第6話 得た力

 あれー、見間違いかな。

 大きく深呼吸をして目蓋の上から眼球をぐりぐりしてみる。

 最近、事務仕事が多かったからなー。


「よっし、もう一度確認だ」


 再び念じながら宝玉を起動させた。


◆(矢印の罠) 


威力 1m 設置コスト 2 発動時間 0s 冷却時間 1s 範囲 1m 設置場所 地面


「おぅ……」


 さっき確認した文章と一言一句、同じだった。

 これ、最低ランクの能力だ。普通のタワーディフェンスなら初期に手に入れることのできる罠。中盤から後半あたりになると別の罠に置き換えられる、それぐらいの価値。

 実際、前作であるデスパレードTDにも同じ罠があった。

 他と組み合わせるなら悪い罠ではないが、たった一つしか得られないとなると完全に外れを引いた。


「初回、縛りプレイ、高難易度か。ふっ、やりがいがあるな」


 どれだけタワーディフェンスをやり込んできたと思ってんだ! 

 高難易度も縛りプレイもお手の物だろ!

 イージーモードよりもハードモードの方が燃える!

 ……と、自分を慰めてみた!

 余裕の笑みを浮かべているつもりだけど、たぶん口元が引きつっている。


「あのー、一人で拳を振り上げてなにしてるんですか?」


 不意に声がしたので顔を向けると、草摺がこっちを覗き込んでいた。


「ちょっとTDSの確認を、な」

「そうなんですか。で、どうでした? 何が出ました? 見せてくださいよぉ。私みたいにすっごいの引いちゃいましたか? ねえ、ねえ、ねえ」


 ドヤ顔で肩に顎をこすりつけてくるな。

 自分が良いのを引いたから、比べて自慢がしたいだけだろ。


「能力を他人に明かすわけにはいかない」

「えーっ、私の秘密は知ってるくせに、ずるっこい!」

「自分でバラしただけだろ……」


 引きこもりでニートのくせにやたらと人懐っこいぞ。


「ずるい、ずるい、ずるい」


 人の胸をぽかぽか殴るな。痛くはないけど。


「駄々っ子か! うっとうしいから離れてくれ。キミも自分の能力の確認とかやることあるだろ」

「うっ、冷たい。おじさんは若い子に甘えられてボディータッチされたら、イチコロってネットに書いてたのに」


 こ、こいつ。計算尽くの行動だったのか?

 意外と侮れない性格をしている可能性も? 

 いや、口に出している時点でダメダメだ。


「誰がおじさんだ。いや、まあ、アラサーはおじさんか……。うん、最近腰も痛いし、脂っこいものがキツいときもあるんだよな……」


 強気で否定したかったが心当たりがありすぎた。


「えっと、調子に乗っちゃいました。ごめんなさい」


 深々と頭を下げられた。軽く笑われるより、真剣に謝られた方が辛いのだが。


「まあ、キミのような若い子からしてみればオッサンなのは間違いないさ」

「キミじゃなくて草摺くさずり 負華ふかです。あと、二十二なので、私もそんなには若くはない、かも」


 見た目が幼く見えたから十代、高校生ぐらいだと勘違いしていた。

 それでも俺と比べたら十以上も年の差がある。


「負華って呼んでいいですよ。オジ……お兄さん名前は?」


 おじさんと言いかけたのは聞かなかったことにしよう。

 相手が本名を明かしたのなら、こちらも応えるべきか。


肩上わだかみ かなめだよ」

「要さんですね。覚えました」


 頷いて無邪気に微笑む顔に少し見惚れてしまう。

 心根は素直で良い子なのだろう。テンション高めで俺に接しているのも不安の裏返しなのかもしれないな。

 強制的になじみのないゲームに放り込まれて、周りは知らない人ばかり。頼れる人を探していたところに俺がいた、と。


 ……昔っからこういう役回りが多いんだよな。人に頼られることが多いし、面倒事を押しつけられることも多々あった。

 学友からよく言われたのが「かなめ君は第一印象はいいよね」だ。含みのある物言いだったので、素直には喜べない。

 他にも人通りの多いところを歩くと、ご老人や外国人に高確率で道を尋ねられる。

 どうやら、話しかけやすい容姿をしているらしい。イケメンでもない、人畜無害っぽい特徴の薄い顔をしているようだ。――嬉しくない。


「あの、怒ってます?」


 表情がガラッと変わって怯え顔で俺の様子をうかがう負華。

 年上の大人として対応しないと、な。


「いいや、考え込んでいただけだよ」

「良かった! おじ……要さんは優しそうで、面倒見も良さそうだから。……依存先に最適かも、ふふ」


 今、小声で不審なことを呟かなかったか?

 一瞬、暗い笑みが見えた気がして表情を確認すると、満面の笑みでこっちを見ていた。

 なんだろう、背中がゾクッとした。対応で致命的なミスを犯した気がしてならない。


「全員に行き渡りましたねー」


 そんな俺の不安を吹き飛ばすかのように、ヘルムが大きな声で確認を取っている。

 しまった、負華の相手をしていたせいで能力の確認をしてないぞ。


「それでは今から皆様をこの山の麓に転送します。何処に飛ばされるかはランダムですので、頑張って生き延びてください」

「ゲームについて他の説明は無いのか?」


 お、良い質問だ。見知らぬ痩せ気味の守護者よ。


「細かいところは試行錯誤して自力で覚えてください。すべて把握した後半よりも手探り状態の序盤の方が楽しかったりしませんか?」


 それは完全に同意する。他の守護者たちも同意見のようで大きく頷いている。

 元々、攻略サイトとかを見ないタイプだから望むところだ。


「追加情報や突発イベントに関しては宝玉を通して連絡しますので、ご安心ください。三日後の対人戦開始の合図も送りますので」


 そこを危惧していたのでありがたい。不意打ちで殺される可能性が減った。


「ではでは、デスパレードTDオンライン(仮)を思う存分お楽しみください! あ、そうそう。最後まで生き残った方には運営から豪華賞品を用意していますので、本気で戦ってくださいね」


