第11話 二日目 開始

 定時になったので事務作業を終え、自分の席から勢いよく立ち上がる。


「お先に失礼します」


 周囲にはまだ仕事中の部下と上司がいるけど、問題ない!


「お疲れ様」「お疲れ様です」


 忙しい時期なので就業時間が終わると同時に帰宅することがなく、何かと業務を押しつけられて残業が当たり前になっているが、今日は違う。

 全身から早く帰らせろオーラを噴き出しながら仕事をしていたので、誰も止める者はいなかった。

 ロッカー室で手際よく私服に着替えて、さっさと帰ろうとしたら右肩に誰かの手が触れる。


「今日は早いな。どうだ、これから飯食いに行かないか? 昼間の詫びってわけじゃないが、晩飯代は奢るぜ。週末だし、ぱーっとやろうぜ」


 振り返るまでもない直井だ。

 昼の件は俺が過剰に反応しただけで、こいつは何も悪くない。気にしなくて良いのに、律儀なヤツだ。


「あー、悪い。家族団らんが待っているんでな」


 この時間帯なら母もまだ寝てないし、姉もゲームを始める前だろう。毎朝、顔を合わせているとはいえ、たまには家族との時間を楽しみたい。

 もちろん、二十二時まで限定だが!


「家族って……ああ、そっか」


 この年で実家から出ずに母親、姉と一緒に暮らしている俺に対して思うところがあるのか、言い淀んでいる。

 家族を大事にして何が悪いんだ。独身で実家暮らしをしていることを話すと、こういった態度を取られることが稀に……結構ある。偏見はやめて欲しい。

 振り返り、直井の顔を正面から捉えた。

 ……困り顔というか、何か言いたげな顔をしている。


「お前さ、実家を離れて一人暮らしとか興味ないのか? 自由があって楽しいぞー」


 やっぱり、その反応か。いいじゃないか、独身のオッサンが家族と一緒に暮らしていても。


「興味ナッシング。住み慣れた我が家を守るのが家主の使命だからな」

「家主って、まあ、そうか」


 親父がいなくなってから、頼りない母と自由奔放な姉に変わって家を支えてきた、と自負している。

 家賃も光熱費も俺が払っているし、家事もほとんど俺が担当だ。これでも忙しい身だから、休日にまとめて掃除をすることが多い。


「てなわけで、帰る」

「わーったよ。……お母さんとお姉さんによろしくな」

「おう」


 ガキの頃は美人な母と姉目当てに、よく我が家に遊びに来ていた。

 最近は大人しいが、未だに姉を狙っている節がある。一度あっさりと振られた癖にこりないヤツだ。






「ただいまー」


 リビングダイニングキッチンに繋がる扉を開けると、母も姉も居間でソファーに座りテレビを観ていた。

 二人同時に背もたれに上半身を乗り出すようにして、逆さ向きの顔を向ける。

 ちゃんと振り返ってくれ。


「「おかえりー」」


 動きも声も被った。

 性格はまるで似ていないのに、こういうところだけは血の繋がりを感じる。


「今日は早かったね。早く帰れるなら連絡してよ。愛情をたっぷり込めたご飯作ってあげたのに」

「いいよ、いいよ。今日はたまたまだし」


 と母に返しながらも作り置きの料理がないことに、ほっと安堵のため息を吐く。


「母さんの独創的すぎる料理を食べたくないんだって」

「酷いっ!」


 姉に突っ込まれてわざとらしく泣く振りをする母。


「はははははは」


 事実を言い当てられたので乾いた笑いを返しておく。

 母は普通に作れば美味しいのに、変なアレンジをすることが多い。たまに大当たりで美味しいときもあるが、基本外れだ。

 それも食べられないほど酷くはないが、なんかこう……微妙な感じになる。


「要ちゃんが棒読みで笑ってるっ!」

「二人は何食べたんだ?」

「外食ぅ」


 顔をタオルで覆い、頭を激しく振る母を無視して姉に問いかけると予想通りの答え。

 俺は適当に自分のご飯だけ作ってリビングに運ぶと、テレビを眺めながら食事をする。


「要は今日も新作ゲーム?」

「そうだよ。姉さんもやってみる? めっちゃ面白いぞ」


 と提案しておいてなんだが、姉にはする権利がなかった。


「どうせ、タワーディフェンスなんでしょ、パス。地味なゲームに興味ありませーん」


 姉はカジュアルゲーマーで気軽に楽しめるゲームを好んでいる。俺のように一つのゲームをやり込むタイプとは真逆の存在。


「二人ともいい年なんだからゲームばっかりじゃなくて、もっと違う楽しみを見つけたら? 恋人を見つけて、一緒に過ごすとか」

「「断る」」


 姉と声がハモってしまった。


「そういうときだけ姉弟っぽいのよね。はあ、お母さん孫とか見てみたかったなー」

「お母さん、今の時代その考えは古すぎるわよ。未婚率が五割を超えているこのご時世で、それはないわー」

「ないわー」


 姉の言い分に便乗しておく。


「それに恋人がいないと決めつけるのは失礼じゃない」

「そうだ、そうだ」


 隣で大きく頷く。


「じゃあ、いるの?」


 母に切り替えされて姉と顔を見合わす。

 目と目で通じ合ったので反論することにした。


「今後の展開にご期待ください」

「俺たちの冒険はここからだ」

「……子供の連鎖が打ち切りに……」






 まずは辺りを見回して再確認をする。

 見晴らしの良い崖の上。風も通り、朝日が眩しい。

 ログアウトした場所とまったく同じ場所からスタートのようだ。

 隣に目をやるが、そこには誰もいない。


「おいおい、ゲーム開始時刻と同時にログインしないとはけしからん」


 五分ほど、その場で待ってみたが来る気配がない。

 敵もやってこないし、能力の確認でもしておくか。

 宝玉を起動させて《矢印の罠》をチェックする。


◆(矢印の罠)レベル4(残りポイント1)


