第94話 勝者

 俺たちがいる隔離された観客席に喉輪が帰って来た。

 足取りは重く、うつむき気味の顔は無表情で感情を読み取ることができない。

 そんな彼を前に俺は声をかける。


「お帰り。戻ってきてくれて嬉しいよ」


 人を殺したばかりの相手に相応しい言葉ではない。だけど、それでも、俺は素直な気持ちを口にした。


「お帰りなさい、喉輪さん」


 負華も同じ考えのようで笑顔で迎えている。


「生き残った人間は胸を張らないとダメだよ」


 雪音は喉輪の胸を拳で軽く小突く。


「そうだ。勝者は誇るべきだ。堂々と生きろ。それが敗者への手向けになる」


 明の話す内容は厳しく聞こえるが、声は優しい。

 そんな俺たちからの励ましの言葉を聞いて、視線を上げた喉輪はほんの少しだけ……表情が柔らかくなった。


「ただいま、でござる」


 それ以上は何も言わずに自分の席に座り、自分がさっきまで戦っていた場所をじっと見つめている。

 しばらくは黙って見守るべきだと判断した俺は別の話題を探す。


「次の試合は……胸板さん?」


 宝玉を起動させて対戦表を見ると、二人の名前が表示される。

 名前は知らないが顔写真の方には見覚えがあった。日本へ帰還するじゃんけん勝負で負けたタンクトップでマッチョの人だ。

 対戦相手は大人しい顔をした三つ編みの少女。……立挙か。

 男子三人組と一緒に行動していた、仲良しの四人組。

 聖夜の最後の戦いとなった砦戦では、肩を並べて戦い生き残った一人。


 残念ならが男子生徒三人組はその戦いで命を落としたそうだ。俺はその場にいなかったが詳しい話は雪音と楓から聞いている。

 男子生徒三人組は命懸けで彼女を守り、満足そうに死んでいったらしい。

 残された立挙は悲しんではいたが、所詮ゲームだと割り切っている様子だったそうだが、現実を知った今の彼女は……。

 闘技場に立つ、セーラー服姿の彼女を注意深く観察する。


 写真とは違い三つ編みはほどかれ、束ねた髪を紐でくくっていた。

 セーラー服の上からたすき掛けをするように、三本のベルトを巻いている。あれは男子生徒たちが身につけていたものだろう。

 少し丈が長めのスカートの側面をスリットのように切り裂いているのは、動きやすさを重視したのか。

 距離があるので表情はわからないが、その姿を見ただけで覚悟が伝わってくる。


 一方、タンクトップの胸板は忙しなく周囲を見回し、絵に描いたような挙動不審。

 帰還を決める話し合いも気の弱いところを見せていたので、元々こういう性格なのだろう。

 これが格闘技なら体格差で立挙に勝ち目はない。だけど、互いにTDS――加護がある。

 勝敗の決め手は身体能力の高さや性別ではない。加護の強さと使い方だ。


「確か、立挙さんの加護は《応援》だったか」

「うん、そうだね」


 独り言のつもりだったのだが、雪音が相づちを打ってくれた。


「補足すると、三人から加護を譲り受けたから《身代わり》《パリィ》《投擲》も使える筈だよ」


 譲り受けた、か。男子生徒たちが加護を渡すために望んで立挙に止めを刺させたらしい。

 今彼女はどんな思いでいるのだろうか。

 四人の関係性は教えてもらっている。男子生徒たちは親を知らずに施設で育ったのだが、その施設が最悪の環境で奴隷のように扱われていたそうだ。

 そんな彼らから根気よく話を聞き出して、警察である父親に協力を仰ぎ救い出したのが彼女、立挙。

 男子生徒たちは恩義を忘れずに従者のように付き従っていた。彼女は大切な友達だと思っていたようだけど。

 自分を慕う彼らを自らの手で止めを刺してしまった彼女。ゲームではなく現実だと知った現在の心境は窺い知ることができない。


「三つの新たな加護か」

「《身代わり》はわかりますけど《投擲》とぱりぃ? ってなんですか?」


