第18話 新たな力

 全員が新たな力を手に入れたことで、お試し会が始まった。

 各々が二つ目となるTDSを発動している。


「この電撃の威力がわかんないな。お姉ちゃん、ちょっとそこの上に立ってくれたら嬉しいなぁ」

「甘えた声出してもダメー! うっ、上目遣いは卑怯ですよ! 口元に両手グーは違法行為でしょ!」

「聖夜、無理言ったらダメだよ。負華さん、そこから二歩だけ下がってくれませんか?」

「ええと、二歩……って、そこに《落とし穴》仕込んでいるってオチでしょ! 双子怖い!」

「「ちっ」」


 負華が双子に遊ばれている。楽しそうだから放っておこう。

 三人が得たTDSも気になるが、まずは自分だ。どうすんだよ、この能力。


◆(デコイ)

威力 0 設置コスト 10 発動時間 0s 冷却時間 0s 範囲 視界に入る 設置場所 地面


 圧倒的無力感!

 燃費最悪!

 どう良心的に解釈しても攻撃力は皆無!

 デコイってネーミングからして囮だよな……。想像だと案山子みたいなのが現れて、敵の攻撃が集中する。これがタワーディフェンスではよくある罠だ。

 うだうだ悩んでも仕方がない。まずは発動してみて、そこから考えよう。


「はあー。《デコイ》発動」


 かざした右手の先に光が発生、人型に収縮して弾けた。

 光があった場所には無地でねずみ色の長袖シャツに紺のジーパンをはいた冴えない男が突っ立っている。


「えっ?」


 予想外の展開に間の抜けた声が出た。

 こいつ……俺じゃね?

 ど、どういうことだ。案山子じゃなくて俺そっくりなこれが《デコイ》なのか?


