第69話 一騎打ち

「よっし、一騎打ちの申し出を受けよう」


 俺は胸を張って言い放つと《矢印の罠》を使って地上へと降り立つ。

 提案を承諾したのにはいくつか理由がある。

 まず、前提として俺たちはこの世界をゲームだと信じている、ということ。

 更に、魔王国の監視の目を常に意識して動かなければならない。

 こんな面白そうなイベントがあれば大半のゲーマーなら誘いに乗る。

 今までそういうノリで臨時イベントに参加しておいて、ここだけ腰が引けるのはどう考えてもおかしい。

 背後に振り返り見上げると、心配そうな顔でこちらを覗き込む負華と喉輪がいる。


「大丈夫だ、安心して待っていて」


 手を振って余裕の笑みを浮かべる。

 それで少しは安心したのか二人の表情が和らいだ。


「やるなら、勝ってくださいよ!」

「ならば、拙者はセコンドに付くとするでござる!」


 大声を張り上げて声援を送る負華。その隣で残っている《矢印の罠》に触れて、同じように地上へと移動してきた喉輪。


「物好きだな」

「どうせ見学するならかぶりつきで見たいでござるよ」


 喉輪は隣に並ぶと好奇心を隠そうともしない顔を俺に向けた。

 正直、一人だと少し心細かったのは事実。一緒にいてくれるだけでもありがたい。

 二人並んでセスタスの前に歩み寄る。

 近くで見るとかなり体が大きい。高身長もそうなのだが脂肪がほとんどない筋骨隆々の体。

 ボディービルダーの魅せる筋肉ではなく、実用性のある鍛え上げられた筋肉。

 なぜ、そんなにもハッキリと体つきがわかるのかといえば、セスタスは金属鎧を脱ぎ捨て上半身裸になっているからだ。

 本当に殴り合いを所望しているのか。


「身長は百八十半ばぐらいでござるな。ウエイトも中々。肩上殿より階級が二つか三つ上の体でござるよ」


 確かに、ボクシングなら二階級は上だろうな。

 それぐらい体格に差がある。

 普通に考えるなら、ここまでの体格差があると圧倒的に不利。

 格闘技の世界で階級分けがあるのは、体の大きさが強さに比例するから。

 しかし、昨日に続いてタイマン勝負をすることになるとは。


「ワダカミ殿も何かやっているようだが」


 身軽になったセスタスが拳を数回前に突きだし、跳ねるような軽いフットワークを見せている。

 その動きはボクシングに酷似しているが、決めつけはやめよう。


「護身術を少々」


 隠す必要もないので答える。

 相手に合わせて上半身裸で戦うべきか少し迷ったが、このままの格好でいいか。


「さて、戦う前にしばしお待ちを。拙者が最高のステージを作り上げるでござるよ!」


 喉輪が道の脇に手をかざすと、そこに灰色の《ブロック》がいくつも現れ、あっという間に舞台を作り上げた。

 灰色のマス目状に敷き詰められた真四角な足場。一辺は十メートルほどあってボクシングリングの倍ぐらいの広さはある。

 これなら戦うのに支障がない大きさだ。


「ルールは素手による格闘。加護は使用可能。勝敗はどちらかが負けを認めるか、気を失うか、この舞台から落ちて十秒以内に戻ってこれなかったら負け。あと、相手を殺しても負けということで構わぬでござるか?」