威力 2m 設置コスト 1 発動時間 0s 冷却時間 1s 範囲 1m 設置場所 地面


 負華を助けるために《威力》を伸ばしてから、設置コストも下げてみた。

 まだポイントは残っているのだけど、どれを強化するか思案中。

 そうそう、レベルが上がるとTDPも増えて、現在は13。計算上は《矢印の罠》を十三個も置ける、ということになるのだが同時に置けるのは五個まで。今のところ余っている。

 だけど、他のTDSも手に入れたら直ぐに足りなくなる。実際、負華の《バリスタ》なんてTDPを10も消費するから一つしか設置できない。

 高火力は最大の魅力だが使い手が、あれ、だからな。俺ならもっと効果的に使える自信がある。


「宝の持ち腐れだ」

「私の美貌がですか?」

「うおっ! いたのか」


 いつの間にかログインしていたようで、俺の背後から《矢印の罠》のステータスを覗き込んでいる。

 初めから距離が近かったが、今は背中に胸が密着した状態。

 距離感がおかしいだろ。でもまあ、触感も見事に再現しているこのゲームの制作者に今は感謝を。


「やっぱり、ショボいですよね、それ」

「俺の罠を馬鹿にするんじゃない。負華の《バリスタ》より活躍しているはずだけど?」

「うっ、言い返せない」


 事実を指摘されて、仰け反りながら後退っている。

 大げさに動いたせいで崖から落ちそうになり、慌てて俺にしがみ付く。

 やけに密着してくると思ったが、そういや高所恐怖症だったな。納得した。


「それで、今日は何します? またレベル上げ?」

「いや、経験値効率も落ちてきたから、新しい狩り場でも探そうか……おっと」


 提案をしている最中に手にしている宝玉が点滅を始める。

 宙に浮かび上がっている《矢印の罠》のステータスが赤い大きな文字に入れ替わった。


『緊急クエスト発生。 砦防衛任務』

「要さん、要さん! 緊急クエストですよ!」

「見ればわかるから。詳しい説明は……これか」


 画面をタップして指をスライドすると、新たな文章が表示される。


『参加自由の防衛クエストです。宝玉に実装されたマップを起動させると点滅している箇所が四カ所あります。そのうちの好きな場所を選ぶと転移魔法が発動して、瞬時にワープします』


 隣で頷くだけの負華に宝玉を起動してもらう。

 昨日までそんな項目はなかったが、確かに《マップ》が増えている。


「えっと、開いてみますね。あっ、できました」


 浮かび上がったのはこの世界の地図。大まかな地形と自分のいる場所がわかる仕組みだ。

 黒い二つの丸が俺と負華か。

 スマホと同じように拡大縮小ができるようで、負華は直ぐに順応している。

 地図の東側に点滅している場所が縦並びで四つある。最東端にあるものが一番激しく点滅している。


「続きを読んでみるか」

『迫り来る敵を撃退し、無事砦を守った守護者にはレベルアップと豪華特典をプレゼントします。もちろん、倒されたらゲームオーバーなので、様子見で参加しないのも自由です』


 ようやくタワーディフェンスらしくなってきたじゃないか。

 自由度の高い今の状態でも充分楽しいが、やはりタワーディフェンスといえば防衛。

 それも複数人で防衛できるなんて、面白いに決まっている。


「ど、どうします、要さん。やっぱり、ここは怖いので……」

「参加、一択だな」

「ええええええええええええええっ! じゃ、じゃあ、私は遠くから見守っていま――」


 負華に向き直ると、怯えて尻込みしているその肩を両手でがっしりと掴む。


「一緒に行くぞ」

「やですぅぅぅぅ」

「きっと楽しいぞ」

「怖いに決まってるぅぅぅ。戦争じゃないですかぁぁぁ」


 イヤイヤと激しく頭を振って抵抗するので、今度はその頭を両手で挟み込む。

 そして、優しく微笑みながらゆっくりと口を開く。


「負華、拒否権はないよ」

「横暴ですぅぅぅぅ」


 当人は必死で抵抗しているが、無理にでも連れて行くつもりだ。

 負華、というより《バリスタ》があるとないとでは防衛の難易度が変わってくる。


「怖いのはわかる。だけど、キミがいないとダメなんだ」


 真剣な眼差しを負華に注ぐ。


「要さん……そんなにも私を頼りに」

「ああ、そうだ。負華バリスタが必要なんだ」


 嘘は言ってない。

 崖の上という安定しない場所で動揺している状態。今の精神状態なら頼れる人を演出すれば、押し通すことができる!

 吊り橋効果ってヤツだ。……少し違う気もするけど、まあいいか。


「絶対に守ってくれますか?」


 上目遣いで言う負華に――身体が震えた。

 守る、か。

 大きく息を吐き、正面から視線を合わせる。


「ああ、必ず守るよ。何があっても」


 この言葉に偽りは、ない。

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