第65話 適材適所
「すまないが、日が照ってきたのでフードを被らせてもらう」
空を覆っていた雲がなくなり、眩しい日差しが照りつけるようになると、明は再びフードを目深に被る。
周囲が砂漠なだけあってかなり日差しが強く、気温も高くなってきた。
俺は長袖をまくり、負華はジャージのジッパーを全部下ろし、喉輪はスーツの上着を脱いでネクタイを外している。
だというのに明はフード付きのコートを着たままで脱ごうとしない。
白い髪、白い肌、そして赤い目。日差しを嫌う。となると、もしかして明は。
「明殿はもしやアルビノでござるか?」
「ああ、よく知っていたな。その通りだ。故に日差しが天敵なのだよ」
やはり、アルビノなのか。
屋上は影が一切無いので、暑くてもフードを被るしかないのが辛いな。
「要さん、アルビノってなんですか?」
「メラニン色素が足りなくて、生まれつき色素が薄い症状……だったかな」
うろ覚えの知識なので確認のために明に視線を向ける。
黙って頷いた。間違ってないようだ。
「付け加えるのであれば、肌が弱く、視力も低い。日光を苦手とする」
砂漠の気候とは相性が最悪だ。
今もかなり辛そうに見える。話し合いは砦の中でやった方がいい。
「取りあえず、砦の――」
俺が提案する前に動いたのは喉輪だった。
《ブロック》を発動させて、四本の柱を立て、その上に屋根を作る。
そのおかげで俺たちのいる場所が日陰になった。
「これで少しはマシになったのではござらんか?」
「助かった、感謝する。……貴様、意外にも気が利く男だったのか」
敵対していた関係上、印象は最悪だったようだが少しは見直したのかな。
「オタクは何かと偏見を持たれやすいでござる。拙者はそれが悔しくて、オタクのイメージアップのために、まずは拙者が模範となろうと心がけているのでござるよ! 体を清潔に保ち、服装もビシッとスーツ。常に明るく、他者への気遣いも忘れない。それが我が輩の理想とするオタク像でござる!」
拳を握りしめ熱く語る喉輪。
昔に比べれば世間もオタクを受け入れているが「オタクは臭い」「無愛想」なんてイメージを未だに持つ人は多い。
そのイメージを覆すために喉輪は奮闘していると。
「だったら、拙者とか、ござる口調やめたらいいのに」
負華の呟きに同意しそうになる。
「それは無理でござるな。これは拙者のアイデンティティ! 媚びぬ、譲れぬ、オタク魂でござる!」
「はいはい。口論はそこまでで、一旦砦の中に退避しよう」
日陰に入ったとはいえ気温が急上昇している。
明が心配なのもあるが、これ以上ここにいたら干物になりそうだ。
「ここは結構涼しいでござるな」
「極楽、極楽」
石床に座り込み足を投げ出して、一息吐く喉輪。
ひんやりとした床に頬をこすりつけて寝転び、ご満悦な負華。
見てる方も暑苦しかったコートを脱ぎ捨て、袖の無いシャツ一枚で涼む明。
そのシャツは汗だくで、中の下着が透けて見えている。
……女性で確定か。
「地下室があって助かったよ」
「暑さ対策をちゃんと考えていたんですねー。はあぁぁ、床がちべたい」
あれから一階まで下りて休める場所を探していると、地下へと繋がる階段を負華が見つけた。
それはらせん階段になっていて、砦の壁に沿うように階段が配置されていたので、暑さから逃れるために最下層まで下りて、現在に至る。
見上げると真っ黒な闇が見えるだけ。
体感では二階分ぐらい下りたおかげで、かなり涼しい。
地下には灯りはなかったが、そこはいつもの宝玉から放たれる光で補っている。
「運営の説明によると、今日の夜に襲撃があるようだから、しばらくはここで涼んでいても問題ないと思うよ」
「要さん、要さん、食料もありますよ! 昼ご飯は豪勢にやりましょう!」
元気を取り戻した負華がそこら中を漁って、食料を手に入れてきた。
干し肉、ドライフルーツがほとんどだが量は十二分にある。地下の涼しさを利用して食料の保管庫代わりにしていたようだ。
「乾物ばかりか……それよりも水が欲しいところだけど」
大量の汗で水分を失ったので、さっきから喉が渇いて仕方がない。
それは俺だけではなく全員同じ状態の筈なのだが、さっきから負華だけ妙に元気だ。
「ちょっと、汗を流したいので男性陣はあっち向いていてください」
「何言ってるんだ。汗を流すも何も飲み水もない……おい」
呆れた俺の問いに対して返事はないどころか、木のジョッキに並々とつがれた水を頭から被る負華。
「その水はどこから?」
「えっ、そこの端っこに井戸あるじゃないですか」
負華が指差す先は暗くてよく見えなかったが、目を凝らすと石を円形に積んだ井戸と、手押し式のポンプがあった。
俺たちは慌てて駆け寄ると、腹がタプタブになるまで水分補給をする。
「い、生き返ったー」
「肌が潤いを取り戻したでござる」
「はあー。なんとか助かったようだ」
俺と喉輪は頭から水を浴びて、地下の隅に転がっている。
背後からは水浴びを楽しむ二人の声が聞こえてきた。
「大きな桶あったから、ここに水を溜めよう! 先に浸かっていいよー」
