第96話 五試合目、六試合目
次の試合は見知らぬ者同士の戦いだった。
仲間の戦いではないことに安堵しながら試合を見学する。この試合は加護による力の差がハッキリとわかれていて、一方的な勝利を収めていた。
自分の試合が近づくにつれて緊張のあまり集中力も途切れ気味だ。見ていたはずなのに試合の内容をほとんど思い出せない。
それに……人が死ぬ光景を目の当たりにしたというのに、動揺がほとんどない自分に驚くと同時に……嫌気が差す。
ああもう、俺は普通の人ではなくなったのだ、と自覚してしまうから。
五試合目が終わったところで試合場の整備と休憩に入るらしく、しばらくは自由時間となった。とはいえ、俺たちに自由はないけど。
現在は三時過ぎか。昼前から始まって四時間が経過。明がド派手に破壊した壁は仮補修だけして後回しにされていたのだが、現在懸命に作業が行われている。
土の魔法を使っているのでかなり手際よく進んでいる。思ったよりも早く終わりそうだ。
遅めの昼食が配られたのだが食欲が湧かない。それは誰も同じようで食事に手を付けている守護者はほんのわずかだ。
「要ひゃんっ。たへないんふぇふは?」
「飲み込んでから話そうな」
負華が口いっぱいに料理を含んだまま話すので、食べかすがこちらに飛んでくる。
この状況で食べられるのか。ここの誰より怯えていてもおかしくないのに、意外な肝っ玉の太さを見せつけてきた。
「んぐっ。食べないんですか?」
「食欲がなくてね」
「ダメですよ。ちゃんと食事を取らないと体力も考える力も奪われちゃいます。それに……最後の食事になるかもしれないし。だから、しっかり食べないと!」
負華は再びガツガツと料理を搔き込み、飲み物で強引に流し込んでいる。
言う通りだな。生き残るなら無理にでも食べるべきだ。
大きく息を吐き、同じように料理を勢いよく胃に流し込んだ。
そんな俺たちに触発されたのか仲間も食事に手を付けている。
次の試合は雪音の出番なので様子を窺うと、背筋をピンと伸ばした姿勢でゆっくりとフォークを口に運んでいた。
食事姿も様になっているのは、さすがモデルと言うべきか。
見た目には動揺や緊張はないようだ。実は雪音の勝敗についてはあまり心配をしていない。
元々、頭の回転が早く立ち回りも安定している。それに加え聖夜の加護も手に入れ、修羅場も乗り越えた。覚悟も決まっている。
能力、メンタル、共に隙はない。
相手が余程の強敵でない限りは、問題なく勝利すると信じている。油断は禁物だけど。
なんとか料理を平らげると宝玉を取り出して起動した。雪音の対戦相手を確認するために。
浮かび上がった顔から推察すると、二十歳から三十代……いや、若く見える四十代もあり得る。年齢不詳な見た目をしている女性が対戦相手か。
かなり短く刈り揃えられた髪は赤く染められていて、両耳には複数のピアス。まつげが長くアイシャドウが濃い。
目つきも鋭く、気の強そうな顔付きなので近寄りがたい雰囲気だ。
バストアップの写真なので全身像は不明だが、光沢のある赤のレザージャケットが似合っている。
見た目はともかく問題は加護。試合が始まれば俺には手出しができない。こうして心配しながら見守ることしかできないのが歯がゆい。
『皆様、そろそろ試合再開の時間となります。急いで席にお戻りください』
実況者の声が闘技場にこだましている。
今のところ俺の仲間は全勝。誰も失っていない。
……余計なことは考えるな。フラグを立てるな。聖夜を失ったことで雪音に対して思い入れが強くなりすぎているのを自覚している。
年の差のある恋愛感情なんてものではなく、大切な子供や妹を見守る心境に近い。
立ち上がり戦場に向かっていく雪音の背に一言「帰ってこい」と声をかけた。
「帰ってこい」
優しくも力強い声が背中越しに聞こえる。
私は軽く手を上げて応えた。
「戻ってくるのを待ってるからね!」
「佩楯殿は強い。間違いないでござる!」
「実力を発揮すれば問題ない」
負華お姉ちゃん、喉輪、明の声が続く。
励ましの言葉に心が熱くなる。聖夜を失ってからは聖夜になりきり気丈に振る舞ってきた。……少しでも油断すると涙がこぼれそうになるから。
半身を失ってしまったかのような消失感。聖夜の「生きて」という遺言がなければ、とっくに生をあきらめていた。
それを見越した上で、あの言葉を残したのだろう。お兄ちゃんはそういう人だ。
戦場に繋がる扉を開けて、一歩踏み出す。
スニーカー越しの足裏に伝わる感触は固い。地面がむき出しで平らにならされているので支障なく動ける。障害物は存在していないので視界が開けている。
直ぐ近くに大きく丸い玉が台座に置かれていた。
これに五回攻撃を加えられても負け。覚悟を決めている者は直接相手を倒しにいくことが多いが、攻撃的な加護を所有していない場合や、人を殺すことに躊躇いがある者は玉への攻撃を優先している。
私の方針は玉への攻撃をメインに。もちろん、相手の能力に応じて臨機応変に対応する予定だけど。
闘技場の中心部まで移動して、定位置で待機する。
少しでも心を落ち着かせるために深呼吸を繰り返す。新鮮な空気を取り入れることで、頭がクリアになった気がする。気休めかもしれないけど。
遅れてやって来た対戦相手は眠たそうに大あくびをして、頭をボリボリと掻いていた。
緊張感はまるでなく、今から散歩にでも行きそうな雰囲気。
