第97話 覚悟

 《落とし穴》を解除して地上に戻り、辺りを警戒する。

 飛び去った方向に目をやると壁際に立つ涼風と目が合った。

 あの《丸太の罠》は飛距離がかなりあるみたい。壁から壁まで移動できるとしたら、かなり面倒なことになるけど。

 私の心配を感じ取ったのか、ニヤリと笑った涼風が壁に手を突いて《丸太の罠》を起動させた。それも、今度は三つ同時に。

 水平に三本、丸太が私を目がけて飛んできた。


 真ん中の丸太の上にはまたがっている涼風の姿。こんな状況だというのに向かい風を受けた顔は楽しそうに笑っている。

 こっちはそんな余裕ないのに凄いよ、涼風は。

 左右に避けるには残り二本の丸太が邪魔。もう一度落とし穴で下に潜るしかない。

 真下に体が落ちるときに生じる、ちょっとした浮遊感にはもう慣れた。

 穴の中から見上げて通り過ぎるのを待っていると丸太が高速で横切った……までは良かったけど、丸太が消えると代わりに何かが降ってくる。


 それを何か確認するよりも早く、穴の側面に手を触れて《落とし穴》で横穴を掘って飛び込んだ。

 地面に体が付くよりも早く、先に出していた穴を塞ぐ。

 一瞬のことで見間違いかもしれないが、もしアレだったら私の判断は正しかったはず。

 その答えは直ぐに判明した。

 頭の上から響いてくる爆発音と体が揺れるほどの衝撃。


「やっぱり、今のは《ダイナマイト》!」


 六つの筒がまとめられて起爆装置が付いた強力な爆弾。

 前の砦戦で共に戦った守護者の加護が《爆弾》だったけど、それの上位版が《ダイナマイト》。その範囲と威力は桁が違う。

 私はデスパレードTDで多用しなかったけど、聖夜は最後まで使っていたぐらい強力な罠。

 あのまま何もしなければ跡形もなく吹き飛んでいた。

 ここまで生き延びた守護者が加護を一つしか所有していない可能性は少ない。それは重々承知していたつもりだったけど、まさか《ダイナマイト》を持っているとは。

 このまま地面の中に籠もっていたいけど、そうも言っていられない。


 念のために横穴を二つ繋げて、かなり離れた場所に頭を出す。

 そっと覗き見すると涼風が爆破地点をじっと見つめて首を傾げている。

 地面にクレーターができるほどの威力だったようだけど、私を倒せたか確証が持てていないみたい。

 この距離なら足下に加護を設置できる。背を向けた状態で隙を晒している今なら、問題なく倒せる。

 聖夜から譲り受けた《棘の罠》なら地面から飛び出した杭で串刺しに……。

 あとは決断するだけ、それだけだというのに私は。


 早く、早くしないと気付かれる。なのに、なのにっ!

 仲間はみんな覚悟を決めて相手を倒した。負華お姉ちゃんだけはまだだけど、覚悟は決まっているように見えた。だけど、私は、まだ、踏み切れないの?

 聖夜を死に追いやった魔王国の連中に一矢報いるために、この世界に残ると決めた。


「お兄ちゃん、私に勇気をくださいっ」


 聖夜の着ていた服に身を包み、強くなれた気がしていた。だけど、実際は情けない妹のまま。

 踏み出すんだ、前に!

