第16話 仲間の力
「それでこの後、どうすんの? あっ、これ意外と旨いな」
「少し臭みは残っていますが、これはこれでありかと」
俺の渡した魚の瓶詰めは双子に高評価のようだ。
「そうですかー? もっとパンチの効いた味がいいなー。カップラーメンとかありません?」
魚の身が突き刺さったフォークを指揮棒のように振り回しながら、不満を口にする負華。
「この世界にあるわけがない。いらないなら没収するぞ」
「ちょっと、取らないで! これは私の物ですぅー、ガウ、ガウ」
歯を鳴らして抵抗するな。だったら、黙って食べてくれ。
俺たちは今、砦内の食堂で昼食中だ。
三人は食料を持っていなかったので、すべて俺が提供している。
「この砦、住居スペースも確保されていますし、設備も整っていますよね。拠点にしてみるのはどうでしょうか?」
雪音の提案は一考の価値がある。
この食堂もかまどや調理器具が揃っている。水道のような物まで完備しているので、やろうと思えば本格的な料理も可能だ。
長机に椅子もあり、二十人ぐらいは同時に食事を取れる。
食事前に軽く探索したのだが、一階には食堂の他に複数のトイレ、十人ぐらいは余裕では入れる浴槽がある大浴場、案山子がずらりと並べられている稽古場があった。
二階は個室がいくつもあって、ほとんどが居室になっていた。砦を防衛する兵士がこの部屋で過ごしていたのだろう。
「守りやすいし、ありじゃね?」
「私も聖夜君に賛成です! 引きこもりには最適な場所ですよ! あとネット回線があれば完璧」
「ゲーム内でも引きこもってゲームをしようとするな」
負華に軽くツッコミを入れておく。無視してもよかったが、条件反射でやってしまった。
三人は賛成か。
普通のタワーディフェンスで考えるなら俺も賛成。守りやすさ、設備、居住性、どれを取っても理想的だ。だけど――
「俺は反対かな」
「要さん、もしかして……他人と真逆の意見を口にする俺カッケーとか思うタイプですか?」
「ネットで逆張りする連中と一緒にするな」
煽る負華の脳天に軽くチョップを落とす。
「モラハラ、セクハラ、DV、DV!」
うるさい負華は無視して、双子に向き直る。
「考えがあっての発言だよ」
「お二人は、仲が、良いのですね」
「「どこが」」
わめく負華の顔面を鷲掴みにしている状態の俺を見て、雪音が口元を腕で押さえて笑いを堪えている。
隣の聖夜は対照的に呆れ顔をしている。……雪音は笑いのツボが浅いのか。
負華は二人に比べて格段に話しやすい相手ではあるが、仲が良い、という表現が当てはまるかは怪しい。
「説明を続けるよ。確かに防衛拠点として考えるなら理想的。だけど、明日の三日目からバトルロイヤルが開始される。他のプレイヤー……守護者と戦うならレベルを上げておきたい」
「あっ、そうか。ここだと敵が来るのを待つだけになるから」
「レベル上げの効率が悪いですね」
二人は直ぐに察してくれたが、いつものように負華だけが何もわかっていない顔でぼーっとしている。
「最終拠点の候補には入れておきたいけど、ここに居座るにはまだ早い、と俺は思っている」
他にも防衛拠点であるここは敵軍に狙われやすく、襲撃を警戒する必要がある。もっと人員を確保できて常に見張りを立てられるようにならないと、正直キツい。
「そうだね。要さんの意見に賛成」
「私も賛成です」
双子が挙手して同意してくれた。
「じゃあ、私も!」
負華も勢いよく手を上げるが、あの顔はよくわかってないだろ。
とはいえ、全員の合意を得たので今後の方針は決まった。
「まだ昼だから、この後は狩りでもしようか」
マップを起動させて周辺の地理を確認する。
「大きな川の向こう側は敵の領地内っぽいから、手を出さない方が無難だよね」
「うん。川の向こう側は難易度が跳ね上がりそう」
「高難易度は嫌いじゃ無いけど、一発でゲームオーバーのこのゲームは慎重にやった方がいい」
このゲームは負けたら即退場。二度とログインできない仕様になっている。
まずは地道にレベル上げをするべきだ。
「TDSを活用するなら待ち構えるのがベストだけど、敵が想定通りに動くとは限らないよね」
「待ち伏せで事前に罠を設置するのが必勝パターンだけど、このゲームはリアルすぎて敵の挙動が単純じゃないのが厄介ですね」
普通のタワーディフェンスなら敵の移動ルートが事前に示されていることが多く、その道順に罠を仕掛けるのが定番。
でもここはオープンワールドで敵が何処にいるかもわからないし、どういった行動をするか予想も難しい。
「行動してみるしかないか。四人もいるし、臨機応変に対応できるだろう」
特に双子は冷静な判断が期待できる。ゲーマーとしての知識も腕も申し分ない。
負華は……《バリスタ》という誰にも負けない強みがある。
