最後は私の《雷龍砲》を見るがいい」


 砦の隅に設置された《雷龍砲》の照準は砂漠のど真ん中にセットされている。

 明が右腕を軽く払うと同時に金色の龍の顎から雷がほとばしった!

 稲光が宙を舞い、砂漠に命中爆発。

 巻き上がる粉塵を見るだけで、その威力が伝わってくる。


「こんなところだ」


 冷静を装って髪を掻き上げているが、目元が少し緩んでいるよ。

 たった四人の防衛線に心配はあったが、今の一撃で不安を吹き飛ばしてくれた。

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