第70話 活用方法

「いやー、まいった、まいった」


 舞台の上であぐらを掻き、素直に負けを認めるセスタス。

 その両脇にかがみ込んだ部下二人が上司を労っている。


「お疲れ様です、隊長。ですが、もう少しなんとかなりませんでしたか」

「頑張ったけど、負けちゃったね。殴り合いなら絶対に負けないって、酒の席で散々自慢していたのに、この体たらく」


 ……労っているのか?

 責められているセスタスは笑顔で「すまん、すまん」と返すだけだ。

 負けたらこちらに運命を委ねるという話だったが、その割にはノリが軽い。

 この後、何を要求しても受け入れるという約束を守る気がないのか?

 所詮口約束で契約書を交わしたわけでもない。守らなければならない理由は存在しないが。


「さて、約束の件だけど」

「ああ、煮るなり焼くなり好きにしてくれ。わしは筋張っていて不味いと思うがの」


 この人、俺と同い年ぐらいに見える外見なのに老人のような話し方をする。

 かしこまっていない素の状態はこんな感じなのか。実はおじいちゃん子だった? まあ、それはどうでもいいことか。

 個性のある話し方をするヤツなんて、こちら側にもいるから。

 ちらっと、横目で喉輪を見ると「良き個性でござるよ」と一人で感動していた。


「受け入れている割には悲壮感がないな」

「わしはな、素手で殴り合うと相手の人柄がある程度理解できるのじゃよ」

「少年漫画キャラのような能力でござるな」


 喉輪の呟きに反応して思わず頷く。

 もしかして、そういう加護なのだろうか。


「でた。加護とか関係なしの隊長の変態能力」

「ド突き合ったらわかり合える、という野蛮仕様」


 部下の女性二人は口が悪いというよりは、上司に対して容赦がない。

 いや、それだけ上司と部下の距離が近く、慕われていて仲が良いということか。


「なるほど。それで殴り合った俺に対する評価は?」

「正直、甘ちゃんじゃのう。だが、嫌いではない」


 言葉を濁さずにはっきり言うじゃないか。

 文句の一つも言うべきかと口を開きかけたのだが、俺より先に背後から声がした。


「正解ですよ! 花丸上げちゃいます」

「相手を見る目があるようだ」


 振り返ると負華と明がいた。

 戦闘が終わってから直ぐに駆けつけてきたようだ。


「二人とも、下りてきたら危ないよ」

「大丈夫ですって。その人、悪い人とは思えません! 私の寄生先レベルを看破するこの瞳が、寄生レベル七十五と判断しています!」


 負華はピースサインを横に向けて右目に当て、セスタスの頭の先から爪先までじっくり観察をしている。


「ちなみに俺の寄生レベルは?」

「MAX百です!」


 その判定眼が壊れていると信じたい。

 俺と負華のやり取りを眺めていたセスタスたちの表情が少し和らいでいる。

 負華がこれを狙って会話を仕掛けてきたのなら立派なものだが、たぶん何も考えていない。


「こちらから求めるのは情報の提供ぐらいか。三人をどうするかは運営……じゃなくて、魔王国のお偉いさんが決めることだから」


 そう、ここはゲームの世界だけどゲーム内の役割に徹して、守護者のように振る舞い演じている。……という具合に見えるように演じてみた。

 ややこしいが、こうしておくことに意味はある。油断してぽろっと真実を口にしても「ああ、こいつは守護者のロールプレイにめり込んでいるんだな」と魔王国の連中に思わせることができたら、今後がかなり楽になる。


「そうか、寛大な処置を願いたいところじゃが、贅沢を言える立場ではないか」

「一応、口添えはさせてもらうつもりだよ。三人を傷つけないように、ってね」


 セスタスたちもある意味、勇者の被害者だ。

 魔王国の考えは未だに不明な点が多い。俺たちに殺し合いをさせて、最終的に能力を奪って始末するという計画。

 当事者である守護者たちにとっては非道な行いだが、この世界をゲームだと信じて死んでいくので悲壮感はない。

 異世界人に対する復讐なら、もっと苦しめる方法はいくらでもあったはず。


「たぶん、悪いようにはしないよ。そこまで非道な人たちじゃないはずだから」


 巻き込まれた当事者である俺が、願いと……嫌味を込めて口にした。

 これを見ている魔王国の誰かが少しでもいいから罪悪感を刺激されて、守護者たちに同情してくれないだろうか。自分たちのやっていることに疑問を抱いて、バイザーのように守護者に手を差し伸べる人が現れて欲しい。

