第12話 砦選び
緊急クエストに参加することが決定したのはいいが、問題はどの砦を守るか。
点滅している四カ所が砦で間違いはない。ただ、すべて同じように光っているのではなく、最東端にあるのが一番眩しい。
そこを中心に考えると、北、南西、そこから更に南といった配置。
「ここが一番眩しくて、こっちは点滅も遅いですよね」
負華が最東端と最南端を指差す。
「たぶんだけど、光量で危険度を表しているんじゃないか」
「ああ、なるほど。なんか、危ない感じするかも」
これだけで行く場所を決めるわけにはいかない。最も大切なのは立地。
守りやすいかどうか。
最東端にある砦周辺の地形を拡大縮小しながら観察する。
通っていた小学校ぐらいの大きさがある巨大な建造物が守るべき砦か。
石を組み合わせた四角い建物で、その周囲を城壁がぐるっと取り囲んでいる。東側の城壁だけ他と比べて分厚くなっている。
立地としては理想的で砦の前に大きな川があり、石造りの橋の途中から、吊り下げ式の跳ね橋を渡らなければ砦にたどり着かない。
つまり、跳ね橋を上げてさえしまえば敵の渡る手段がなくなってしまう。
石造りらしい城壁も頑丈で高く分厚い。門も鉄製の両開きで如何にも見るからに重厚。
タワーディフェンスとして考えるなら防衛に最も適している。
「別も見てみるか」
北側の砦はさっきの砦と比べて四分の一以下の大きさで、森に囲まれている。周囲の木々は伐採されているが、砦を守る壁が丸太。砦も木製。
「こっちの砦は弱そー。ざーこ、ざーこって感じじゃないですか」
「確かに防衛力は低いな」
ただ、この砦は川の東側に位置している。
おそらくだがこの巨大な川を境にして防衛が行われているのではないだろうか。さっきの砦は重要拠点であそこを取られると一気に進行されてしまう。
この砦は落としたところで川の手前にあるので敵側に利点がない。砦自体も小さいし、補給も困難だろう。既に廃墟扱いの可能性だってある。
敵もこの砦は重要視していないのでは? もし、そうなら攻めてくる敵は少ないはず。
他の二つもチェックしてみる。一つは小高い丘の上にあって周囲は砂漠だが城壁が石で悪くない。既に見た二つの要塞を足して割ったような規模だ。
問題は四方八方から襲われる可能性があるので、防衛にはある程度人数が必要となる。四方に注意を払わないといけないので、最低でも四人は必要。
もし、俺と負華しか参加しないとなると守れる自信はない。高所なので《バリスタ》を活用するには最適な立地だが、ここはやめておいた方がいい。
最後の一つは巨大な川の中州に鎮座している。
東と西に石造りの橋が架かっていて、中州の規模は一番初めに見た砦より二回りぐらい小さい。その敷地ギリギリに砦が配置されている。
城壁は存在せずに歪な楕円形、ラグビーボールのような形をした砦があった。
窓の配置からして二階建てで屋上にも行ける仕組みになっている。
川幅はかなりあって、地図を信じるなら二百メートルぐらいか。その中心ぐらいに位置しているので、向こう岸まで百メートル。砦の大きさも考慮して、橋の長さは八十メートル前後ってところか。
「すっごい所に建ってる。これって洪水になったらヤバくないですか」
「確かに、住みたくはない場所だな」
四つの砦を確認したが、まず高台の砦は候補から外す。
残り三つのどれを選ぶか。
「負華ならどれを守りたい?」
「参加したくないです!」
潔くキッパリと言い放った。
「却下。行くとしたらどれ?」
「ううっ、私の拒否権は……」
会社では部下に優しく、直井には厳しい、物わかりの良い社会人を演じているが、ゲームでは我を通させてもらう。
泣いた振りをしていた負華だったが、黙って見つめる俺のプレッシャーに負けて、マップの一カ所を指差す。
「一番、地味に点滅して明るくないここかな。敵もあんまりこない気がします」
そこは森の砦か。
なんとなく選んだだけみたいだが、俺の考察とほぼ一致している。
「俺もそこは同意見」
「ですよね! じゃあ、楽そうなここ――」
同意を得たのが嬉しかったのか、瞳を輝かせて迫ってくる負華を手で制す。
「だけど、こういうクエストって高難易度の方が報酬が良い、というのが相場」
「それって、もしかして、このピッカピカ光っている、一番大きな所に行くってことですか?」
おずおずと尋ねる負華に満面の笑みを返す。
「まさか。報酬は美味しそうだけど、そこは危険度が高すぎる」
跳ね橋があるので一番守りやすいのは確か。だからこそ、敵側も戦力を注ぎ込んでくるだろう。飛び道具や空を飛ぶ敵が現れる可能性が高い。
そうなってくると《矢印の罠》の出番はなさそうだ。
「よ、良かったー。やっぱり、まずは安全第一ですよ!」
ほっと胸をなで下ろしている負華の肩に手を置くと、ビクッと身体が縦に揺れた。
そして、恐る恐る俺の顔を覗き見る。
「だから、この中州の砦にしよっか」
「ここ、二番目に眩しいじゃないですかああああぁぁぁ」
「わ、わかりました。そこまで言うなら」
イヤイヤ、と高速で頭を左右に振って抵抗する負華を、なだめすかして説得することに成功した。
この場所に決めた理由は逃げ道が確保されていること。敵は東側の橋から進行してくるが、裏手にある西側の橋を渡れば難なく逃げられる。
ちなみに東側から攻めてくると決め込んでいるのには理由がある。マップ上に敵の進行方向が記載されたからだ。
マップを調べ始めた当初にはなかったのだが、今は敵軍が点で表示されていて各砦に迫っているのがリアルタイムで見ることができる。
