第15話 守備力
初手は完璧だったが、そこから相手の動きが止まってしまった。
兵士たちは橋から撤退して川岸まで移動している。
一列目の大盾を持った兵士が水没したのを目の当たりにしたら、さすがに警戒をするか。
腰の引けている兵士たちだったが指揮官の……なんとか公爵の命令により、渋々だが兵士の一人が橋を渡り始めた。
長い槍を手にして穂先で橋を叩きながら慎重に進んでいる。
これこそまさに――
「石橋を叩いて渡ってますよ」
俺のセリフを負華に奪われた。
兵士たちが川に落ちた地点まで進むと足下に堂々と表示されている《矢印の罠》に気づいて顔をしかめている。
「そりゃ、警戒するよな」
「知恵があったら変だなーって思いますよね」
双子が俺を挟み込むように並んで、敵の様子を眺めている。
この美形二人に挟まれると、その身体から放たれるオーラで俺の存在が掻き消されそうだ。
実際、俺の近くにいたはずの負華は距離を取って、二人だけを見つめている。
「雪音さんのように隠せたら便利だけどね」
「その点は《落とし穴》の方が有利みたいですね。それと、要さんは年長者なのですから、さん付けは必要ないですよ。負華さんのように呼び捨てでお願いします」
自分の罠を褒められて少し嬉しかったのが、雪音が笑みを返す。
負華は呼び捨てでも全く抵抗はないが、彼女を呼び捨てにするのは気が引ける。
「じゃあ、雪音ちゃんで。あ、いや、こっちの方が気持ち悪いかな」
「いえ、ちゃん付けで構いませんよ。要さん」
嫌がっているようには見えないから、そう呼ばせてもらおう。
「僕のことは呼び捨て禁止だから」
雪音とは打って変わって、腕を組んでそっぽを向く聖夜。
やはり、双子でも性格は全然違うな。
「わかったよ、聖夜君」
「僕は君付けか……まあ、許してあげるよ」
許可はいただけたようだ。
兵士の方はというと、警戒はしているが上司命令には逆らえないようで《矢印の罠》を槍で突いた途端、槍だけが矢印の方向に強制移動させられて、川に落ちた。
兵士は咄嗟に武器から手を放したようで無事だ。
慌てて後方に戻り、指揮官に何か報告をしている。罠について説明をしているのだろう。
「これで矢印の罠はバレた。でも、他に道はない。どうするのか」
逃げるなら追わないが、これまでの指揮官の対応から察するに徹底抗戦の構えだろう。
しばらく待っていると、今度は全軍が移動を開始した。
先頭に立つ兵士が持っているのは盾ではなく、梯子を二つくの字型に縄で固定した物。
「あっ、なるほど。あれを罠の上に置いて触れずに通過しようって考えか。ふーん、頭使ってくるねー」
「こういう反応ってタワーディフェンスでは新鮮ね」
双子が感心するのもわかる。ゲームとは違う知恵を使った対応にゲーマーとして嬉しくなる。
罠の手前まで移動すると慎重に梯子を置き、上を渡っても大丈夫か頑丈さを兵士が試しているところだ。
「あのー、眺めてないであそこに《バリスタ》をぶち込めばいいんじゃないですか?」
何もしない俺たちを見て、負華が後方から正論を振りかざしてきた。
「はあー、わかってないな。彼らは今までのタワーディフェンスではあり得ない挙動をしているんだぞ。制作者への熱意、技術力に感謝しつつ、ここは傍観する場面だろう」
「これはタワーディフェンス界において革命的な一歩だよね」
「感動の一瞬ですよ」
俺と同様に熱い眼差しを敵兵に注ぐ双子。
「「頑張れ、頑張れ」」
二人は罠を避けようと悪戦苦闘している敵兵たちに応援を始めている。
その声が微かに届いたのか、怒り顔の兵士が矢を射たが、ここまで届く矢は一本もなかった。