 何がもらえるかは教えてくれないが、生き残る楽しみが増えた。

 元から負ける気はないが、クリアに対する褒美があるのはモチベーションが上がる。正式実装されたときに世界で一つだけの称号がもらえる、とかだとかなり嬉しい。

 そんな未来を妄想していると、視界に映る光景ががらりと変わった。

 さっきまでは雲が見えていたが、今は土がむき出しの地面が見える。

 ぐるっと周囲を見回してみたが、人どころか生き物の姿もない。森の木々に囲まれた一帯のようだが俺を中心に半径百メートルぐらいには何もない荒れ地だ。


「誰もいないみたいだし、ちょうどいいか」


 まずはTDSの確認が最優先。

 再び宝玉を起動させて能力を表示させる。


◆(矢印の罠) 


威力 1m 設置コスト 2 発動時間 0s 冷却時間 1s 範囲 1m 設置場所 地面


「《矢印の罠》前作でもあったけど」


 ぐだぐだ考えるよりもまずは使ってみよう。

 念じても発動するらしいが、口に出してみるか。


「発動」


 地面に向けて手を伸ばすと、四角い線で囲まれた赤い矢印が現れた。


「《設置コスト》が2だから、ちゃんとTDPが2減っている。この四角い枠は一辺が一メートルぐらいか。《範囲》がそれにあたるのか」


 となると、罠が出ろと念じてから瞬時に現れたのは項目の《発動時間》が0sだったから。時間差なく一瞬で現れるのは強みだ。


「で、連続でやってみるか。発動、発動、発動……発動」


 間を置かずに素早く唱えてみたが、問題なく発動した。

 それから何度か試してわかったのは、同時に出せるのは五個まで。六個目を出すと最初に出した一個目が消える。出した罠は今のところずっと消えずに存在。

 意図的に消そうと思わない限り残り続ける仕様か。

 どれぐらい離れた場所まで設置できるのか。これも重要になってくる。


 目分量だが一メートル、二メートル、と徐々に距離を伸ばしていく。九メートル、十メートル、十一は無理か。おおよそだが、十メートルぐらい先まで設置可能。

 試しに地面に転がっていた小石を矢印の罠の上に放る。小石は強制的に一メートル矢印の方向へ移動させられた。

 ただし、俺が踏んでも発動はしない。


「当人に発動する罠だったら自爆の恐れがあるから、当然といえば当然か」


 まだ生き物では試してないが、他の守護者や魔物が乗ったら起動してくれる、筈だ。

 あと慣性の法則は無視しているのか。物体が瞬時に一メートル移動したというのに、移動先でピタリと止まっている。これだけの速度と勢いがあったら、普通は止まらずに転がり続けるはず。

 今度は小石を二つ《矢印の罠》の放ってみる。すると、初めに触れた石だけが移動して、少ししてからもう一つの石も動いた。

 つまり《冷却時間》の一秒というのは罠が発動してから、次に発動するまでの時間。クールタイムか。


「矢印の向きは好きな方向に意識して出すことができる、と……うーん?」


 これでどうやって戦えと?

 タワーディフェンスなら相手の動く道順が見えて、そこに置けば確実に踏んでくれるのがわかっているから使えた。

 だけど、このだだっ広い世界で一メートルぐらいの大きさしかない罠を敵が踏んでくれるか?

 もし、踏んだとしても、それでどうなる。

 これをメインにして敵を倒すのは難しい。となると戦闘の補助として活用するしかない。


「でも武器も何もない。どうすんだよ、この状況」


 普通、初期装備を与えられて始まるもんだろ。

 棒きれ一つない状態で服だって真っ白な布きれ……じゃ、ないな。

 自分の身体を確認するとジーパンにねずみ色の長袖シャツにスニーカーという、いつもの格好だった。

 転送と同時に服装も替わったようだ。


「もしかして、あれか」


 キャラ登録時に「普段はどのような格好をしていますか?」という質問事項があったので答えたのだが、それが実装されたと。

 じゃあ、普段着を甲冑とかにしておけば……さすがに、それはないか。

 今更、後悔したところでどうしようもない。武器がないなら矢印の罠に頼るしかないが、この能力だと期待は薄い。


「ん、オプションの項目もあるけど何も書いてないな」


 宝玉から浮かび上がっている《オプション》という文字に何気なしに触れてみる。

 すると、更に追加で文字が表示された。


「色、大きさ、当たり判定、他にも色々といじれるみたいだ……罠の細かいカスタマイズが可能か」


 なら罠を大きくしたら強くないか?

 大きさを操作しようとしたが、なるほどそういうオチか。

 縮小は可能だけど拡大は無理。当たり前だよな。百メートルぐらいの大きさにしたら、どんな相手でも罠に掛けることができる。ゲームバランス崩壊待ったなし。

 となると他の項目をなんとかして――






 かなりの時間オプションをいじって納得したので、そろそろ本格的にゲームを始めるとしよう。


「さあ、まずはレベル上げだ!」

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