「じゃあ、そういうことで。おっと、宝玉に連絡が着たぞ」
脳内に響く着信音。音源は宝玉で間違いない。
取り出して起動すると、宙に浮かんだ文字にはこう書かれていた。
『臨時クエスト終了です! 報酬や詳しい情報は後ほど伝えますのでお楽しみに』
もう、ここを守る必要はなくなったか。行動に移せるな。
「食べ終わったら、少し休憩して出発しよう!」
ある晴れた昼下がり、洞穴へと続く道。
負華が「ぎゃあぎゃあ」叫びながらこっちへ走ってきている。
ついさっき、探索中に山の斜面にポッカリ空いた洞穴を発見したので、俺と双子は警戒しながら洞穴付近を調べていたら、いつの間にか負華の姿がなかった。
真っ先に気づいた雪音が「負華さんを探すべきでは」と主張したタイミングで響く悲鳴。
その音源が洞穴の中からだとわかった途端に、俺たちは一斉に洞穴の前から撤退して大木の後ろに隠れた。
そして、今に至る。
洞穴から飛び出してきた負華は涙目で「助けてー! ヘルプミー! って、誰もいねえ!」泣き喚きながら、律儀にもツッコミを入れていた。
必死になってキョロキョロと辺りを見回す負華の姿が哀れだったので、木の陰から姿を現して大きく両腕を振る。
「負華、こっち、こっち!」
「あっ、いたーー!」
懸命に走ってくる負華の背後には、無数のモンスターが迫ってきている。
俺たちが調べている間に勝手に洞穴に飛び込んで、モンスターの巣を突いたようだ。
迫り来るモンスターは動物の姿に近く、額から角が生えている熊、長いたてがみが生えた鹿、小型のカバとゾウを掛け合わせたような奇妙な生き物。
デスパレードTDでは順に、ブックマ、シカウマ、カゾウと呼ばれていた敵だ。
双子に目配せをすると、右手を前に突き出して小さく頷く。
「準備オッケーだよ」
「はい、大丈夫です」
「よし! 負華、こっちに逃げてこい!」
三人で手招きすると涙をまき散らしながら、満面の笑みで向かってくる負華。背後には無数のモンスターを引き連れて。
彼女の足だと、こちらへたどり着く前にモンスターにやられるのは確実か。
「仕方がないな」
負華の足下に《矢印の罠》を並べて複数配置。
彼女の姿が一気に近くまで迫ってきた。
「みんなー、愛してるぅぅぅ」
俺たちの目前まで逃げてきた負華は両腕を広げながら、俺たちの元へ飛び込んできた。
そんな負華を誰も抱きしめることなくスルー。背後で豪快なヘッドスライディングを決めているが、それどころじゃない。敵は直ぐそこだ。
急に足が速くなった獲物に戸惑いつつも、モンスターは速度を落とさずに追ってきている。
先頭のブックマが残り五メートルを切ったところで動きが止まった。
いや、強制的に動きを止められた。足下から突き出た棘に貫かれて。
足を貫通して胴体にも突き刺さる《棘の罠》。続いて他のモンスターも同様に串刺しになっていく。
「よっしゃー! 今度は活躍できた!」
右拳を突き上げガッツポーズをする聖夜。
砦の戦いで出番がなかったことを気にしていたのか。
罠にかかり倒された敵は消えずに死体として残っているので、必然的に《棘の罠》を迂回してくるモンスターたち。
「それは想定済み」
モンスターたちの姿が次々と消えていく。
《棘の罠》の脇に設置してある《落とし穴》にハマっている。
突然、地面にポッカリと空いた穴。モンスターもバカではないので、穴を避けて大きく迂回しようとしたのだが、そこには《矢印の罠》があるんだよな。
穴の中へと強制移動させられて、気が付けば視界に映るのはモンスターの死体だけとなった。
「くうー。やっぱ、タワーディフェンスの醍醐味はコンボだよ」
「要さん、わかってるねー。罠が連鎖的に発動したときの快感がたまんねえぜ」
「そうそう。脳汁がドバーッと出てきますよね」
双子と一緒にはしゃいでいると、右側面から粘り気のある淀んだ空気を感じる。
あえて見ないようにしていたのだが、ゆっくりと三人で視線を向けた。
顔面とジャージを土まみれにした負華が半眼でこっちを睨んでいる。
「私に対して何か一言ないですか?」
「囮ご苦労様」
「お姉ちゃん、見事な道化っぷりだったよ」
「そもそも、勝手に単独行動をしたのが原因では?」
俺と聖夜は茶化しながらも労ってあげたのだが、雪音は小首を傾げながら正論を言い放つ。
やはり、一番性格がきついのは雪音ではないだろうか。
核心を突かれてぐうの音も出ない負華。
「ううっ、あんまりだあああぁぁ」
いい年した大人が土まみれで泣いている。……いや、涙は出てないな。
顔を両手で覆って泣いた振りをしながら、指の隙間からチラチラこっちを見ている。
このまま放っておいても大丈夫そうだ。
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