「こ、この人たちが何を言っているのか、これっぽっちも理解できないっ」
激しく頭を振って困惑している負華は放っておこう。
このロマンがわからないとは可哀想な娘だ。
先兵は《矢印の罠》の上を無事通過。次々に兵士たちも渡っている。騎兵の一団は馬から下りてから徒歩で進んでいる。
馬は橋向こうに置いていくようだ。
「第一関門突破おめでとう。だけど、そこからどうするのかな」
再び整列して進行する兵士たち。罠を警戒して先頭の兵士は槍で進路方向を念入りに調べている。
橋の半分を超え、四分の三ほど渡ったところで今度は一番後方にいた指揮官と馬に乗っていた一団が――消えた。
「うわああああぁ!」
悲鳴から少し遅れて水の跳ねる音が続く。
慌てて振り向いた兵士たちが目の当たりにしたのは、橋に空いた無数の穴。
「ナイスタイミング、雪音ちゃん」
「ふふっ、ここまで見事に決まると気持ちいいですね」
頬を赤く染めて少し興奮状態の彼女。
雪音の《落とし穴》は踏むと自動で発動するが、自分の意思で操作することも可能。
あえて先兵は通して、後方の指揮官たちが通ったタイミングで発動してもらった。
結果、兵士たちの前には強固な門、後ろには無数の《落とし穴》。という最悪の状況で取り残されてしまう。
このまま突っ込んできたら、門の前に設置した《棘の罠》が待ち受けている。動かなければ、逃げ場のないところに上空から《バリスタ》の一撃を見舞うだけ。
絶体絶命とはこのことだ。
「トゥヴァイハンダー公爵が落とされた! 撤退するぞ! 撤退だ、撤退!」
大声を張り上げて命令しているのは、短い顎髭が生えた如何にも精悍な面構えをした男。
距離があるので細かいところまでは見えないが、聖夜とは真逆のワイルド系のイケメン。年齢は俺と同じく三十代ぐらいに見える。
指揮官を失ったことで逃走を選択したようだが逃げ道はない。どうするつもりだ。
ワイルドイケメンは鎧を脱ぎ捨てると川へ飛び込んだ。
それを見た兵士たちはためらいもせずに鎧を脱ぎ、同じく川へと飛び込んでいく。
公爵はアレだったが、新たに指揮を執っている人物は判断力に優れた人物なのか。
「潔いね。うんうん、勝てないなら逃げる。真っ当な判断だ」
「まさか、川への逃走を選択するとは」
聖夜は感心して、雪音は目を見開いて驚いている。
「絶好のチャンスですよね。矢をぶち込んでいいですか?」
無防備な兵士たちを指差して、追撃の許可を取ろうとする負華に俺たちは同時に向き直ると、大きなため息を吐いた。
「「「風情がない」」」
「風情って何⁉ タワーディフェンスオタク怖いっ!」
一斉に批難された負華が、背を向けて膝を抱えて怯えている。
タワーディフェンスのなんたるかを未だに理解していないとは嘆かわしい。
「お姉ちゃん、川に落ちた敵に追い打ちなんてあり得ないでしょ」
「そうですよ。川に落ちた敵はリタイア扱いです。そもそも、水に落ちた相手に追い打ちが可能なゲームなんて見たことがありません」
「聖夜君、雪音ちゃんの言う通りだ。常識がないな」
丸まった背に向けて俺たちが追い打ちを浴びせかけると、不満を隠そうともしない膨れっ面の負華が振り返った。
「私が間違っているの⁉ 絶対におかしい! この世界の方が間違っている!」
髪を振り乱して反論してきた。
「お姉ちゃん、危ない人みたいだよ?」
「深呼吸をして心を落ち着かせてください」
「どうした、負華。嫌なことでもあったのか?」
俺たちが優しくなだめると、ますます頬が膨らんでいく。
そのまま、ぷいっと顔を背けると膝を抱えた体勢のまま横に倒れた。完全に拗ねたな。
「さーて、からかうのはこれぐらいにして、これで勝利ってことでいいのかな」
