第93話 喉輪惇の戦い

 大きな銅鑼の音が鼓膜を揺らしている。試合が始まってしまった。

 拙者の対戦相手は元仲間で共に砦を守った、吉原殿。

 不満げな表情を浮かべて拙者と意見が対立することは多かったが、それなりに上手くやっていると自負していた。だけど、実際はかなり嫌われていたようだ。


「まさか、あんたと殺し合う羽目になるなんてな。残念だよ」


 表情と言葉が一致していない。なんで、そんなに嬉しそうに笑えるのか。

 笑顔に孕む狂気……殺意をぶつけられるほど嫌われていたとは。


「もしや、拙者がモテモテで吉原殿が女性から距離を置かれていたのが原因でござるか?」


 正々堂々と戦うつもりでいたが、相手の態度を目の当たりにして変更する。

 口喧嘩でも勝たせてもらおう。どうせ殺し合う定めなら、とことんまで嫌われた方が後味も悪くない。


「はあああああっ⁉ ちょっと見てくれがいい女子受けする顔だからって調子乗るなよ!」


 唾をまき散らしながら叫び、両手を拙者に突き出す吉原殿。

 すると地面が青く光り、小さな物体が浮かび上がってきた。

 それは三角錐の形状ですべての角が鋭利に尖った刃物となっている。大きさは親指と人差し指で輪を作ったら、その中にすっぽり入るぐらいの大きさだ。


「ふむ、《マキビシの罠》。その罠こそ拙者に相応しい罠でござる」

「エセ忍者のような口調のあんたには最適だろうな」


 忌々しげに拙者とマキビシを睨みつける吉原殿。

 もちろん彼の能力は熟知しているのだが、以前から吉原殿は《マキビシの罠》を嫌悪していた。見た目もショボくて威力も弱いから。

 戦場では足止めなどに重宝したのだが、威力不足と汎用性に乏しいのは同意する。

 吉原殿を前に余裕があるのも、TDSと実力を把握済みだったのが大きい。


「マキビシとブロックの戦い……。一回戦にしては盛り上がりに欠けるでござるな」


 実際、《マキビシの罠》を発動すると観客席はブーイングの嵐だ。


「なんだ、その加護は! やる気あるのか!」

「雑魚じゃないの!」

「おいおい、もっと盛り上げろよ!」


 観客のマナーは最悪だけど無理はない。拙者たちは仇である勇者たちと同胞の憎むべき異世界人なのだから。

 ただでさえプライドの高い吉原殿が暴言に晒されている状態。さぞご立腹だろうと、様子を確認すると……ご機嫌だ。

 観客の声など何処吹く風とばかりに、口元を歪ませて余裕の笑みを浮かべていた。


「おや、いつもならぶち切れる場面ではござらんか?」

「はっ、安い挑発だな。以前の僕なら怒鳴り返すところだが、今の僕は違うんだよ、もう」


 左足を後ろに引いて拙者に対して右側面を向けると、だらりと地面に向いていた右手を勢いよく振り上げた。

 すると同時に地面にあった無数のマキビシが宙に浮かんだ。


「浮いた? レベルを上げて新たな能力を得たのでござるか?」


 加護はレベルが10を越えると進化するのは承知している。肩上殿の《矢印の罠》は超絶進化をしてかなり強くなった。それと同じように新たな力に目覚めたのだろうか。


「マキビシのレベルが上がったところで浮くのはおかしいだろ。足りない頭でよく考えて見ろよ。これはな、別のTDSを併用しているんだよ」


