第131話 託した未来と繋がる未来

「ふざけないでください! そんなのダメに決まってます!」


 溢れんばかりの涙を目に溜めて、負華が俺に怒鳴る。


「そうだよ! 逃げるなら全員一緒だ!」


 雪音も同意見のようで、俺の願いを聞き入れてくれない。

 この反応は……わかっていた。俺が彼女たちの立場なら同じように止めていたと断言できる。

 それでも……それでも! 俺は自分を犠牲にしても雪音を、負華を守りたい。


「これが最良の策なんだ。アイツがいつ正気に戻るかわからない。戻ったアイツを足止めする必要がある」


 さっき話したことと、ほぼ同じ内容を繰り返す。


「だったら、僕が足止めをするよ! 復讐相手の一人が勝手に死んで――」


 ヘルムのことか。俺たち守護者の仇だった彼女は……すべての責務から解放され、穏やかな笑みを浮かべて死んだ。


「もう復讐相手はアイツしかいない!」


 憎悪を込めた視線を冥府の王へ突き刺す雪音。

 聖夜の仇討ち。その復讐心だけを糧に彼女は兄の後を追わずに、今まで生きてきた。

 その想い、願いを叶えてやりたい。だけど、それは今じゃない。


「ハッキリ言うけど、雪音じゃ時間稼ぎにもならない。瞬殺されて終わりだ」


 言葉を濁さずに事実を伝える。その方が効果的だから。

 雪音も自覚していたのだろう。反論の言葉はない。ただ、悔しそうに唇を噛んで俺を睨んでいる。


「だからこそ、逃げて力を蓄えるべきだ。復讐したいなら尚更」


 頭では理解できていても心が拒絶しているのか。

 噛みしめている唇から血が垂れ落ち続けている状態でも、俺から視線は逸らさない。


「だったら、僕と要さんが協力して! 一人よりも二人の――」

「ダメだ」


 話の途中で遮る。


「負華を一人逃がしてすべてを託せるかい? 逃げる以前に普通に一人で生活できるかも怪しいのに」


 俺がそう言うと雪音はゆっくりと隣に頭を回して、負華の顔を直視してから大きく息を吐いた。

 その一瞬で一人になった負華を想像したのだろう。そして、即座に納得した。


「なんなんですか、その反応!」

「無理っぽいよね」


 どんな言葉よりも、負華の性格……日頃の行いの説得力の方が上だった。


「俺だって死ぬ気はない。ある程度時間を稼いだら逃げるつもりだよ」


 可能性は低いけど。という言葉は呑み込む。


「絶対にダメです! 騙されませんよ! そんなこと言って、死ぬまで、私たちが逃げるまで……命懸けで……時間を稼ぐ……つもりですよね」


 涙腺が崩壊した負華がボロボロと涙をこぼしながら、俺の胸を何度も両拳で叩く。

 弱々しく痛みはないが、その振動が心に強く響いてくる。


「負華。キミを守らせて欲しいんだ。今度こそ大切な人を最後まで」


 こぼれ落ちる涙を服の袖で拭ってあげると、その頭を抱えるように優しく抱きしめる。


「ずるいです……卑怯です……。優しくしたら何でも言うことをきくと思って……」


 背中に回された腕の力が強くなる。

 いつまでも彼女の温もりを感じていたかったが、その腕を外して正面から二人を見つめた。

 雪音は覚悟が決まった顔をしている。

 負華は顔面がぐしゃぐしゃに濡れた状態で鼻をすすりながらも、俺から目を逸らさない。

 別れに相応しい何かを言おうと考えたが、口から出たのはこの言葉だった。


「二人とも元気でね」


 そう言って二人の胸に手を当てる。

 予め手の平に仕込んでおいた《矢印の罠》を発動させれば、彼女たちは闘技場を飛び越えて外へと脱出できる。

 今までなら、そこまでの飛距離は出せなかったがダンジョンでのレベル上げと、冥府の王の前身である、勇者ロウキを倒した経験値が大量に流れ込んでいるので、限界まで威力を伸ばしておいた。

 もちろん、着地したときに怪我をしないように、二人の体に《矢印の罠》を貼っておくのを忘れない。これで衝撃を逃してくれるだろう。


「さようならは言わないよ」


 雪音は俺に抱きつくと頬にキスをして微笑んでくれた。


「私は……えいっ!」


 それを目の当たりにした負華は頬を膨らまして怒っているようだが、少し俯くと顔を上げて俺の唇を奪った。

 しばらくそうしていると、唇を離して照れながら微笑んでいる。


「なんか洋画のワンシーンっぽいですよね! ……大切に取っておいたファーストキスです! だから、えっと、もう一つ大事にとっておいたものがありますので、あとで取りに来てください!」

