第98話 七試合目、バイザー
戻ってきた雪音の顔色は優れなかったが、俺たち全員で勝利を祝い励ます。
傷の舐め合いと言われたらその通りだけど、それの何が悪い。傷ついた者同士が傷の手当てをしているだけの話。
全員が負った心の傷を少しでも癒やせればそれでいい。
『残すところ二試合となりました! 次の第七試合はかなり期待のできる選手ですよ!』
いつもは守護者を蔑ろにしている実況者が、今回ばかりは意気込み肩入れしている。
それもそのはず。対戦者の一人が彼だから。
『守護者……バアアアイザアアアアアァァァー!』
耳を防ぎたくなるような絶叫が響き渡る。
気合いの入れ方が露骨に違いすぎるだろ。
『バイザー選手の外見は異世界人にしか見えませんが、実は中身が魔王国の住民なのです! バイザー様は異世界人に化け、情報収集のために異世界人に成りすましていたのです!』
驚愕の事実を耳にした観客席が湧き上がる。
盛り上がっている観客に応えてバイザーが大きく手を振っている。
更に歓声が巻き起こり、それは声で闘技場が揺れているかのような錯覚を覚えるほどだ。
『危険な任務に挑み生還したバイザー様に大きな拍手を!』
今度は割れんばかりの拍手の雨が降り注ぐ。
立場上、仕方のないことだとは想像は付くけど贔屓が酷い。
沸き立つ観客を煽るように、バイザーは両腕を掲げ両手を打ち鳴らして、もっともっと声を上げろと言わんばかりに煽っている。
「対戦相手が居たたまれないな」
「プレッシャーが半端ないですよ」
「可哀想。僕ならこの試合だけはごめんだね」
「目立つチャンスではござるが、拙者も無理でござる」
「魔王国の住民としては憂さ晴らしに最適な状況。生け贄のようなものか」
仲間が全員対戦相手に同情している。
敵役として今から晒し者になる未来が確定しているのだから。
だけど、その対戦相手を目の当たりにして絶句してしまう。……全身黒タイツで顔にガスマスクという異様な外見をしていたからだ。
タイツが体に貼り付いているので体型が良くわかるのだけど、手足が異様なほどに細く長い。インパクトのある見た目をしているが、ぱっと見の印象は戦隊物でよくいる敵側の雑魚キャラ。
バイザーよりも、こっちの方が魔王国の住民に相応しいような。
謁見の間や大広間での食事で顔合わせは済んでいるはずなのに、あの異様な外見をした彼? 彼女? に見覚えがない。
あんなに特徴的なら覚えているはずなのだが……。そういえば、ロングコートを着ていた人が居た気もする。存在感が薄いのと心に余裕がなかったことで記憶が不確実だ。
『バイザー様に対する奇妙な格好の男。こいつは本名を明かさずリッパーと名乗っていますね。実はこの守護者は最多の十七もの加護を所有しているのです!』
まさかの最多加護保持者だったのか。
見た目に反してというか、見た目通りと言うべきか、かなりの曲者で強者のようだ。
こんな格好をしていたら絶対に覚えているはずなのに、今までの砦戦で一度も目撃したことがない。
ということは砦戦には極力参加しなかったか、していたとしても巧妙に存在を消していたということになる。そして、守護者を積極的に狙い加護を集めていた。
ゲームだと信じていたとはいえ大量殺人者か。
『実はこの男、異世界では快楽殺人犯として指名手配されていたらしく、この世界が現実だと知って歓喜した変人であります!』
おいおい、本物の犯罪者だったのか。
異世界に送られる前提条件はデスパレードTDをクリアした者、それだけだ。だから、善人や悪人が含まれていてもなんら不思議ではないが、よりにもよって快楽殺人犯が紛れているとは。
異世界なら警察に追われることもなく殺人もやりたい放題どころか、むしろ推奨されている状況。こいつにとって天国のような環境なのか。
「最悪の人間だが、できることならヤツと戦いたかった」
「わかるでござるよ」
「僕も同意する」
既に戦いを終えた明、喉輪、雪音が冷たい眼差しをリッパーに注いでいる。
ヤツが相手なら躊躇いなく、罪悪感をほとんど覚えずにやれたことだろう。
魔王国の住民だけではなく、守護者からも侮蔑の視線が突き刺さっているというのにリッパーは我関せずと、長い右足で猫のように頭を掻いている。
ガスマスクで表情は見えないが、なんとなく気持ちの悪い笑みを浮かべている気がした。
味方のいないアウェー状態。本来なら守護者たちはバイザーよりも対戦相手を応援するはずだったが、事実を知った今、リッパーに味方する者は誰一人としていない。
そんな中、バイザーはぶかぶかのシャツに手を突っ込むと、中からマイクのような物を取り出した。
『盛り上がっているところ悪いが、ちょいと黙ってくれるか』
いつもの陽気でご機嫌な声が会場に充満する。
『この戦いの勝者は相手の加護を奪える、ってのが褒美なんだが、俺様はそれを必要としねえ。だから、女王ヘルム様に勝利の暁には願い事を一つ叶えてもらえる、って約束をもらってな』
唐突にそんなことを語り出したバイザーが、特定の観客席に体を向けて恭しく頭を下げた。
誰に対しての礼儀なのかは言うまでもないが、その先にいるのは特別観覧席のソファーに座るヘルムだ。
全員の視線を集めることになったヘルムは、立ち上がると観客に向けて手を振る。
さっきとは比べ物にならないほど沸き立つ観客。
飛び交う歓声と感動の悲鳴で耳が痛い。
声が収まるのを待っていたヘルムは側近から渡されたマイクを手に持つ。
『女王ヘルムだ。バイザーの言う通り、彼が勝利した際には望みを一つ叶える。常日頃から魔王国のために身を削ってくれているのでな、その褒美も兼ねておる』
『ありがたきお言葉、感謝いたします』
らしくない口調で返すバイザー。
そんな二人のやり取りを眺めていたリッパーは音もなくすーっとバイザーの前に進み出ると、手招きするように右手首を動かして、何かをアピールしている。
もしかして、マイクをよこせと言っているのか?