「わっ、要さんが二人⁉」

「本当だ! まさか、要さんも双子だったのですか⁉」

「えっ、えっ、えっ? 要さんが増えてもお得感がない!」


 三人の取り乱す姿を見て、少し冷静になれた。

 自分と瓜二つの虚像というか人形を生み出す能力なのか。


「これが《デコイ》らしい」


 近距離でまじまじと見れば見るほど、そっくりだ。

 鏡を見るよりも立体感があるぶん、よりリアルに感じる。


「わー、こっちはピクリとも動きませんね。……はっ、いたずらし放題なのでは!」

「わぁ、気持ち悪いぐらいそっくりだ。えいっ、えいっ」

「肌と髪の質感も人みたい。意外と肌が綺麗ですね、ファンデーションが生えるかも」

「なで回すな、殴るな、化粧するな」


 俺は痛くも痒くもないが、自分に似た何かがおもちゃにされるのを見ているのは辛い。

 三人を引き剥がし、改めて確認をする。

 《デコイ》の腰に手を回して持ち上げてみた。重さも俺と同じぐらいか。


「ほ、ほう、自分との絡みですか。中級者向けですぞ、これは」

「私は嫌いじゃないシチュエーションです」


 負華と雪音が何か盛り上がっているが無視。

 直立不動状態だけど、意識して動かせたりは……しないな。自在に操れるなら、使い道もあるのだけどピクリともしない。

 じゃあ、消すのは……消えた。


「ねえ、要さん。それを出すときにポーズ変えられないの?」

「そうか、動かすのは無理でも発動するときに……」


 聖夜の助言に従って、脳内で拳を突き上げた姿を想像してみる。


「発動」


 再び現れた《デコイ》は天高く右拳を突き上げている。


「できるじゃん」

「でも、できたところで、どうすんですかコレ」


 負華、コレって言うな。指を差すな。脇を突くんじゃない。

 まあ、でも、ほんと、どうすんだコレ。






 色々試してみた結果、《デコイ》は保留ということに決定した。

 まずは《矢印の罠》を強化することに専念しよう。そうしよう。

 双子は新たなTDSに手応えを感じている。使い勝手は悪くなかったようだ。

 負華はというと。


「鉄球が出ない! なんで、どうして⁉ 《鉄球の罠》発動! 召喚! 出でよ! いけっ、鉄球!」


 身振り手振りを交えながら必死になっているが《鉄球の罠》は一度も発動していない。


「負華。設置場所をちゃんと確認した?」

「はあはあはあー、おぇっ。んっ? 設置場所……壁ってなってますね……」


 息も絶え絶えな負華が宝玉を起動させると、しかめ面になった。


「もう、もっと早く言ってくださいよー。恥ずかしいなー。じゃあ、あの洞窟の横でいいかな」


 山の斜面にポッカリと空いた洞窟の横に手を向けて、深呼吸を繰り返している。


「それでは改めまして」

「いや、ちょっと待――」

「《鉄球の罠》カモーン!」


 俺が止めるより早く負華が《鉄球の罠》を発動させた。

 切り立った斜面に張り付くように現れたのは巨大な鉄格子の箱。その中には鉄球が見える。


「やった、成功し……あっ」


 鉄格子の箱の前面部分がバンッ、と大きな音を立てて開くと中から鉄球が転がり出てきた。

 鉄球の進路方向にいるのは――俺たち四人。

 そして、ここは下り坂。


「回避! 回避ーっ!」

「何してんの、お姉ちゃん!」

「ごめんなさい、ごめんなさい!」

「わーーーっ、要さんが木っ端微塵に!」

「それ《デコイ》だからっ!」


 両脇に分かれ全力で回避した俺たちの間を鉄球が通り過ぎていく。

 木々をなぎ倒しながら爆走する鉄球の姿が小さくなっていった。

 残るのは真っ直ぐ伸びる、凹み固められ湾曲した地面。それと無残にも潰され砕かれた俺――《デコイ》の破片。

 ……これは消しておこう。さてと。

 間一髪で助かったが、反応が少しでも遅かったら全員がゲームオーバーだった。

 正座をしてうつむいている負華の前に立つと、その隣に双子が並んで立っている。俺と同じく両腕を組みながら。


「何か言いたいことは?」


 俺のきつめな口調にびくりと身体を震わせる。


「威力が確認できてよかったね! ……とか?」


 頬が引きつったまま強引に誤魔化そうとしたようだが、誰一人として笑っていい。それどころか無表情なまま。


「お姉ちゃん、他には?」

「負華さん、反省の弁は?」


 双子に詰め寄られると、負華は指先をビシッと伸ばした両腕を掲げ、そのままゆっくりと前に倒れ込むように土下座した。


「申し訳ございませんでした。二度といたしません」


 渋々だが心からの謝罪を受け取ることとなった。


「バカなことやっている間に日も陰ってきたけど、これからどうしよっか?」


 聖夜の言う通り辺りは暗くなっている。一時間もしない間に太陽は完全に沈むだろう。


「二人は強制ログアウトの時間まで続ける予定かな?」

「そうだよ。どうせ、眠っているだけだし」

「私もそのつもりです」


 負華は昨日確認を取っているので聞く必要はない。

 全員がゲーム内で明日の朝まで続けるつもりのようだ。


「昨日みたいに徹夜してもいいんだが、ゲーム内で疲れが残るからな」

「リアルは目が覚めたら気分爽快なのに、ゲーム内では寝不足で疲れるって変に凝っているゲームだよね」

「疲れがたまるとTDPの回復が遅くなるのもネックです」


 双子も気づいていたか。

 ゲーム内では疲労度があるようで、疲労がたまるとポイントの回復が遅くなる。

 今だと一秒につき一ポイント回復していくのだけど、昨日徹夜して迎えた朝だと半分以下の遅さになっていた。


「だけど、ゲーム内で寝るのってもったいない気がしません?」


 負華の意見は皆も思っていたようで、頷いている。


「僕たちは若いから大丈夫だけど、二人は辛いんじゃないの?」


 おっと、労るような目を向けるのは止めていただけないだろうか。


「失礼な。要さんはまだしも! 私はまだピッチピッチですよ! 要さんはまだしも!」


 強調して二回言うな。


「おいおい、最近レジ袋を開けようとして苦戦する俺に対する嫌味かい?」

「お肌の潤いが、もう……」


 わざとらしく涙を拭う振りをするな。


「どういうこと? 意味がわかんないんだけど」


 聖夜には自虐ネタが伝わってないようで、困惑の表情でこっちを見ている。

 そうか、若すぎると意味不明に聞こえるのか。若さって……。


「あのね、聖夜。年取ると肌がかっさかさになって、ビニールの袋をうまくあけられなくなるの。お母さんもそうでしょ」

「あー、あれってそういうことだったんだ。たまに指舐めたりしているよね」


 詳しい説明ありがとう、雪音。俺に更なるダメージが入ったけど。


「心配してくれるのはありがたいが、社会人を舐めないで欲しい。無理難題を押しつけられて残業で帰れないなんて、ざらだよ。ふっ」


 髪を掻き上げ余裕の態度で返す。


「「「ブラック企業」」」

「ふっ、働いてみれば現実がわかるさ」

「なんで、私をじっと見つめているんですか! 二人の方が若いでしょ。見たところ高校生っぽいから、まだ働いてないよね? ねっ? 無職だよね⁉」


 負華が双子の肩をがっしりと掴み、激しく揺さぶっている。

 必死だな。

 話を振られた双子は肩に置かれた手を払うと、その手を負華の肩に置いて、にんまりと笑う。


「「芸能事務所でモデルやってまーす」」


 二人が揃って、いかにもといったモデルっぽいポーズを取った。

 負華はガーン、という効果音が聞こえてきそうなぐらい、大げさに身体を仰け反らせて小刻みに痙攣している。

 二人を交互に指差し、池の鯉のように口をパクパクと開閉していた。


「う、裏切り者おおおおぉぉぉぉぉ」

「えっ、お姉ちゃん……も、も、もしかして無職なんですかぁ?」

「失礼でしょ、聖夜。きっと大学生でキャンパスライフをエンジョイしているだけですよね? えっ、まさか、もしかして……」


 双子が大げさに驚いた振りをして煽ってる。

 負華は耳を手で塞いで「私は石。路上に転がるただの石」なにか呟き始めた。


「二人ともそれまで。働かないのにも理由があるかもしれないだろ。一概に責めるのは間違っている」


 見るに見かねて三人の間に割って入った。


「要ざああああぁぁん。要さんだけは、きっとわがっでぐれるとじんじでだぁぁ」


 足にしがみ付いた負華が、涙と鼻水を俺のジーパンになすりつけている。


「そういや俺も訊いてなかったな。負華が働かない理由は?」


 俺が問いかけるとピタリと泣き止み、頭を捻って考えている。

 不意に顔をこっちに向けると笑顔で口を開いた。


「働きたくないから。だって怠いし。私は働かない自由を満喫しているの」

「よっし、二人とももっと煽っていいよ」

「「了解」」


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