 喉輪がしれっとルールを決めているが、それは俺が圧倒的に有利だ。

 場外負けが成立するなら《矢印の罠》を踏ませたら勝ちになる。場外で延々と罠を踏ませて、十秒間強制移動させ続ければ終わり。


「基本、それで構わないが場外に落ちた者には手出し禁止、というのを追加して欲しい」


 向こうも気付いたか。俺の《矢印の罠》は散々見てきたはず。対策を講じて当然だ。


「それで構わない」


 安易な勝ち筋が一つ消えたが問題ない。

 相手を甘く見ているわけではないが、加護ありの戦いならこちらが有利。

 問題があるとすれば……セスタスの能力が不明な点。

 どんな加護を所有しているのか。それとも加護はなく単純な戦闘能力のみで挑んでくるのか。


「ちなみにセスタス殿は加護をお持ちで?」


 喉輪が自然な感じを装って質問している。

 いや、さすがに教えてくれないだろ。


「たった一つだが加護を所有している」


 素直に答えてくれたな。

 加護があるのは当然の結果とはいえ、その能力までは教えてくれなかったか。

 厚みが一メートルある舞台に上がると、セスタスも軽くジャンプして飛び乗る。

 舞台の近くには部下である二人の女性が両手を組み合わせて、祈るようなポーズで真剣な眼差しをセスタスに注いでいた。

 部下には慕われている様だ。


「戦う前に一つ。何故逃亡せずにこのような真似を? 勝てないと判断したのであれば、母国に戻れば済む話では?」


 ずっと抱いていた疑問。

 一騎打ちなんてせずに逃げ帰ればいいだけ。わざわざ、投降するような真似をしなくてもいい。


「我らが新しき王は負けを認めぬ方でな。敗走して帰れば処刑されてしまう。戦いを始めたのであれば勝って生き残るか負けて死ぬか。その二択しか認めてくれぬのだ。我々は前回の戦いで砦から逃走した経緯もあるので崖っぷちでな」


 肩をすくめ大きく息を吐くセスタス。

 なるほど。だからわずかな望みをかけて、こんな提案をしてきたのか。東の勇者にしてみれば、死んだところでアンデッドとして再利用できる、と。

 《自爆》を持つ者を部隊に組み入れること自体が、捨て駒と宣言しているようなものだったのか。


「生き残る術を模索した結果がこれだと」

「まさか、話を聞いて受け入れられるとは思っていなかったが」


 セスタスは苦笑すると、深々と頭を下げた。

 この世界の住民にしてみれば甘い対応だったのだろう。それは俺も自覚している。

 相手の《自爆》に関しても他に対応する方法はあった。

 《矢印の罠》で遠くに運ぶ。

 《雷龍砲》で跡形もなく消し飛ばす。

 等、パッと思いつくだけでも何通りか試す価値はあった。

 だが、相手が黙っていれば対策が出来ずに巻き込まれて、こっちも痛手を受けていた可能性が高い。

 そこまで考慮して、信じるに値すると判断した。


「無駄話はここまでにして、拳と拳で語り合うとしないか?」

「そうだな。受けて立つよ」


 相手が拳を突き出したので、俺も軽く拳を合わせた。

 互いに舞台の隅にまで移動してから向き直る。


「では、僭越ながら拙者、喉輪がレフリーを務めさせてもらうでござる! 両者、準備はよろしいですな。それでは一騎打ち、レディーゴー!」


 喉輪が掲げた右腕を振り下ろすのを目の隅で確認すると、セスタスに向かってすり足で近づいていく。

 相手は両拳を胸の前で合わせる構えで、こっちへと早足で向かっている。

 いきなりで悪いがセスタスの足下に《矢印の罠》を設置。矢印の方向はこちらに向けて、ちょうど目の前に来るように調整をした。

 あとは渾身の右拳を突き出せば、避ける術もなく自ら当たりに来るしかない。

 相手が踏んだのを目視して、勝ちを確信した正拳右突きを放つ!

 狙い澄ました渾身の一撃は――空を切った。

 避けられたのではなく、目の前に誰もいない。

 それどころか舞台中央付近にいたはずの俺が、右端の舞台ギリギリに立っている。


「どうした、そんな誰もいない場所を攻撃して」


 セスタスは舞台中央の俺がさっきまでいた場所に佇み、余裕の態度でこちらを眺めている。

 何をされた?

 立ち位置が変わった……わけじゃない。セスタスは罠を踏んであの場所に移動させられた。

 俺は何故かこんな場所に移動して、いる?