 そんな儚い願いを託して。


「情報の提供という話じゃったが、何か聞きたいことでもあるのかね?」

「まずは、あなたの加護について詳しく教えて欲しい」


 《模倣》というコピー能力。使い手の才覚で大きく強さが変化する力だ。


「ふむ。まず大前提として、一度食らわねばならぬ。故にあの雷撃を放つ大砲の加護との相性は最悪じゃのう」

「一度、体感する必要があるのか。その前提条件は辛いな」


 《雷龍砲》の一撃を浴びれば死亡確定。《模倣》する前に終わる。

 俺の《矢印の罠》を踏んで移動してから、セスタスも使っていた。この発動条件に嘘はないようだ。


「更に言うのであれば相手の加護を操れはするが、見たことしか真似できぬので何か別の使い道や能力が隠されていたとしても使用ができぬ」

「なるほど」


 コピー能力と聞くと、一見強力に思えるが使い勝手がかなり悪い。

 俺の《矢印の罠》も地面に置いて起動させる場面しか見ていないので、体に貼り付けたり矢印の大きさを操作する、なんてこともできないのか。


「ところでお主、戦闘中に急速な移動をした場面があったじゃろ。あれはどういったカラクリだったのだ。足下に矢印は存在しておらなかったが」

 鋭い目つきで俺を見るセスタス。

 目ざといな。そこに気付いたか。


「《矢印の罠》の活用方法の一つ、とだけ言っておくよ」


 本当は足の裏に《矢印の罠》を貼ることで相手からは見えずに、足を地面に付けるだけで発動するように仕込んでいただけ。


「《模倣》についてもう一つ疑問がある。相手の加護をいくつも真似ることが可能なのか?」


 これの答えによって《模倣》の価値が大きく変化する。


「残念ながら、一つしか覚えられない。新たに覚えると前に覚えた加護は上書きされて消える」


 そうか。これでかなり価値が下がった。

 それでも使いようによっては強力な加護であるのは間違いないが。


「要さん、難しい話は終わりました?」


 俯いて考え込んでいると目の前ににゅーっと負華が現れた。

 しゃがみ込んで俺の顔を見上げている。


「そんなに難しい内容じゃなかったと思うけど?」

「興味のない話って全部難しく聞こえません?」

「いや、興味持ってくれよ……大事な話だよ……」


 負華はいつも通り考えることを放棄している。

 その暢気さに助けられているところもあるので、強く否定はしない。


「お腹空きました! 何か食べましょうよ!」


 腹を押さえ媚びるような目を俺に向けてくる。

 宝玉で時間を確認すると深夜四時。

 防衛戦を始めてから、かなりの時間が経過している。

 今まで緊張で感じてなかったが、負華の話を聞いて俺も腹が減ってきた。

 セスタスたちも刺激されたのか、ぐーっ、と腹の鳴る音が聞こえてくる。

 ちらっと視線を向けると、部下の女性二人が気まずそうに苦笑いを浮かべていた。


「お腹空いたなら負華が作ってくれてもいいんだよ?」

「ふっ、掃除洗濯は辛うじてこなせますが、料理に関しては無能! 自慢じゃないですが兄に「二度と作るな。食材を侮辱している」と怒られたぐらいですよ!」


 胸を張っているがその目は遠くを見ている。

 自虐が思ったよりも心に突き刺さったようだ。


「戦いも終わったことだし、夜食でも食べるか。よかったら、セスタスたちもどうぞ」

「感謝する。お言葉に甘えさせてもらう」


 昨日の敵は今日の友、とまではいかないが、差し伸べた手をしっかりと握り返してくれた。






 砦の屋上でバーベキューパーティーが開催された。

 セスタスを引き連れて屋上に戻ると、何故かそこにはバーベキューの道具一式と食材が置かれていたので、遠慮なく使わせてもらう。

 ここに持ってきたのは魔王国の連中で間違いない。

 今も近くで潜んでいて頃合いを見計らって出てくるつもりなのだろう。

 手際よく食材を切り、コンロで焼いている間に何度も聖夜、雪音、楓と連絡を取ろうとしたが、宝玉は未だに繋がらない。


「負華はどう?」

「こっちもダメです。ウンともスンともいいません」

「喉輪は?」

「拙者もダメでござる。完全に通信が遮断されているのでは」


 やはり繋がらないか。

 今までは生き延びるために必死で、ここに居ない三人を気遣う余裕もなかった。

 だけど、今は心配で落ち着かない。こうして、仲間の身を案じることしかできないのが辛い。


「要、焦げているぞ」


 明に指摘されて、慌てて焦げた串焼きをコンロから遠ざける。

 ダメだな、料理に全然集中できていない。


「おそらくだけど、すべての防衛線が終わるまで他者への通話は不可になっているっぽい」

「すべての通話が、私になっている……?」


 不意に名前を呼ばれたと勘違いした不可が、自分を指差して驚いている。

 負華、それは「ふか」違いだ。


「待つしかないのか」


 三人は今どうしているのだろうか。

 残りの砦は二つ。最低でも二人は一緒になっているはず。願うなら三人が同じ砦で……生き残っていて欲しい。

 手の届く範囲にいるのであれば、命懸けで守ってあげられる。

 だけど、今の俺にはどうしようもない。

 見上げると満天の星空。

 三人もすべてが終わって、穏やかな気持ちでこの景色を見ていますように。






「終わったな、なんもかんも」

「そう……だね」


 砦の屋上に仰向けで寝そべる三人の姿。

 二人は強く手を繋ぎ、もう一人はただぼーっと星空を眺めている。


「要さん、みんな……」


 悲しげな呟きは夜風に掻き消され、うつろな瞳は星空をずっと見つめていた。

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