第71話 佩楯 聖夜
母は男が嫌いだった。
双子として生を受けた僕が物心ついた頃には、父は何処にもおらず母親だけの母子家庭。父親の顔どころか名前も不明。
何度か母に訊ねたことがあったが教えてはくれなかった。
「あの男のことは思い出させないで」
いつも、そうやって冷たくあしらわれる。
そんな母は双子の僕たちを溺愛していた。
「あなたたちを産めたことだけが、結婚して良かったこと」
というのが母の口癖。
母自身は地味で目立たない外見をしていたが僕と雪音には華があり、誰もが認めるほど人の目を引く子供だった。
近所からの評判は将来有望な双子の美人……姉妹。
僕は幼少期、ずっと女の子だと思われていた。
僕と雪音の外見が瓜二つで中性的な顔立ちをしている、というのも理由の一つだが。男嫌いの母が妹と同じ格好……ずっと女装をさせていたのだ。
子供の頃はそれを変に思わず受け入れていた。女装が似合っていて「可愛いね」と周りが褒めてくれたのが嬉しかったのも事実。
そんな僕たちだったが小学校に入る直前に女装を止めた。
僕が奇異の視線に耐えられなくなった、他人から批判された……という訳じゃない。母が自ら止めさせたのだ。
理由は母が「恥ずかしいから」
自分がやらせたくせに学校に通うタイミングで冷静になり羞恥心が芽生えたらしい。今になって思うことだけど、母は良くも悪くも人の目を気にする人だった。
注目されたい、評価されたい、自分には価値があると信じたい。
だけど、批判されたくない、怒られたくない、悪目立ちはしたくない。
自己顕示欲が強いけど、自分は表には立ちたくない。そんな矛盾を抱えた人。
急に男の服を着せられることになった僕は黙って従った。だけど、時折、雪音と服を交換して雪音になって過ごすことが趣味の一つとなる。
雪音も僕になりすまして男のように振る舞うのが楽しいようで、週末はお互いに変装して町を散策するのが楽しみだった。
僕たちが小学二年生の夏休みに芸能事務所にスカウトされた。
雪音に成り代わって二人でクレープを食べているときに声をかけられた。性別が逆なのにまったく気付いてなかった芸能事務所の人。それがおかしくて、二人で笑っていたっけ。
母にもらった名刺を見せてその話をすると、満面の笑みを浮かべて飛びついた。
自分は目立たず自己顕示欲が満たされる、最高のシチュエーションだと判断したのだろう。
そうして、僕たちは子役モデルとしてデビューした。
顔がそっくりな男女の双子、として事務所に重宝され忙しい日々を過ごすことになる。
たまに、雪音と入れ替わって仕事を受けたが気付く人は誰もいなかった。それぐらい、僕たちは似ていたんだ。
性格も互いを演じるときは正確に模倣していたので、自然に演技力も身についてモデルだけではなく、映画の脇役として呼ばれることも増えていく。
何度か大きな仕事が舞い込んできたのだが、それはすべて断ってきた。これ以上目立つと趣味である雪音との入れ替えも楽しめなくなりそうだから。
日頃は互いに意識して違う人間を装った。
僕は少し適当でノリがいい。雪音は生真面目で少し口が悪い。
二人で決めた設定。僕の設定は雪音が決め、雪音の設定は僕が決めた。
互いの理想とする異性を投影して演じ、楽しむ。それが僕たちの日常。
そんな僕たちは中身まで似ていて、本やゲームの趣味までも同じ。どちらかがハマると、必ずもう片方もハマる。
妹が始めたタワーディフェンスゲームだったが、僕も同じようにのめり込み、デスパレードTDはどちらが最高難易度を先にクリアできるか争ったぐらいだ。
結果は……まあ、僅差で雪音が早かったけど。
デスパレードTDオンライン(仮)の参加権を得て二人とも迷うことなくテストプレイを希望。
現実と変わりないゲームに没頭して終わった後も雪音とゲームについて語る日々。
そんなゲーム内で――肩上要という大人の男に出会った。
母が極力男から僕たちを遠ざけていたので、芸能関係以外で大人の男性と親しく触れあうのは要さんが初めて。
父を知らない僕と雪音は彼に好感を抱いた。
頼れる大人の男として頼り慕った。この感情が雪音も同じなのは訊かなくてもわかる。
ついでに、頼りない大人の女性にも出会った。
草摺負華という引きこもりでニートの女性。僕たちよりも年上なのに頼りがいがなく、弱気のくせに強い態度を見せるときがある。
考えるのが苦手なくせに積極的に動いて場を悪化させて……見ていて飽きない人だ。
他にも大阪弁で明るい錣楓。
謎の話し方をするオタクの喉輪惇。
個性豊かなメンバーが仲間になった。
自慢じゃないけど、僕たちぐらい容姿がいいと性的な目で迫る人が大勢いた。妹なんて何度危ない目に遭いそうになったか。
妹の姿になっていた時の僕もナンパされた回数は多すぎて覚えていない。
そんな僕たちに対して、仲間の大人たちは一切手を出さないどころか、性的な目を向けてくることすらなかった。……負華お姉ちゃんはちょっと怪しいけど。
同じ仲間として認め扱ってくれる。それが僕も雪音も心から嬉しく、いつの間にか仲間を心から信頼するように……。
要さんにこの世界がゲームではなく異世界だということを暴露されたときも、すぐに信じられた。
