第5話 TDS

「とても元気の良いお返事ありがとうございます。では、そこの……ええと、貴女も本名でお呼びしても?」

「はい、草摺くさずり 負華ふかです!」


 フルネームか。一昔前だとネットで個人情報を出すのは色々と問題があったのだが、最近はその辺りも法整備されて厳しくなり、悪用する連中は少なくなった。

 だから、本名でプレイする人も増えたのだが。


「では、草摺様、こちらへ」

「私、運だけには自信があるのですよ」


 ニヤリと口元に笑みを浮かべてこっちを見ている。なんというか、ニチャーと擬音が聞こえそうな粘着性のある嫌らしい笑顔だ。

 壇上に向かう途中、後頭部に手を当てて周りにペコペコと頭を下げている草摺。

 どうやら目立つのに慣れてないらしく、照れているようだ。


「そのハンドルを回してください」


 巨大なハンドルを両手で掴むと「ふぬっ!」と力を込めて捻った。

 すると、排出口の穴からボーリング球ぐらいの大きさがある半透明のカプセルが転がり落ちる。

 そこも同じなのか。完全に巨大なガチャだな。


「では、開けてください!」

「わー、ドキドキするぅ」


 草摺は出てきた球の割れ目に手を添えて一気に引き剥がす。

 すると中から目も眩む強烈な光があふれ、弾け、球は消滅した。

 何もなくなった手をまじまじと見つめ、困り顔を司会進行役のヘルムに向ける草摺。


「あっ、すみません。順番を間違えちゃいました。ええと、皆様。手のひらを上に向けてください」


 よくわからないが、言われるままに右手のひらを上に向ける。

 不意に手のひらに感じる重みと感触。光る演出も無く唐突に現れたのは野球ボールぐらいの球。

 いや、正確にはゴツゴツした多面体か。一面が五角形の十二面体。


「それは宝玉オーブです。音声認識機能がありますので声でも起動する代物です。では、皆様オープンと言ってみてください」


 ここで刃向かう理由もないので「オープン」と言ってみた。

 手にした宝玉が上部に光を放つと、空中に半透明の文字列が投影される。


 守護者 肩上わだかみ かなめ

 身長 178 年齢 三十四歳


 これって、俺の個人情報か。

 その下には更に文字と数字が続いている。


 レベル  1

 TDP 10

 TDS なし


 となっている。レベルがあるということは上がるってことだよな。これが説明にあった育成要素ってやつか。

 TDSはタワーディフェンススキルとの説明済み。問題はTDPってなんだ?

 そんな俺の疑問に対して絶妙なタイミングでヘルムが口を開いた。


「皆様、ざっと目を通していただけましたでしょうか。表示されたのは皆様の情報です。氏名、身長、年齢は説明不要ですよね。その下のレベルは敵を倒した直後に経験値を得ることでレベルアップします。これが育成要素の一つです」


 敵を倒してレベルアップか。RPGでは当たり前のことだけどタワーディフェンスとなると珍しい。レベルアップ要素のあるタワーディフェンスは存在するが、ほとんどがそのステージをクリア後にまとめて経験値が入る仕様だ。


「TDSについては省きますね。もう一つのTDPとはタワーディフェンスポイントの略です。そのポイントを消費してTDS……つまり、罠や設置物を発動することができます。このポイントはレベルを上げると増えますので、育成も大事ですよー」


 ポイントを消費して罠を設置。これはよくある仕様なのでわかりやすい。

 司会進行役のヘルムが一息吐いていると、隣から服の袖を引っ張られている。

 その相手は、おどおどしながら迷子の子供のような困り果てた表情で、じっと見つめている草摺だった。


「あ、あの、それで私はガチャで何をもらえたの?」


 そういや、あれからずっと放置されていたな。


「すみません、すっかり忘れてました」


 ヘルムは失敗を誤魔化すように、自ら頭を小突いて舌を出し、お茶目さをアピールしている。

 草摺は半眼でじっと見つめているだけだ。


「失礼しました。草摺様、宝玉を起動させてください。そこのTDSの欄に手に入れた能力が記載されていますので」

「は、はい。オープン」


 慌てて操作する草摺。

 光が放射されているが文字は一切見えない。距離が遠いから、とかではなく明るく光っているだけだ。


「宝玉から射出されるデータは本人にしか見えませんので、他者に覗き見される心配はありません」


 なるほど、それはありがたい。バトルロイヤル要素があるなら、情報管理は重要になってくる。

 相手のTDSがわかれば対策も練りやすい。


「あっ、ありました! 強い……弓? バリスタって書いてます!」

「あっ」「あっ」


 舞台上のヘルムと俺の声が被った。

 自ら能力を明かしてどうすんだ!


