第66話 敵襲
腹ごしらえが済んだ俺たちは、日が落ちたタイミングで砦の屋上に向かった。
東西南北に一人ずつ配置して、周囲を警戒している。
夜になり辺りは暗闇に包まれる、かと思ったのだが夜空に瞬く満天の星のおかげで、思ったよりも夜が明るい。
月よりも一回り大きな星が二つ存在していて、それが一番の光源になっていた。昨日までこんな星は存在していなかったのだが。
この星空を見ると、ここが異世界なのだと改めて実感してしまう。
昼より視認性は落ちるが、それでも目を凝らせば結構遠くまで問題なく見通せる。
「こちらー! 問題ないでーす!」
西側に立つ負華が大声を張り上げて状況を伝えている。
砦の屋上はかなり広いので普通に話しても聞き取ることができない。なので大声を出すのは理にかなってはいるのだけど。
『宝玉使って通話しような』
握りしめた宝玉で負華と通話する。
遠くで大げさに驚くと、頭を軽く小突く負華。
『しかし、砂漠にポツンと建つ砦を敵が襲う理由が不明でござる。川から離れていて、周囲には何もない。防衛の拠点というわけでもなく、スルーすれば良いだけの話ではござらんか?』
北を見張っている喉輪が前方を睨みつけながら首を傾げている。
確かに、周囲は砂のみで川からも距離があるので、一見攻め落とす必要性を感じない。
『馬鹿を言うな。ここは砂漠を横断する者にとって貴重な中継地点だ。日中はあの日差し、夜は異様なほどに冷え込む過酷な土地。体を休める場所は必須。特に大軍を指揮するのであれば、ここは落としておきたいところだ』
明の説明を聞いて得心がいった。
巨大な砂漠地帯の周囲は険しい山脈があり、このルートで魔王国へ向かうには砂漠を突っ切るしかない。
となると、東の国としてはこの場所を確保する必要がある。
『全力で襲いかかってくる可能性が高いのか』
『残念ながらな』
現実は厳しいようだ。
俺は東を担当して警戒しているが、今のところ敵の動きは見えない。
東門の先には真っ直ぐな道がかなり先まで伸びている。
負華と喉輪の頑張りにより、急ピッチで道路工事を決行したが中々の出来だ。
幅は三メートル程なのは鉄球の通った跡にブロックを敷き詰めたから。
砦は高台に建てられているので、初めは急な下り坂で少し進むと傾斜のない真っ平らな道。
かなり大量の《ブロック》を消費したのだが、いくつ置いても先に置いた《ブロック》が消えることはなかった。
実はこれがかなり特殊な仕様で、俺の《矢印の罠》は同時における数が三十。それ以上置くと先に置いた罠が消えていく。
設置の限界数はどうやら個人のレベルを設置コストで割った数らしく、設置コストの高い《バリスタ》や《雷龍砲》は必然的に少数しか置けない仕組みだ。
ここの屋上にずらりと《バリスタ》や《雷龍砲》を並べたいところだったが現実は甘くない。
『どんな敵が来るのかな? 前みたいに鎧を着た人たち?』
『これだけ日差しが強い場所で足下は砂。重い金属鎧は無謀じゃないか。薄手の革鎧か分厚い布製の服か、そんなところじゃないか』
『漫画やアニメでは砂漠の民が金属鎧を着ているイメージがないでござるよ』
『海外の映画でもそうだな』
喉輪と明の話で納得したのか、大げさに頭と上半身を上下させて頷いている。
離れている俺たちにもわかるようにリアクションしなくてもいいんだぞ。
『っと、東の方向に何かが』
やはり、こちら側から進軍してきたか。
喉輪が製作した道の上を歩く、何かの群れ。二足歩行をしているので人だと思うが、距離がありすぎて細かいところまでは不明だ。
全員が持ち場を離れて、こちらへと駆け寄ってくる。
他にも別働隊が回り込んでいる可能性も捨てがたいが、他の扉は《ブロック》で塞いだ。そう簡単に破られることはない。
それに喉輪曰く「《ブロック》が衝撃を受けたり破壊されると、拙者に伝わるので扉を強引に開けようとしたらわかるでござる」とのことだった。
使えないTDSだと侮っていたが、今のところ一番活躍している。
「あー、んー、うげっ」
何処からか取り出した望遠鏡を覗いて、敵軍を見ていた負華が汚い声を漏らす。
「何が見えた?」
「要さんが自分で確認してください」
そう言って望遠鏡を渡されたので、自力で確認をする。
統一感のない服装をした人の群れだ。
鎧姿もいれば質素な服を着た人もいる。男性だけではなく女性の姿もちらほら見える。
特徴的なのが鎧を着ていない連中の過半数が武器を手にしていない。更に素足で歩いている者も多い。
足下が砂なので踏んでも痛くはないだろうが、日光に熱せられてかなり熱いはず。
夜になってわざわざ靴を脱いだとは考えづらい。
それに何よりも気になる点が歩みだ。全員がふらふらとおぼつかない足取りで、こちらへと向かっている。砂に足を取られているだけなのかと思っていたが、どうやらそうではない。
「要さん、要さん、あれって……」
