第68話 最後の難所

 空と地上からの侵攻をなんとか食い止めている。

 不幸中の幸いと言うべきか、空を飛ぶアンデッドの数は地上と比べてかなり少ない。

 それに動きが単純で鈍いのでこちらの攻撃が避けられる心配がなく、慣れてしまえば向かってくる的のようなものだ。


「空は駆逐した」


 明の言う通り、夜空に浮かぶ個体はゼロ。

 これで地上の敵に集中できる。


「もう、《バリスタ》は店じまいしていいんですね。よかったー」


 地上も空中も担当して、一番忙しそうにしていた負華が胸をなで下ろす。

 あと少しだから、踏ん張ってくれ。

 道の上を進むアンデッドの群れは鉄球に弾かれ、押しつぶされ、倒された数は優に千を超えている。

 動く死体が本来の死体に戻り動かなくなると、道が死体の山で埋め尽くされてしまうが、そこは《矢印の罠》で道の外へと運ぶことで常に綺麗な状態を保っていた。


「なんか、経験値が盛り盛り増えてレベル上がりまくってますよ!」


 負華が宝玉を取り出してステータスの確認をしている。

 こんなことをする余裕があるぐらい敵の数は減り、長い戦いの終わりが見えてきた。

 俺も宝玉で現状を確認する。



 レベル 30

 TDP 40

 TDS 《矢印の罠》《デコイ》

 振り分けポイント 残り10


◆(矢印の罠Ver.2)レベル15

威力 10m 設置コスト 1 発動時間 0s 冷却時間 0s 範囲 2m 設置場所 地面・壁・体

◆(デコイ)レベル7

姿 1 設置コスト 5 発動時間 0s 冷却時間 0s 範囲 視界に入る 設置場所 地面



 おっ、レベルが10も上がってレベル30に到達している。

 この砦に来てから強制的にパーティーメンバーに加入させられたので、全員に同じ量の経験値が振り分けられているはず。

 あれだけの敵を倒したのだから、これぐらいレベルが上がっても不思議ではないか。

 また振り分けポイントに余裕ができたので、何に振るか考えておかないと。


「地上の敵も残りわずかのようでござるよ」


 あれほどいた敵も両手で数えるぐらいしか残っていない。

 残りの数体は《雷龍砲》の一撃でなぎ払われ、防衛は完了した。


「ふー、終わったでござるか。もう敵はいないようですぞ」

「だから、フラグっぽいこと言わないでいよー」


 喉輪の脇を肘で突く負華。

 緊張感が溶け、安堵のあまりじゃれ合っているようだ。

 何度かヒヤッとする場面はあったが、無事に乗り越えられた。

 結果論ではあるが、魔王国側が考えた人員の割り振りは成功だったと言える。


「二人ともまだ油断はしないように。一応、生き残りがないか確か――」

「まだだ。まだ終わってないようだぞ」


 俺の言葉を遮った明が一歩前に踏み出し、胸壁に右足を乗せて前方を睨んでいる。

 視線の先を追うと《ブロック》で出来た道の中央を堂々と歩く人物がいた。

 その数は三体。

 全員が金属の鎧を身にまとい武器を手にしている。

 先頭に一人、少し後ろに控えるようにして二人が並んでいるのだが、先頭に立つ男の顔に見覚えがあった。

 精悍な面構えをしている三十代ぐらいの男。それに金属の鎧。

 他のアンデッドと違って、しっかりとした足取りに強い意志を感じる瞳。

 この三人はおそらく生身の人間だ。


「初めての砦イベントで戦ったときにいた連中か」

「あー、あのトゥヴァイハンダー公爵とかと一緒にいた人たち!」


 負華も思い出したようで、手を叩いて何度も頷いている。


「おや、顔見知りでござるか?」

「一度戦った相手だよ。あの時は鎧を脱いで川に飛び込んで逃げたけど」


 問答無用で倒してもよかったが、話の通じる相手なら情報収集をしたかったので大声を張り上げる。


