第7話 探索
まずは今の場所から移動するべきだ。
視界を遮る物がない空間は敵に見つかりやすい。近くの森をうろついて手頃な敵を探そう。
レベルアップや罠を強化育成することができるなら、地道に頑張るしかない。
森の中に入り、舗装されていない道を進む。
日中なのに薄暗い。木が密集していて日が差し込んでこないのか。
「歩きにくいな。こういうところまでリアルに寄せているのか」
日頃、整備、舗装された道しか歩いていないと、足場の悪いところは歩くだけで神経を使い、精神と体力が削られる。
「敵を倒すにしても武器がな」
クラフト系のゲームならそこら辺の木を殴って、木材をゲット。更に石を手に入れるために岩を殴る。で、それを組み合わせて石の斧や簡素な槍を作るのが定番の流れ。
「ぐおぉぉぉぉ」
試しに近くの大木を殴ってみたが、手が痛かっただけ。
……って、おいおい。痛覚カット、もしくは軽減付けてないのか?
VRの世界で感覚の再現が可能になったとはいえ痛覚まで再現すると、かなりのゲームがプレイ不可能になってしまう。
本当に怪我はしないとしても、銃で撃たれ、剣で斬られた痛みを再現してしまったらショック死する可能性もある。それに犯罪絡みで利用する者も現れるだろう。
実際に感覚設定を違法に改良して悪用していた連中が捕まった、というニュースを最近観たばかりだ。
「設定ミスか? それともある程度の痛みまで再現されていて、限度を超えた痛みはセーブされるパターンか」
わからないが、試す勇気も無謀さも持ち合わせていない。
できるだけ、怪我しないように努めよう。
「簡単に武器製作はできない、と。なら、どこかで調達したいけど」
目を閉じ、山頂から見た景色を思い出す。
滅びた町並みがあったよな。あそこに行けば武器や道具が転がっていてもおかしくない。
「確か、朝日を背にした状態で見えたはずだから」
天を仰ぎ太陽の位置を確認する。
「となると、こっち側か」
装備もなく罠も最弱。こんな無防備な状態で敵と遭遇したくはない。
行き先と目的は決まった。なら、物音を立てないように、辺りを警戒しながら進むしかない。
「あった、あった」
幸運にも敵と戦闘になることは一度もなく、目的地にたどり着いた。
「火事の跡が意外と新しいような」
焼け焦げて崩れ落ちた民家だった物がそこら中にある。柱や梁が残っている建物が一つも無い。
石壁でぐるっと囲われていたようだが、大半が破壊されて辛うじて残っている防壁もあった。だけど、あれでは何の役にも立たない。
見事なまでに破壊尽くされているが、町中に張り巡らされている石畳の道はしっかり残っている。それにざっと見渡した感じでも、それなりに大きな町だったようだ。
ボロボロの門を抜けて真っ直ぐ進んでまず目に入ったのは、噴水跡。
中心部にあるのは元女性像らしき石の塊。頭も腕もないので容姿は不明だけど。
「町の広場か」
平和だった頃は多くの人が行き交い、子供たちがはしゃぎ走り回っていた光景が容易に想像できる。
ゲームだというのにそんな日常を感じられるほどの作り込み。
最近は実際に存在する町並みをゲームに取り込んで調整して改良する、というパターンも多いから元になった海外の町とかありそう。
なんて、没入感を台無しにするような考察はここまでにして武器を探さないと。
さっきからずっと探してはいるのだが、武器や防具が見つからない。ここまで破壊尽くされているというのに……死体すらない。
「まあ、ゲームでそこを求めるのは酷な話か」
ここまでリアリティを求める会社なら、生々しい激戦の跡を残していると思ったのに意外だな。
とはいえ、目的に変わりはない。ファンタジーなら武器、防具屋の一つぐらいあるだろう。店が壊されていたとしても、武器の一つや二つは残っているに違いない。
目の前にあるのは煤で刃が黒く変色して、熱で少し溶けている鉄の片手剣が五本。鉄の塊が先端に付いている鈍器――メイスが一本。絵が燃え尽きて穂先しかない槍の先端が三つ。
これが、なんとか見つけた武器屋らしき跡地を一時間ぐらい探索した戦利品。
ギリギリ原形を留めている武器屋の看板が残っていたから、武器屋をなんとか見つけることができた。
……まあ、これは制作側がヒントとして残してくれていたものだろうけど。じゃなければ、看板だけ都合良く無事なんてことはあり得ない。
ゲームだからこそのこういう気遣いは大事。探索のやる気に繋がる。
瓦礫の中には他にも、焼け焦げてボロボロになった革鎧らしいものもいくつかあったけど使い物にならなかった。
「この頑丈なバックパックが一番の戦利品か」
大きめサイズなので剣も槍の穂先を全部入れても、まだまだ余裕がある。
「やっぱ、重さも再現してあるよな」
リアルにこだわっているゲームなのは重々承知しているが、バックパックの重量が背中にのしかかる。
鉄の剣って結構重い。
剣一本がたぶん一キロを越えている。それが五本に剣よりも重いメイス、更に槍の穂先を加えて合計が八~十キロぐらいか。
