第10話 一日目 終了

「んー、カロリーを気にせずに暴飲暴食できるのって最高!」


 俺が焼いた干し肉にかぶりつき、数回咀嚼して呑み込むとドライフルーツを貪る負華。

 どれだけ食べても太らないから、欲望の赴くままに食べ進めている。

 VRゲーム内で気兼ねなく食事をするためだけに遊んでいる女性も少なくないらしい。

 日も落ちて辺りがかなり暗くなったので、俺たちはたき火をしながら夕食の最中だ。


「VRって乙女ゲーしかしたことなかったんですけど、このゲームめっちゃリアルじゃないですか?」

「制作費が相当かかってんじゃないかな。今までやってきたゲームと比べてもクオリティーは最高だね」


 広告で『リアルと同じ体験を貴方に』なんて謳い文句のゲームがいくつもあるが、超大作と呼ばれる作品でも、やはりリアルとの齟齬を感じる。

 だけど、このゲームは身体や感覚に違和感が存在しない。現実と同じ感覚で過ごせるから、没入感が半端ない。


「日が落ちたら寒いですし、お腹も普通に空くし……満腹感もあるんですね……」


 さっきまで勢いよく食べていたが、元々食が細いのか手も口も止まった。


「できるだけ現実に近づけているんだろうな。この作り込みは、かなり高評価」

「私としては疲れた感じとかなくして欲しいです」


 そうそう、このゲームそこもリアル。体力が普通に消耗するので、長時間走りっぱなしも無理だし、実際にやれないことはやれない仕様だ。


「疲労感がなくてスタミナが無限だと面白くないだろ」

「うわぁ、やり込みゲーマーのお兄ちゃんみたいなこと言ってるぅ」


 負華の兄とは話が合いそうだ。

 怪我が治って復帰したら負華と中身入れ替わってくれないかな。


「でも、でも、星空が綺麗なのはマルですよ」


 うっとりとした表情で夜空を見上げている。

 釣られて俺も視線を上に向けると、そこには今にも降ってきそうな満点の星空があった。

 こんなに美しい星空は見たことがない。ゲーム内の作られた映像だとはわかっているが、その美しさに呑み込まれそうになる。

 しばらく、二人揃って夜空を眺めていたが、パチッとたき火の弾ける音で現実に戻った。


「ちょっと寒くなってきたな」

「ですよね。ジャージだけだとちょっと辛いかも」


 負華はたき火に両手をかざして、背を丸めて暖を取っている。


「負華は何時までこのゲームやるんだ?」

「えっと、これって時間圧縮されているんですよね」

「そうだな。リアルと比べて三倍らしい」


 時間圧縮とはVRとリアルとの時間差のことだ。ゲーム内の時間は現実世界で流れる時間と比べて三倍に圧縮されている。


「つまり、ここで一日、二十四時間過ごしたら現実では八時間しか経過していないってことだな」

「二十二時に開始したから、八時間で……朝の六時かー。余裕で丸一日遊べちゃいますね!」


 スリーピングゲーマーとしては最高の仕様だ。

 八時間も睡眠が取れて、ゲーム内では丸一日過ごせる。やはり、VRを開発した人にはノーベル賞を与えるべきだと思う。

 一昔前はゲームをやって寝不足なんてよくある話だったが、今の時代はゲームで寝不足を解消が売りになっている。時代は変わるもんだ。


「なんで、しみじみと頷いているんですか。お爺ちゃんみたい」

「オッサンは辛うじて受け入れるが、お爺ちゃんはやめてくれ。で、何時までやるんだ?」

「えっと、そもそもこのゲームってゲーム内で二十四時間経過したら、強制でログアウトされる仕様ですよね?」


 そう、最近は一日のプレイ時間が決められていて、その時間が過ぎると強制ログアウトを強いるゲームばかりだ。

 数年前にゲーム法案とかで決定されて、新しいゲームには実装が義務づけられている。

 健康的にはそれが一番なのはわかっているが、やり込み勢としては休日に丸一日没頭したい。


「そうだね。ゲーム内で朝の七時になると終了。リアルで二十二時にならないとログインできない」

「じゃあ、強制ログアウトまで楽しみますよ!」


 負華は目を輝かせて断言した。

 初めは乗り気じゃなかったのに、すっかりハマっている。

 良い調子だ。このままどっぷりタワーディフェンス沼に頭まで使ってもらい、新たな同士を爆誕させるとしよう。






「ふいぃぃ。さすがに疲れましたね。ゲーム内なのに眠いぃ」

「仕事に比べたらマシだけど、眠くはあるね」


 夜が明け、朝が訪れた。

 ここまでリアル志向なのだから、少しは睡眠を取るべきだったかもしれない。寝ながらゲームをしているのに、ゲーム内で睡眠不足というのも変な話だけど。

 もはや定位置と化した崖の上で二人揃ってあぐらを組んで、朝日を正面から浴びている。

 視線を少し下げると、崖下には無数の死骸。

 爽やかな朝とは言いがたい。


「でも、結局あれからレベルは、一つしか上がりませんでしたね」

「雑魚敵だからしゃーないさ」


 ここは立地が最高で安全に狩りができる場所だけど、経験値の美味しい敵がいない。

 バリスタの攻撃力があれば、もっと強い相手でも倒せるはず。二日目は別の狩り場を探すのもありか。

 それでもお互いレベルは4に達した。このゲーム、パーティーを組むことが可能で、組むと敵を倒した経験値が公平に分配される。

 ほとんどの敵は《矢印の罠》で崖下へ落下させて、様子見で近づいてこない敵は《バリスタ》で射撃するという戦いを続けていた。


 途中、パービーという鳥と人間の女性とのハーフみたいな敵も現れたが《バリスタ》のおかげで容易に倒せた。元ネタはハーピーという怪物で間違いない。

