第132話 エピローグ
私は日記を閉じると、机に備え付けてある魔道具の灯りを消す。
日記は毎日の出来事を要さんに伝えるために書いている。
なので、日記の文章は別れた当時の自分の言葉で書くように心がけていた。こんな話し方はもう絶対にしないけど。
そして、一ヶ月に一度は今までの人生を振り返り、それを日記に書き記す。決して忘れないように。
暗闇の中ベッドに寝そべり、天井をぼーっと見つめる。
この村に来て、何年が経過したのか。
各地を渡り歩き、厄介事に何度も巻き込まれて解決している内に「神の寵愛を受けた者」なんて大層な呼び名がついたのは恥ずかしかったな。
村の離れに住まわせてもらっているが、念のために村の人々の記憶はいじらせてもらっている。
私はお爺さんと一緒に暮らしていて、爺さんはなくなったという設定。ついでに子供もいて自立したことにした。……子供を産んだことなんてないし、それどころか結婚すらしたことないのに。
「楓が知ったら、くだらない見栄を張って。と呆れそうですね」
彼女は日本で幸せに暮らしたのだろうか。そうだったら、嬉しい。
私は雪音を失ってからずっと一人だ。周りに悪影響を与える負の加護のせいで、一定の場所に留まることはできなかった。
今も偽の情報を村人に植え付けて、ここに近づくのを躊躇うように仕向けている。
そんなことをしてまで、人との接点が欲しかった。村人を危険にさらす行為だとわかっているのに、私は少しでも……人と触れあいたかった。会話がしたかった。
それぐらい……寂しかった。
夜になると、どうしようもないぐらい寂しさが募る。いい年をして未だに慣れない感覚。
「日本に戻りたかった、な」
体が老いていき死へと近づくにつれて、望郷の思いが強くなっていく。
最後に日本を一目……それが適わないのなら、日本の話を日本語で交わしたい。
日本へと戻る術はずっと探っていた。魔王城にある宝珠なら可能ではないかと、危険を承知で情報を集めたことがある。
だけど、宝珠は既に砕かれ跡形もなくなっている、との情報を得てしまう。
それでも諦めきれず、苦手だった勉強を続け、魔法陣や転移について学び続けた。
結果、ある程度の知識と技術を得たが、今だ完成には至らない。転移陣の失敗は大惨事を引き起こす可能性があるため、容易に試すことができない。
日本に繋がらずに別世界へと繋がり、災厄を招く魔物や異世界の神を喚び出す可能性もあるからだ。
だから、ずっと我慢をしてきた。
でも、私はもう、耐えられそうにない。
要さんの笑顔も声も記憶から薄れていって、すべてがぼやけてしまっている。絶対に忘れないと誓ったのに……。
ベッドの毛布を強く握りしめて涙を堪える。
「誰かと話したい。側にいて欲しい。触れあいたい」
このまま一人寂しく死ぬのは嫌だ。
だから、わずかな可能性にすがっても……許されるのではないか。
何年も葛藤を続けてきたが、もう耐えられそうにない。心が、寂しさが、限界を迎えていることを一度自覚してしまうと、止まらなかった。
飛び起きると、巻物を取り出して家の隣にある畑へと飛び出す。
畑の真ん中に魔法陣を描き、その上に土の人形を置く。
日本へ転移する陣は不可能としても、日本人をこちらへと召喚する陣なら可能性がある。実際に私が経験したのだから。
過去の記憶と魔王城、元東の国、西の国から集めた資料。これを元に改良した魔法陣。
これなら日本から召喚できるはず。
ただ、対象は選べない。誰が来るか、それとも人ではなく動物か……物が来るか、それもわからない。
それでも、それでも、私は日本へ、故郷に触れたかった。
「せめてもの詫びに、私の能力を少しでも分け与えよう」
魔法陣に自分の加護が流入するように細工を施す。
これで召喚されたモノは異世界でも活躍できる力を得られる、はず。
「ああ、懐かしの日本。誰か、私と会話して……日本語を聞かせて……触れさせて……」
彼女は知らない。
この召喚陣が今後何を引き起こすのかを。
巻き込まれた二つの魂がどのような物語を紡ぐのかを。
彼女の物語はここで一旦幕を閉じる。
だが、これが新たな始まりに過ぎないことを……彼女が知る術はない。
タワーディフェンスは最強の防衛術 昼熊 @hirukuma
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