 負華が首を傾げてこっちを見ている。

 《パリィ》を知らないのはわかるが、《投擲》はわかるだろ。


「《投擲》は物を投げることだ。そのまま、物を投げるのに特化した能力だろう」


 明が丁寧に説明してくれた。


「かなり活躍してくれたよ《投擲》は。アレがなかったら誰も生き残ってなかったかもしれない。《パリィ》は攻撃を弾いたり受け流す力だね」

「主にゲームで使われる技能かな。刀や剣で相手の攻撃を弾いたりするのを見たことないかい?」


 補足してくれた雪音に追従して、負華にもわかるように解説と質問をする。


「ああっ、パキィーンとか音がして攻撃を弾くヤツですか! 動画で見たこと、あるある!」


 納得してくれたようで、手を打ち鳴らして何度も頷いている。

 立挙たちの加護が一風変わっているのは、デスパレードTDを元にしたのではなく、キャラゲーのタワーディフェンスを想像したからではないかと、雪音たちは考察したそうだ。

 加護は自分が望んだ力を手に入れることができる。俺たちはデスパレードTDオンライン(仮)だと信じていたから、前作のデスパレードTDにちなんだ加護を手に入れた。

 立挙たちは別のゲームの方がタワーディフェンスとして馴染んでいたので、咄嗟にそっちを連想した結果か。


「これは相手にとって脅威だな」

「ほえっ? 脅威ってどっちが?」


 負華を除いた仲間は言葉の意味をくみ取って頷いているが、彼女だけがいつものように考えることを放棄している。


「胸板にとって脅威ってことだよ。俺たちは前作をやっているから、相手の加護を見ただけで能力が把握できる」

「私はわかりません!」


 そうだな。兄の代わりに参加したから知らなくて当然だ。でも、胸を張って威張る場面じゃないぞ。


「相手の能力がわからないというのは、かなり不利になる。彼女が加護をどれだけ使いこなせるかにもよるけど」


 注目すべき一戦だ。

 一人残された立挙の決意と実力。この目で確かめさせてもらう。

 そして、もし可能であれば俺たちの仲間に引き入れたい。それも、この戦いで勝てればの話だけど。


『破壊された壁の修復は応急処置ですが完了しました。皆様、大変長らくお待たせして申し訳ありません。では、第二試合の開始です!』


 実況者の謝罪が終わると、間髪置かずに開始の銅鑼が鳴った。

 おどおどしていたタンクトップ――胸板は覚悟を決めたのか、立挙に右手を突き出したところで動きが止まっている。

 対する立挙の全身が光り輝いているのを見て驚いたようだ。


「あれは《応援》の力だよ。自分自身にも掛けることができるようになったんだ」


 共に戦っただけあって雪音は立挙の加護を見たことがある。

 すべてのステータスを一時的に強化する力か。これで身体能力は相手を上回った。だけど、問題は対戦相手の加護。

 驚きのあまり硬直していた胸板は我に返ると、再び起動させた。

 地面から現れたのは……大砲か。

 明の凝ったデザインの《雷龍砲》とは違い、大きな筒に二つの車輪がついたシンプルな見た目をしている。


「中盤で手に入る《バリスタ》の上位互換か」


 火力、使い勝手共に申し分のない、終盤辺りまでお世話になる主力の一つ。

 威力が高くて癖もないので、取りあえず入れておく候補に挙がる筆頭だ。


「ちょっと、今の発言は聞き捨てなりませんよ! 私の《バリスタ》ちゃんを侮辱しましたね!」


 隣で怒りを露わにしている負華を無視して戦場に集中する。

 胸板が必死に何かを訴えているようだが、立挙はゆっくりと歩を進めて距離を詰めていく。

 轟音を上げ《大砲》の玉が発射されたが、少し離れた場所を通り過ぎただけでかすりもしていない。

 あれは加護で防いだ訳ではなく、脅しとして放った一撃のようだ。