「感謝する。肌が軽い火傷になりそうでな。ふうううぅぅ、心地よいぞ」
俺がもう少し若ければ振り向きたい衝動を抑えられなかったかもしれないが、この年になるとそれぐらいの抑制はできる。
ただ、喉輪はまだ二十代。己の欲望に負けて従うかもしれないな。
警戒しながら喉輪の様子をうかがうと、強く目を閉じてニヤけ面を晒していた。
「音声のみを楽しめば二次元の感覚を味わえますぞ! お二人の声は拙者の好きなキャラに似ているので脳内で変換すれば……完璧でござる!」
どうやら、いらぬ心配だったようだ。
こんな状況だが話し合いの続きをするか。
「そのままでいいから聞いてくれ。この砦は砂漠の高台に建っているから、全方位から敵が進軍してくる可能性がある。となると、防衛側としてはかなりやりづらい」
「石の城壁には東西南北に大きな扉があったでござるよ」
この砦は円柱の形をしていて、地上三階、地下二階の建造物。
砦は二階分の高さがあり、かなり分厚い城壁にぐるっと守られているので、この城壁を破壊するのは至難の業だろう。
「タワーディフェンスの基本は言うまでもないけど、敵が攻めてくるポイントを絞ること」
「四つの扉の内、三つは封じたいところか」
全員が高難易度のデスパレードTDをクリア済みだけあって、理解が早くて助かる。ただし、我関せずと水遊びをしている負華は除く。
「ならば、拙者の《ブロック》を扉の内側に配置して、開かずの扉とするでござるよ」
「それは助かるけど、コスト……TDPは足りるのか?」
「能力がショボいだけあって、コストは軽いので安心してござれ!」
胸を張って得意げに語る内容ではないけど、そこは喉輪に任せて大丈夫なようだ。
地上からの敵はあえて開け放っておく扉に誘導して撃退。これが基本方針。
だが、問題はまだある。
「敵が飛行能力を有していた場合が厄介か」
明の指摘がまさに危惧していたところだ。
敵が何者かわからないので、もし空から攻められると対策が難しくなる。
「私の《バリスタ》と明さんの《雷龍砲》があればいけるっしょ!」
桶の中でバタ足をしながら、暢気に言い放つ負華。
それに期待しているのは確かだが、相手の数がわからないので不安要素は消えない。
「空からの攻撃はさほど気にしなくとも良いのではないか。相手は東の国。魔物を操るのは我々が守る魔王国の方ではないか」
「そうだけど魔物を操る特殊な加護とか、何にしろ油断は禁物だよ」
俺たちはこの世界の真実に気付いているが、明がなぜここが魔物の国だと認識しているかというと、前回の緊急クエスト後に設定と大まかなストーリーが解禁されたからだ。
魔王国を守るために異世界の人間を召喚。守護者と名付けられたプレイヤーは魔王国とは知らずに防衛に力を貸す。敵は西と東の国で相手は人間。両国にはプレイヤーと同じように日本から召喚された勇者が存在して敵対している。
簡単にまとめるとこんな感じ。
俺たちが知っている情報をあくまで、ゲームとしての設定ということにして公表している。
真実を含んだ情報をあえて公開することで、守護者たちの違和感を払拭しようと考えたのだろう。
「空に関しては二人に頼るしかない。俺も喉輪も」
「役立たずでござる!」
同類と言わんばかりに、満面の笑みで肩を組まないで欲しい。
戦闘に関しては喉輪より役に立っているつもりだ。
「夜まで時間はたっぷりある、みんなで意見を出し合って対策を練ろう」
「わかったでござる」
「了解した」
「私は邪魔にならないようにしますね!」
一人を除いて意見を出し合い、方針が固まっていく。
このメンバーと能力なら、なんとかなるかも……いや、なんとかするしかないんだ。
「はい、そこに鉄球出して」
「ばあああああぃ」
さんさんと日差しが照りつける中、俺たちは城壁の東門から出て砂漠で玉転がしをしている。
砂漠の上に置かれた鉄球は砂に半分の体積が埋まってしまう。
そのままでは微動だにしないので、鉄球の下に《矢印の罠》を設置して移動。
動きが止まると更に《矢印の罠》で移動。それを繰り返すと、東門から真っ直ぐに走る鉄球の跡により道ができた。
といっても、砂を切り開いた道なのでしばらく放置したら元に戻ってしまう。
そこで、喉輪の出番だ。
「手筈通り頼むよ」
「任せるでござる!」
鉄球跡の上に《ブロック》が敷き詰められていく。
これにより、地面が安定した進軍しやすい道をあえて作る。
砂の上を歩くというのは思っている以上に動きにくく、体力を消耗してしまう。
それも大軍で攻めてくるのであれば整った道を進みたくなるのが心情だろう。砂と比べたら行軍速度も段違いだ。
ちなみに《ブロック》は喉輪が意識して消すように念じるか、壊されない限り消えないそうなので、いくら敷き詰めても数の心配は無用。
「そのまま川の方向へ真っ直ぐ伸ばしていくよ」
「ぶあああい」
暑さで今にもへたり込みそうな負華を励ましつつ、《ブロック》の道は東、東へと延びていく。
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