第95話 三試合目、四試合目

 次の試合は服の中心に堂々とヒョウの顔がプリントされた長袖のシャツに、下はヒョウ柄で体にぴったりと貼り付くようなレギンスという、ド派手な格好をした女性だった。

 髪色は薄紫で肩に届かない程度の長さ。大きめの真っ赤な唇が観客席からもよく見える。年齢は恐らく三十~四十ぐらい。


「大阪のおばちゃんファッションって感じですね」

「ヒョウ柄はそのイメージがあるね。楓さんがいたら詳しい説明が聞けたかも」


 立挙を引っ張ってきて定位置に戻った負華と雪音が興味深く、新たな守護者を観察している。

 確かに楓がいたらツッコミを入れてそうな外見だ。

 対する相手は目出し帽を被ったデニムのジャケットにジーパン姿の男性。今から強盗に入るか、変質者の二択にしか見えない。


「要さん、要さん、すっごく濃い組み合わせですよ」

「両方ともじゃんけんの場に居た人か。他では遭遇したことがないな」


 あれだけ特徴的な見た目をしていたら覚えているはずだ。

 他の仲間にも確認を取ろうとして視線を向けると、並んで座っている明と喉輪は真剣な顔でじっと見つめていた。


「見知った顔だな。いや、顔は見えないが」

「そうでござるな。あの強盗犯っぽいのは元仲間でござるよ。いつもは目出し帽を被っておらぬのですが、気合いを入れるときだけ装着すると語っていたでござる」


 喉輪と明の両方が知っているということは二人のチームが争った砦の防衛戦にいたのか、目出し帽の方は。

 うーん、あの時は大人数だったのと目出し帽のインパクトが強すぎて服装から思い出せない。


「ふむ。草摺殿と佩楯殿は《バネの罠》の使い手と言った方がわかりやすいのではござらんか?」


 その言葉を聞いて負華と雪音が顔を見合わして、目を見開く。

 二人とも完全に思い出したようで、大きく頷いている。


「ああっ、私の鉄球ちゃんを弾いて転がした人だ!」

「言われてみればあんな服を着ていた気がする!」


 俺が負華たちと合流したときの話か。

 何故か自分で出した鉄球に負華たちが襲われていた場面だよな。


「そうでござるよ。《バネの罠》は地面や壁に設置して、触れた物を飛ばす能力ですな」


 デスパレードTDでは《矢印の罠》と同じく序盤に出てくる罠の一つだった。使い道も《矢印の罠》とほぼ同じで、相手を強制的に移動させるだけの能力。

 《矢印の罠》か《バネの罠》のどちらかを選ぶかは好みの問題。俺はもちろん《矢印の罠》を愛用していたけど。


「なんか、親しみが湧くな」

「なんでですか。私は憎しみしか湧きませんよ」


 負華は鉄球に追われた過去がトラウマになっているのか、自分の両肩を抱いて震えている。

 こうなると気になるのは対戦相手の加護。バネ相手なら罠の種類によっては一方的な蹂躙も可能。

 負華や明のように遠距離系なら勝利は確定したようなものだけど。


『ではではー。三回戦を開始します!』


 考え込んでいる内に解説者の話は進んでいて、気が付くと開始の合図である銅鑼の音が響いていた。

 目出し帽の方は《バネの罠》では仕掛けようがないのか、取りあえず罠の配置できる距離まで移動する考えのようで、じりじりと間合いを詰めている。

 ヒョウ柄の方はダンッ、と足を踏みならすと二人の間に赤い地面が現れた。

 赤い地面の表面には大きな泡が浮かんでは弾けている。一瞬、赤い水なのかと勘違いしたが、よく見ると周辺の景色が揺らいで見える。

 あれはもしかして――


「《溶岩床》じゃないのか」

「溶岩ってあの火山とかの?」


 前作を知らない負華だけがピンときていないのは、いつものことなので補足説明を加えておく。


「属性床シリーズの一つだね。雪音の《電撃床》は雷属性だけど、それ以外にも火、水、毒とか特殊な属性を帯びた床の罠があるんだよ。その内の一つ」


 ゲーム内では火属性の罠程度の認識だったけど、リアルで見るとかなりの迫力がある。ドロドロのマグマが充満した地面。はまったら熱い程度では済まない。

 脅しの効果として抜群だったようで、目出し帽は露骨に距離を取っている。

 その姿に気を良くしたのか二人を遮るように《溶岩床》が一直線に並べられた。一つの罠の大きさは一辺が五メートル程度。

 運動神経がよければギリギリ飛び越えられるかどうかの距離。


 なんとか飛び越えられたとしても、俺ならその着地点に新たな罠を設置してはめる。そもそも、マグマを飛び越える勇気は持ち合わせていないけど。

 決め手のない硬直状態が続くのかと予想していたが、目出し帽に動きがあった。

 一度、自分の背後にある守るべき玉の付近まで下がると、両手を地面について腰を上げる。あれは陸上のクラウチングスタートの構えか。


「まさか、飛び越えるつもりか?」


 腕を組んで見物していた明の目が大きく見開く。

 その言葉を合図にしたかのようなタイミングで目出し帽が勢いよくスタートを切った。

 人工的に作られた溶岩の川へ、自ら勢いよく突っ込んでいく。

 あと一歩の所まで迫ると、目出し帽の体が大きく跳ねた。

 見事なまでの跳躍……なんてもんじゃない。その体は川向こうにいたヒョウ柄を軽々と飛び越えていく。


「自ら罠を踏んで跳んだのか」


 踏み切った地面にはスプリングが伸びた板のような物が揺れている。

 自ら踏んで発動させて、驚異的な飛距離を叩きだしたようだ。

 地面を転がるようにして着地した目出し帽は、振り向きざまにヒョウ柄の下に罠を発動させた。