「ああ、必ず」


 最後の言葉として相応しいやり取りとは言えないかもしれない。だけど、これが俺と彼女らしい会話だ。

 大きく息を吐き、二人の顔をよく見てから、《矢印の罠》を発動させた。

 闘技場の観客席の上を二人が飛んでいく。遠ざかっていく雪音はじっと俺を見つめ、負華は大きく両手を振っている。

 その姿が闘技場の向こう側へ消えたのを確認してから、冥府の王へと向き直った。


 今も幻覚に苦しめられているようで、胸骨を指で引っ掻きながらうわごとを口にしてもがいている。

 深呼吸をしてから《デコイ》を発動させた。

 無数の俺が闘技場の地面を埋めていく。

 最後に勇者ロウキの足を引きちぎった功績が大きかったのか、得た経験値は膨大でレベルが一気に上がった。

 その結果、俺のTDPはかなり増えて、今までとは比べ物にならないぐらい無数の《デコイ》を生み出せるようになった。

 闘技場の地面だけではなく観客席にも俺の《デコイ》を置いていく。

 挑発も兼ねて様々なポーズを取らせる。


 腕組みで見下すような視線を向ける俺。

 欠伸をしながら眺める俺。

 歓声を上げる俺。


 今までは微動だにしない精密な人形でしかなかったが、《デコイ》のレベルを上げたことで簡単な動作なら可能になった。

 これならかなりの時間を稼ぐことも可能なはずだ。

 そして観客席に喉輪、楓、立挙、明、聖夜、雪音、負華の《デコイ》も置く。


 ……最後まで見守っていてくれ。


 すべての準備が整い《デコイ》の中に紛れていると、冥府の王に動きがあった。

 四つん這いで哀れな姿を晒していたのが嘘のように、毅然とした態度で立ち上がると腕組みをしている。


「忌々しい。最後の最後まで足掻きおって」


 威厳のある支配者を演出しているようだが、今更遅い。


「まだ頭に靄がかかっているな……。魔力も上手く操れぬ……。で、なんなのだ、これは」


 俺の《デコイ》に囲まれて不快そうに鼻を鳴らす。いや、頭蓋骨に鼻はないか。


「くだらぬ、時間稼ぎのつもりのようだが一掃してくれる」

「させるわけないだろ」

「邪魔だ」


 冥府の王が煩わしそうに手を振っただけで《デコイ》の俺が一体消滅した。


「今の感じは人形か」


 圧倒的な力の差は把握している。

 まともに戦う気などない。俺の目的は勝つことじゃない。時間を稼ぎ……負華と雪音を守ることだ。

 そう、今度こそ、今度こそ……。

 側で守り抜くことはできなかったのは心残りだけど、ここで! 俺は! 死力を尽くして守り切ってみせる‼





 あれから、あまりにも長い年月が流れました。

 私と雪音ちゃんは闘技場の外に飛ばされてから魔王国を離れ、なんとか西の国へと逃げ延びました。

 バイザーさんからもらった宝玉は順調に加護を吸い出してくれていたのですが、要さんから別れて二日後に加護の吸収がストップしたのです。

 合計、三十三もの加護が手に入ったので、冥府の王が所有している加護のすべてを奪い取った、と思い込みたかったけど、その中に《万能魔法》はありません。


 私も雪音ちゃんもそれが何を意味するかを察して泣き崩れてしまいました。


 吸い取った加護は雪音ちゃんと半分こにしたのですが、守護者の皆さんが所持していたTDS――加護の大半を雪音ちゃんが。

 《再生》や《結界》といった勇者が所有していた加護は私がもらうことになったのです。

 雪音ちゃんに「お姉ちゃん、攻撃とかに向いてないし。《バリスタ》だって未だに上手く扱えないよね」と言われてぐうの音も出なかったなー。

 加護に関してはそれだけじゃなくて。……冥府の王はただでは転ばなかった。最後に最低な悪あがきをしてきたんです。


 宝玉は倒した相手の加護を奪う力があるけど、その加護を選ぶことができない。加護は恩恵を与えるものばかりじゃなくて、人に害を与える負の加護と呼ばれるものも存在していた。

 私たちは負の加護を選ばずに有益な加護だけを取るつもりだった、だけど、こちらの意に反して負の加護までも流れ込んできて……。

 結果、他人に悪影響を与える加護もいくつか手に入ってしまい、同じ場所に居続けることができなくなってしまいました。

 ならばと二人で開き直り、各地を回って加護を集め、能力を磨くことにしたんです。逆境をバネにして旅行を楽しむことにしました。偉いでしょ?


