第13話 戦力

「二人は防衛戦に参加するってことでいいのかな?」


 美形双子の佩楯聖夜、雪音に問いかけると、二人は見つめ合ってから同時に首を傾げた。


「そのつもりだったけど、たった四人だろ」

「かなり、厳しくはないですか?」


 ごもっとも。俺も同じことを危惧しているよ。


「要さん、要さん。よく、あんな美形陽キャ相手に臆せずに話しかけられますね」


 背後から服の袖を引っ張りまくってくる負華の顔に浮かぶのは、緊張と照れと若干の怯え。

 引きこもりらしく、他人と話すのは苦手だと言っていたから仕方ないか。


「社会人だからね。他人の容姿で対応が変わることはないよ」


 と言っておけば格好も付く。実際のところ、容姿が整い過ぎて現実味がないのでゲームのキャラと会話している感覚に近い。


「敵が到達するにはまだ時間がある。守るか逃げるかはお互いを知ってからでもいいんじゃないかな。まずは自分の持っているTDSをお披露目する、っていうのでどうだい?」


 双子の能力が使えるものであれば、四人でも守り切れる、かもしれない。

 俺の提案を聞いて二人は顔を見合わせて背を向けると、小声で相談をしている。

 背後から「うっひょー、話し合う姿も絵になるぅ」と鼻息荒く興奮している負華を半眼で眺めながら、しばらく待っていると双子が振り返った。


「わかったよ。でも、先にそっちのTDSを見せてくれ」

「すみません。念には念を入れたいので」


 聖夜は偉そうな態度。雪音はペコペコと頭を下げてはいるが、二人の意見は一致しているようだ。


「当然の申し出だよ。まずは自分から。TDSは《矢印の罠》実際に見てもらった方が早いかな」


 足下に手をかざして念じる。

 赤い枠で囲まれた矢印が地面に現れた。もう、口に出さなくてもスムーズに出せるようになっている。


「初期にありがちな罠か。外れだね、これ」

「こら聖夜、ハッキリ言ったら失礼でしょ」


 妹さん、フォローのつもりかもしれないけど、止めを刺しているよ。


「ダメじゃないですか、そんな雑魚雑魚TDS見せたら不安になっちゃいますよねー」


 見下して偉そうに煽ってくる負華だが、俺の背後に隠れながら言うな。


「いつまで隠れているつもりだ。俺と初対面の時は平気だったろ。なんで、人見知り発症してるんだ」

「だってだって、凡人っぽい要さんとオーラが違うというか、直視するのも失礼っていうか。私面食いでイケメンにめっちゃ弱いんですよぉ。あの二人、ドストライクな顔なんですぅぅ」


