第17話 舌戦、報酬

 あれから洞窟の中を調べてみたが、五十メートルほど進むと行き止まりだった。

 洞穴だと思ったら、ダンジョンだった! という展開もなく、モンスターの住処でしかなかったようだ。もちろん、宝箱や貴重なアイテムも落ちていない。

 モンスターの残りもいなかったので、本当にただの洞窟でしかなかった。


「ここを拠点にするのも案外ありかな?」

「でも、聖夜。他のモンスターが帰ってくるかもしれないし」

「そこは罠で迎撃して、一挙両得じゃね?」


 双子の話し合いを見物しながら、考えをまとめる。

 防衛戦をした砦を知らなかったら候補に挙げていたが、あちらと比べると優先順位は低い。

 居住性の悪さに加え、最大の欠点は逃げ道が存在しないことだ。

 追い詰められたら、そこで終わってしまう。避難場所の一つぐらいに考えておいた方がいいか。


「ここはやめましょうよー。なんか、獣臭いですし」


 負華は洞窟を覗き込むと、鼻を摘まんで顔をしかめている。


「臭いはともかくとして、さっきの砦と比べると劣るから、候補地の一つぐらいでいいんじゃないか」

「そうだね、異議無し」

「わかりました」


 双子があっさり認めてくれたので話がまとまった。


「じゃあ、狩り場を移そう……っと、着たか」


 頭の中に直接響く着信音。

 全員が宝玉を取り出して起動させている。

 宙に浮かび上がる文字には《臨時クエスト》という新たな項目があったので、それをタップした。


『四つの砦の内、三つが無事防衛されました! 防衛戦に参加された守護者には特別報酬が与えられます!』


「おっ、クエスト終了の通知だ」


 待ちに待った報酬の提示もされているが、四つあった砦の内一つは守れなかったのか。

 同時に《マップ》を開くと点滅していた砦のマークが一つ減っている。川向こうにある森の砦か。

 そこに居た守護者たちはどうなったのだろう。もし、敵に倒されたとしたらTDSはどうなる?


「ここからは生き残っている守護者の数も表示されるらしいですよ。現在は……八十八名みたいですね」


 雪音が隣で表示されている箇所を教えてくれた。

 確かに俺のも八十八名となっている。十二名が明日のバトルロイヤル前に脱落したのか。


「そんなことより、報酬でしょ! な、に、が、もらえるのかな~」


 鼻歌交じりで報酬の項目を調べる負華。

 色々気になることはあるが、まずはそれが重要。


『防衛戦に参加した皆様には大量の経験値に加え、既に脱落した十二名のTDSをプレゼントします!』


 おっと、そうきたか。ちょうど気になっていたので、スッキリした。

 だけど、脱落者の数と生存している守護者の数が合わない。

 一人一つだけの能力という説明だったが、脱落者のTDSだけは複数用意されるのだろうか。


『残されたTDSの数は十二個。数が合いませんよね? なので、三つの砦に四つのTDSをランダムで渡しますので、砦の守護者同士で話し合いをして決めてください! よろしくー!』


「うわっ、僕たちに投げやがった」

「四つってことは、私たちだと一個ずつもらえますね」

「除け者はいないんだ。……よかったー」


 呆れる聖夜。ほっとしている雪音。胸をなで下ろして安堵している負華。

 偶然にも四人だけで防衛していたことが功を奏した。他の砦は俺たちより大人数で守っていたはず。今頃揉めに揉めていることだろう。

 他の守護者に対して心の中でそっと手を合わせておく。


「じゃあ、そのTDSを確認しようか」


 どんな罠があるのか。今度こそ直接攻撃が可能なものがありますように!


◆(電撃床)

威力 3 設置コスト 1 発動時間 10s 冷却時間 2s 範囲 2㎡ 設置場所 地面


◆(火炎放射)

威力 10 設置コスト 5 発動時間 5s 冷却時間 5s 範囲 半径2m 設置場所 壁


◆(デコイ)

威力 0 設置コスト 10 発動時間 0s 冷却時間 0s 範囲 視界に入る 設置場所 地面


◆(鉄球の罠)

威力 50 設置コスト 10 発動時間 20s 冷却時間 20s 範囲 直径3mの鉄球 設置場所 壁


「へえー、扱いが難しそうなのもあるね」

「めっちゃ悩むよ、これは」

「使い勝手を考えないといけませんし」


 俺と双子は真剣な眼差しを注いでいるが、負華は黙り込むと眉間にしわを寄せて首を傾げている。

 四つのTDSの内、《火炎放射》《電撃床》《鉄球の罠》の三つは前作であるデスパレードTDでもあった罠だ。

 パッと見た感想として一番欲しいのは《火炎放射》。今のところ直接ダメージを与える罠がないので、攻撃手段が欲しい! 喉から手が出るほど欲しい!


