第8話 キミの罠

 タンタッタラー!

 場違いに明るい音が何処からか聞こえる。

 足下には顔面を破壊されたコップリンの骸が三体もあるのに。

 このゲーム、死体が消えない仕様なのどうにかして欲しい。なんというか、罪悪感が。

 できるだけ足下を見ないようにして耳を澄ます。

 三度繰り返される音の発生源を探ってみたのだが、どうやら体内から響いているようだ。


「もしかして?」


 思い当たる節があったので右手を前に出して、手のひらを上に向けた。


宝玉オーブ


 すると、手のひらに野球ボールぐらいの十二面体が現れた。前に見たときは半透明のガラスにしか見えなかったが、今は内部から光が点滅している。


「確か……オープン」


 念じるだけでも大丈夫らしいが、口にした方がイメージしやすいのであえて声に出す。

 目の前に浮かび上がる文字に目を通す。


『レベルアップしました! レベル1 → 2』

「やっとか」


 コップリンを四体倒して一つレベルが上がった。

 よくあるタワーディフェンスのゲームなら敵を四体倒すなんて余裕なのだけど、リアルでこのしょぼい《矢印の罠》だけで戦うのは難しい。

 結局、罠を連続して並べて相手を強制移動。驚いている隙に一撃を加えて倒す。というコンボでなんとかなってはいる。

 ただ、これが空を飛ぶ敵やメイスの一撃で倒せない相手になると、どうしようもない。


「早めに対策を考えておかないと。でも、まずはお楽しみの育成要素!」


 レベルが上がったことで罠をどう強化できるのか。能力が格段に上がる可能性だってある、はず。というか、そうなって欲しい。

 祈りにも近い気持ちでレベルアップの文字にそっと触れる。


『能力のどれか一つを強化できます』


 文字が変わり、続いて《矢印の罠》のステータスが表示された。


 威力 1m 設置コスト 2 発動時間 0s 冷却時間 1s 範囲 1m 設置場所 地面


 各項目が点滅しているので《威力》の文字を指先で押してみる。


『威力1m → 2m にしますか?』

「あー、そういう感じか」


 続いて、設置コスト、発動時間、冷却時間、範囲にも触れてみたが同じように数値を変更できるようになっている。

 威力、範囲は一増やせて、設置コストは減らせて、発動時間は0秒が同時発動に。冷却時間は一秒から0秒に変更可能、と。


「これだけか。それもこの感じだと一種類しか伸ばせないっぽいよな」


 各項目をすべて伸ばせるなら選択肢を出す意味がない。


「何を上げるか。ここはかなり重要だぞ」


 威力は踏んだら移動する距離が伸びる、ということか。倍の距離を移動するようになるのは使い勝手がかなり上がる。

 設置コストが少なくなるのもいいよな。単純に二倍置けるようになる、ということだから。ただ、そもそも同時に五個までしか設置できないので、後回しでいい気が。

 発動時間の同時発動はその名の通り、同時に二個置けるようになる、ってことだよな。これも後回しでいいだろう。今のところ使い道が思い浮かばない。

 範囲も捨てがたい。この矢印の罠の大きさが倍になるのはかなりのメリットだ。それだけあれば罠にはめるのが楽になるぞ。


「威力か範囲か」


 二択に絞られたが……どうしよう!

 どちらも捨てがたい!