 意表を突かれて呆気に取られていた彼女の体が大きく跳ねる。

 両手両足をばたつかせながら宙を舞う彼女の着地地点には《溶岩床》があった。

 このままでは自爆すると慌てて罠を消したが、着地を失敗してしまい体を打ちつけて地面を削りながら滑っていく。


「い、痛そう……」


 思わず顔をしかめる負華。

 大怪我や死ぬほどではないだろうが、確実なダメージが入った。

 衝撃が抜けないのか、しばらく地面にうつ伏せ状態だったヒョウ柄がなんとか立ち上がる。

 そして、辺りを見回して懸命に目出し帽の姿を探す。

 その視線が目出し帽を捉えたが、既に勝負は決まっていた。

 大きな玉の前に立つ目出し帽が《バネの罠》の板を叩き付けていた。それもちょうど五回目の。


 玉が砕け散ると同時にヒョウ柄の体や手足が歪に膨れ上がり、見る見るうちに風船のような体型になると、悲鳴を上げる間もなく爆発四散。

 肉片と血が辺りに飛び散った。

 ここからは距離があるので凄惨な場面はハッキリと見えなかったが、壁際にいた観客からは悲鳴が上がっている。

 自爆装置を取り付けたことが脅しではない、ということが立証されてしまった。


 これで多くの守護者は魔王に逆らう気も、逃げようという発想も霧散したことだろう。俺や一部の守護者を除いて。

 仲間たちの様子が気になり横目で確認すると、あまり驚いている様子もなく動揺も少ないように見えた。

 一番心配だった負華は顔色が良くないが、目を逸らさずに気丈に振る舞っている。


「予想よりも出番が早いようだ。行ってくる」


 凄惨な現場を目の当たりにしても平然としている明は、フードを目深に被り直して観客席前の手すりを颯爽と飛び越え、悠々と戦場へ降り立った。

 対面方向にある、もう一つの守護者用の観客席から対戦相手も出てきたようだ。

 ちなみに北と南に守護者が分けられて座っているのだが、俺の仲間は全員北側。対戦相手は南側にいる。戦闘相手の待機所を分けたのは魔王国のわずかばかりの良心と配慮かもしれない。

 と思っていたが、俺と戦うはずの負華がこちら側に居るのはおかしい。

 だけど、その疑問は直ぐに解消した。どうやら、バイザーの口利きによる特別処置らしい。

 何かと気に掛けて手を回してくれているバイザーには感謝しかない。それでも……まだ、完全には信じ切っていない自分の疑い深さに嫌気が差す。


「要さん、要さん。明さんの試合が始まりますよ」


 深く考え込んでいて周りが見えなくなっていたな。

 肩を叩く負華に促されて視線を上げると、目も眩むような光を放つ《雷龍砲》の電撃が相手を呑み込む瞬間だった。

 真っ黒な消し炭となった対戦相手の体がボロボロと崩れ、灰になり風に流されていく。

 静まりかえった闘技場の空気が重い。ヤジを飛ばしていた連中もその迫力と威力に言葉を発することができないようだ。

 観客は怯えた目をしながら、明から目を逸らすこともできずに凝視している。

 開始から数秒での決着。

 圧倒的な力の差を見せつけた明は無言で踵を返すと、俺たちの元へと戻ってくる。


『し、失礼しました! 勝者、具足明!』


 我に返った実況者から勝者の名が発表されるが観客は無言のまま。

 称賛の声も罵倒もない。重苦しい空気が闘技場に充満している。

一方的な暴力を目の当たりにすると人はこうなるのか。

 対戦相手がどんな人物なのかも知らないまま、あっという間に決着が付いた。

 明が俺たちの前に戻ってきたが、誰もまだ口を利かない。仲間以外は露骨に怯えた視線を向けている状況。

 なら、俺の取るべき行動は決まっている。


「見事だったな明。せーの」


 何の打ち合わせもなく、感情の赴くままに口にする。


「「「「おかえり!」」」」


 全員が声を揃えて迎え入れる。

 笑顔で明が無事に帰って来たことを心から喜ぶ。


「あっ、ありがとう」


 呆気にとられた顔をしていた明だったが、直ぐさまフードを限界まで深く被って表情を隠した。

 こんな状況だからこそ、暗く濁った雰囲気は吹き飛ばしていかないと。場違いであろうが、不謹慎であろうが、周りから批難されようが、どうでもいい。

 仲間の勝利を祝って何が悪い。


「心配はしてなかったけどほっとしたよ」

「うんうん、絶対に負けないと思ってたから!」

「負華お姉ちゃんと違って、すっごい安心感があったよ」

「それは言えてるでござるな」


 いつものように負華をからかいながら、明の勝利を祝い労る。

 近くで座っている立挙は、まだこの空気感に馴染めないようで、こちらを眺めながら目を細めていた。


「次が五試合目か進行状況が予想よりも早いな」


 もう既に半分の試合が消化された。

 俺と負華の対戦は最後の八試合目。刻一刻と近づいてきている。

 本来は九試合あるはずだったのだが、半グレ風の守護者がヘルムの側近に殺され、楓が日本へ帰還したことで一試合がなくなった。

 俺と負華が戦う運命にあることを仲間は知った上で誰も触れない。誰もが意図的に避けている。

 自然に振る舞ってはいるが鼓動がずっとうるさい。考えろ、考え続けろ。

 策は何通りか思いついたが、もっともっと煮詰めろ。状況は刻一刻と変化している。頭を働かせろ。最後の最後まで諦めるな!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る