第9話 能力格差

 負華の肩越しにTDSの能力を拝見する。


◆(弩砲 バリスタ)


威力 50 設置コスト 10 発動時間 10s 冷却時間 10s 範囲 50m 設置場所 地面


「おおっ」


 思わず感嘆の声が漏れるぐらい、俺の《矢印の罠》と全然違う。

 そうか《威力》って本来はダメージ量が表示されるのか、当たり前だけど。俺のはメートル表記。

 こっちはノーダメだから五十というのが、どれほどの強さなのか正確な強さが伝わってこない。

 だけど、あの破壊力を目の当たりにしているので、とんでもなく高いということだけは理解できた。

 しかし、破壊力と引き換えに欠点も存在している。《設置コスト》《発動時間》《冷却時間》これが最大のネックか。


 《設置コスト》は俺の十倍。TDSを発動するのに必要なTDPはレベル1だと10しかない。つまり、バリスタは一台しか置けないということだ。

 それに《発動時間》の長さも気になる。発動まで十秒も必要となると咄嗟の不意打ちに反応できない。

 更に《冷却時間》も長い。一度発射したら次の攻撃まで十秒も必要。

 固定砲台としては強力だが、使い勝手が悪い。


「どうです、凄いでしょ! 尊敬してひれ伏してもいいんですよ?」


 鼻息荒く迫る負華の頭を掴んで押し戻す。

 さっきの苦戦を既に忘れて、自慢してくる楽観的な性格が少し羨ましい。


「えっ、なんですかその慈愛あふれる微笑みは。なんで、そんな優しい目で見るんですかっ」

「哀れだなーって」


 強力な力も使い手次第で弱くも強くもなる。その典型的な例が目の前に。


「ひっどい! そこまで言うなら、要さんの……えーと、DDTは凄いんですよね!」

「プロレス技か。TDSだ」

「あれ、違いましたっけ? まあ、あれですよ、その凄い力見せてくださいよ!」


 ここで、しらばっくれて自分の能力は明かさない、というのも手なのだが約束は守る主義だ。

 ルールや約束を守らない、なんて選択肢は俺に存在しない。


「どうぞ」


 同じようにオプションを操作して負華にも見えるようにしてから、宝玉を起動する。


「さーて、お手並み拝見っと。…………ぷっ、なんですかこれ! あはははははっ!」


 人を指差して笑うな。失礼だぞ、まったく。

 でも、自分のと比べて笑いたくなる負華の気持ちを理解できるのが悔しい。


「だって、だって、矢印の……罠って! 攻撃力も何もかもショボいじゃないですか。ざーこ、ざーこ」


 ツボに入ったのか笑い転げている。

 その姿に少しイラッとしたので《矢印の罠》を向かい合うように配置して発動。


「わっ、わわわわっ、何、何、何。揺れる揺れるぅぅぅぅ。と、止めて! 酔っちゃう、酔っちゃう」


 高速で左右に動き続ける負華を眺めながら、地面に腰を下ろす。

 攻撃力はないが、こうやって使うと相手の自由を奪えるのか覚えておこう。


「ちょっ、ちょっとおおおっ! 難しい顔してないで止めてくださいよ! このままだと、可憐な乙女が口からスプラッシュしちゃいますよ!」


 乗り物酔いに似た症状も与えることができる、と。デバフみたいなものか。


「なんで頷いているんですか! だから、早く! 乙女が汚されちゃ……あ、止まった。なんか、地面がまだ揺れている気がして、ぎもぢわるぃ」


 止まったのに地面に這いつくばったまま、恨みがましい目でこっちを見ている。

 罠を消してもないのに勝手に止まった。どうやら、踏んで発動する回数に限りがあるようだ。

 そりゃそうか。回数制限がなければ永久に相手の動きを封じることが可能になる。そこは運営も対策済みか。

 ちゃんと数えてはなかったが、罠の発動回数は十回程度。これも覚えておかないと。


「さてと、面白い実験もできたし、じゃあ頑張って」


 もう用はないので立ち上がろうとしたら、這いつくばった状態で足首を強く握る負華。


「逃がさぬぅぅぅ。放さぬぅぅぅ」

「怖っ。助けてやったんだから、もういいだろ」

「酷い! 私でもてあそんでおきながら、用済みになったら捨てるというのねっ」


 酷い物言いだが……何も間違ってない。

 どうやら、かなり面倒な相手を助けてしまったようだ。


「私たちってとっても相性がいいと思うのぉ。だーかーらー、一緒に遊ばなーい?」


 意識して色っぽく聞こえる声を出しているが、まずは足首から手を放して欲しい。

 寝転んだ状態でくねくねされても、不気味なだけだ。

 協力か……。《バリスタ》は魅力的だが、本体に不安しかない。

 組んでプレイしても足を引っ張られる未来が鮮明に見えてしまう。

 それに……一緒に過ごしてしまうと、バトルロイヤルが始まったときに情が湧いて倒しづらくなる。


「お強いみたいだから、一人でもたくましく生きていけるさっ」

「爽やかな笑みで誤魔化そうとしないで! 私、わかったんです。貴方がいないと生きていけないって」


 照れたように顔を伏せているが、うつ伏せ状態で足首を掴んだまま言われても。


「……本音は?」

「楽して勝ちたい。寄生先求む」


 表情の消えた真顔で言い放ちやがった。