橋の上にはもう誰もいない。脱ぎ捨てられた鎧と武器が転がっているだけだ。
急流に飛び込んだ連中は流されていって、何処にも見えない。泳ぎが達者なら生き残れる可能性もあるだろう。
しかし、改めて思ったのだが……タワーディフェンスの罠って強力すぎるな。リアルとほぼ同じ世界だからこそ、能力の優秀さが目に見えてわかる。
大人数を相手にしても圧勝できる力。創作物の異世界作品で言うところのチートってヤツだ。現実の世界でこんなことができたら、戦況が一変するぞ。
戦国時代にタワーディフェンスの能力がある作品とか書いたら面白いのでは? いや、強すぎて萎えるか。……なんて、妄想はこれぐらいにして現実のゲームに戻ろう。
「直接倒した実感のある敵はゼロか」
「池ポチャだけだからね。僕の罠なんてなんにも出番なし」
「私と要さんは大活躍でした」
雪音が兄に向けて胸を張って自慢しているので、横に並んで同じようにしてみた。
「うざっ。雪音はまだしも、いい年した大人がやるなよ」
「聖夜君。ゲームは本気で楽しむべきだと、オジさんは思うんだ」
大人げない、と言われたらそれまでなのだが、ゲームは娯楽。現実での嫌なことも忘れて遊んでいるのだから、全力で楽しまなければ失礼ってもんだ。
実際にゲームをしているときは精神年齢が若返っている気さえする。
「まあ、ノリの悪いヤツよりかいいけどさ」
「だろう。楽しまなくちゃ損だよ」
「要さん、日常生活でストレス貯めてそう……」
何故か雪音から同情の視線を向けられている。
この戦いを経て二人との距離がかなり縮まった気がするのは良し悪しか。
興奮状態の脳を冷まそうと、深呼吸を繰り返す。
少し落ち着いた。今なら冷静な判断が下せそうだ。
明日は三日目。対人戦――バトルロイヤルが解禁される。
聖夜、雪音。そして、負華とも戦うことになる。最終的に一人だけ勝ち残る仕様なのだから、逃れることはできない。
ルールは……守る必要がある。
「要さん、一つ提案があるのですが」
考え込んでいた俺が顔を上げると、雪音と聖夜が真剣な顔で俺を直視していた。
何を言ってくるのかは不明だが、姿勢を正して集中する。
双子が頷くと、聖夜が一歩踏み出した。
「これからも僕たちと組まないか? 明日からバトルロイヤルが始まるけど、最後に残るまで絶対に手出し無用、という条件で」
「今回のような臨時クエストは必ずまたあるはずです。組んでいた方がお互いに助かるのではないでしょうか」
渡りに船とはこのことか。俺も同じ提案をするつもりだった。
雪音の考察もまさに俺が危惧していたところだ。タワーディフェンスなら防衛がメイン。砦や村や町を守るイベントが定期的に開催されるだろう。
防衛戦には罠の数と人数が必要となる。どれだけ罠があってもTDPには限りがあるので、何種類もの罠を同時に発動させるのは無理が出てくる。
人手は必ず必要となる。それも今回のように敵の侵攻が一方向からとは限らない。四方八方から攻められたら、見張りの目が足りない。
断る理由は……ないよな。
「こちらから、お願いしたいぐらいだったよ。よろしく頼む」
そう言って右手を差し出すと、二人は包み込むように握り返してくれた。
「これから、三人で頑張ろう!」
「おうさ、よろしく頼むぜ……要さん」
「よろしくお願いしますね、要さん」
頼もしい仲間が二人加わった。
これで罠の種類も三――
「四人ですよね⁉ 私は⁉ ねえ、私は⁉」
四つになる。
今にも泣きそうな顔で腰にしがみついている負華を忘れては……ない。
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