先に確認した負華の顔色が悪い。
怯えた表情で服の裾をぎゅっと握っている。
そんな負華の顔色よりも遙かに悪い顔色の一団。
「あれはアンデッドだ」
白く濁った目に半開きの口。
皮膚もよく見るとただれ、そげ落ちて骨が見えている者もいる。
これだけ離れているのに腐臭が漂ってきそうな外見に、思わず顔をしかめてしまう。
「ほう、アンデッドによる拠点襲撃か。防衛ゲームでは定番の展開ではあるな」
明の言う通り、拠点を製作して守る系のゲームで敵がゾンビ。こういった海外ゲームは数多く存在している。俺もいくつかやったことがあった。
ここがゲームの世界だと信じていた以前なら、今の状況を素直に受け取り楽しめたのだが。
東の勇者が去り際に言っていた「そこで最近覚えた魔法を試そうかと思ったのだ。期待するがいい。とっておきのサプライズを提供しようではないか」との言葉。
それがこれか。魔法とはアンデッドを操る死霊術とかその類い。
亡くなった死者を利用して大軍を編成した。
戦乱の真っ只中だ、死者の数はそれこそ……腐るほどいたのだろう。
「ざっと見積もっても数百、下手したら千を超えそうでござる」
隣で息を呑む喉輪。
言動から緊張具合が伝わってくる。
俺の体が少し震えたのは夜になって急激に気温が下がったせいじゃない。
武者震いだ、と格好付けたいところだがそれでもない。
強烈な姿と数に圧倒されている。
「ヤツらは道の上に乗ったようだ」
指揮系統が存在していて簡単な命令により動いているのか、それとも本能で進んでいるのかは不明だが、アンデッドの群れの大半が道の上を進んでいく。
やはり道の上は歩きやすいので、砂を進む連中と比べて進軍速度に三倍ぐらい差がある。
戦闘のアンデッドまで距離はまだ五百メートル以上。
予め距離がわかるように道の端に、十メートル間隔で色違いの《ブロック》を設置したのは正解だった。
「三百メートルを切りました! どうします、要さん!」
「まだだ。仕掛けるのはもう少し待とう」
道にいるアンデッドは現在、百ちょいぐらいか。後方にはまだまだ大量に控えている。
やるなら、もう少し道の上に移動してからがいい。
「二百メートルです! まだですかー⁉」
この距離まで近づくと、相手の顔がハッキリと見える。
ゾンビ映画を何本か見たことはあるが、あれはリアルじゃなかった、と今なら断言できるな。
「よっし、負華頼んだ!」
「わっかりましたー! 鉄球さん発動!」
胸壁から身を乗り出して、右手を振る負華。
城壁の外側に鉄の檻が貼り付き、その中から鉄球が真下に落ちる。
そのまま地面に着地すると、勾配の急な下り坂を一気に下り道の上を転がり爆走。
勢いの付いた鉄球がアンデッドたちをボーリングのピンのように吹き飛ばし、踏み潰していく。
これこそが《ブロック》で道を作った本当の理由。
道の両脇には鉄球が飛び出さないように縁も作っているので、道から逸れることはない。
想定以上の破壊力でアンデッドを数十体も粉砕すると、鉄球の動きが止まった。
「負華、消して次!」
「了解であります!」
肉片がこびりついた鉄球を消して、新たな鉄球を同じ要領で配置。そして投下。
再びアンデッドを蹴散らしていく。
「更に次……はTDPが足りないか」
「はっ、申し訳ありません。しばしお待ちを」
敬礼して謝罪する負華。
《鉄球の罠》の欠点の一つ、設置コストの高さ。
一秒に一ポイント回復するとはいえ、連続で素早く放つと回復が追いつかない。
「いいよ、しばらく休憩しておいて」
この展開は予想していたので、予め鉄球を予備で出してもらう予定だったのだが、設置の限界数がネックとなった。
設置コストが高いので《鉄球の罠》は二カ所同時に配置できないのだ。
しかし、数秒待てば次を出せる。幸いなことにアンデッドの歩みは遅い。追撃が間に合う。
数秒ごとに鉄球を落とすことで、大量の敵を排除できている。
ここまではかなり順調だ。
ただ、道から逸れて砂の上を進んでいる連中が近づいてきている。
大量に潰された仲間に目もくれず、黙々と歩む。
近くを鉄球が猛スピードで通り過ぎているが気にも留めていない。
このままだと、先に砂を進むアンデッドが砦に到達しそうだが……そうはいくか。
ゆっくりとだが順調に歩を進めていたアンデッドが、今までの何倍もの早さで横にスライドした。
強制的に道の上に移動させられると、転がってきた鉄球に潰される。
「こちらの仕込みも成功」
《ブロック》の道の両脇に《矢印の罠》を設置済み。
一列に並べることで踏んだ者を道の上に強制移動。結果、こうなった。
こんな状況で不謹慎だが、今、かなりタワーディフェンスっぽいことをしている!
「さあ、じゃんじゃんいこうか!」
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