第46話 守るか守らないか

 仲間と無事合流できた。

 これで一つ目の目的は達成。

 しかし、問題は山積みだ。

 仲間にはここが本物の異世界であることを悟らせてはいけない。

 運営……ヘルムたちが常に見張っていることを忘れず、俺が真実に到達していることをバレないように振る舞う。


 バイザーと連絡を取り合い、ヘルム側の監視の目をかい潜りつつ、あいつらの野望を打ち砕く。

 敵対する守護者への対応をどうするかも悩みどころだ。

 TDSを集めるためには他の守護者を倒す必要がある。だけど、それは疑似ではなく、本当の殺害行為。

 できることなら仲間の手を汚したくない。


 もし、他の守護者を倒さなければならない場面に遭遇したら、俺が……手を下そう。

 すべてを理解した上でやるしかない。

 決意を胸に秘め、拳を強く握る。

 ……いっそのこと信用できる仲間にだけ打ち明けるか?

 誓って早々、決意が揺らぎそうになる。どう考えても、これだけの課題を一人でこなすのには無理がある。


 現在、俺の陣営は負華、聖夜、雪音、楓、喉輪の合計六名。それなりに人も増えてきた。

 いつか、誰かが真実に気づく可能性は高いと考えている。

 俺はバイザーによって気づかされたが、あの一件がなくても違和感を覚えていたのは確か。

 もし、打ち明けるとしたら……負華は除外。黙っていられるとは思えないし、かなり動揺するのが目に見えている。


 双子の聖夜と雪音は年の割にはしっかりしていて、芸能界で精神も鍛えられているようなので動揺は少ないかもしれない。だが、二人とも今はゲームとして楽しんでいる。

 それに双子は高校生。過酷な現実を突きつけて苦悩させる必要はあるのか。

 楓に関しては微妙なところだ。大阪弁で明るく喜怒哀楽がハッキリしている。意外にしっかり者のように見えるが、負華、聖夜、雪音に比べて付き合いが浅く、互いに信用しきれていない。

 喉輪に関してはさっき仲間になったばかり。問題外だ。


「――さーん。おーい。無視するならチューして既成事実作っちゃいますよ~」


 不穏な声がしたので思考の海から浮かび上がると、タコのように唇を突き出した負華の顔が目の前にあった。


「今時、キスごときで既成事実って、ふっ」


 俺が鼻で笑い。


「「ピュアー」」


 双子が口を揃えてからかい。


「人前でキスするなんてありえへんやろ!」


 楓は顔を真っ赤にして罵倒し。


「二次元ではなく、リアルな接吻を目撃するチャンスがあるとは!」


 喉輪は鼻息荒く興奮状態。

 多種多様な反応をすると、負華は急に自分の行動が恥ずかしくなったらしく、俺から距離を取って俯いている。

 照れるなら初めからやらなければいいのに。

 気のいい仲間たちを俺は守りたい。自分がどれだけ汚れようが傷つこうが、今度こそ、守り抜く。

 もう二度と――あんな想いはしたくない。

 まずは守護者を倒さずに済む方法に話を持っていくか。


「今後の方針なんだけど、以前俺たちが守った砦を拠点とする手もあると思う。人数も増えたから見張りも分担することができるしね」


 打って出るよりは殺し合う機会が減るはずだ。


「あの場所は守るには最適だけどさ、それだと他の守護者倒せないし、レベル上げもできないよ。って要さんが言ってたんじゃないか」

「聖夜の言う通りだと思います。防衛拠点としては優秀ですけど、私たちが身を守っている間に他の方々が強くなっていくのを見過ごすわけには」


 双子は好戦的なところがあり頭の回転も早いので、この発言は予想通り。

 今反論するよりも、全員の話を聞いてからにしよう。

 視線を楓に向けて話すように促す。


「うちはそうやな……。どっちでもええで。守るにも攻めるにもメリットデメリットはあるしな。正直、どっちがいいかは判断がむっずいわ。そやから、任せる。好きにして」


 中立か。説得する手間は省けたが。

 次に負華を見たがそのままスルーして、隣に向ける。

 なんか両手をバタバタして無視するなアピールをしているが、見なかったことにしよう。


「まずは皆様の能力を見せてはもらえないでしょうか? 攻めるにしろ、守るにしろ、能力の把握は必須と考えるでござる」


 そうか。俺は全員のTDSを把握しているが、喉輪は知らなかったな。

 少し時間も稼げて考えをまとめられる。改めて能力の確認をみんなでやるか。






「なるほど、なるほど。これで能力は把握しましたぞ。攻撃の要は負華殿の火力ですな」


 一通り全員の能力を披露すると、喉輪が負華を褒め称えている。

 そして、調子に乗り「そんなこともありますよー」と仰け反るぐらい胸を張る負華。

 能力は確かに強力なのだが、その使い手に問題がある。

 改めて確認したが、このメンバーで唯一TDSが一つしかないのは喉輪。

 それも四角いブロックが置けるだけの能力。俺よりも酷い戦闘力。攻撃手段が存在しない。

 仲間に引き入れたのは軽率だったか?