 《落とし穴》を解除して穴から飛び出す。


「おっと、そんな場所まで移動していたなんて」


 驚いた顔で振り向く涼風。

 不意打ちで倒すべきだったのはわかっている。だけど、彼女との決着は目を逸らさずに、互いに納得のいく形で終わりたい。


「姿を見せないでやればよかったのに、もったいないねぇ」

「私もそう思います」


 苦笑する涼風に笑顔で返す。


「さーて、こっちの手の内はバレちまったけど、そっちはまだ見せてないんだろ?」

「秘密です」


 こちらはまだ《落とし穴》しか発動していない。向こうは二つ手札を切った。

 だけど、加護が二つしかない保証はどこにもない。まだ何かあることを前提に動こう。その上でこちらから仕掛ける。

 彼女は壁に背を預けた状態で私の一挙手一投足を観察している。その姿を見て、何かが引っ掛かった。

 私の手の内がわからない状況だというのに、危険は承知の上で涼風は果敢に攻めてきた。積極的な性格なのは交わした会話である程度は理解したつもり。

 逃げてばかりの私を倒すなら、間を置かずに攻め続ければいい。

 常時丸太に乗っていれば地面に触れることで発動する罠はすべて防げるし、あの飛行速度の相手を狙い違わずに下から貫くのは至難の業。

 なのに攻撃をする度に壁際まで移動して……ってああ、そういうこと。悩むようなことじゃなかった。直ぐに仕掛けてこないのは単純すぎる理由。


「その丸太、設置場所が壁のみだった?」

「あっ、やっぱ気付くか」


 ばつが悪そうに頭を掻く涼風。

 前作で壁にのみ設置できた罠。初歩中の初歩の仕様なのにすっかり忘れていた。私の罠は設置場所を増やして壁も地面にも置けるようになったから失念していた。情けない。


「一応、地面にも置けるようにはしたんだけどさ、こんな感じで」


 地面に手を触れると、下から突き上げるように丸太が上空へと飛んでいった。

 十メートルほど打ち上がると、そのまま真下に墜落。地面へと突き刺さる。


「上に飛んで落ちるだけなんだな、これが」


 涼風は肩をすくめて頭を左右に振ると、大きく息を吐いてわかりやすく落ち込んでいる。

 喉輪さんの《ブロック》みたいな加護があれば重宝しそうだけど、使い道が絞られるのはこちらにとっては吉報。


「あれ、じゃあ……」


 私がゆっくりと左を向くと、釣られて涼風もそっちを向く。

 そこにあるのは涼風の守るべき玉。


「んと、《棘の罠》」


 右手をかざすと玉の台座を貫通して杭が飛び出してきた。

 台座を完全に破壊された玉は杭に押し上げられ宙に浮くと地面転がる。


『雪音選手の一撃が玉に突き刺さったあああぁ!』


 実況者が叫んだ内容に眉をひそめる。なんか、下品なことをしているみたい。

 このまま連続で叩き込みたいところだけど、玉への攻撃は五秒間をおく必要がある。その時間を見過ごすわけもなく、涼風が三度丸太に乗って向かってきた。

 地面すれすれを飛行する丸太が三本。当たれば即死、運が良くても骨折の重体。

 予想していたとおりの行動だったので、今度は《落とし穴》を使わずに斜め前に転がるようにして躱す。

 避けた直後に鈍い音が響いたので振り返ると、玉に丸太が激突した勢いで涼風が地面に転がっている。

 直線軌道上に立っていたのが功を奏して、狙い通り自爆してくれた。


『おおっと、ここで涼風選手のポイントが残り三となったあああっ!』


 見ていればわかることを実況している。あの大声はノイズでしかないけど、仕事としてやっているだけだから苛つくのはお門違い。

 このデスゲームを考えた連中を恨んではいるが、魔王国の住民すべてを憎んではいない。

 誰彼構わず一緒くたにしてしまっては、あいつらと変わらない存在になってしまう。


「や、やるねえ。玉の方を重点的に狙ってくるとは」


 悔しそうに表情歪めている涼風。


「本体を狙うより楽だから」

「だよね。よく考えたらオレもそうすりゃよかったんだよ」


 また、壁に手を突いて《丸太の罠》を使うようだけど、直線にしか進めないと知ってしまった時点で脅威ではない

 今度は上にも乗らず一本しか飛んでこない。余裕を持って躱す直前、丸太の上に異物を発見した。

 考えるより早く体が動き、《落とし穴》へ落ちると同時に続けて横への穴を掘る。

 底に到達するまでの時間が惜しい。落下しながら穴の側面を蹴り、横穴へと飛び込んだ。

 一つ目の落とし穴を消したタイミングで、爆音と振動が私を襲った。

 ギリギリだった……。丸太にダイナマイトの合わせ技で即席のミサイルを作り上げるなんて。

 地下に穴を巡らせて、震源地から離れた場所に顔を出す。

 涼風は何処にいる?

 素早く周囲を見回すと、玉の前にいた。それも、私が守るべき玉の前に。


『丸太が三回連続でダメージを与えたあああっ! 雪音選手は残り2ポイント! もう、残りわずかだ! これで勝負が決まってしまうのかっ!』


 当然そうするよね。私が彼女だったら同じことをした。

 相手が逃げの一手なら、動かない玉を壊せばいい。地面に潜っている間に既に三回攻撃を加えられている。

 穴から出ると、全速力で涼風へと駈けていく。

 ちらっとこっちを見た涼風は勝ち誇った笑みを浮かべている。

 そして今、四回目の丸太が命中した。


『おおっと、これで残り一回! 勝負は決したかあああっ!』


 もう、躊躇っている時間はない。

 罠の範囲に入った瞬間に《電撃床》を配置。

 気絶させてしまえば、あとはどうとでもなる!

 威力を限界まで高めた電撃が地表に弾けるが、そこに涼風の姿はない。


「設置系の罠はこうすれば当たらないだろ」


 上空から聞こえてくる声に慌てて見上げると、五メートルほど真上に発射された丸太の上に涼風が座っている。

 攻撃を予測して予め地面に《丸太の罠》を置いていた⁉


「既に壁には設置済みだよ。さあ、五秒のクールタイムも過ぎたことだし、終わりだね」


 打ち上がった丸太が自由落下を始めているが、あれが地面に付くより先に壁に設置された丸太が飛び出し、玉に五回目の攻撃が加えられる。


「楽しかったよ!」


 その言葉を最後に丸太が――玉の上を通過した。


「えっ? わわわわっ、いってええええっ!」


 後のことまでは考えていなかったのか、五メートルの高さからの着地に失敗した涼風が足を抱えてうずくまっている。


「くうううっ。なんで攻撃が外れ……あああっ、そうか! 落とし穴!」

「うん、地面に埋めちゃった」


 このルールを伝えられたときに確信した。私にとって圧倒的に有利だと。

 守るべき玉を地面に埋めてしまえば、相手は手出しができなくなる。あとは自分の身を守って相手を攻撃するも良し、玉を壊すも良し。


「うううっ、やせ我慢!」


 雄々しく立ち上がった涼風は足をさすりながら、唇をかみしめて私を見た。


「こうなったら、雪音を倒すしかないようだね」

「ごめんね、涼風。もう勝負はついているの」

「どういうこ」


 話の途中で体が膨れ上がっていく涼風。

「《電撃床》を既に玉の下に設置して、ずっと電撃を流しているの。だから、五秒ごとにダメージが入って」

「そっか、おめでとう」


 その言葉を最後に涼風の体が弾け、血肉が飛び散った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る