「有意義なのは……いや、使い勝手を考えると……だが、実際に戦う場面を想定して――ぬおっ⁉」


 悩みが一瞬にして吹き飛ぶ轟音が辺りに響く。

 慌てて周囲に視線を巡らすと進路方向とは逆側から粉塵が上がっていた。


「あの方向は俺が罠の練習をしていた荒れ地の方か!」


 何があるかはわからないが、何かしらのイベントが発生する可能性が高い。

 慎重さも大事だが、ゲーム内イベントには積極的に関わった方が楽しいに決まっている。

 即座に判断すると音の発生源に向かって全力で駈けていく。






「ここのはずだが。……正解か」


 荒れ地と森の境界線で立ち止まり、大樹の陰からそっと様子をうかがう。


「やっぱり、私って最強! これってヌルゲーでしょ。あはははははっ!」


 上半身を仰け反らせて哄笑している、ピンクと黒を組み合わせた上下ジャージ姿の女性が一人。

 黒髪に大きく膨らんだ胸元に加えて聞き覚えのある声。

 更にその人の前にある巨大な弓――《バリスタ》

 あれは何かと絡んできた草摺負華で間違いない。

 まだ微かに粉塵が立ち上っている辺りに転がるコップリンが三体。それも上半身と下半身が分断された状態で。


 コップリンの群れにバリスタを撃ち込んだのか。

 タワーディフェンスのゲーム内ではバリスタは単体にしかダメージを与えられない仕様が多いけど、実際にあの威力だったら何体も貫けるし、かするだけでも危険だ。

 正直……羨ましい。というか、妬ましい。

 俺も《バリスタ》があれば、もっと楽をしてレベル上げられたのに。

 なんて僻みはここまでにして、冷静に頭を働かせる。


 今なら不意打ちをして簡単に倒せそうだけど、対人戦が実装されてないので攻撃したところで意味がない。

 となると、今後のために相手の能力を見極めておく必要がある。このまま観察を続けるか。

 言葉を交わした相手なので少し躊躇する気持ちも存在するが、《バリスタ》の魅力に比べれば些細なもんだ。絶対にあのTDSを自分の物にしたい!

 《矢印の罠》は他の罠と組み合わせることで本領を発揮する。攻撃手段を手に入れれば、相乗効果で一気に強くなれるはず。


「なんていうか、最強? このゲームもらったわ!」


 周りの目も気にせず大声で勝利宣言をして、これでもか、ってぐらい調子に乗っている。

 他の人に見られたらドン引きされそうだ。まあ、周囲にいるのは俺ぐらいしか……じゃないな。

 さっきの爆音と大声を聞きつけたのだろう、荒れ地のど真ん中で仁王立ちしている彼女の背後からコップリンが二体現れた。

 そろりそろりと足音を忍ばせて近づいている。コップリンにもそれぐらいの知能はある設定か。

 前のデスパレードTDでは無謀に突っ込んでくる以外の行動をしていなかったので新鮮に映る。

 なんて感動している場合じゃないか。


「ヤバいな、まったく気づいてないぞ」

「超、余裕っすよ! 勝った、デスパレードTDオンライン(仮)完!」


 ああもう、何やってんだ。負華、後ろ、後ろ!

 後々、厄介な相手になりそうな彼女が早々にリタイアしてくれるのは助かるが、ここでモンスターにやられたらバリスタはどうなるのか。

 漁夫の利で《バリスタ》を手に入れることができるなら、このまま傍観しても構わない。だけど、モンスターにやられて消滅、なんて展開は勘弁して欲しい。


「助ける、か」


 《バリスタ》を自分の物にする為にも見捨てるわけにはいかない。

 森から飛び出し、大きく息を吸い込む。


「負華! 後ろに敵だ!」

「えっ、肩上さん! 敵って……おわっ⁉」


 俺を見て一瞬笑みを浮かべたが、背後に迫り来るコップリンを発見して驚いている。

 慌ててバリスタの背後に回り、照準をコップリンに合わせた。


「女性を背後から襲おうなんて変質者は討伐してあげますよ!」


 射出された巨大な矢は負華から向かって右側のコップリンを貫いた。

 真っ二つになった上半身と下半身がきりもみ状態で後方へと吹き飛んでいる。

 ほんと、とんでもない威力だ。

 残ったもう一方のコップリンが驚愕に目を見開いているが、怯えるよりも仲間をやられた怒りが増したのか、手にした棍棒を振り上げながら無謀にも負華へ向かっていく。


「えっ、ちょっ、ちょっと待って! ストップ! ハウス!」


 負華は何故か次を発射せずに、大げさな身振り手振りで焦っているだけだ。


「何してんだ! 次を早く撃て!」


 俺の怒鳴り声に反応した負華がこっちを見た。その表情は今にも泣き出しそうだった。


「無理なんです! このバリスタ一発撃ったら十秒待たないと次が発射できないの!」


 威力はあるけど冷却時間が長いのか!