 それでも立挙は歩みを止めない。


 胸板は迷いを振り払うように頭を左右に振ると、正面を見据えて次の玉を発射した。

 今度は狙い違わず立挙を捉えたように見えたが、輝く光と同時にキンッという甲高い音がすると、玉が直角に曲がり壁に激突する。

 今の一瞬を見逃さなかった。玉が当たる直前に立挙が軽く右手を振るうと軌道が変わった。


「あれが《パリィ》か」


 打撃や剣のような直接攻撃だけではなく飛び道具も防げるのか。防御に特化したかなり使える能力だ。

 驚愕の光景を目の当たりにしたタンクトップは焦ったのか、もう一台大砲を出して乱射する。

 だが、そのすべてが弾かれ壁に激突していくだけ。最後の一撃を上に弾くと、立挙の目の前に大砲の弾が落ちてきた。

 その大きさはボーリング玉程度なのだが、かなりの重量があるはずだ。

 なのに立挙はそれを両手で挟み込むように掴むと、苦もなく頭上に掲げた。

 《応援》による身体能力向上のなせる技か。


 掴んだ大砲の弾を持ったまま上半身を仰け反らせて、そのまま数歩走ってから振り下ろす。

 まるでサッカーのスローインのようなフォームから放たれた玉は、唸りを上げてタンクトップに迫る。

 予想もしない行動だったのだろう。避けることすらしなかった男の顔に命中すると、本来絶対に曲がらない方向に頭が傾き、崩れ落ちた。

 覚悟を見せつけるような、ためらいのない一撃。

 勝者となった立挙は手を合わせて胸板の遺体に祈りを捧げると、振り返りこちらへと歩いてくる。


 徐々にハッキリと見えるようになった彼女は、唇をぎゅっと噤みこぼれ落ちそうになる涙を懸命に堪えていた。

 そうだよな……簡単に割り切れるものじゃない。俺だって人を殺したことを自覚した夜は眠れなかった。彼女も今日のことは一生忘れないだろう。

 冷徹に感情の揺らぎさえ見せずに殺害できる人なら、仲間に誘うつもりはなかった。

 だけど、今の彼女を見て確信する。共に力を合わせて戦える、信じられる人だと。

 戻ってきた立挙は離れた席に一人で座り、誰も寄せ付けないオーラを発している。でも、そんな彼女に物怖じすることなく近づく人物が一人。


「立挙ちゃん。こっちに来て、一緒にお喋りでもしない?」

「えっ?」


 まさか話しかけられるとは思ってもいなかったのだろう。

 呆気にとられた顔でじっと相手の顔を見つめている。

 その視線を受けてニコッと微笑む……負華。


「ダメだよ、一人だと悪いことばかり考えてネガティブが止まらなくなっちゃうから。ほんと、一人だと余計なことばっかり考えて落ち込んじゃうんだよねぇ。引きこもりもボッチも心の健康に良くないから。おいでおいで」

「えっ、でも、私は……」


 腕を掴まれた立挙は口で拒みながらも、手を振り払おうとはしていない。


「動かないなら、隣に座っちゃうぞー。ほーら、雪音ちゃんもこっち来て! あと、喉輪さんもおいで! 若い子に囲まれる絶好のチャンスだぞ」


 腰に手を当てて仁王立ちしている負華が雪音と喉輪を手招きしている。


「お姉ちゃんは相変わらずだね。でも、そういうところ嫌いじゃないよ」


 苦笑しながら駆け足で近づくと、立挙を負華と挟み込むような位置に座る。


「折角のお誘い。ここで乗らねば男が廃るでござるな」


 表情に陰りはあるが立ち上がった喉輪が彼女たちに近づいていく。

 急に頬を赤らめておどおどする立挙と気さくに話しかける雪音。大げさな身振り手振りで話を盛り上げようとする負華。

 そんな三人を「ほほう。リアル百合展開も中々良きものでござるな。眼福眼福」と目を細めている喉輪。

 あっちは任せておけば安心かな。

 照れながら話す彼女を見て、そっと胸をなで下ろした。

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