 俺一人で《矢印の罠》だけだったらパービーへの対処方法がなかったので、その点は負華に感謝している。


「そろそろ、ログアウトの時間ですねー。私は明日……じゃなくて、今日もまたやるつもりですけど、要さんはどうするんですか?」

「やるに決まっている。残業を頼まれても問答無用で断る!」

「強い意志を感じる……」


 拳を振り上げ断言した俺の勢いに負華が気圧されている。


「じゃあ、また後でお願いします」

「ああ、よろしくな」


 座り込んだまま互いに握手をすると、負華の身体が発光し始めた。俺も同じような状況だろう。

 光の粒子が弾けると同時に、視界が黒に染まる。






「最高の目覚めだ」


 VRゴーグルを外して、ベッドの上で両手足を伸ばす。

 ゲーム内では限界まで身体を動かして疲労困憊だったのに、疲れは少しも感じない。気分は爽快で頭も冴えている。


「次は何しようか。他のプレイヤー、じゃなくて守護者を探して情報交換かパーティーメンバーになってもらうのもありか。とはいえバトルロイヤルが始まったら敵になるわけだから、なれ合いも程々にしておかないと、後が辛いな。他にも……」


 これからのことを考えるだけで心が弾む。

 新しいゲームを始めるといつもこんな気持ちになるが、今回のは飛びっきりだ。熱中度が他とは比べ物にならない。

 まるで学生時代のようにゲームのことで頭が一杯になっている。

 プレイ時間が決まっていて良かった。こんなに面白いと仕事をサボってしまいそうだ。


「はあああぁ……。よっし、気持ちを切り替えて、今日も一日頑張りますかっ」






 仕事場に着き、いつものように業務をこなして昼になった。

 近くの喫茶店に行き、窓際の席に腰を下ろす。外観も店内も年代を感じる造りで、昭和から存在する店らしい。

 職場の周りにはチェーン店やオシャレなカフェが多くて、若い人や女性はそっちに行くのでここは穴場だ。

 客入りも程々でクラシックが流れる落ち着いた雰囲気がお気に入り。ゆったりとした気持ちで考え事に没頭できる貴重なオアシス。


「で、なんで、お前がいるんだよ」


 対面でナポリタンを食っている直井に問いかけた。

 口元をケチャップで真っ赤にしながら首を傾げて、眉根を寄せて俺をじっと見ている。

 なんでお前が不思議そうな顔をしているんだ。


「一緒に飯を食いたかったからだが? こんな良い場所があるなら教えてくれよー」

「一人で落ち着きたいから、教えたくなかったんだよ」


 腐れ縁の直井が嫌いというわけじゃない。だけど、一人で落ち着きたいときもある。

 特に今日はデスパレードTDオンライン(仮)について考察する気だったので出鼻を挫かれた。


「落ち着きたいって、どうせ昨日始めたゲームのことだろ」

「…………」


 見透かされている。付き合いが長いのも良し悪しだ。


「お前さ、運動神経も悪くないし、体力もある方だろ。確か、護身術も習ってるくせに、ゲーム好きだよな」

「それは偏見だぞ。アクティブなゲーム好きも結構いるはずだ」


 身体を動かすのは嫌いじゃない。休日は古武術の道場に通っているし、会社帰りにジムによることも多い。

 これだけだと、リア充で外交的な性格と思われそうだが実はそうじゃない。

 VRゲームがリアル寄りになったことで、自分の3Dデータを取り込むゲームは、身体を鍛えておいた方が有利に働くことが多いのだ。

 護身術もゲーム内で戦うときに自由に技が使えるので対人戦で有利だ。もちろん、魔法や武器を使われたらどうしようもないが、それでも何もしていない人よりも優位なのは間違いない。


「運動っていえば、野球部時代はキャッチャーだったし、体育の授業や昼休みでサッカーやるときも、キーパーとかディフェンダーしかやらなかったよな。もっと目立つポジションとかあるだろ」

「何言ってんだ。鉄壁の守りが最強に決まっているだろ。攻撃は最大の防御なり、なんて馬鹿げた言葉があるが、攻撃なんぞ守備のおまけだ」


 俺が熱弁を振るうと、ケチャップまみれのフォークをくるくると指先で回し始めた。


「でた、守り過激派。昔っから、規則も時間も絶対に守るし」

「人生は守ってこそ。堅実な生き方が一番に決まっている」

「守りの人生なんて何が楽しいんだ。人生は攻めて攻めて自ら掴み取る、これが男の生き様だろ!」


 ――何気ない一言。

 ――ただの雑談。

 ――反応するべきじゃない。


「……うちの親父みたいにか? あれを見習えとでも言うのか?」


 無意識に冷たい声で詰問していた。

 直井に悪気があったわけじゃないのはわかっている。でも、それでも、スルーできなかった。

 身勝手で家族を顧みず、自分の夢を追い求めた親父のニヤけ面が頭に浮かぶ。


「人生は博打じゃない。踏み出す勇気もいらない。その場に止まり死守すること。それが一番大事なんだ。大切なものを守りきったヤツだけが偉そうなことを言う権利がある」


 目を見開き俺の顔を凝視する直井。

 また……やってしまった。黙って聞き流せばいいものを。


「すまん、俺が軽率だった」


 俺の事情を把握している直井は両手をテーブルに置くと、頭を下げる。


「俺の方こそ、すまん。親父のことを思い出すと未だに血が上っちまう。悪かったな、ここの代金は俺が払うよ」

「いや、俺が悪いんだから――」


 直井の返事を待たず、今となっては珍しい紙の伝票を手に取ると席を立った。

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