第67話 火力
敵は東側からのみ侵攻している。
アンデッドだけあって複雑な命令が伝わらないのか、真っ直ぐに向かってきては避けようともせずに鉄球で潰される。
砂の道を進む面々も《矢印の罠》で強制的に道へ移動させられ、同じ運命を辿っていた。
「めっちゃ順調じゃないですか! 私、大活躍!」
自慢げに胸を張りアピールする負華。
今回ばかりはその通りなので、調子に乗らせておこう。
「このまま、何もなければいいでござるが」
「あー、フラグ立てるのやめてよー」
「これはしまったでござる! 完全なフラグを立ててしまいましたぞ! 拙者はこの戦いが終わったら結婚するでござる!」
「更にフラグ立てたー」
慌てて口元を押さえて、あたふたする喉輪。
負華は楽しそうにツッコミを入れている。
今は有利な状況で進んでいるので余裕が出てきているようだ。
それを黙って覚めた目で傍観する明。かと思ったが、よく見ると目元と頬がヒクついている。
ほんと笑いのツボが浅いな。
「おっと、二人とも無駄話はそこまで。明、負華、あっちに迂回する連中がいるから迎撃をよろしく」
「わっかりましたー。また活躍が増えちゃいます」
「了解した」
俺の指差す方向に、進軍の列から離れて進む数体のアンデッドがいる。
別働隊として回り込むつもりなのか、たまたま列からはぐれたのかは不明だが、早い内に処理しておくに限る。
「射程距離よりちょっと遠いけど……少し上を狙って、発射!」
《バリスタ》は照準を少し上に合わせることで飛距離を稼ぐことができる。
本来は五十メートルしか飛ばないのだが、高い場所に加えて少し上を狙うことで山なりの軌道にはなるが、かなり射程が伸びる仕様だ。
「命中、三体倒しました!」
「残りを頼むよ、明」
「承知した」
黄金の龍を象った
ほとばしる稲妻が残りの敵を一掃した。
さすがの威力だ。破壊力、貫通力は《バリスタ》を上回っている。
ちなみに明のことは今まで「さん」を付けていたのだが「戦闘中の呼称は短い方がいい。さん付けは無用だ」と指摘を受けたので呼び捨てになった。
「《バリスタ》《雷龍砲》があれば鉄球を凌いだ敵が現れたとしても、問題なく処理できるな」
アンデッドたちは元々が人間で死体を操られているだけの存在。
罪悪感はあるが、生身の人を殺すのとはハードルの高さが違う。強制的に成仏させてあげている、という建前も存在する。
真相を知っている負華も喉輪も動揺している様子はない、と思う。
……いや、それを隠すために必要以上に明るく振る舞っているのかも、しれないな。
「戦闘が始まって一時間ぐらい経過してますよね。そろそろ敵もいなくな……要さん! 要さん!」
俺の肩を激しく叩く負華。もう片方の手が指差す方に目を凝らす。
いつものようにアンデッドを蹴散らしながら転がる鉄球を、正面から受け止める個体がいた。
直径が三メートルある鉄球よりも一回り大きな人型。腕も足も太く、服は腰に巻いている布きれ一枚だけ。
望遠鏡を覗き込み、つぶさに観察する。
むき出しの腕と足はよく見ると、何体もの人間の部位が組み合わさって構成されているようだ。
人間の手足を何本か繋ぎ合わせて一本に束ね、体には人間の顔がいくつも貼り付けられている。
かなり、気味の悪い外見だ。
「悪趣味でござるな」
「死者を冒涜している」
忌々しげに相手を睨みつける、喉輪と明。
その巨大な死体はあろうことか、掴んだ鉄球を持ち上げて肩に担いでいる。
もしかして、こちらに投げるつもりか⁉
「負華、鉄球を消して!」
「は、はいいいい」
巨大な死体が鉄球を投擲するが、砦の東門にぶつかる前に消えた。
なんとか間に合ったか。
「ま、前に、鉄球に追いかけられて慌てて消せなかったのを反省して、すぐに消せるように練習してました」
負華は冷や汗を拭いながらもドヤ顔は忘れていない。
前回の経験が生きたか。
巨大死体は押し潰された死体を意にも介さずに、踏みつけながらこちらに突進している。
「負華、鉄球はいいから《バリスタ》を」
「はい、撃ちますよ!」
大矢が発射され、見事に胸の真ん中に突き刺さる。
矢は貫通して鏃が背中から突き出ているが、巨大死体は動きが一瞬止まっただけで再び走り出した。
「明!」
「任せておけ」
龍の頭が巨大死体へ向けられると、その顎から強烈な稲光が放たれる。
胸元に命中した稲光が巨大死体に大きな風穴を開けた。
更に雷により全身から煙を上げた状態で、前向きに倒れ伏す。
しばらく観察していたが動く気配はない。
「よっし、ナイス!」
「あっぱれでござる!」
「くっ、今日のところは活躍の場を譲りましょう!」
三者三様の称賛を浴び、明はフードを目深に被るとぷいっと顔を背ける。
フードの下は嬉しさのあまりニヤけ面をしているのだろう。
倒せたのはいいが、問題は道に堂々と横たわるあの体。
鉄球を転がしてもあれが邪魔をして、そこで止まってしまう。