 なんて納得している間にも距離が縮まっている。あと数歩でコップリンが負華に届く。

 思わず飛び出してしまったけど、助けようにも間に合いそうにない。

 ここからだと十メートルぐらい離れている。なら、選択肢はたった一つだ!


「宝玉! ……発動!」


 右手をコップリンに向けて伸ばす。

 大きく一歩踏み出せば負華に届きそうだったコップリンの動きが止まった。

 そのまましばらく突っ立っていたが倒れ込み、右足を抱えて地面をのたうち回っている。


「えっ、何、何、何⁉」


 状況が理解できずに慌てふためいている負華。


「負華! バリスタを撃て!」

「りょ、了解しました! 発射!」


 うずくまるコップリンに容赦の無い一撃が加えられた。

 至近距離で撃ったために砂埃をもろに浴びて砂まみれの負華。そんな彼女の姿に苦笑しながらゆっくりと歩み寄る。


「大丈夫みたいだな」

「この姿を見て、それ言います? でも、おかげさまで助かりました」


 深々と頭を下げる負華。

 言動に怪しいところはあるけど、こういうところはちゃんとしている。


「でも、でも、なんで襲うのをやめたの?」


 俺が何をしたのか理解してないのか。

 地面に転がっていたメイスを拾い、大きく息を吐く。


「ため息を吐いたら幸せが逃げちゃいますよ?」

「昔、婆ちゃんに言われたことがあるな。じゃなくて、動きが止まったのは俺が罠でやったんだよ」


 やったことは単純でコップリンまで《矢印の罠》を繋げて罠の上にメイスを落としただけ。

 そのまま罠に運ばれてコップリンの足下に移動。右足の爪先にメイスがヒット、悶絶、という流れだ。

 ちなみにレベルアップは威力に費やした。距離を一メートルから二メートルに伸ばさないと、届かなかったからだ。


「罠? あーっ、要かなめさんの罠教えてもらってない! どんな罠なんですか!」

「ひ、み、つ」

「ずっこい! 私の秘密は知っているくせに! フェアじゃないですよ!」

「別に教えてくれと頼んだわけじゃないし。勝手に公表しただけだろ」

「でも、でも、でも、ずっこい! 教えて、教えて、お、し、え、て」


 ええい、駄々っ子か!

 このまましらばっくれて話を逸らそうとしたが、しつこく食い下がってくる。

 面倒なので譲歩するか。


「わかったよ、教える教える。ただし、条件がある」

「やったー! 条件って……もしかして、私の恥ずかしい秘密を教えろ、とか!」

「興味ないです」

「そこは興味持ちましょうよ! 若い娘の赤裸々な体験談とか興味津々なくせにぃ」

「ねえよ。キミの脳内で俺の人物像はどうなってんだ」


 あっさりと否定すると渋面になった。

 話がわき道に逸れまくって、本筋に戻らないな。まあ、この会話が嫌ってわけじゃないけど。


「で、条件なんだけど」

「もっとトークを楽しみましょうよ!」

「はいはい。でだ、条件は――そっちのTDS、つまり《バリスタ》の能力を詳しく教えて欲しい」


 ここで詳細に知っておけば、戦うときの勝率がかなり高くなる。

 今の状態でも勝てる自信はあるが、念には念を入れておきたい。

 だけど、自分の能力を明かす危険性は理解したはず。交渉が決裂しても構わない。こっちも教えなくてすむから。


「いいですよ。えっと、これって確かオプションをいじったら相手にも見えるように設定変更できるんですよ」


 一瞬の迷いもなく宝玉を起動させて、《バリスタ》の能力を写し出す負華。

 ……最終的には戦わないといけない相手なのに、あまりにもちょろくて心配になってきた。

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