 《鉄球の罠》は威力も高く魅力的ではあるが、どう考えても使い勝手が悪い。

 直径が三メートルもある鉄球が転がればそりゃ強いだろうが、どれぐらいの速度でどれぐらいの距離を移動できるのかが不明。

 おまけに設置場所が壁。つまり、壁がないと発動すらできない。

 何もない平原での戦闘になったら役立たずでしかない。このTDSを与えられた元の守護者はさぞ苦労したことだろう。同情するよ。


「この《鉄球の罠》ってよくないですか⁉ バリスタと同じ破壊力ですし! 私、これ欲しい!」


 何もわかってない負華がうっとうしいぐらいアピールしてくる。

 俺と双子はそんな彼女を見て、慈愛に満ちた眼差しを向けた。


「そうか、そうか。まだ決定ではないけど、第一候補は負華にしておくよ」

「うんうん。お姉ちゃんが望むなら僕は譲ってもいいよ」

「そうですね。押しつけられるなら、とても素敵なことですし」


 双子はさすがに理解しているな。《鉄球の罠》のデメリットを。


「そんな、いいんですか! あとで、やっぱやーめた、とかなしですよ?」


 こちらの思惑も知らずに満面の笑みを浮かべている。

 ……少しだけ罪悪感が。

 俺が負華なら、足止めが可能そうな《電撃床》を迷わず選ぶ。《バリスタ》との相性が抜群にいい。

 だけど、バトルロイヤルで最後に戦うことを考慮するなら、このまま火力道を究めてくれ。仲間でいる限りは俺たちがフォローすればいいだけの話だから。

 となると、残りは三つ。


「僕は《電撃床》に魅力を感じるね」

「私は《火炎放射》でしょうか」

「俺も《火炎放射》かな」


 聖夜は攻撃手段があるので、それを選ぶのはわかる。

 雪音は俺と同じく直接攻撃の手段がないので狙いが被った。

 そして全員が避けているのは《デコイ》か。能力の説明を見ても不明な点が多すぎる。一番、不安要素が多いTDSだ。


「じゃあ《鉄球の罠》と《電撃床》は決まりってことで。あとは二人で話し合いなよ」


 聖夜が勝手に話を進めた。

 自分は欲しいものが得られるからと、安心しているな。

 とはいえ、わかりやすい展開にはなってくれた。ここで説得して譲ってもらえるように話を持っていけばいい。

 雪音も同じ考えのようで、俺に向き直ると正面から見据えて臨戦態勢だ。

 受けて立つしかない。


「まず、ハッキリ言うと直接攻撃の手段が欲しい。《矢印の罠》だけだと、搦め手を使わないとダメージが与えられない」

「それは私も同じですよ。穴に落ちたとしても良くて足を挫く程度。倒す術がありません」


 互いの主張はほぼ同じ。


「でもね、雪音ちゃんには聖夜君がいるじゃないか。二人で力を合わせられる強みがある」

「いつも二人でいられるとは限りません。いざという時に攻撃手段がないと詰んでしまいます」


 ごもっとも。負華と違って色々と考えている。

 だけど、ここは譲れない。俺だって喉から手が出るほど《火炎放射》が欲しい。

 それに《デコイ》が正直、地雷な気がしてならない。


◆(デコイ)

威力 0 設置コスト 10 発動時間 0s 冷却時間 0s 範囲 視界に入る 設置場所 地面


 能力値からして胡散臭い。それに一番のネックは設置コストの高さ。

 これに期待するのは無理がある。意外にも使える能力の可能性は残されてはいるが、この状況で博打をする勇気と無謀さは持ち合わせていない。

 となると話し合いでなんとか解決したいところ。何か決め手となる説得の一手があればいいのだが。


「要さん、私が《火炎放射》を欲しがるには、一つ大きな理由とメリットがあります」


 おっ、自信満々に言い切った。

 全員を納得させるような切り札を持っているというのか?


「聞かせてもらおう」

「《火炎放射》は設置場所が壁と記載されていました。何もない平原では無用の長物でしかありません」

「そうだね。だからこそ、俺なら《矢印の罠》で壁際まで移動させて、罠にはめることができるよ」


 これが強み。《火炎放射器》を有意義に扱えるのは間違いなく俺だ。

 圧倒的有利に立ったはずなのに雪音は……余裕の笑みを浮かべているだと⁉


「確かにそうですが、障害物が何一つない平原で戦う場合はどうします」

「それはどうしようもないけど、雪音ちゃんだって同じだろ?」

「いえ、私なら有効活用できますよ」


 俺の言葉を待ち望んでいたのか、素早く切り替えしてきた。

 何か秘策があるのか。いや、ただの強がりという可能性も捨てがたい。


「どうやって?」

「《落とし穴》を使います」

「あっ」


 即座に理解できてしまった。


「穴の中は四方を囲まれていますので、そこに設置してしまえば、ね」


 勝ち誇った笑みを浮かべる雪音に返す言葉がない。

 二つの罠を組み合わせたら間違いなく強いし、有意義だ。


「有効に使えるのは……雪音ちゃんの方だね。譲るよ」


 タワーディフェンス好きとしては素直に負けを認めるしかない。


「やった、やったー! ありがとうございます」


 両手を胸の前で組み合わせて、ぴょんぴょん飛び跳ねている。

 こんなにも無邪気に喜ぶ雪音を初めて見た。

 これが見られただけでも良しとするか。……悔しいが。


「でもー」


 話し合いに一切口を挟まなかった負華が割り込んできた。


「落とし穴に閉じ込めて火を放つって……エグくないですか?」


 暗い穴底に落とされ、絶望的な状況で周囲から炎。

 逃げ場もなくただ焼かれていく敵。


「負華、嫌な想像をさせないでくれ」

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