 人に考えろと言っておきながら即座に答えを出してきた。

 言われてみれば《マキビシの罠》が発動した地点に新たな光が灯っている。さっきは青だったが今は闇のように黒い光が見えた。


「これはな《重力の罠》だ」


 考察する暇も与えず、次々とネタばらしをしてくれるので楽でいい。黙っていられないぐらい自慢したくてうずうずしていたのか。


「それはおかしいでござるな。防衛戦の褒美として五つのTDSを与えられたが、平等なくじ引きの結果、拙者も吉原殿も手に入れることはできなかったはずでござるよ」


 防衛戦の人数が多かったので話し合いで埒が明かず、くじ引きをした結果は互いに外れだった。吉原殿が地団駄を踏むぐらい悔しがっていた姿が記憶にある。

 あの時の褒美の中に《重力の罠》も存在はしていた。


「ああ、そうだ。あの時はもらえなかった。だけど、今はある。ここまで話せばわかるだろ?」


 嫌味な物言いに、あの歪んだ笑顔。他人を不快にする才能には満ちあふれているようだ。

 何が言いたいのかは即座に理解できた。そうか、やってしまったのか。


「……仲間を殺したでござるか」

「そういうゲームだと信じていたから僕は悪くないさ。しょうがないことだったんだよ」


 肩をすくめてはいるが表情も声も悪びれることなく、それどころか浮かれている。


「ならば、もし、事前にここが本当の異世界で現実だと知っていたら、どうしていたでござるか」

「そんなのこうするに決まっている」


 吉原殿は掲げた手を勢いよく振り下ろす。

 すると浮かんでいたマキビシが一斉に拙者を目がけて飛んできた。

 咄嗟に《ブロック》を発動させると、連続でぶつかる音が微かに届く。

 速度は意外にあったが威力は乏しい。だから、充分に防げる。

 視界を妨げられてしまうので直ぐに消すと、ニヤニヤと下卑た笑みで拙者を見る吉原殿と目が合った。


「どうだ、驚いたか? お前と違って僕は戦えるんだよ! それに、これだけじゃない! 奪ったTDSはまだあるんだぜ!」


 役立たずと陰口を叩かれていた男が力を手に入れて、自分に酔っている。

 出会った頃は互いに外れTDSを引いた者同士として仲良くやっていたのだが、いつの間にかこんな関係になってしまった。


「マキビシでよく他の守護者を倒せたでござるな」


 素直な疑問を口にする。

 踏ませたところで痛い程度。それが死に繋がるとは思えない。


「最終的に止めを刺せばいいだけだろ。大規模な戦闘中なら混乱に乗じて砦の上から突き落とすことも可能だ。そして、たまたま、落ちた先にマキビシがあったら?」

「そういうことで、ござるか」

「信頼しきっていたから簡単だったぜ。背を向けて敵と戦っている隙に、ドンッだ」


 手口は完全に理解した。

 自分の手柄のように嬉しそうに語る吉原殿……いや、吉原を見て考えを改めた。

 わずかに残っていた元仲間への同情は霧散した。外道に容赦は必要ない。


「吉原。貴様を殺すことを、もう躊躇わないでござるよ」

「はああぁ? 何言ってんだぁ? お前は僕より弱い。その事実は意気込んだどころで覆せねえよ。そんな四角い塊を出せるだけの能力で、僕をどうしようってんだ? ほら、足掻け、足掻け」