「あの、草摺様。TDSは公表しないでいいのですよ?」

「えっ、そうなんだ。で、バリスタって何?」


 ことの重要性がわかってないな、あれは。


「本来は私が見本としてTDSを発動する予定だったのですが、草摺様に手伝ってもらいましょうか」

「えっ、何々?」

「手を前に突き出して、TDS発動、と言ってみてください」

「えっと、TDS発動」


 状況を理解していないようだが、言われるがままに行動している。

 突き出した手の先に突如、台座の付いた巨大な弓が現れた。

 普通の弓と違いバリスタはあまりにも大きい。弓と言っても形はボウガン。銃の上部が弓になっている、といえばわかりやすいだろうか。

 それをとんでもなくデカくしたのがバリスタ。


 巨大さ故に、てこや数人で弦を引かないと使えない代物。

 攻城戦や防衛で使われることが多く、利便性はお世辞にもよくないがそのぶん威力は高い。

 バリスタの中でもかなり大きいサイズのようで、あの大きさなら装填する矢はそこに立っている草摺ぐらいの長さが必要だろう。


「このようにTDSを発動して活用してください」

「すみません、これどうやって動かすんですか?」


 さっきからバリスタを動かそうと悪戦苦闘している草摺だったが、弦を引っ張ってもびくともしないようだ。


「口で発射、と発言するか念じたら動きますよ。試しに撃ってもらいましょうか。あっちに向けと念じてみてください」

「あっちに向けー、動けー」


 念じるだけでいいのに、呪文のように唱えている。

 バリスタは意外にも素早い動きで向きを変えて発射口が空に向けられる。


「お上手です。では、発射と」

「発射!」


 弦が弾かれ装填されていた巨大な矢が空へと放たれる。

 ゴウッ、と風の鳴る音がしたかと思えばかなりの速度で空に消えていく矢。あれを生身で食らったら死ぬどころか、身体がはじけ飛ぶぞ。


「わーっ、すっごい! 凄いじゃないですか!」

「はい、お見事でした」


 ヘルムは笑顔で称賛しながら拍手をしている。

 いいな、バリスタは大当たりの部類だろ。ゲームでよくあるレアリティで表現するならレアか、更に上だ。

 あれがあれば敵を倒すのが容易になる。

 飛距離、威力共に申し分ない。

 強敵が相手でも安全な場所から狙撃できるのは、かなりの強みとなる。

 ……敵に回すとかなり厄介だけど、能力は使い手次第。

 静まりかえっていた周囲から声が漏れ始める。

 想像以上の迫力に呆気にとられていたプレイヤーの面々が我に返ったようだ。


「楽しそうじゃねえか!」

「私も早くTDSが欲しい!」

「次は俺にやらせてくれ」


 草摺のデモンストレーションを目の当たりにして火が付いたのか、プレイヤーが次々と舞台に迫っていく。


「皆様、整列をお願いします! 順番に引いてください! 横入りやルールを守れない人は最後に回しますのでご注意を!」


 騒いでいた連中がなんとか収まると、一列に並んでいく。

 俺はそんな連中を横目にちゃっかりと列に並んでいたので、順番は七番目のようだ。

 ガチャが始まり次々とTDSを得ていくプレイヤー、じゃなくてこのゲームでは守護者か。

 他の守護者たちは手に入れたTDSを公表することはないが、その表情を見ていると当たりか外れかは判断できる。

 次は俺の番か。

 望みとしてはバリスタのような直接攻撃が可能な能力が欲しい。

 落とし穴、相手の行動を遅くする足場、状態異常を付与する罠とかもタワーディフェンスでは重要だけど、レベルアップ要素があるオープンワールドとなると敵を倒す手段が欲しい。


「肩上様、どうぞ」


 おっと、考えている内に俺の順番が回ってきた。

 さーて、何が手に入るか。緊張と期待の一瞬!

 ハンドルに手を置いて、一気に捻る!

 転がり落ちてきたカプセルを掴み「当たりよ、こい!」と念じながら開いた。

 直ぐさま宝玉を起動させてTDSが何かを確認する。


◆(矢印の罠) 


威力 1m 設置コスト 2 発動時間 0s 冷却時間 1s 範囲 1m 設置場所 地面


「……んっ? んんんんんっ⁉」

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