「そこの三人止まれ! それ以上近づくのであれば迎撃する」


 一見、アンデッドのようには見えないが、保存状態のいい新鮮な死体で生前の能力が残っているパターンもある。

 どちらにしろ問いかけに答えないようなら、このまま一気に倒すだけだ。

 すると、三人はピタリと足を止め、先頭のリーダーらしき男の横に杖を持った女性が並ぶ。

 杖をぐるりと回すと、リーダーらしい男が口を開いた。


「我が名はセスタス。東の国ウルザムの第三騎士団長をしている」


 大声でギリギリ聞こえるかどうかの距離があるのに、まるで耳元で話しているかのようにハッキリと聞こえる。

 あの時の防衛線でもそうだったが、隣に立つ杖を持った女性の魔法の仕業だろう。

 この団長、重低音で凄みを感じさせる声をしている。


「声だけで強者判定されそうな低い声でござるな」

「乙女ゲーだと、この声の声優なら優秀な敵将の立ち位置ですね」

「わかるでござる」


 二人は似たような視点で猛者判定を下したようだ。

 明は無言を貫いているが、その目は冷静でありながら警戒を解いていない。


「そちらの指揮官に話がある」


 指揮官か。この中で一番しっかりしているのは間違いなく、明だ。

 冷静な判断力で的確な指示を出し、上に立つ者としての才覚を嫌というほどに見せつけられた。

 無言で明を見ると、その目は俺を見つめ返す。

 更に喉輪と負華も明ではなく、俺を見ている。


「えっ、うちのリーダーに相応しいのは明だろ?」

「いや、貴様だ要」

「肩上殿の方が相応しいでござるよ」

「うんうん。明さんは優秀な副官って感じだから、リーダーは要さんでいいと思う」


 まさかの全員一致。

 今まではなし崩し的に場を仕切ることはあったが、ここでの戦いの活躍と振る舞いを比べるなら間違いなく、明の方が相応しいはずなのだが。

 反論をしたかったが、相手をこれ以上待たせるわけにもいかない。

 今は渋々だが、それっぽく振る舞うとしよう。


「私がリーダーの肩上だ」


 胸壁に足を掛けて、冷淡な表情を心がけて見下ろす。


「ワダカミ殿か。承知した」

「話とはなんだ?」


 こちらが圧倒的に有利な状況。強気な態度で対応するべきだろう。

 上から目線を心がけて偉そうに振る舞ってみる。二年前にパワハラ問題でクビになった上司を参考にして。


「ワダカミ殿に一騎打ちを所望する!」


 あのセスタスとかいう指揮官。とんでもないことを口にしたぞ。


「こ、これは熱い展開でござる! マンガアニメでは王道のシーン! 血湧き肉躍るでござるな!」

「一騎打ち! 私を奪い合う男たちがよくやっていたっけ……」


 何故か興奮する喉輪と、瞳を輝かせて過去の乙女ゲーを思い出している負華。


「断る。そのような提案に乗る必要性を感じない。このまま殲滅すればいいだけの話だ」


 即答すると、残念そうにこっちを見る喉輪と負華。

 なんで、二人は乗り気なんだよ。


「ごもっともな意見だ。しかし、こちらは切り札を残している」


 おっと、切り札ときたか。

 しかし、完全なはったりの可能性が高い。何故なら。


「ならば、こんな交渉をせずに切り札を使えば良いのではないか?」

「こちらとしても出来れば使いたくはないのだよ。大事な仲間の命を散らせたくはないのでな」


 意味深な匂わせ発言。

 嘘だと疑ってはいるが、興味をそそられる話しぶりだ。

 明に目配せをすると小さく頷き、《雷龍砲》の照準をゆっくりと合わせている。


「どういうことかな?」

「部下の加護がかなり特殊なものでな。死亡と同時に大爆発を起こす《自爆》という加護だ」


 セスタスに促され一歩踏み出した部下は、少しポッチャリとした体型の女性に見える。