他の人に言われても疑ってかかり、素直には信じなかったと思う。だけど、僕も雪音もそれぐらい要さんを信頼し、頼っていたことを改めて自覚する。
要さんやみんながいたら、この世界でも生きていけるのではないか。
僕も雪音もこの状況下で希望を失わずにいられるのは、要さんと仲間のおかげだった。
……のに、緊急クエストで僕たちは離れ離れになってしまう。
気が付くと僕たちは砦の屋上にいた。
そこが以前訪れた、喉輪たちと出会った砦なのは直ぐに理解できた。屋上には争った跡が残っていたから。
慌てて周囲を見回し、仲間の姿がないか確認する。
三十人近く人が居て、何人かは見覚えのある顔をしていた。以前、ここで出会った喉輪チームにいた人たちだ。その他には――
「聖夜!」
「雪音!」
僕を見つけて駆け寄ってくるのは妹の雪音。
抱擁を交わして、互いに安堵する。
「よかった、聖夜がいなかったらどうしようかと思った」
「僕もだよ。雪音がいてほっとしている」
二人の無事を確認したのはいいが、問題は残りの仲間だ。
雪音と協力して屋上に居る人々を確認していくと、大きく手を振って歩いてくる人影があった。
「雪音と聖夜もおったんか。誰もおらんでぼっちやったらどうしようかと思うたわ」
胸をなで下ろしているのは楓。
再会できたのは嬉しいけど、本音を言えば別の人がよかった。……要さんとか。負華お姉ちゃんは足を引っ張るだけだろうけど、それでも側に居て欲しいと思ってしまう不思議な人だ。
「なんや、二人揃ってその微妙な顔は」
「「ウレシイデスヨ」」
「ロボットみたいな話し方やめーや。もっと感情入れんかい」
苦笑いを浮かべながら、僕たちを軽く小突く楓。
「嬉しいのは本当だよ。他にも誰かいなかった?」
「残念ながら、うちらだけみたいやで。あの三人の姿は何処にもあらへん」
そうか。残念だけどしょうがない。ランダムで飛ばされたのに独りぼっちにならずに済んだ。それだけでも素直に喜ぼう。
「みんな、集まってくれ。話し合おう」
チェック柄の服を着た小太りな男が声を張り上げて、屋上の全員に呼びかけている。
あの顔と姿、何処かで見たような?
「確か喉輪のチームにおった、ナンバー2やったような?」
「「あー、それだ」」
楓の発言を聞いて思い出した。
要さんが行方不明になったときに、捕まった僕たちを処刑しようと意気込んでいたヤツだ。
リーダーの喉輪と仲が悪くて、最終的にアイツが喉輪を追放したとか、どうとか。
印象は最悪だけど、今は大人しくしたがってヤツの元に集まる。
総勢二十六名か。生き残っていたのが五十ちょいだったから、半分ぐらいがここに集まったのか。
「まずは現状の確認をしよう。僕はこの砦を一度守ったことがあり、守護者と争ったこともある。この中にはそのメンバーがいるようだけど」
最悪だ、元ナンバー2と一人称の僕が被った。
僕の印象まで悪くなりそうで嫌だなー。
ヤツの隣にすっと移動する五人。あの人たちはヤツの仲間なのだろう。
よく見ると、ほとんどの人が何人かで固まっている。
最大勢力はヤツの六人で、こっちは三人。独りぼっちらしき人が六人いて、四人で固まっている学生服を着た……あーっ!
彼女らは勇者との戦いで協力した、高校生四人組じゃないか。
「「立挙さん!」」
雪音も同時に気が付いたようで驚きの声を上げる。
向こうも直ぐに気付くと、こっちに振り向き目を限界まで見開く。
「佩楯ツインズのお二方! またお会いしましたね!」
四人は駆け寄ってくると、歓喜のあまり一瞬手を伸ばしかけたが直ぐに引っ込めた。
僕は雪音と顔を合わせると、手を差し伸べる。
「みんな無事で良かったよ」
「うんうん。ご無事で何よりです」
四人は恐る恐る僕たちの手を握り返すと、その手を掲げている。
「私、この手を洗いません」
「「「同じく!」」」
熱烈なファンに遭遇したことは何度かあるけど、ここまで喜んでくれる人は稀だ。
要さんたちが居ない今、気心の知れた人が増えるのはありがたい。
「感動の再会を邪魔するのは気が引けるけど、話を続けてもいいかな?」
盛り上がっていた俺たちに対して、場を仕切ろうとしている男が申し訳なさそうに話しかけてきたが、その声には隠しきれていない棘があった。
自分が仕切っている場に水を差されたのが気に食わないのだろう。
「ごめんね、邪魔しちゃって。話を続けてください」
営業スマイルを浮かべて、穏やかな口調で返す。
それだけで数名の女性が色めきだっているが、いつものことなので平然とした態度は崩さない。
ヤツは取り巻きの女性陣の反応が気に入らないようで、ムスッとした表情で睨むようにこっちを見ている。
「小物感がすっごいね」
耳元で囁く雪音に対して小さく頷く。
そんな性格だから喉輪を追い出したんだろうな。
「僕は場を仕切るのとか苦手で。頼りになる大人がいてくれて助かります」
嫌悪感は一切顔に出さずに相手を持ち上げる。
「わかってくれたら、いいんだよ」
悪い気はしなかったようで、頭を掻いて視線を逸らしたが表情が柔らかくなった。
自己顕示欲が強い人間の扱いには慣れている。ここは話を合わせて利用するだけ利用してやろう。
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