派手な色彩のパンクロックの格好が妙に似合っている。
私は女性にしては身長が高めなのだけど、相手は頭一つ大きい。百八十を優に超えているので、見た目のインパクトもあって威圧感が凄い。
じっくりと観察している私を眠たげな眼で見下ろしていた相手は、じっと目を細めていたかと思うと急に破顔した。
「おっ、めっちゃ美人じゃん。清楚系かー、いいよね、そういうのも!」
笑顔で私をまじまじと見て何度も頷いている。
想像以上に明るく人懐っこい声とリアクション。
「オレもさ、一時期はそういうのに憧れてたんだけど、ほら、こういう見た目だろ? やっぱ、無理があってさ。ゴスロリとかも着てみたかったんだぜ? でもさ、オレがそういうの着ていたら笑っちまうだろ?」
距離感の詰め方がおかしい。べらべらとよく話す彼女に対して抱いた率直な感想は……最悪。
彼女が性格も悪く高飛車で、見下しながら舐めてかかってくるような相手が最良だった。だというのに嫌いになれない性格をしている。こんな場所で会いたくなかったな。
「ファッションは自分の理想を貫いていい。他人の目なんて気にする必要はないよ」
「へえ、いいこと言うじゃん。あーっ、もっと勇気を出していっぺん着ときゃよかったなぁ」
頭を抱えて大げさに仰け反っている。
今から殺し合いが始まるというのに和みそうになってしまう。気を引き締めないと。どんな相手であれ、今から始まるのは真剣勝負。
「あっと、名乗ってなかったね。オレは
見た目とはそぐわない名前のように感じたけど、話してわかった。その名が似合っていることに。
「僕の名前……私の名前は雪音」
彼女には偽りではなく素の自分を見せるべきだ。何故かそう思った。
「そっか、うん、いい名だ。一応言っておくけど、遠慮は無用で。お互いに生き延びるために全力を尽くす。勝っても負けても死んでも恨みっこなしだ。それでいいかい?」
キッパリと言い放つと目の前まで歩み寄り、手を差し伸べてきた。
本当に最悪。彼女のような人とだけは戦いたくなかった、な。
雰囲気に飲まれないように笑顔で返すと、手を強く握る。
「言葉を交わすのは最後になるだろうけど、あんたと会えてよかったよ」
「私も同じ意見です。本気でやり合いましょう」
握られてない方の手で互いの肩を叩くと、背を向けて玉の近くまで戻る。
深呼吸を繰り返してから勢いよく振り返った。
視線の先には赤いジャケットが目立つ彼女の姿。準備万端をアピールするかのように、左手の平に右拳を打ち付けている。
「両者準備が整ったようですね。それでは、ええと、第六試合を開始します!」
おなじみの銅鑼の音が大きく鳴った。
私が元々所有していた加護は《落とし穴》だけ。そこから《火炎放射》を得て、聖夜の《棘の罠》《電撃床》も所有している。
罠の数は豊富なので、いくつもの対策が思いつく。
相手の出方を待つべきか、それとも積極的に動くべきか。
タワーディフェンスというゲームはシステム上、後手に回るのが基本。だから、加護も防衛に適した能力をしている。
だけど、これはやり直しの利かないデスゲーム。
受けが失敗したら、そこに待つのは死。自分から動いて仕掛けるべき。
距離は二十メートル以上離れているから、罠を設置できる範囲まで近づく必要がある。
駆け足で相手との間合いを詰めていくが、涼風は腕を組んだままで余裕の態度を崩していない。
既に罠を配置済みなのかもしれない。迂闊に近づきすぎるのは避けよう。
罠の設置範囲のギリギリ外で足を止める。こちらの加護は足止めに適しているものばかり。なので、涼風を倒すよりも動きを封じて玉を狙うべき。
素早く決断すると距離を保ったまま右側面に回り込むように動いてみせた。どう出てくる?
そこで初めて涼風に動きがあった。
私に背を向けると全力で自分の玉の前まで移動している。
自分は攻めることなく守りに徹するつもりなのだろうか。
玉を壊すにしろ、涼風を狙うにしろ、近づかなければ話にならない。ギリギリまで近づいてみるしかない、かな。
足下に細心の注意を払いながらゆっくりと歩を進める。
あと数歩で互いの間合いに踏み込む。
周囲に設置系の罠をばら撒きながら、意を決して一歩踏み出す直前、涼風が動いた。
「罠は踏まなきゃ発動しないからね!」
涼風は守るべき玉を素通りして壁に手を当てると、ニヤリと笑う。
手のひらを押しつけている部分の壁に丸い穴が開くと、その場で大きくジャンプした。
すると、穴から高速で細長く太い物体が飛び出し、その上に涼風がまたがっている。
「これがオレの《丸太の罠》だ!」
私に向かって一直線に飛んでくる丸太とそれに乗る涼風。
確かにそれだと仕掛けた設置系の
《火炎放射》も下から噴き出させたところで、丸太を一瞬あぶる程度。ダメージは期待できない。
となると、今ここでしかるべき対応は一つだけ!
自分の足下に《落とし穴》を発動して緊急回避。
視界が黒に染まり、頭上ギリギリを丸太が通っていく。
「危なかった」
あの罠自体はさほど強力ではない。「ただし、ゲーム内では」が付く。
まさか、自ら乗るなんて方法を使ってくるとは。私と聖夜の加護に対しての天敵かもしれない。だけど、それでも、勝利を譲る気はない。
「見守っていてね、お兄ちゃん」
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