 長く波打つような赤髪に日に焼けた肌。背が低く、セスタスの腰より少し上ぐらいの身長。

 本当か嘘か見抜く術がない。いや、術はあるか。

 今この場で殺せば明らかになる。でも、それをしてもし本当だったら……。


「ちなみにそこの砦を完全に粉砕するほどの威力と範囲がある」

「なぜ、そのようなことがわかるのだ。その者が死ななければ威力も判明しないはずだ」


 俺に変わって明が疑問を投げかける。

 そう、明の言う通りだ。死んで発動する《加護》なら、事前に威力を知っている方がおかしい。


「それは《自爆》の加護を持つ者が一人だけではないからだ。遙か昔に今よりも優れた技術力を持つ古代人が人工的に生み出した《加護》と言われている。当時は奴隷に強制的に与え、敵陣や敵国で使わせたそうだ」


 非人道的な殺戮兵器として生み出された《加護》というわけか。


「そんな奴隷たちの子孫の中に《自爆》を持つ者が稀に現れる。それがこいつだ」


 彼女は元人間兵器の奴隷だった祖先を持つ者。

 話のつじつまは合っているようだ。設定として矛盾を感じない。

 だが、それを見極める判断材料が少ない。セスタスの話を信じるか否か。


「信じるか信じないかはそちら次第だが」


 こちらの葛藤を察したのか、セスタスの態度に余裕が見える。


「少し、考える時間をくれ。明、言うまでもないけど警戒は緩めずに」

「わかっている」


 俺は宝玉をそっと握りしめると、バイザーに通話が繋がるか試してみる。


『バイザー、聞こえるか?』

『ああ、聞こえているぜ。あと、そっちの状況も把握済みだ』


 あまり期待してなかったが、バイザーとは通話可能なのか。


『話が早くて助かる。《自爆》という加護は実在するのか?』

『実際にあるぜ。あの自爆特攻にはこっちもかなり悩まされたからな。東の国には古代人の軍事施設があったらしくてな。その名残で《自爆》を所有した元奴隷の子孫が多く存在している』


 本当に所有している可能性が高まったか。


『あの話は真実かそれとも嘘か。バイザーはどう判断する?』

『そうだな……《自爆》持ちだったとしてもおかしくなはい、とだけ言わせてもらうぜ』

『わかった。参考になったよ。またな』


 通話を切り、素早く考えを巡らせた。

 今回の臨時クエストは砦を守ることが条件。逃走や砦を奪われるとゲームオーバー扱いになる、と運営から釘を刺されている。

 俺は大丈夫だが、みんなの宝玉には自爆のシステムが付与されている。この仕様も《自爆》の加護を参考にしたのかもしれない。

 どちらにしろ、最悪の展開は避けるべきだ。

 一騎打ちの条件は不明だが、話を聞いてから判断すればいい。

 大きく息を吐き、腹を決める。


「わかった。一騎打ちの提案を受けてもいい。内容次第だが」

「話がわかる相手で助かる。男の勝負と言えば拳と拳の殴り合い」


 えっ、戦場での一騎打ちは殺し合いが定番では?

 覚悟を決めていただけに言葉が出ない。


「私が勝てば、私はどうなってもいいから部下の命を保障して欲しい」

「「隊長⁉」」


 部下の二人は知らなかったのだろう。驚愕して大きく目を見開き、隊長を凝視している。

 しかし、意外な提案をしてきた。部下を助けたい、というのは本心だったのか。

 相手にバレないように深呼吸を繰り返してから口を開く。


「そちらが負ければ?」

「殺すなり、奴隷にするなり、好きにして構わない。《自爆》も使わせないと誓おう」


 どうする、俺。

 提案に乗るか、それとも問答無用で倒すか。

 仲間の命が架かったこの選択。間違えるわけにはいかないぞ。

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