「一つ疑問なんだけど、渋々このゲームをやっているなら、さっさとゲームオーバーになった方がいいんじゃないか?」


 兄に強制されてやらされているだけなら、その方がいいのでは。


「お兄ちゃんに釘を刺されているんです。わざと死んだり、ゲームができないようになったら家を追い出すって」


 納得した。だから、こんなにも必死なのか。

 正直、一人で動いた方が効率よくやれる。だけど、負華は危なっかしくて放っておけない。

 ここで見捨てたら、たぶん今日中にゲームオーバーになるだろう。

 となると俺の《バリスタ》が失われてしまう。そうなると計画に乱れが生じる。


「仕方ないか。いいよ、しばらくの間は組んで戦おう」

「マジですか! 言ってみるもんですね! よろしく、おねがいしやーっす!」


 匍匐前進の動きで距離を詰めて立ち上がると、右手を伸ばしてきた。

 土まみれの手を握ることに少しだけためらったが、負華の笑顔と圧力に負けて握手をする。


「これからは一蓮托生、運命共同体ですね! 私を幸せにして! 楽させて!」

「重い、重い。そっちも働け」


 問題のありすぎる相方だが、ゲームを楽しむことはできそうだ。


「それで、まず何します?」

「そこも全部投げるのか。そうだな、タワーディフェンスで一番大切なことってわかる?」


 初心者相手なのでまずは基礎から叩き込んだ方がいいだろう。

 俺の質問に対して小首を傾げると「うーん、うーん」と考え込んでいる。


「やっぱり、火力?」

「それも大事だけど、一番は――」






「はい、レベルアップ」


 吹き抜ける風を全身に浴びながら、大きく身体を伸ばして屈伸運動をする。

 ずっと同じ場所にいると身体がなまってしょうがない。こういうところもVRなのにリアルなんだよな。肉体の疲れとかまで再現しなくていいだろうに。


「あのー、これっていいんですか?」

「何も問題ないだろ」


 負華は何故か今も四つん這い状態で忙しなく辺りを見回している。

 ここは風が通るから気持ちが良い。視界を遮る物もないから狩り場として最高だ。


「おっと、またお客さんだ」


 森の切れ目から現れたのはズライム。

 ウイッグを被ってそうなネーミングだが、赤い半透明の潰れたサッカーボールのような形をしたモンスターだ。

 デスパレードTDではコップリンと同じく序盤の雑魚モンスター。

 ピョンピョンと跳ねるように迫ってくるのだが、動きも単純で素早さもない。

 目も口も存在しない身体をぷるぷると震わせてから、こっちに近づいてくる。

 そして、俺たちまで残り五メートルぐらいの距離まで近づくと、身体が横にぶれて崖下へと落ちていった。


 負華がゆっくりと縁まで移動して、恐る恐る下を覗き込んでいる。

 俺たちがいるのは切り立った険しい崖の上。しかも、突き出すように伸びた先端部分。

 そこに陣取りモンスターを待ち、寄ってきた相手は配置しておいた《矢印の罠》を踏んで真っ逆さま。

 足下に《矢印の罠》が堂々と描かれているのだけど、モンスターは迷うことなく踏んでいく。もしかして俺以外は見えていないのかと負華に尋ねてみたのだが。


「赤い矢印見えてますよ? なんか、ショボい」


 失礼なことを言われた。モンスターは見えてないのか、それとも足下になんか変な絵がある、程度にしか思われていないのか。


「そういや、さっきした質問の答えだけど、タワーディフェンスで最も大事なのは立地。何処に拠点を置くか」


 予め拠点や敵の動くルートが決められているゲームも多いが、自由に場所を選べるタイプだと何処に防衛戦を築くかで難易度がガラッと変わる。


「敵の進路を一つに絞ると、こっちも集中して迎撃ができる。あとは罠を最大限にいかせるかどうかも重要」

「それは見ていたらわかります……」


 崖の先端にいる俺たちにたどり着くには、この狭い場所を進むしかない。

 ここは三メートルぐらいしか幅がないので《矢印の罠》を踏まずに進むことは不可能。

 空を飛ぶ敵や飛び道具をもった敵が来たら厄介だが、そこは予め設置している《バリスタ》の出番となる。

 このレベル上げの方法は前から考えていたが《バリスタ》があることで完成となった。


「我ながら鉄壁の布陣だ」

「楽できているからいいんですけど……私、高いところ苦手で」

「大丈夫、VRだから」

「リアルすぎるのも問題ですよね……」


 腰の引けた負華は四つん這いのまま後退ると《バリスタ》にしがみ付いている。

 怖がる気持ちもわかる。この断崖絶壁の上から見下ろすと……地面までマンションの五階ぐらいの高さがあるようだ。

 地面は無数の岩が転がっている。木や草といった少しでもクッションになりそうなものは存在していない。落ちたら即死。運が良くても重傷は免れない。


「じゃあ、次の敵を呼ぶためにそこら辺に撃ち込んで」

「私のバリスタちゃんが客寄せに使われてる……」


 木や地面に巨大な矢を撃ち込めばかなりの音が響く。集客効果は抜群だ。

 今日は思う存分レベル上げさせてもらうとしますか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る