 悪かったな凡人顔で。

 俺の服を掴みながらもじもじするな。負華はホストクラブを経験したらどっぷりハマるタイプに違いない。


「そこの隠れているお姉さん、能力見せてくれないの?」


 強風で乱れた前髪をさっと撫で上げて、軽く放った一言だというのに様になっている。

 まるでドラマのワンシーンみたいだ。イケメン補正、恐るべし。


「は、はい、ごらんあそばせ! 発動!」


 緊張しすぎて口調がおかしなことになっている。

 背後から右腕だけ出してかざすと《矢印の罠》の隣に《バリスタ》が現れた。


「おっ、カッケー! あー、あの時に見たヤツか! やるね、お姉さん」

「戦力として申し分ないですね」


 俺の時とは打って変わって高評価だ。


「えへへへ、それほどでもありますー」


 褒められて調子に乗った負華が俺の隣に進み出た。

 こっちをチラチラ見ながらドヤ顔を見せつけるな。


「その《バリスタ》は説明するまでもないか。こっちの罠は《矢印の罠》。その枠内に触れると矢印の方向に二メートル強制移動させられる」

「デスパレードTDにもあった罠だから知ってるよ」

「定番ですよね」


 両方とも前作や他のタワーディフェンスもやり込んでいるようなので話が早い。

 となりでまだニヤついている負華と違って説明が楽でいい。


「それで、そちらのTDSも見せてくれるのかな?」

「ああ、いいぜ。こっちだけ見せないってのは狡いだろ」

「私も構いません」


 俺の《矢印の罠》だけだったら、双子は撤退を選んでいた可能性が高い。未だに守るかどうかは決めかねているようだが、悩む余地ができたのは《バリスタ》のおかげだ。

 ゲーム開始当初に舞台上でデモンストレーションをやったので、《バリスタ》の凄さは充分過ぎるぐらい伝わっている。


「じゃあ、まずは僕からいくぜ。発動!」


 屋上に拳ぐらいの丸い穴がいくつか空き、均等に並んでいる。

 範囲は《矢印の罠》と同じぐらいか。縦横一メートルの範囲内に穴が九つ。


「こいつは《棘の罠》まあ、これも定番だよな。前作でもあったし。見てわかるとは思うけど……」


 聖夜は足下に転がっていた城壁の欠片を掴むと《棘の罠》に放り投げる。

 欠片が触れた途端、穴から先端の尖った鉄の棒が一斉に飛び出した。棒の長さは俺のへそより少し上ぐらいか。


「うわっ! 怖っ!」


 俺は予想通りだったので反応は鈍かったが、タワーディフェンスに疎い負華は飛び上がって驚いている。

 《矢印の罠》と同じくよくある罠だが、あっちは殺傷能力が高い。


「二人の後だと少々恥ずかしいのですが、私の罠は《落とし穴》です」


 雪音は申し訳なさそうに目を細めて、頬を人差し指で掻きながら《棘の罠》の隣に手のひらを向けた。

 が、何もない。そこには屋上の砂で汚れた石床があるだけ。


「えっと、そうでした目視できるのは私だけみたいで。聖夜お願い」

「はいはい。ほいっと」


 聖夜は城壁の欠片をもう一つ拾って《棘の罠》の隣に投げる。

 欠片が触れた瞬間、四角い穴が突如開いて消えていった。

 ギリギリまで近づいて覗き込むと、穴の奥には……粗末なベッドや机が見える。


「えっと、この《落とし穴》は深さが二メートルぐらいあって範囲は2㎡みたいです。それで、地面が穴の深さよりも薄い場合だと、こうやって貫通します」


 なるほど、見えているのはこの砦の二階にある一室か。

 詳しい能力を罠のステータスで詳しく見せて欲しいところだが、それは止めておこう。負華のように何も考えず手の内をすべて晒すような相手には見えない。


「ありがとう、これでだいたいの能力は理解できたよ。それでどうだい、共に砦を防衛してくれる気はあるかな?」

「あれですよ、無理しないで逃げても構わないですから。っていうか、一緒に逃げましょう」


 負華、言いたいことがあるなら前に出てハッキリと言おうな。隣でぼそぼそ言ってもあちらには聞こえないぞ。

 二人とも頬に手を当てて小首を傾げている。双子だけあって悩む姿も息はぴったりだ。


「正直、オッサンはどう見ている?」

「オッサンじゃなくて肩上 要な。二人の能力を見せてもらった上での判断として、勝算は……ある」


 強がりでもなく甘く見積もってもいない。

 これだけ揃っていれば可能だと判断した。


「正直に言えば、遠距離攻撃系があと一つか二つ欲しいけどね。ただ、よくよく考えてみてくれ。タワーディフェンスとしてこの四つの罠があれば、初期としては充分過ぎるぐらいだろ?」


 俺がニヤリと笑って問いかけると、双子も同じように口元に笑みを浮かべて返す。

 見た目は全然違うが、中身は同じ。タワーディフェンス好きとして通じるものがあったようだ。

 高難易度をクリアした同志として、この程度の状況で尻込みするわけにはいかないよな。


「あ、あの、置いてけぼり感がすっごいんですけど……」


 もちろん、負華は除いてだが。


「話がまとまったところで作戦を練ろうか」

「まとまってませんよ⁉ 私何も言ってないんですけど⁉」


 視線を涙目で訴えてくる負華から双子の兄、聖夜に向ける。

 小さく頷くと即座に理解してくれたようで、うなずき返してくれた。

 こちらに歩み寄り、取り乱している負華の前で片膝を突く。


「お姉ちゃん、僕と一緒に戦うのは嫌?」


 さっきまでの強気の態度とは打って変わって、優しく甘えるような声で負華に訴えかける。

 その声を聞き、間近に迫る瞳を見つめてしまった負華の顔が一瞬にして真っ赤に染まった。


「嫌じゃないでしゅぅぅぅぅ」

「嬉しいよ、お姉ちゃん」

「誠心誠意、頑張りましゅぅぅぅ」


 口元から涎が垂れそうなぐらい呆けた顔の負華。

 なんというか――


「チョロいな」「チョロいですね」


 俺の隣に並んだ雪音が同じことを呟いている。

 聖夜は気が強く口が悪いから、比較対照として雪音は大人しく見えているが、さっきからちょくちょくキツいこと言っているよな。

 根っこの部分は似たもの同士なのかも。


「うへへへへ。ショタ判定には厳しい年頃だからこそ、得られる栄養がありますなぁ……美青年に甘えられるシチュエーション……いい、とても、いい……脳内に永久保存しとかないと……ぐふふふふ」


 気味の悪い笑みを浮かべて、危ないことを呟いている不審者がいる。

 何はともあれ、これで負華バリスタも使えるようになった。

 立地は好条件。罠は四種類。

 敵の種類は不明だけど数は百ぐらい。


「初の防衛戦としては程々の難易度、か」


 不安よりも好奇心と楽しみの方が勝っている。

 この自由度が高すぎるVRの世界で思う存分タワーディフェンスができる。これで血が騒がないとしたら嘘だろ。

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