 再びマキビシが横殴りの雨のように降り注ぐ。

 《ブロック》で同じように防いだが、脇をすり抜けた一つが後ろにある玉に当たったようだ。


『おーっと、守護者のポイントが一つ減った! 残り四だっ!』


 あまり動きのない争いを少しでも盛り上げようとしているのか、声を張り上げてしゃべる実況の声がよく聞こえる。


「あれー、ろくに防ぐこともできないのかなぁ? それで自分の身をどれだけ守ったところで、後ろの玉を狙えばお前の負け――」


 気持ちよく語る顔が不快だったので、即座に《ブロック》を発動させて玉と台座を何重にも囲った。


「玉を狙えばなんでござるか?」

「調子に乗るなよ……。僕が手に入れたTDSは《重力の罠》だけじゃねえって、言ったはずだ!」


 吉原が左手を突き出すと、地面からダイヤモンドのような宝石が先端に付いた杖が現れた。

 その杖は直立不動で地面に突き刺さっている。


「まさか、それはっ!」


 杖には見覚えがあった。デスパレードTDにも存在していた罠なので間違いない。

 拙者も多用していた罠の一つ《光の杖》。真っ直ぐにしか飛ばず、貫通能力もないが威力は高め。

使い勝手が微妙なとある罠と組み合わせると、方向変換も可能になるのでこの罠を使うときは必ずもう一つの罠もセットしていた。

 相手がその罠を持っていないことを祈るしかない。


「やっと焦りやがったな! そのムカつく顔面を貫いてやるぜ!」


 先端の宝石が目映く輝きだしたのを目撃して、自分と杖の直線上に《ブロック》を四つ重ねる 。

 視界が遮られると同時に爆発音のような破壊音が三度続く。

 そして、目の前にある《ブロック》の全体に亀裂が走り、光があふれ出す。

 咄嗟に伏せると、頭上を光線が通り過ぎていく。

 光は背後の玉を囲っている《ブロック》に当たると霧散した。


「なんという威力でござるか」


 明殿の《雷龍砲》に届きそうな破壊力。拙者の《ブロック》なら五枚重ねでギリギリ防げるようだ。


「威力を上げたからな。どうするよ、あんたは防御しかできない。どうやっても勝てないよな? ほらほら、逃げ回って会場を盛り上げろよ!」


 更に二本の杖が増えて、合計三本の《光の杖》から光線が発射される。

 全力で駆け回りながら《ブロック》をそこら中に展開する。光線を防ぐ目的よりも、相手の視界を奪うために。

 出す度に壊されていくが、今のところ光線は当たっていない。一度、ギリギリを通り過ぎたときは冷や汗が止まらなかったが。


「逃げるのだけは得意みたいだな。だが、お前の場所はわかるんだぜ」


 無数の乱立する《ブロック》が完全に視界を防いでいるはずなのに、光線は拙者の近くを通り過ぎている。

 完全にバレている、というわけではないようだが、大まかな位置は把握されているようだ。走り回る音が原因かと勘ぐったが、観客の騒ぐ声で足音は掻き消されているはず。

 ならば、どうやって拙者の位置を知っているのか。その答えは直ぐに出た。

 観客の視線が逃げ惑う拙者を追っているから。吉原の目を塞いでも、会場から見下ろしている観客からは丸見え。

 彼らの視線の先には拙者がいる。


「さーて、そろそろ全部ぶっ壊すか。一斉にまとめて放てば障害物は全損だ」


 あれはただの脅しではない。今の吉原は獲物を追い詰めて遊んでいるだけで本気じゃない。

 それは狙われている拙者がよく理解している。


「一つご忠告をするでござるよ」

「もしかして、今更命乞いでもするのか? 言うだけ言ってみろよ。聞くだけ聞いてやるから」


 圧倒的有利な状況で勝ちを確信しているのか、傲慢な態度で言葉を返してきた。

 この場にある《ブロック》をすべて消して姿を晒すと、正面から吉原を見据えた。


「なんだぁ、その目は。お前はもうすぐ死ぬんだぞ。もっと恐がれよ、怯えろよ! 情けなく命乞いをしろよ!」


 悲痛な表情で叫ぶ吉原の姿が……泣いているように見えた。

 もしかして、彼は――。


「悪党になりきることで罪悪感から逃れようとしているのでござるか?」


 拙者の問いが図星だったのか、一瞬だけ呆けた顔になる。

 だが、直ぐさま頭を振り払い、邪悪な笑みを顔面に貼り付ける。


「はっ、最後までお人好しだな、あんたは。そういうところが嫌いだったんだよ! もう喋るな。僕を恨んで恨んで死んでくれ!」


 両腕を大きく横に振るうと《光の杖》が更に二本増えて、五本となる。

 先端の宝石が徐々に光量が増していく。限界まで威力を高めているのだろう。


「最後に一つ忠告を。それを撃てば確実に死ぬでござるよ」

「そりゃそうだろ! 痛みを感じる間もなく、跡形もなく消し去ってやるよ!」


 宣言通りに放たれた光の軌跡が五本、拙者にぶつかる直前に現れた《ブロック》と激突する。


「無駄だって、言――」


 勝ち誇っていた吉原の言葉が途切れた。

 《ブロック》を消すと視線の先には誰もおらず。その先にある闘技場の壁に歪な大穴が開いているだけだった。

 文字通り、跡形もなく消し去ったようだ。


「だから言ったではないですか。それを撃てば確実に死ぬと」


 最後に宝玉を取り出し、ステータスと状況を確認する。

 彼を倒したことでレベルが一気に上がっている。異世界人を倒すと大量の経験値が入るというのは嘘ではなかったようだ。


「吉原殿。お主が甘く見ていたTDSも、これほどまでに進化したで……ござるよ」



◆(ブロックVer.2)レベル10

威力 0 設置コスト 1 発動時間 0s 冷却時間 0s 範囲 5㎥ 設置場所 地面・壁・空中 その他 材質の変更が可能(現在鏡)

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