「ちょっと、移動してくるよ」
屋上からだと届かない範囲にいるので、砦の壁に《矢印の罠》を張って東門の前まで下りる。
そのまま巨大死体の前まで移動すると《矢印の罠》で道の外へ放り出した。
「相手の重量も関係なく移動させられるのは、かなりの強みだよな」
外れTDSだと当初は失望したが、今になってこの能力は当たりだったのではないかと思い始めている。
なんせ、汎用性が高い。使い勝手がとてもいい。
「要さーん! 早く戻ってこないと鉄球でぺちゃんこになっちゃいますよー!」
考え込んでいた俺の頭上から負華の声が降ってくる。
おっと、そうだな。戦場のこんな場所にいたら邪魔なだけだ。定位置に戻るとしよう。
踵を返す前に前方を確認。
遠くにアンデッドの姿はあるが、その数はかなり減っている。この調子なら一時間も経たずに殲滅が可能なのではないだろうか。
今倒した敵と同型の巨体は見当たらない。
ほっと安堵の息を吐き、最後に視線を少し上に向ける。
そこには満天の星空。その星の光が時折点滅しているように見えた。
いくつもの星が光っては消え、を繰り返している。
異世界の星は点滅するのか? 月よりも巨大な星が二つも浮かぶ世界だ、星が瞬いても不思議でないのかも。
もしくは雲か何かで光が遮られているのか。
見たところ雲一つ無い夜空に見えるが……。
もう一度目を凝らして夜空を見上げる。
集中していると、何かの音が上空から微かに聞こえたような。
両耳に手を当てて音を探る。
バサバサと鳥の羽音のような……音が……。
はっとして、持ってきた望遠鏡を取り出して夜空を確認した。
星空をバックに浮かぶ無数の何か。
背中から羽が生えている人型もいれば、動物の背に羽が生えている魔物らしき生物、更に大形のコウモリのような魔物までいた。
その数はざっと百程度か。
飛行する個体の目は白く濁り、体は変色している。
「おいおい、アンデッドが飛んでるぞ!」
慌てて《矢印の罠》を足下に置き、最高速で撤退をする。
砦の壁を一気に登り、屋上にたどり着くと間髪入れずに見たものを伝えた。
「飛行するアンデッドの群れが迫っている!」
迂闊だった。操れるアンデッドは人間限定じゃない。
ゾンビに対するイメージが先行していて、動く死体は人間だけだと思い込んでいた。
人の死体と同じく魔物や魔族の死体も無数に存在している。
魔王国側には空を飛ぶ住民や魔物がいて、その死体を利用したのか。
羽根の損傷が激しい個体は移動速度も遅いが、何体かはかなり速い速度で滑空している。
「負華、明、打ち落とせるか?」
「やってみます!」
「善処しよう」
まずは《バリスタ》から大矢が射出される。
一番手前に見える羽の生えた人型の脇をすり抜け、その斜め後ろにいたコウモリのような魔物を貫く。
「ね、狙い通りですよ! マジで!」
外したな。
両腕を振り回して大声で命中宣言をする負華。その姿を覚めた目で見る俺。
目の端で輝く光が高速で通り過ぎる。慌てて目で追うと、《雷龍砲》が空中にいる敵を数体なぎ払っていた。
「油断は禁物だ。無駄な喋りをする暇があるなら撃て」
「そ、そうですよね、ごめんなさい!」
明の叱咤を受け、気を取り直した負華が《バリスタ》の操作に集中している。
負華の命中率は悪いが、それは仕方ない。
《バリスタ》を撃ちながら《鉄球の罠》も発動しているのだから。
地上と空中からの同時攻撃。
《雷龍砲》はさすがの威力と精度で次々と敵を撃ち落としているが、冷却時間が存在するので連発はできない。
稲光と矢から逃れた敵が砦に近づいてきている。
こうなると俺と喉輪は役立たずになる……筈だった。
「喉輪、来たぞ!」
「御照覧あれ!」
屋上にずらっと並べられた《ブロック》だがいつもの四角形ではない。
斜めに両断された三角形を寝かせた形をしている。上り坂のような傾斜がある三角柱の上には、先端が鋭利に尖った矢のような細長い《ブロック》が既に設置済み。
東門側にずらっと並べられた歪な《ブロック》の列。
俺はその空に向かって傾いている一面に《矢印の罠》を設置。矢印は向かってくる敵に向けて。
「照準良し、撃てええええっ!」
大きく腕を払い、発車の合図を送る喉輪に合わせて《矢印の罠》を起動。
矢のような形をしたブロックが連続で射出されていく。
一つ目が発射されると、直ぐさま同じ形のものを喉輪が製作設置。
再び《矢印の罠》で発射。
威力を十メートルまで強化したおかげで、射程距離が十メートルしかないが連射する飛び道具を手に入れた。
もちろん、喉輪の加護の力があってこそだが。
「初めての共同作業でござるな!」
「そう言われると複雑な気持ちになる……」
なんて軽口を叩いているが油断は一切していない。
意識を集中して迎撃を続ける。
このまま、なんとか乗り越えるぞ!
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