ゲームなんだから、ここは設定を甘くして欲しかった。
でも、武器は確保できた。これで、なんとか戦う術は手に入ったわけだ。
「あとは食料が必須と」
ここまで作り込んでいるなら食事も取る必要があるはず。実際、かなりの空腹感がある。
VRゲームで味覚が再現され食事要素のあるゲームはもはや一般的だ。味覚の再現度が高いとそれだけでゲームの売り上げが変わる、と言われるぐらい今では重要な要素。
理由は単純明快で「VRなのでどれだけ食べても太らない!」「アレルギーを持つ人も気にせず食べられる!」「病人やお年寄りでも暴飲暴食して問題なし!」と良いことずくめだから。
VRダイエットやVR食べ歩きをすすめる雑誌や投稿動画なんて山ほどある。
「武器屋がここってことは利便性を考えて道具屋も近くにあるはず」
実際ゲームでも武器屋、防具屋、道具屋、宿屋は近くに配置するのが基本中の基本。
更に一時間後。発見した戦利品を石畳の上に並べる。
炭になったパン。
燻製どころか黒い棒と化した肉。
溶けたガラスと一体化したジャムらしきもの。
他にも食べ物だった何かがいくつか。
「これは無理、すっぱりあきらめよう。本命はこっちだし」
乾パンに干した果物。瓶詰めに燻製肉。こっちは保存状態もよく、食べても問題はないように思える。
これらを何処で見つけたかというと、飲食店らしき面影が辛うじて残っていた瓦礫の隅に地下へ繋がる隠し階段があり、その先は食料庫となっていた。
地下室なので外と比べて室温が低く、ここで保存していたようだ。
そこから干し肉や瓶詰めをいくつか持ってきた。これだけあれば、三日は持つだろう。
まだまだ保存食は残っているので、ここの場所はしっかりと覚えておく。あと、他の守護者に取られないように瓦礫で入り口は厳重に隠しておいた。
「リアルな仕様なのはいいけど、そろそろゲームの醍醐味を味わうとしますか」
準備万端。ようやく、本格的にゲームが始められる。
この廃墟に向かう途中で何度か敵らしき魔物を発見しているので、そこら辺まで戻るとするか。
「確かここら辺に……いたいた」
大木の裏に身を潜めて、そっと覗き見る。
体毛どころか髪の毛すら一本もない、人らしき生き物の姿。
耳も口も目も歪なほどに大きく、特に鼻が大きく高い。
肌は薄汚れた緑色で上半身はむき出しだが、動物の皮で作った短パンのようなズボンをはいている。
武器は手頃な大きさをしている木の棒を握っている。盾や防具はない。
「コップリンか」
グロテスクな見た目に反して可愛らしい名をしているモンスター。
俺はあのモンスターをよく知っている。それもそのはず、デスパレードTDでなんども登場した序盤の雑魚敵だからだ。
このゲームの敵はファンタジー定番のモンスターを題材にすることが多く、その場合少しだけ名前を変更してオリジナリティを演出していた。
だからといって、コップリンって。ネーミングセンスが、どうかしてるだろ。
「ほんと、名前と姿がミスマッチだよな」
俺の感想はともかく、敵は一体しかいない。
相手は警戒もせずにただぶらぶらと歩いているだけなので、この武器――メイスで不意打ちをした方が早い気もするが、今のうちに能力を確かめておきたい。
バックパックを地面にそっと下ろす。背負ったままだと邪魔でしかない。
武器は剣ではなくメイスを選んだ。元野球部のキャッチャーとしてはこっちの方が使いやすいと判断した。
まずは状況の再確認。
相手との距離は十メートルぐらいか。地面は丈の長い雑草で覆われているので設置した《矢印の罠》は相手から見えない。
念のための備えも大丈夫。
よっし、行くか!
「おい、こっちだ」
大木から飛び出し、声を上げメイスを構える。
こちらに頭を巡らすと口角を吊り上げ、ニタニタと笑うコップリン。
逃げられたどうしようかと思ったが、こっちに向かってきている。
一歩、二歩、三歩、あと一歩で罠を……踏んだ!
コップリンの醜悪な顔が一瞬で眼前に。
「ストライク!」
四つ並べた罠の上を高速で強制移動させられたコップリンの驚いた顔面を目がけ、フルスイングを叩き込んだ。
何かを砕いた感触が手のひらに伝わる。
ドサリと重い物が地面に落ちる音がしたので視線を向けると、顔面を陥没させたコップリンの死体がそこにあった。
「うっ、グロ規制もないのか。大丈夫か、このゲーム」
十六歳未満はプレイ禁止だったから、これぐらいの表現は許されるのか。日本サーバーとはいえ、さすが海外産だ。エロの規制は厳しいのにグロに対しては緩いんだよな、日本と違って。
敵を倒した手応えも死体の描写も生々しい。
すっと目をそらして、大きく息を吐く。
初戦闘としては上出来だ。敵は罠の強制移動により動揺していて隙だらけだった。そこに攻撃を加えたら楽に勝てる。
よっし、この調子でいくぞ!
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