バイザーはニヤリと笑い、迷いなくマイクを手渡した。彼のことだ盛り上がりそうな気配を察したのだろう。
『あんたら贔屓が酷すぎないか?』
ガスマスク越しなので声がこもっているが若い男性のようだ。
『じゃあ、俺が勝ってもなんかくれよ。そうだな、女王様よ。アンタと戦わせてくれ』
マイクを持った手を突きつけるようにして、ヘルムを挑発するリッパー。
隣で目を見開いて驚いているバイザーだったが、直ぐに笑顔へと変わる。面白いことになったと喜んでいるようだ。
リッパーの放った言葉が徐々に観客へ浸透していく。あまりの衝撃的な内容に言葉を失っていた観客が一斉に騒ぎ出す。
ほぼ全員が罵詈雑言をぶつけているので何を言っているのか聞き取れない。だけど、憎悪が込められていることだけは理解できた。
『静まれ』
地の底から響いてくるような冷たい澄んだ声が全身を貫く。
女王ヘルムのたった一言だというのに、この場から音が失われた。
『リッパーとやら、面白い申し出だ。バイザーを見事倒すことができれば、我との戦いを許そう。万が一つもあり得ないことだが。のう、バイザー』
『へっ、余裕っすよ』
軽く返事をして踊るようにステップを踏むバイザー。
思いもしない方向に話が進んだけど、楽しみな一戦となった。
何かと世話になっているバイザーに勝って欲しいというのが正直な気持ちだ。相手は快楽殺人犯という正真正銘の外道。
同じ日本人だがヤツが殺されたとしても同情はしないし、哀れだとも思わない。
だけど、万が一リッパーが勝利した場合、女王ヘルムと戦うことになるのか。それはそれで見たい一戦ではある。
多くの加護を集めたリッパーはかなりの実力者だろう。刃向かって一方的に殺された半グレ風のヤツとは格が違う。
ヘルムの実力を測るにはもってこいの相手だ。もしも、それでリッパーが勝てたなら、俺たち守護者の運命が大きく変化する。
それが悪い方向に転ぶのか良い方向に転ぶのかは不明だが。
この勝負、ますます目が離せなくなった。
『とんでもない約束が交わされてしまいましたが、バイザー様頑張ってください! では、第七試合をそろそろ始めます。両者、覚悟は決まりましたね。それでは定位置に移動してください』
マイクを投げ渡したリッパーがすーっと地面を滑るような歩き方で壁際まで移動する。
バイザーはマイクを手にしたまま、自分が守る玉に背を預けて腕を組み余裕の態度だ。
『準備完了と見なします! では、第七試合開始です!』
銅鑼の音が鳴ると同時にリッパーが動いた。
長い手を地面について走る姿はまるで、チンパンジーやゴリラのようだ。
そんな歪な走り方だというのにかなりの速度が出ている。
バイザーはというと玉から離れて、足取りも軽く前へと進む。
一定の距離を保ったまま、リッパーはバイザーの周囲を走っているが手は出してこない。
今なら玉を攻撃することも可能なのに見向きもしていない。バイザーを殺すことしか考えていないのか。
『おいおい、走ってるだけかよ。んじゃ、俺様から動くとしますか』
マイクを通して発言をするバイザー。
もしかしなくても、ずっとマイクを持った状態で試合を続けるつもりか。
意味のないポーズを決めたバイザーの周囲から五体の《鉄の剣士》が現れる。
戦闘力も防御力も高い、全身鎧を身にまとった鉄の兵士。かなり厄介な加護だがリッパーはどう対応するのか。
周囲を回っていたリッパーの前方が輝くと、台座の上に乗った四角い箱のような物がいくつも浮き上がってきた。
その箱はバイザーを全方位から取り囲んでいる。
走った状態のまま長い両腕を掲げると、パンッと打ち鳴らした。
すると、箱の中から何本もの飛びナイフが発射される。
逃げ場のない攻撃だったが《鉄の剣士》がバイザーを守るように立ち、ナイフをすべてその身で受けた。
何本ものナイフが突き刺さっているが平然と立っている。どうやら、威力はたいしたことがない。
「あれは《飛びナイフの罠》か」
《バリスタ》《雷龍砲》と同じく飛び道具系の罠。強化をすればするほどナイフの数が増えていく罠なので、初めはかなり弱いのだが鍛えると強力になる。
一度に五本以上のナイフが飛び出してきたところを見る限り、それなりにレベルは上げているのか。
『ヘイ、ユー。大口叩いておいて、そんなもんじゃないんだろ? もっと、激しく盛り上げてくれよ!』
この状況でマイクパフォーマンスを始めるバイザー。
殺し合いの最中だというのに、今までの戦いと違い悲壮感も緊張感も薄い。エンターテインメントとして盛り上げようとしているかのようだ。
実際、見物している観客の表情は明るく、この一戦は純粋に楽しんでいるように見えた。
何を思ったのか手にしていたマイクを前方に向けて投げるバイザー。
律儀にそれを受け取るリッパー。その足は止めずに。
『その顔は気に食わない。獲物は絶望しないと楽しくない』
それだけ言うとバイザーにマイクを投げつけた。
キャラの濃すぎる両者の戦い。ここからどうなるのか。固唾を呑んで見続けるしかない。
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