「いやー、皆様お強くて拙者は安心ですぞ! 足を引っ張らぬよう、誠心誠意、努力いたしますので何卒、見捨てることなく!」


 自分の無力さを知ってか、太鼓持ちみたいな立場に甘んじている。

 口調に難はあるが空気も読めて、リーダーの素質があるのは砦での一件で把握済み。

 彼はチームの和を保つのに役立ってくれるかもしれない。


「それで話を戻して、今後の方針なんだけど」


 改めて話し合いを始めようとすると、脳内に音が響く。

 これは宝玉から発せられている着信音。運営からの連絡か、それとも。

 全員に聞こえているようで、一斉に宝玉を取り出すと起動した。

 赤く大きな『緊急クエスト』の文字が宙に浮かび上がる。

 画面をスクロールすると長文が現れた。


『今度は西の国エルギルが攻めてきました! 西には峡谷があり進行ルートが限られています。峡谷に接している砦を防衛してください! 緊急クエスト期間中はバトルロイヤル要素が封印されます。もし、間違えて守護者を倒してもTDSは奪えませんので、ご注意の程を。故意に守護者を倒した場合はペナルティーを科しますので』


 ここで緊急クエストか。

 魔王国は東と西の国から侵攻を受けているのはバイザーに聞かされた。

 前回は東の国ウルザムが相手で、今回は西の国エルギル。

 守護者同士の争いを一時休止しろとのことだが、俺たちが殺し合うより他国からの侵略を防ぐことを重要視しての判断だろう。

 実際は緊急クエスト中でも守護者を倒せばTDSは奪えるはず。


 だが、この世界をゲームと信じ、ペナルティーもあると忠告されてまで、守護者に手を出す馬鹿はいないと信じたい。

 俺としても渡りに船だ。守護者同士で殺し合うより、異世界の人間を相手にした方が幾分かマシだ。


 本当にそうか?

 見た目は人間と変わらず、思考も人間。ただ、世界が違うだけ。そんな相手を殺せるのか?


 自問自答しても答えは出ない。決断は済ましたつもりだ。それでも俺はまだ……。

 仲間はゲームと割り切っているので躊躇わずに殺せるだろう。モンスターを倒したように。

 前回の防衛戦では偶然にも直接殺してはいない。川に《矢印の罠》で落とした後、溺れ死んでいるかもしれないが生き延びている可能性もある。

 どちらにしろ、自分の手で殺した実感はない。


 バイザーも言っていたな。「ここをゲームだと思い込み、罠を使って殺すことで罪悪感は薄れる。最終的に殺人者という事実だけが残り、平和な日常には引き返せなくなる」と。

 今回の防衛戦でも敵を倒さずに退けられれば御の字。

 しかし、仲間が倒されるような窮地に陥った時に、迷いは死を招く。

 ……ゲームだと信じていた頃は気が楽だった。純粋にゲームとして楽しんでいた頃が懐かしいよ。


「また、黙って考え込んでるー。はっ、もしかして! さっき私にキスされそうになったから、もう一回同じシチュエーションを演出したら、キスされると思ったのでは! もう、すっけべー」


 至近距離から俺の顔面を覗き込んで、嬉しそうに戯言を口にする負華。

 いつもはとても……若干、面倒なときもあるが、この明るさに助けられているのも事実。


「女性からでもセクハラは成立するんだぞ?」


 それでも釘は刺しておくけど。


「じゃあ、砦を確認しようか」


 《マップ》を起動させて、今回の拠点となる砦を探す。

 現在居る場所から東の方向に前回守った川沿いの砦。逆方向の西側に長い渓谷がある。

 北に魔王城があり、そこから北は海。

 魔王国は追い詰められているが、東は大きく流れの速い川。

 西から南にかけて底が見えない深い峡谷という、天然の防衛線に囲まれているのか。

 圧倒的に不利な状況でも持ちこたえられている理由はここにある。


「今回は七カ所もあるよ。どうすんの?」


 聖夜がマップの光る点を指差し、俺に意見を求める。

 そういえば、なし崩し的に俺がこのチームのリーダーポジションに収まっているな。

 仲間を誘導するのに都合がいい立場なので、甘んじて受け入れるが。


「まず、一番大きな砦は避けよう。元喉輪チームやフードコートチームと顔を合わせるとばつが悪いだろ?」


 全員の視線が喉輪に集中する。

 注目された喉輪は頬を指で掻きながら苦笑いをして、気まずそうに口を開く。


「確かに再会するには早すぎるかと。元チームメイトが拙者の存在が大きかったことを知り「もしかして、アイツがいたから俺たちは活躍できたのか!」「喉輪を追放するんじゃなかった!」「くそっ、アイツのせいで俺たちは苦労しているのか!」と後悔、八つ当たりを経て、充分に時が熟したタイミングでの再会がベストでござる!」


 熱く語る喉輪とは対照的にこっちは冷え冷えだ。

 ともかく、今は会わない方がいい、という意見には同意してくれた。

 目論見としては守護者同士の争いを避ける。これが最優先。


「前回と違って砦はすべて峡谷の手前にあるみたいだ。谷には橋が架かっていて、その先に砦が鎮座している」


 違いといえば、砦の規模と橋の種類。

 特に気になるのは橋の材質。木製の吊り橋があれば石橋もある。

 鉄の骨組みで作られたように見える近代風の橋まであるのか。

 橋の頑丈さに合わせて砦の大きさも変わっている。


 鉄橋には巨大な砦。

 石橋には中ぐらいの砦。

 木製の吊り橋には小規模な砦。


 立地はほぼ同じ条件。谷の幅が異なるぐらい。

 どれを選ぶかによって今後の展開が変わってくる。

 万が一にも失敗は許されない。ゲームオーバー = 死。なのだから。

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