 疑問をまとめた結果、一つの疑問が頭をよぎった。


「まさか、あんたも同じような加護を所有しているのか? 《矢印の罠》のような」

「惜しいが違う。同じような、じゃない。全く同じだ」


 驚愕の暴露と同時に足下に《矢印の罠》が現れる。

 もちろん、俺が出したものじゃない。

 俺は吸い込まれるようにセスタスの前に移動させられる。

 顔面へと繰り出される拳に対し、両手を交差してブロック。

 鈍い衝撃と痛みが腕に伝わってきた。


 防御と同時に前蹴りを相手の胴体に叩き込もうとするが、相手の姿は既にない。

 《矢印の罠》で後方へと移動している。

 勝手に加護はすべてオリジナルで一つしかない、と思い込んでいたが、同じような加護が他にも存在するのか? 

 だが……俺たちはここをデスパレードTDオンライン(仮)と信じた結果に得た能力。地元の異世界人と発想が重なる、なんてことはあり得るのか?


「なかなか、面白い加護だ」


 感心するような呟きに眉がピクリと動く。


「まるで、今初めて使ったかのような物言いだな」

「おっと、これは迂闊だったか」


 相手は俺と同じ加護を使える。

 だが、使い慣れていない。

 そこから導き出される答えは。


「あんたの加護は相手の加護を真似る能力、か」


 アニメ、漫画では何度も目にしてきたコピー能力。

 だからこそ、直ぐにその答えが頭に浮かんだ。


「ご名答。異世界人は頭がいいようだ。わしの加護は《模倣》。一度食らった加護を再現できる能力」


 正解を言い当てたか。

 定番の能力なので驚きはないが、しかし、この人の一人称が「わし」だったとは。


「セスタス隊長! 口調が戻ってますよ!」

「ほらもっと真面目な感じで頑張ってください!」


 舞台脇から部下の叱咤激励が飛ぶ。


「おっと、すまんすまん。失礼したワダカミ殿」

「無理せずにいつもの話し方でいいよ。俺もそうするし」

「それは助かる! じゃあ、ネタも明かしたところで殴り合いを続行するとしよう!」


 かしこまった話し方を捨て、今までで一番弾んだ声を出すセスタス。

 さっきまでの真剣な表情が一変して破顔し、心から戦いを楽しむような表情になった。

 相手の加護が判明したのはいいが、コピー能力は面倒だと相場が決まっている。

 だけど――。


「自分の能力で追い詰められる気分はどうだ」


 俺の周りに《矢印の罠》を設置して、ぐるぐると回っている。

 やられる側はこんな光景を見せられていたのか。……ウザいな。

 敵に回すと厄介な能力ではあるが、使い古されたネタであるコピー能力か。


「敵じゃない、な」


 この能力の強みは敵に悟らせずに、即効で倒すことに意義がある。

 相手の意表を突き混乱させ、冷静な判断力を奪い考える隙を与えずに倒す。それが理想型だ。

 元は自分自身の能力。利点も欠点も把握していて当然。


「わしの力を甘く見ているようだがっ!」


 背後に回ったセスタスの蹴りが俺の後頭部を襲う。

 が、当たる直前に俺は左に高速移動。そして、そのまま敵の背後に回る。


「なっ、今、矢印の罠は現れてなかったぞ」


 俺の足下に注意を払っていたセスタス。

 確かに強制移動には罠をまず設置する必要がある。なので、罠さえ確認しておけば相手が動くタイミングがわかる。

 そこに着目したのは間違っていない。


「コピー能力にありがちな欠点。使い慣れていないから細かいところまで仕様を理解してない」


 相手の腕を取りひねり上げ、そのまま地面へと押し倒す。

 完全に関節を決めたので、ここから抜け出すことは不可能。

 異世界の住民に古武術の関節技の抜け方を知る術はない。


「このまま、関節を外されるか、降参するかのどちらかを選んでいいよ」


 なんとか抵抗しているが、腕を掴んでいる手のひらに脂汗の感触が。

 我慢しているようだが限界は近い。

 更に腕をねじると、空いた手でバンバンと舞台を叩いている。


「ま、まいった! 負けを認める!」

「ゲームセット! 勝者、ワーダーカーミー!」


 レフリーになりきっている喉輪に右手を掲げられ、俺は勝者となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る