 そうそう。本名だと冥府の王に見つけられる可能性が高くなるから、偽名を名乗ることになって。

 雪音ちゃんはウインター。聖夜君もそうだけど、二人とも冬にちなんだ名前だから、だそうです。

 それをパクる……参考にして、私はお姉さんなので季節を冬ではなく秋にしてオータムにしました。

 でも、名乗るときに緊張して噛んじゃって「オータミ」と言ってしまい、それが定着しちゃって。今はオータミと名乗っています。不本意だけど。


 この偽名を使ってハンター稼業を始めたのですが。あっ、ハンターというのはファンタジーで定番の冒険者みたいな、あれです。

 冥府の王には適いませんでしたけど、私も雪音ちゃんもかなり強いのでお金稼ぎと自分を鍛えるのに都合がよくて、ダンジョンなんかにも潜って大活躍したんですよ。

 喉輪さんが知ったらきっと羨ましがったんだろうな。

 要さんと別れて二年が経過して、二人ともかなり強くなったと自覚していたある日……私は雪音ちゃんを失いました。


 突如襲いかかってきた冥府の王の追っ手と死闘を繰り広げたのですが、相打ちに近いかたちで相手を追い払えたまではよかったけど、その代償はあまりにも大きかった。

 ある程度の実力者なら、私たちは負けなかった。だけど、敵はあのリヤーブレイス。

 魔王ヘルムに従う異界の魔族だったはずなのに、今は魔王国を乗っ取り新たな魔王の座についた冥府の王に従っているそうです。

 契約内容は魔王国の王に従う。なので、魔王が変われば必然的に使える相手が変わる、と言ってました。


 この大陸に留まるのは危険だと判断して船に乗り、他の大陸へと逃げたのですが、途中で船が難破して謎の島に漂流して……まあ、そこでも色々あったりして。

 なんとか島を脱出したまではよかったけど、また難破して当初の目的とは違う大陸に流れ着いて……ほんと苦労したなー。

 そこでは言葉は通じないし、加護のことをスキルって呼んでいたし。

 あっ、宝玉の通訳機能が途中で使えなくなっちゃって。修理の仕方もわからないから、異世界の言葉を必死になって覚えたんですよ。

 で、そこで出会った変わった商人? さんから、いくつかスキルを交換したんです。


 なんでも、加護……じゃなくて、あっちではスキルの中でもTDSは異質らしく、同じようなものを見たことがないそうです。かなりのレアらしくて、交換で多くのスキルをゲットしちゃいました。

 ついでに負の加護も買い取ってもらいたかったけど、なんか魔法で強力な呪いも付与されていて、商人さんも手が出せなかったみたい。

 ほんと、あの骸骨……ねちっこくて最低な野郎ですよね。

 あと、あの商人さんが凄く驚いたことがもう一つあって。


「スキルスロットが百もありますよ!」


 とか言って、なんでも私はスキルを百個までなら覚えられるそうです。凄いでしょ!

 商人さんは好奇心が疼いたのか根掘り葉掘り聞いてきました。身の上話をしたら同情してくれて、追加でいくつかスキルを渡してくれて、とてもいい人でした。

 しばらく、その大陸にいて冥府の王の監視の目も弱まったと判断して、なんとか元の大陸に戻ると情勢が一変していてびっくりですよ。

 東と西の国が統一されていて、帝国を名乗っているのにも驚かされたけど、なんと魔王が冥府の王じゃなくなっていたんです!


 新たな魔王が君臨していて、冥府の王は配下の将軍にランクダウン。

 その話を聞いたときは思わず笑っちゃいましたよ。あれだけ威張り散らしていて傲慢だった冥府の王が王じゃなくなって働かされているなんて。

 このとき、落ちぶれた冥府の王を倒して仇討ちをしよう……という考えはもうありませんでした。

 あまりにも長い時間が復讐心を風化させてしまったのです。それに強敵に挑むには、あまりにも衰えてしまっていた。


 みんな怒ってるよね。仇討ちができなくてごめんなさい。


 情けない話ですけど、老骨に鞭打って挑む気概も残されてなくて、小さな村の離れに住んで老後を終えるつもりです。

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