予想通り、最東端の砦に向かう敵の数が一番多い。
次いで中州の砦、高台の砦、森の砦の順だ。
この進行速度だと一時間もしないうちに砦に到着するだろう。そろそろ移動しておかないと間に合わなくなる。
「よっし、腹を決めて行くぞ!」
「は、はーい」
俺と違ってやる気の欠片さえ見せない負華と一緒に中州の砦へと転送した。
目の前の風景が一変する。
まず、視界に飛び込んできたのは巨大な川と橋。
足裏に伝わるのは固く確かな感触。どうやら、砦の屋上に転送されたようだ。
まずは眼下に視線を向ける。
川の水は澄んでいるのに川底が見えない。ある程度の深さはあるのか。それに流れも速い。泳いで渡るのは無理だろう。
川から視線を上げて素早く周囲を観察する。
屋上の広さは北から南までが長く、たぶん二十メートルもない。短い方の幅は俺が四人縦に寝転べるぐらいに見えるから、七メートルを越えるぐらいか。
縁には腰辺りの高さまである凸凹な壁が設置されている。あの隙間から銃や弓で射るシーンをアニメや映画で観たことがあった。
敵を迎え撃つなら屋上に居座るのが妥当か。
ここからだと東側の橋も向こう岸も見渡せるので、戦略も立てやすい。
「結構高いですけど、いつもの崖よりはまし!」
崖生活で耐性が付いたのか、負華が仁王立ちしている。
屋上は下の階へ繋がる階段があるぐらいで、他には何もない。
そう、俺たちを除いて人っ子一人いない。
「要さん! 誰もいないんですけどおぉぉっ!」
両腕を振り回して絶叫する負華をぼーっと眺める。
これは想定外だ。タワーディフェンス好きが防衛戦に参加しない……のは考えられない。慎重派も少しはいるだろうが、九割近くが喜んで参加すると予想していた。
「他の砦が人気なのか? それとも、まだ迷っているのか」
「二人っきりの防衛戦なんて洒落になりませんよおおおおおおっ!」
口に手を当て、身体を仰け反らせ、天に向かって叫んでいる。
取り乱した姿がちょっと面白いので放っておこう。
「最終的に二人っきりというのはあり得ない、と、思いたい」
百人も守護者がいて砦は四つだけ。
均等に分かれたとして二十人前後。人気が偏ったとしても十人は確保できる計算だった。
「敵の種類が事前にわかれば対処も容易なんだけど」
マップを再確認しても敵は点でしか表示されていない。
ざっと数えてみたが三十ぐらいであきらめた。たぶん、百ぐらい?
百対二、と考えると絶望的だがタワーディフェンスとして考えるなら、少し多いな、ぐらいの感覚だ。
ただ、それは罠の種類が豊富であれば、という話。
こっちは直接の攻撃手段が《バリスタ》のみ。さすがに厳しいか。
「どう足掻いても無理ですから、逃げましょうよ! 若い娘との逃避行、憧れませんか⁉」
「「そんなに若くなくない?」」
負華へのツッコミが重なって聞こえた。
背後に振り返ると、そこには二人の男女が呆れ顔で立っている。
「おいおい、二人しかいないぞ。どうするよ、雪音」
「うーん、どうしよっか、聖夜」
「あっ、あの時の美形!」
俺は咄嗟に誰かわからなかったが、負華は相手の顔を見て直ぐに誰かわかったようだ。
その発言を聞いてようやく思い出す。
ゲーム開始時に司会進行役のヘルムに質問していた若者か。
目も冷めるような美形とはこのことだ。
年齢はかなり若く見える。たぶん高校生ぐらいか。
金髪で碧眼、生粋の日本人ではなく海外の血が混ざっているのだろう。
髪もしっかりと整えられている。オシャレすぎてその髪型がどういう名称なのかもわからない。七三とかセンター分けでないのは確か。なんというか、アイドルや芸能人がやってそうなイメージの髪型。
身体は細身で足が長い。股下何センチあるんだ、俺のへそぐらいまでないか。
自分と見比べて、少し悲しい気持ちになった。
服装は無地の白シャツに黒のカーディガンを羽織っている。下もカーディガンに合わせた色でまとめている。
中性的でシンプルでありながらも清潔感があり決まっている。まるで芸能人かモデルみたい。
そんな彼の隣にいるのが、勝るとも劣らない美形の女性。
というか、身長も同じぐらいで顔もそっくり。双子か?
女性の方は髪が肩下まで伸びているのが、男性との違いだ。
シンプルなデザインのワンピースを完璧に着こなしている。
この二人が並ぶだけで圧倒される。ここに挟まれたら腰が引けて卑屈になりそう。そう思わせるほどの容姿だ。
「君達もここの防衛に?」
いつまでも見取れている場合じゃない。
存在に圧倒されて背後に隠れている負華は当てにならないので、俺が声を掛ける。
「見てわかんないかな、オジさん」
「こら、失礼なこと言わないの。兄が申し訳ありません」
鼻で笑う男性をたしなめる女性。
小生意気な方が兄で、しっかり者が妹か。
「まずは自己紹介から。私は
深々と頭を下げる雪音の隣で棒立ちの聖夜だったが、妹が強引に頭を押さえつけ下げさせられている。
「や、やめろ、わかったって!」
「初対面の挨拶は大事だっていつも言ってるでしょ」
兄妹の力関係がハッキリした。生意気そうな兄を制御しているのは妹か。
「丁寧なご挨拶ありがとう。私は
「あ、えっと、私は
背後から顔だけをひょこっと出し、自己紹介をする負華。
最後にぼそっと呟きながら目を細めている。
なんにせよ、これで戦力は二倍。二から四になっただけ、という現実からは目を逸らそう。
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